十四話 笠司、大寒(三)
「俺は仙台のソフトハウスに決まったよ」
隣席の辻悟史がほっけ焼きをつつきながら言った。
「先週、教授から切り出されてな。卒研出せたら紹介してやるって」
「で、出したのか?」
「そりゃあ出すでしょ。もう一年とか、金無いし」
当たり前のようにそう言って手酌の酒をお猪口に注ぐ辻に、僕は食ってかかった。
「お前、先月は留年するって言ってたじゃん」
アレはやめ、と一蹴してくる辻。
「だって学費自分で工面すんのとか、やっぱ無理だしィ」
ギャルのJKみたいな話し方すんな、と見当違いな文句を僕はぶつける。
そりゃぶつけたくもなるだろう。仲間だと思ってたのに、こんなにもあっさり就職を決めてくるなんて。やはりなんやかや言っても理系は強いんだな。
辻の向こうで、長田大輔がにこにこ笑ってる。何が可笑しいんだか知らないが、一年の時からまったく変わらない童顔の白いほっぺをほんのり紅くして。
「ツジ、決まったんだ。おめでとう」
何がおめでとーだよ。そりゃあ長田はいいよ。教職まで取ったくせにちゃっかり市役所受かってて、結局そっちに決めちゃってるもんな。もう、将来安泰じゃんか。
「リュウジも頑張ってね。早く決まるといいね。あ、でもリュウジなら留年って手はあったんじゃないの? イベント屋さんのバイト、結構稼げるんでしょ。なんならそこに就職しちゃうんでもいいし」
余裕ある勝者特有の罪のない笑顔を向けてくる長田に即答した。
「そのバイト先の社長に釘刺された。三月以降は僕には仕事回さない。雇うのも無理。さっさと関東帰れってさ」
そっかあ、と呟きつつグラスを置く長田。アルコールが苦手な彼は緑茶を飲んでいる。
「まあでもその方がいいんじゃない。僕らと違ってリュウジは元々が向こうの人だし。それに東京の方がよっぽど仕事あるでしょ」
ハイボールのジョッキを待つ僕の手が止まった。そうか。四年間共に過ごした仲間からでも、やっぱりそういう目で見られてるんだ。立ってるとこは変わんないって思ってたんだけどなあ。
ふたりとも、中学や高校では浮いてたって言っていた。辻は軽米、長田は紫波という言ってみれば過疎地の出身で、彼らが通う学校ではSFや怪奇小説を好む連中など皆無だったと聞く。リアルでの同好の士なんて、それこそ望むべくも無かったらしい。とくに色白で華奢な見た目な上に、今と同様常に十冊以上の本を持ち歩いていたと云う長田などは、格好のいじめの対象だったのではないか。大学でSFFLに入ってはじめて思い切り呼吸ができた、なんてことを一年の頃はよく聞かされた。
だから親友とかって切り口でなく、同じ小さなコミュニティの仲間、いわば戦友みたいなつもりでいたのだ。それがこうも見事に別モノ扱いされるとは。なんか梯子を外された気持ちになってしまった。
三時間続いた一次会を引けて、僕ら四年生三人は三年で会長の正親充に引率されて安倍館にある彼の部屋に流れていった。途中で買ったジンビームをベースに、ハイボールをだらだらと飲むといういつものパターン。でもこのスタイルができるのもあとひと月少々と思うと、なんだかうら寂しいものがある。
日付も二十五日に変わった頃、唯一生き残っている正親がぼそりと口を開いた。
「リュウジさん、さびしいんでしょ。仲間外れにされて」
こいつはそういう変なところをよく見ている。そう言えばこいつも札幌から南進してきた外様だった。この手のサブカルサークルに浸かってるわりに顔も広く、毒舌気味ではあるものの社会性も高い。去年の秋など、地元の高校で行った教育実習のお土産に女子高生の彼女をお持ち帰りしたそうで、大いに僕らの尊敬を集めたほどだった。冬休みも存分に美味しい思いをしてきたらしい。
「遠距離はもどかしいから同級生の彼氏つくっちゃおうかなって、十六歳に脅されてますよ。てかそんな話はどうでもいいんですよ。マジでどうすんですか、就職。俺、立場的にはリュウジさんにいっちゃん近いんですから」
ともに地縁は無く、学部も同じ人文社会科学部。量産型大学生の典型だ。
「お前さんはまだいいじゃないか。頑張って教職まで取ったんだから。行くとこ無けりゃ先生になればいい」
「いやですよ教師なんて。うちは両親ともに教師だから面倒なとこ山ほど見てますから。仕事にする気なんてぜんぜんないッスよ。教職取ったのも親の顔立てるためだけで」
奥のコンロで笛を鳴らした薬缶を取りに立ち上がった正親は、コーヒー飲みます? と尋ねながら、応えも待たずに淹れはじめた。こういう気働きがJKのハートを掴んだんだろうな。
淹れたてのドリップコーヒーをいただきながら、さっきの話の続きをする。
「一応、バイト先の社長も都内の同業を当たってやるとは言ってくれてる。あんまり当てはしてないけどな」
「それ、上手くいくといいッスね」
正親は気休めを言った口でコーヒーをすすってから、虚空を見上げた。
「俺もそろそろ就活始めないといけんかもッスねえ」
コーヒーの表面に映る不安げな自分の顔が、折り返す波紋で揺れて滲んだ。




