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ボクの名は  作者: 深海くじら
長月

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百八十一話 瑞稀、白露(四)

 紙袋を提げた小竹さんが開放状態のゲートを抜けて、ゆっくりと会場に入ってきました。

 連絡を受けてから三十分。悠然と歩いておられるけれど、きっとすぐ手前までは走ってこられたんでしょうね。近寄ってきたお顔の額が光っています。


          *


 私たちのはしくらブースは六時過ぎに概ね完成しました。

 パース通りのリビングルームを自由な角度から見たり触ったりできるのは、こんなにわくわくするものなんですね。フィギュアやジオラマのモデラーさんたちの気持ちがわかりましたよ。

 茶色いフローリングに置かれた萌葱色の二人掛けソファ。ガラスのローテーブルを挟んだ向かいの壁にベタ付きなのは背の低い横長のチェスト。その上にあるのは60インチの大画面TVとハードディスクレコーダー。そこから右に視線をずらすと、今回の主役、オルタペストリーが飾られています。

 正面を飾る切り文字の取り付けこそまだ終わっていませんが、そちらの方も半分方できているからイメージはわかります。皆川さんのお話しによれば、九時までには完了するとのこと。

 バックヤードの整理も済ませ、受付前のカタログスタンドにオルタのフライヤーやはしくらの会社案内などをセットした私たちは、腕組み姿で真新しいブースを見回しました。うん。いい感じ。


「あとは冊子が届くのを待つばかりだな」


 隣でそうつぶやくのは灰田さん。

 そうなのです。会期中、来場者全員に手渡すはずの限定配布冊子がまだ届いていません。お昼過ぎに星野さんから電話があって、今日配送の便に乗せられなかったというのです。


「まあ、開催まではまだ十五時間以上あるよ。千冊なんて段ボールで四つか五つ程度だから、いざとなったら自家用車ででも持ってこれる」


 悠然と応える灰田さんの言葉を聞いても、場慣れしてない私の不安感は拭いきれません。そっと窺ってみたけれど、灰田さんの様子は変わらない。この泰然自若(たいぜんじじゃく)、見習わなきゃ。


「ここは星野さんに任せておこう。彼が大丈夫って言うんだからさ」


 そう言って帰り支度をはじめようとする灰田さんの向こうから、スマホを片手にした皆川さんが声を掛けてきました。


「波照間さん、うちの小竹ができあがった写真持ってこっちに向かってるそうです。たぶん、小一時間で届くと思います」


 私の顔色を窺う灰田さん。そんなのもちろん決まってます。

 TVとタペストリーの間に空いた壁のブランクを一瞥して、私は強く頷き返しました。

 

          *


「この写真」


 小竹さんが自ら掛ける額装を見て皆川さんが声を上げました。

 パースには無かった、追加された一枚の写真。皆川さんの横から覗き込むように見たそれには三人のぎこちない笑顔が並んでいました。右に皆川さん、左端にベレーをかぶった私。真ん中には、鼻から呼吸チューブを伸ばしているやつれた老婆。

 病室の写真です。

 オルタペストリーの一番近くに、その額はセットされました。


「すみれと一郎の部屋が完成したね」


 肩越しに灰田さんがつぶやきます。

 本当に。私も応えました。


「このお婆さんは……?」


 ビブラートがかかった皆川さんの疑問に返されたのは、いつもとは違う静かな色の小竹さんの声。


「俺のお袋。一昨年(おとどし)癌で死んだ」


 一歩下がって仰ぎ見るように出来上がりを確かめた小竹さんは、腰に手を添えて満足そうにつぶやきました。


「いい供養になったよ」


          *


 開会まであと一時間。私の胃はきりきり痛みます。

 今朝届いていた星野さんからのメールには、必ず間に合わせますのひとことだけ。

 隣のブースではコンパニオンを集めての朝礼なんかやってたり。うちも東京本社から派遣されたサポートスタッフが、揃いのTシャツを着て灰田さんの説明を聞いています。その横の受付カウンターでは、昨日ご挨拶した笘篠さんがMCの原稿にペンを入れている。


 星野さん、どこでなにやってんですか!


 いらいらが振り切れて叫びだしそうになったそのとき、ポケットのスマートフォンが震え出しました。


「おまたせしました星野です。着きました、東京ビッグサイト。でも搬入口がわかんなくて」


「え、え? 星野さん、今どこですか?!」


「たぶん正面入り口の前。逆さピラミッドから入ってまっすぐ行った奥のとこ・・・・・・」


「波照間さん! 冊子、着いたんですか?!」


 横から駆け寄ってきたのは皆川さんでした。


「いま、入り口にいるみたい。でも私、どうやって案内すればいいのか・・・・・・」


 たぶん、すがりつくような貌をしていたのでしょう。

 頷いて差し出す彼の手に、私は自分のスマートフォンを託しました。


「お電話代わりました。ブース担当の皆川と言います。今から臨パス持ってそっち向かいますんで・・・・・・」



 汗びっしょりの星野さんと段ボール箱を抱えた皆川さんがブースに飛び込んで来たのは開始十五分前でした。はじめてのイベント仕事がこんな綱渡りだなんて、先が思いやられます。まだはじまってもいないのに。

 へたり込みそうな私をよそに、てきぱきとした手順で梱包を解いて受付カウンターに中身を積みあげる皆川さん。灰田さんは置き場所の指示をしています。

 みんな、頼りになるよお。


「お待たせしちゃってすいません。全部は無理だったんでとりあえずひと梱包二百五十部を手荷物で持ってきました。残り七百五十は宅配便で手配したんで、今日の夕方にはここに届くッス」


 息継ぎを挟みながらそう釈明した星野さんは、私の目の前に会場限定配布冊子を差し出しました。ほんのりとインクの匂いが残る、初めての私の本。


 リビングに立って全体を見渡す星野さんは、ご自身がデザインしカタチにしたオルタペストリーと、その横に飾られた三人の写真とを交互に見つめ、それからゆっくりと口を開きました。


「僕たちのオルタペストリーと壁に飾られたこの写真、波照間さんが紡いだすみれと一郎の物語で見事に繋がったッスね」


 そう思ってた。私も。

 この気持ち、見てくれるひとたちにも伝わるといいな。

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