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ボクの名は  作者: 深海くじら
霜月

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二百三十六話 笠司、立冬(八)

「こちらが鳩山課長に頂いたご指示に従って作成した三面図になります」


 ネクタイとジャケットの中込部長(サンタさん)が打ち合わせのテーブルに丸めた紙を広げた。フロート車両の正面図、通常なら左右のヘッドライト部分に不自然に大きな円形ロゴマークが付いている。どうみてもバランスがおかしい。


「見ていただくとおわかりのように、フロントビューのバランスがどうしても歪になってしまいます。かといって、グリル部分のスペースを確保するためにマークの設置位置を左右に広げますと規定の全幅をはみだしてしまい、公道を走行させることができません」


 鳩山課長は憮然とした表情で話を聞いている。


          *


 昨日の昼食の席で吉川さんの許可を取り付けた僕は、電話でサンタさんと打ち合わせた。


「状況はわかった。リュウジのその案は、吉川さんが後押ししてくれるって話でOKなんだな?」


「説得できる可能性は高い、って請け負ってくれました。ただ……」


「まだなんかあんのか」


「万全を期したい、と思うんです」


 吉川さんの話から推測するに、鳩山さんは単に意地悪なだけのひとではないのかもしれない。前部署の伝聞が芯を突いているとすれば、納得できる合理的な理由さえ用意してあげられれば落とし所もあるだろう。ただ、自分の意見を仕事に反映させることには人一倍こだわりが強いのは間違いない。

 俗に言う「話せばわかる」タイプなんじゃないか、と思う。ただそのうえでも、顔を立ててあげることは必須条件だ。

 彼が席次や立場の格を重んじてるってことは、僕や吉川さんに対する対話のスタンスから想像できる。

 一般に、立場や役職でマウントを取る人は同じ扱いをされてきた経験によることが多いけど、彼の場合さらに、直近でそれを見誤って、進めてきた仕事を取り上げられたばかりだ。目下である吉川さんや圧倒的弱者の僕なんかが言うことは内容如何に関わらず最初のバイアスで吹っ飛ばされる可能性が高そうな気がする。でも僕とは別の、位置関係が微妙な相手が出張ってきたら、矛を収めて聞く耳を持つのではないか。


「というワケで、今回はサンタさんにプレゼンターをお願いしたいんです」


 電話の向こうで息をつく気配がした。


「図面、今日中にできるのか?」


「はい」


「んじゃ、吉川さんに言って、明日の朝一でアポとれ。で、時間決まったらすぐ連絡寄越せ」


 了解しましたと応えながら、僕は右手を握った。あとは僕が頑張るだけだ。

 ひと呼吸を置いて、サンタさんが話しかけてきた。


「おまえ、上使うの上手くなったじゃねえか」


          *


 渋面の鳩山課長を見据えたサンタさんが語りかける。


「課長が懸念されているのはロゴの扱いですよね。現状の図面では、その扱いが弱い。目立たない。そうお考えだということで間違いありませんよね」


 鳩山課長が不承不承に頷いた。勝った、と思った。その気持ちが顔に出ないように、僕はことさら眉をしかめた。


「そのことを踏まえ、我が社でも知恵を絞って代替案をご用意してきました」


 そう言いながら、サンタさんは二枚目の図面を広げた。昨夜の遅くまでCADと格闘して僕が描いた図面。

 正面図のマークの径は当初通りの八百ミリ。でも側面図が違う。前は車両のバンパー前に貼り合わせた形の薄っぺらい円盤だったのが、新しい案ではバンパーに沿って被せるような厚さ百ミリ程度の立体成型となっている。


「店舗サインのようにロゴに厚みを持たせることで、斜め方向や側面から見た沿道の観覧客にもアテンションを与えられます」


 新しい図面を見つめる鳩山課長の眉間が、わずかに皺を深くした。


          *


「その程度ならうちの3Dプリンターでちゃちゃっとできんじゃねぇの」


「こちとら、おめぇみてぇなド素人にCAD教えてる暇なんかねぇよ。森下ならちっとは優しく教えてくれんじゃねえか」


 そんなくだらないことでいちいち呼び止めんなと言いたげな顔で、小竹さんは助言をくれた。その足で、僕は小竹さんご指名の森下さんに声を掛けた。もちろんだが、森下さんは面倒がらずにCADの小技を教えてくれた。


「業務でもこのくらいできるようになっとくと、いろいろと楽になるからな」


 うちには頼りになる大人がたくさんいる。


          *


「今日はありがとうございました」


 地下街の寿司屋で僕はサンタさんに礼を告げた。

 あのあと顔を上げた鳩山課長は、不満げな顔を見せながらもこちらが提示した修正案を全面的に承認してくれたのだ。無理言って、サンタさんにここまで出てきてもらった甲斐があったというものだ。


「役職なんてモンはこんなことくらいしか使いようがねえからな」


 いつもの口調に戻ったサンタさんは、早々にネクタイを外しはじめている。


「やあ痛快だった。しかしあのおっさん、ホント権威に弱いな。あの掌返しは、部下としては情けない限りだよ」


 ちらし寿司に醤油を回す吉川さんはそう言って笑った。


「まあそう悪し様に言ってやるなって。あちらさんだって新任で気ぃ張ってんだろうし。ちっとは長い目でみてやんな。当分はいやでも付き合ってかなきゃいけねえんだし」


 箸を割りながら吉川さんに応じたサンタさんは、手先と視線を寿司の皿に向けつつ言葉だけ繋いだ。


「いずれにしろ、よくある通過儀礼ってやつだ。なぁんか爪痕つけとかないと、あとで上から言われんのさ。おめぇはなにやってたんだって。中間管理職はつれぇもんなのよ」


 からからと笑ってハマチの握りを口に放り込むサンタさん。なんだかんだ言っても頼りになる。


「にしてもサンタさん、ワイシャツや上着、ネクタイなんか、よく持ってましたね」


「喪服はロッカーに常備してっからな。まあジャケットとネクタイは社長(ながのさん)から借りたけどな」


 自前はワイシャツだけかよ。

 鉄火巻きを頬張りながら、僕は胸の中でつぶやいた。

 とにかく、制作物の下準備は整った。これで来週からの、ダンサーチームのオーディションと振り付けの依頼に取りかかれる。


「リュウちゃんよ、頼りンなる親方がいてよかったな。こっから先もよろしく頼むわ」


 吉川さんの何気ない言葉は、想定外に僕の胸を熱くした。

 杜陸(もりおか)時代に菱沼社長が言っていた台詞が二年越しに腑に落ちた。


 お客さんに頼られるんが一番のチカラになるっけ。

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