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ボクの名は  作者: 深海くじら
睦月
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一話 朔日の瑞稀

 紅白歌合戦からゆく年くる年に移る瞬間の落差を今回も堪能しつつ、画面に映る一年の終幕と開幕を眺めました。去年は直人とふたり、その前までは家族と一緒だったから、二十六回目にして初めてのまったくの独りで。

 テーブルの端には食べ終えた蕎麦椀。形式から抜け出せない自分の堅さの象徴みたいでちょっと笑えます。今の私にとっては単に日付が変わるだけで、特別な意味があるはずもないのに。


「ううん。意味ならある。今までとは違う、アウトプットする自分になるんだから」


 TVから流れる除夜の鐘を聞きながら、私は声を出して言ってみます。

 ノートパソコンを開き、ワードを起動。両手の指をぷらぷらと振って、私は入力の準備をします。さあ、何を書き始めようか。





 一昨日の夜、近所のドン・キホーテで、どん底の私は彼女と出遭いました。山科(やましな)(さかえ)さん。

 職場近くのシェアオフィスでフリーランスのライター兼編集をされている彼女は、突然の最後通告をされたあのときの私を目の前で見ていたんだそうです。財布を落とし、小銭を撒き散らかしただけで涙を流し茫然とする女に強い興味を抱いたんだとか。首から下がったネームプレートを目ざとく見つけ、そこに書かれた「波照間」という苗字を記憶に留めると、いつか取材するリストに加えたのだと。

 着の身着のままだったにも関わらず言われるがままに誘い出された私は、近くにある小さなダイニングバーに連れて行かれました。


「週末だけバイトしとるお店やけん、気ぃば使わんでよかと。コロッケが美味(うま)かとよ」


 そんなふうに気さくに話しかける彼女の立ち振る舞いに、私の警戒心は封殺されます。

 初めて飲むベルギービールの甘さに酔い、確かに食べ応えのある揚げたてのコロッケに舌鼓を打ちながら、私はいつの間にかあの日のことや、それに至るまでの直人との交際を問われるままに答えていました。


「そら確かにあんたが悪い。オトコの生理っちゅうもんば蔑ろにし過ぎやなあ」


 私は、やっぱりそうですよねえ、と答えたと記憶しています。たしか苦笑いをしながら。そうです。彼女のインタビューの中で、私は自分のことを多少なりとも客観視できるようになっていたのです。


「ばってん……」


 肩の力が抜けてきた私に、栄さんは続けました。


「気ぃ乗らんやったんな、あんたん本心やったんやろ」


 そう。そうだったのです。自分では気づけなかったそれを、彼女はひと言で言い当てたのです。私は彼との付き合っていくことに気持ちが乗っていなかった。いいえ。もっと正しくは、彼との付き合いに倦んでいたのです。

 だからそれでよかったんだと彼女は労い、私は泣きながら頷きました。


 別れ際に栄さんは、もう友だちなんだからまたいつでも会おう、と言ってくれました。その上でこうも言ったのです。


「あんたはなんか吐き出した方がよか。なんでんよか。考えば形にして外に向かって放り出す。そげんアクションば」


 だから私は、物語を書いてみようと思います。高一のときはまだ自分の池に水が貯まっていなかったから上手く形にすることができなかった。でもあの頃から十年経験を重ねた今なら何か書けるのではないか。

 することの無い大晦日の一日を使って私が出した答えは、ツイッターでした。制限ある文字数の中でテーマや捻りを効かせたショートストーリーを毎日のように読ませてくれる人が、私がフォローする中にもいます。彼らみたいなことをやってみたい。私の、私なりのやり方で。ひとつの物語を百四十文字で収めるのはまだできないけど、連作でなら、あるいはできるかもしれない。




 さあ、テーマを。アイディアを。キャラクターを。どこの世界のどんな場面を書きたいのかを、思いつくままに文字にしてみよう。

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