――月波・蔵六140字リレー小説(十一月十三日~十一月十九日)「うれしぐすくぬー」7
第七節『アマミキョとシネリキョ』
♥月波 @tsukiandnami
最大震度六を記録した福岡大濠地震は、警固断層直上の狭いエリアに集中した直下型で、大濠池南東岸を中心に半径百メートルだけが被害に遭った。倒壊家屋もなく、死者は池のボートからの転落による溺死二名のみ。
震源真上だった美術館も、天井の剥落と割れた展示ケースによる怪我人十数名に留まった。
―――――午前8:32 · 2023年11月13日
「アレってやっぱりシネリキョの仕業だよね?」
『国立日本橋大学考古学研究室 助手 中司大』の名刺を見ながら尋ねるボクに、ニジリは答えた。
〈そうじゃろうな〉
じゃじゃ麺を食べ損ねて戻ったボクは、いきなりの大揺れ真っ只中で大いに動転した。ニジリがいなかったらパニックになってたと思う。
―――――午前8:40 · 2023年11月13日
地震直後、館内にいたボクらは入口前の広場に誘導された。不人気が幸いしたのか、人数はたぶん二百人くらい。
水と無料来館券を配られるとき、係員にナンパされた。
「展示品と同じ瑠璃を持っていた方ですよね」
ヤバいと思ったので立ち去ろうとしたら、名刺を押し付けられた。
「あとで連絡ください」
―――――午前8:43 · 2023年11月13日
♠笠地蔵六 @kasajizorock
日付が変わった日曜の午前零時過ぎ、僕は契とのビデオ通話を開いた。見た感じ怪我とかはして無さそう。
「無事でえがった。今日はあれから一度も入れ替わらなかったっけ、結構心配してた。どこぞ怪我でもしてんのかって」
「ボクはじゃじゃ麺食べれなかったのが悔しい」
画面の契はそう言って膨れた。
―――――午後6:39 · 2023年11月13日
「神様といっても、あれだけのことしたら手持ちの力を出し切ったろうから、しばらくは入れ替わりも無いんじゃないか。ってニジリは言ってる」
「ミギリの見立ても同じだっけ」
揺れはかなり続いたらしい。僕は最初だけだったけど、契はそのあとずっと。灯りも消えたと言うし、相当怖い思いをしたはず。
―――――午後6:41 · 2023年11月13日
「日本橋大学考古学研究室?」
差し出す名刺の肩書を復唱する。契が言う風体から察するに、展示室で近づいてきた男なのだろう。
「ナカジダイ?」
「ナカツカサヒロシ、だって。メアドはそうなってる」
「何者だろ」
日本橋大の考古学研と言えば、シネリキョの石を発掘したチームのはず。その一員か。
―――――午後6:42 · 2023年11月13日
♥月波 @tsukiandnami
「ボクの石が気になってたみたいだけど、胡散臭いから何も話さないで帰って来ちゃった」
ナンパと思い怖くて逃げた、って真相は秘密。そこ、笑うなニジリ!
「たぶん発掘メンバーだろうな。話は聞きたいけど、こっちのことをどこまで話すか決めてからの方がいいべ」
なんか上手く肯定された。有難い。
―――――午前7:26 · 2023年11月14日
♠笠地蔵六 @kasajizorock
〈アマミキョ様がどうなのか聞け〉
「アマちゃんに変化はあったかってミギリが尋ねてる」
「アマちゃん!受けるー」
画面の向こうで契が笑った。レアだ。
「寝返りは打ったけど、まだ寝てるって」
〈同じか。半身同士のアマミキョ様は、やはり繋がっておるな〉
僕の不敬を嗜めるでもなくミギリが呟く。
―――――午後6:05 · 2023年11月14日
〈シネリキョの狼藉は要注意じゃが、アマミキョ様の覚醒を促すには彼奴との接触は不可欠じゃろう〉
ミギリの言葉を伝えると、ニジリも同感と返ってきた。
「中司氏のことも含め、しばらく静観だっけ。この機会に勉強でも進めとこうや」
そのあとは夏の過ごし方や得意科目など、婆抜きの雑談で締めた。
―――――午後6:08 · 2023年11月14日
♥月波 @tsukiandnami
〈うぬも随分と楽しげじゃったな〉
ニジリの冷やかしにも、ボクはなぜか素直に頷いた。
確かに楽しかったのだ。こんなに普通に男子と長く話したなんて、生まれてこの方初めてだった。
唐突に起こる入れ替わりにも慣れ、少なくともボクは大濠相手に構えることをやめているみたい。
〈告ってみるも一興〉
―――――午前7:05 · 2023年11月15日
「なぁにワケのわかんないこと言ってんのよこの婆ァは!」
ボクは深夜にも関わらず、思わず声にして怒鳴った。顔が熱ってるのが判る。幸い家族は誰も起きてこなかった。
まだ何か囃し立てているニジリを無視して、頭まで上掛けを被った。今日はもう寝る。ボクは大濠のことなんか気にしてないんだから!
