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ボクの名は  作者: 深海くじら
葉月

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百六十七話 瑞稀、処暑(三)

 真っ白い砂浜、ターコイズブルーの波打ち際、珊瑚を隠すエメラルドグリーン、その先の、世界が断ち切られるまで続くダークブルー。そして真っ青な空。

 ニシ浜から望んだ海は、平行に区分されたグラデーションのパノラマがまるで天国の景色のような広がりを見せています。サングラスをかけていないと眩しすぎて目を開けてられないくらいに日差しが強いけど、海を渡ってくる風は思いのほかに心地よくて。

 八重山郡竹富町波照間。ここは私たちが暮らす本土とは全く違う、南の島。


          *


 二十日の朝早くに狛江のお宅を発った祖母と私は、六時間かけて電車、飛行機、バスを乗り継いで石垣港まで辿りつきました。離島ターミナルに近いショッピングモールで土産物屋を物色する祖母が八重山蕎麦のお店の前で立ち止まったのでてっきりそこに入るものと思ってたら、素通りして裏通りのカフェレストランへ。孫(私にとっての従妹)に教わってネットで探したというそのお店のお薦めは、サラダを自分好みに盛り合わせられるタコライスのランチセットなのだそうです。

 特産である石垣島ユーグレナ(ミドリムシ!)とマンゴージュースをミックスした「ユーグレナフロート」を食後のデザートに楽しみつつしばしゆっくりした私たちは、そのあと定刻三時に出航する、船首がふたつに分かれた大型高速船「ぱいじま2」に乗り込みました。ようやっと波照間漁港に到着したのは午後の四時半。毎日の十キロ散歩で鍛えていると胸を張る七十二歳の祖母も、総延長距離二千キロにおよぶ大移動にはだいぶお疲れのご様子です。

 港には大嶺さんと名乗る、私のひと廻り上くらいの男のひとが軽のボックスで迎えにきていました。真っ黒に焼けた顔をしわだらけにした笑顔でトワ婆に頼まれたからと言ったそのひとは、私たちの荷物を車のラゲッジに手際よく積み込んでくれてます。


 開け放った窓から草いきれの青い匂いが流れ込んできました。

 信号なんて一個もありません。間欠的に流れていく電信柱のほかは灌木と雑草しか見当たらない舗装道を、私たちを乗せたミニボックスが進んでいきます。おばぁの家まではもうすぐだとか。

 田舎の農道みたいな道だなと思ってたら、大嶺さんが大声でなにか言いました。


「この道は島一番の幹線道路だよ、って」


 祖母が解説してくれました。いま走っているのは島一周道路っていう冗談みたいな名前の道で、その名の通り波照間島を一周してる道路なんだそうです。


「一周九キロだから、ここにおる間は毎日歩こうかね。どうね、瑞稀も一緒に歩かん?」


 いやいやいや。そんな毎日二時間ちょいも歩きませんって。私は曖昧に笑ってやり過ごします。

 でも島自体の全周も十五キロに届かないというくらいですし、ホントに小さな島なんですね、波照間島って。


 窓枠に顔を寄せて青空を眺めていたら、大嶺さんの大きな声が聞こえました。


「日没がめぇまだだいぶありば、ちょっとぅだきニシ浜寄り行かでぃか」


「日暮れまでは時間あるからニシ浜に寄ってかないか、って」


 聞き取りにくい大嶺さんの言葉を祖母が翻訳してくれました。私はうんうんと首を縦に振ります。運転席で満足げに笑った大嶺さんは、速度を緩めてハンドルを大きく右に回しました。


          *


「ここの景色は子どもの頃からちーっとも変わらんねえ」


 横に歩み寄ってきた祖母が懐かしげに目を細めています。


「瑞稀、あそこに見えるぼんやりしたの、あれが西表島だよ」


「イリオモテヤマネコが棲んでる?」


「そんなのもいるらしいね。あたしゃ見たことないけどね」


 浜辺には水着やウエットスーツでマリンスポーツを楽しむ人もちらほらいます。といっても数組だけ。たぶんこの浜全体で二十人もいないんじゃないかな。

 穏やかに寄せる波を見続けていると、気持ちごと吸い込まれてしまいそう。福岡に置いてきた心配事、羽田で感じた疎外感、独りでいることへの不安、それらが全部真っ青な絵の具で塗りつぶされて、まるで無かったことかのように薄れていくのを感じました。



 何分そうしていたのでしょうか。

 気づいたら、祖母とふたりだけで浜に佇んでいました。空の色はまだ蒼だけど、太陽の方は店仕舞いの予感を醸しています。


「大嶺さんは?」


「瑞稀があんまりぼーっとしてるから待ちきれなくなって、先行って荷物届けてくるって言ってたよ」


 え? と驚く私に、まるでなんでもないことのように話を続ける祖母。


「こっからなら歩いて十分十五分だから、散歩するにはちょうどいいしね。道ならあたしがわかってる。なんせ昔住んでたからね」


「でも大丈夫なの、お祖母ちゃん。荷物とか任せちゃって。初めて会ったひとなのに」


 祖母は、私の心配など(はな)から無用だと云わんばかりに胸を反らせて笑います。


「五百人しか住んでない島で余所から来たひとに悪さする子なんているもんかね。そうでなくても自分の親父の元カノを騙くらかしたなんてことになったら、あの子、親子の縁を切られっちまうよ」


 え? ええ~!?

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