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ボクの名は  作者: 深海くじら
長月

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百八十八話 笠司、白露(八)

 グーグルのナビの力を借りて狛江の街並みが見えるところまで辿りついた。ダッシュボードのディジタルは10:17を示している。波照間さんの親戚の家はもうすぐだ。あと数分で、このひととは本当にお別れ。ただ送ってるだけなのに、どうしてこんなに気分が沈むのだろうか。

 赤信号を先頭で停まる。雨にけぶる交差点の先に、緑色に光るネオンサインが見えた。


「あ、サイゼリヤ」


 波照間さんが声を上げた。その唐突さに思わず顔を向けると、彼女は口をつぐんで恥ずかしそうにうつむいた。

 そうだ。ここに来るまでの道中で聞いた大活躍とそのあとの財布遺失事件を考えれば、誰だって想像できるはず。波照間さんもまだ晩メシにありつけてない、って。

 そっと横目で窺うと、彼女は雨だれでにじむネオンサインをチラ見している。

 青信号で動きだした車の中で、ハンドルを握る僕は口を開いた。


「そういえばサンドイッチのあとはなんにも食べてなかったし、お腹へっちゃった。と思ったら、あんなところにちょうどいいのが。ねえ波照間さん、サイゼ寄ってもいいですか?」


「え、ホントに?! あ、でも私、お金持ってないし」


 ぱあっと明るくして、一瞬でしぼむ貌。

 波照間さん、語るに落ちてるし。僕はまだ、一緒に食べようなんて言ってないのに。


「こっちの都合で誘ってるんだから、そのくらいご馳走しますよ」


「そんな。私、住んでるとこが遠いから、皆川さんにお返しできる当てとかもないし……」


 沿道の右側に近づいてくるマンションとおぼしき建物。一階の大部分を占めるテナントの窓からは、オレンジ色の光が放たれている。建物の先には、緑地(みどりじ)に白縁取(ふちど)りの赤で「in→」と描かれた電飾看板。

 対向車は、無し。


「言うてサイゼリヤ。たかだかワンコインでしょ。そんなのぜんぜん気にしなくていいですよ。ひとりで食べるより、ふたりの方がずっと楽しいし」


 返事を待たず、僕はハンドルを右に切った。



 チキンのサラダとエスカルゴをシェアし、それぞれでカルボナーラとミラノ風ドリアをたいらげた僕らは十一時の閉店とともに店を出た。目的の親戚の家はそこからすぐ。二階の窓にはまだ明かりが灯っていた。


「従弟の高校生が受験勉強で起きてるって言ってたから」


 玄関前で深々と頭を下げる波照間さんを気にしないでと受け流し、僕は運転席に戻った。傘もささずに見送る彼女をバックミラーで追いながら、今度こそとアクセルを踏む。

 一刻も早く彼女が家の中に入れるように、できるだけ速やかに視界から消え去ることだけを考えて。


          *


 翌土曜、目が覚めたら十時に近かった。

 少し前までは七時前には暑さの所為で目が覚めてたのに、最近は寝苦しいこともない。秋になったのかな。もそもそと起き上がり窓を開ける。雨はまだ降り続いていた。


 今日のランニングは無しにしとこう。


 予定をひとつパスしたことで、気持ちになんとなくの余裕ができた。今日明日は全休。ひさしぶりに、自分だけのために時間を使うとしようか。

 つくり置きしていた麦茶をグラスに注ぎ、飲みながらベッドに戻る。グラスと置き換えに卓袱台に乗ったスマホを手に取って、再びベッドに寝転がる。はあ。休日の遅い朝。

 軽くネットサーフィンしたところで、ひさしぶりに『ペアリング』の続きを投稿し、ついでに近況ツイートなんかもしてみた。あ、近況()()()って言うのが正解だったんだな、今では。



 素麵を食べながら、去年の冬に放映したときには見そびれていた『大雪海(おおゆきうみ)のカイナ』の再放送を、未視聴分の八話から十話までまとめて観た。雪に閉ざされたポストアポカリプスの世界を舞台にしたボーイミーツガールの物語。シドニアの弐瓶さんが前作に続きポリゴン・ピクチュアズと手を組んでつくった、風の谷のナウシカの雪原版みたいなお話だ。好みの展開なのだが、十話まで費やしてまだここかよって感じ。1クールなのに、これじゃ絶対風呂敷畳み切れないじゃん。と思ってたら、映画のCMが挟まってきた。どうやら来月上映の完結編らしい。なるほどね。そのパターンですか。

 アクティブだけど素直なとこもあるヒロインのお姫様リリハを見ているうちに、波照間さんのことを思いだした。

 三十分そこそこしかなかったサイゼリヤでのひととき、食事の合間に僕らは歓談した。

 最初は親友さんから届いた(くだん)のカップルの到着報告からはじまって、あとは主に昨日の午前中のこと。ふたり並んでお客さんと面談していたときの僕のしぐさや話題の繋ぎ方、相手のニーズに触れたときの波照間さんが見せた意外な積極性など、互いの目線で感じたことを笑い合いながら。

 思っていたよりもずっと人間味があって、いい感じのバランスの物差しを持ってるひとだ、と感じた。多彩な視点で物事を捉え、でも無理に押し付けようっていう圧は感じさせない。全体にやわらかくて控えめに見えるのに、芯はけっこう堅くてしっかりしてる。

 来客を迎える縁側は広く、ふかふかの座布団も用意してくれるけど、奥の間のふすまはしっかり閉じられている。それが波照間さん。昼間の休憩所と車の中、そしてサイゼリヤで過ごした時間の中で彼女は少しだけそのふすまを開けて、僕に内側を見せてくれた。そんな気がした。


 連絡先も交わさない一期一会だった彼女との三か月をぼうっと反芻していたら、スマホに映る(エックス)の着信バッジが目に入った。

 届いていたのはDMだった。



月波@tsukiandnami


蔵六さん、こんにちは。おわら以来のおひさしぶりです。

お仕事がひと段落ということで、お疲れさまでした。

今頃は録り溜めたアニメでも観てるのかな?

ボクの方はなぜか東京に来ているのですが、どうやって時間つぶせばいいのかわかんなくて途方に暮れています。

助けてください、東京マスターの蔵六さん。

なにか妙案はないでしょうか?

(条件1)おひとりさま

(条件2)山手線の真ん中より下の方

(条件3)夕方六時くらいまで

(条件4)なるべくお金のかからない線で

なにとぞよろしく!

―――――午後12:18 · 2023年9月9日



 え。月波さん、東京に来てるの? でもって時間つぶしのネタを教えろ、と。いきなり東京マスターとか言われても、こっちだって東北からの上京組みたいなもんだから。

 とはいえ、あの月波さんから頼まれたとなれば、なんか返さねばなんね。

 僕はなけなしのアタマを捻る。


 自分が丸一日時間をつぶすなら……。そういえば前の夏休みンときは本屋に行ったっけ。代官山の蔦屋書店。月波さんなら本好きの印象もあるから悪くないかも。ちなみに翌日行ったスーパー銭湯は本屋の続きみたいなもんだったから、そっちの提案は無しかな。

 東京タワーやスカイツリーはツアーの中の1コンテンツって感じだし、ひとりで行くとかえって寂しくなるかも。

 あと考えられるのは、映画とかミュージアム。でも映画は無しだな。たしか福岡が地元のはずだから、東京ともあんまり変わらんだろうし。美術館や科博……。うん。上野はいいかも。アキバも近いし。

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