―――――午前7:06 · 2023年11月15日
♠笠地蔵六 @kasajizorock
「昨日言ってたけどさ」
補講のあとの昼休み、中庭でひとり弁当を食べながら呟いた。
「アマミキョを起こすって、あれどういうこと?以前は起こすと大変なことになるって言ってなかった?」
〈いつまでもこのままでよければ、起こさずが良いと思っておったのだがな……〉
ミギリは珍しく歯切れが悪い。
―――――午後6:31 · 2023年11月15日
〈封印されたウタキに勝手に入り込んでマブイルリに触れたのはお主たちの落ち度じゃ。が、永年供養のセキュリティが甘かったのも事実。祀られておった吾らはある意味被害者なのじゃが、それでもあの頃の責任を取れるのは吾らふたりしかおらん〉
「じゃあ僕らのため?」
〈この時代が気に入ったんじゃ〉
―――――午後6:33 · 2023年11月15日
〈三月近く見てきたが、当代には力のある巫女はおらんようだ。テクノロジーとやらもこれについては役にたたん。主らのマブイを戻すには吾らの力を復活させるしかないのじゃ。そして現身の無い吾らは、石をひとつにして合力する他に手が無い〉
「それでアマミキョを?」
〈うむ。じゃが他にも問題がな〉
―――――午後6:35 · 2023年11月15日
♥月波 @tsukiandnami
大沖縄展は美術館補修のため会期を一週間短縮するらしい。てか続けるんだ。ふーん。
今週はまだ一度も入れ替わってない。おかげで勉強は、まあ進む。でも、ボクもニジリも知ってる。この平穏は今だけだってことを。
〈前回でよう判った〉
判ったって、何が?
〈アマミキョ様の目覚めに必要なものじゃ〉
―――――午前8:24 · 2023年11月16日
続きを促すボクに、ニジリは乗ってきた。今日の分の勉強は終わったから時間はある。
〈あそこに行ったのはキッカケを掴むため。むろん、シネリキョの様子にも興味はあったのじゃが〉
ふんふん。
〈うぬらを戻すには、やはりアマミキョ様の覚醒が必要じゃからな。じゃが、あの地震。破戒神は危険じゃ〉
―――――午前8:26 · 2023年11月16日
〈彼奴は本気で目覚め始めちょる〉
え?あれでまだ本気じゃないの?
〈シネリキョを甘く見るでない。彼奴は島ひとつ沈めたという伝承も残っちょる〉
マジで?
〈大マジじゃ。彼奴を諌めるためにもアマミキョ様には完全な形で目覚めていただかねばならん〉
それって石をひとつにするってこと?
〈うむ〉
―――――午前8:28 · 2023年11月16日
♠笠地蔵六 @kasajizorock
閉館に追い立てられて図書館を出た僕は山田線の駅に向かう。今日は結構進んだ。
機を見たのか、ミギリが昼の続きを語りはじめた。
〈前に潜っとったことがあったじゃろ〉
契と連絡が取れるようになった終業式前後だ。
〈あのときアマミキョ様の記憶を探って見つけたのじゃ。割れた身体を戻す秘技をな〉
―――――午後8:06 · 2023年11月16日
〈アマミキョ様は、言ってみれば吾らウチナンチュのマブイの乗り物じゃ。や、その大元のエンジンと言った方が判りが良いかの。そのエンジンが車体ごと真っ二つになっとるのが現状。割れた石を戻すには、エンジンを繋ぐのが最優先なのじゃ。でないと、いつまで経っても動きだせん〉
ミギリの話は続く。
―――――午後8:08 · 2023年11月16日
〈ふたつに割れて機能不全を起こしておるエンジンを復活させるには、乗り手の力が必要じゃ。それも全員の〉
話を一旦止めたミギリは、徐に次の言葉を告げた。
〈それが『和合』じゃ〉
僕は「夫婦和合」という語句を思い出した。それってもしかしてエッチな奴?
〈主もお年頃じゃな〉
ミギリは笑った。
―――――午後8:10 · 2023年11月16日
♥月波 @tsukiandnami
週末から入れ替わりが再開した。またかって感じ。今回はお互い朝の通学途上だったから勉強には影響無かったけど、あとから聞いたら痴漢に遭ったらしい。
――なんかお尻触られた
――何されてんのよ!ちゃんと捕まえた?!
――吃驚して、どうすりゃいいのかわかんなかった
――馬鹿!それ、ボクの体なんだよ!
―――――午前7:31 · 2023年11月17日
♠笠地蔵六 @kasajizorock
〈シネリキョは活動を再開したようじゃな〉
大沖縄展のウェブサイトを見てたらミギリが話しかけてきた。
「その割には頻度が減ったよね。来場者が少ないのかな」
〈力の使い方を思い出してきたのじゃろう。お主らに悪戯するより、破壊の準備に悪意を溜める方が本筋じゃからな〉
「それってヤバくね?」
―――――午後8:17 · 2023年11月17日
♥月波 @tsukiandnami
地震で始まった福岡開催だが、その後は事故もなく終了した。池で亡くなった老夫婦には申し訳ないが、こちらは担当する資料も石も無事で助かったよ。
保管ケースに瑠璃を収める青年に後ろから声が掛かった。
「梱包は終わった?中司くん」
アフロの髪を紫に染めた初老の婦人が和かな笑顔を向けていた。
―――――午前8:29 · 2023年11月18日
♠笠地蔵六 @kasajizorock
美術館の明るいカフェで老婦人と中司青年は向かい合っていた。保管ケースは青年の足下。
「初日は災難だったわね」
「はあ。あんなデカいの初めてだったんで。でもあれ、被害はこの辺だけだったんですよね」
「ほんと。不思議な地震」
婦人はそこで顔を上げた。
「で、初日の娘とは連絡が取れたの?」
―――――午後8:57 · 2023年11月18日
♥月波 @tsukiandnami
大沖縄展の次開催は広島の百貨店だって。九月からは大津。そのあとは、静岡を経て東京で終幕らしい。
〈それぞれの街は大きいのか?〉
ベッドでスマホを弄るボクにニジリが尋ねてきた。
広島はちょっと大きいけど、大津と静岡はそんなでもない。福岡に比べたらだいぶ小さいかな。でも東京は人多いよ。
―――――午前8:38 · 2023年11月19日
〈多い、とはどのくらいじゃろう〉
ボクはスマホで「渋谷ライブカメラ」を検索し、夜九時過ぎの今の渋谷スクランブル交差点動画を開いてやった。
〈ちょ、待て、マドカ。これは今の様子なのか?東京は夜では無いのかや〉
「夜だよ。ここと同じ時間」
そう言ってボクは窓を開ける。人影の無い静かな夜。
―――――午前8:42 · 2023年11月19日
〈こんな人の数見たことない。一度だけ招かれた首里城でも、この半分もおらなんだ。昼間はもっと多いのか?〉
「ずっと多いはずだよ。行ったことないけど」
ボクじゃない意思で人と車の途切れない画面を見入る目。ニジリ、侵食してるよ。
〈や、すまぬ。あまりの驚きで。いやしかし、これはマズイぞ〉
―――――午前8:43 · 2023年11月19日
♠笠地蔵六 @kasajizorock
県立図書館の朝は早い。開館一時間前の八時に着いたのに、もう長蛇の列だ。僕も最後尾に並ぶ。
高校が用意した補講が昨日終わったから、残りの二週間は自主学習。一応県下トップ校なので、賢い奴らが多過ぎてついていくのもやっとだ。オマケに塾にも通ってないから、独学で受験に臨まないといけない。
―――――午後7:34 · 2023年11月19日
〈ダンはよく勉強するのう〉
列で英単語の暗記をしてたらミギリが話しかけてきた。
〈と、マドカが言うとったぞ〉
あいつだって結構やってる。文理の違いはあるが、苦手科目の予習などしっかりしてる。
〈この世界の若者は皆こんな感じなのか?〉
どうだろ。皆受験があるしね。遊んでるのもいるけど。
―――――午後7:35 · 2023年11月19日
〈考えたんじゃが、やはりどこかでマドカと会わねばなるまい〉
僕は出る単を閉じた。ながらで聞く話じゃない。
〈LINEは便利じゃが、意思が重なる気がまるでせん。それに和合するには双方の石が必要じゃ。できればシネリキョの力も利用したい〉
秋の東京開催。僕は漠然とそう思った。
列が動いた。
―――――午後7:38 · 2023年11月19日




