十話 笠司、大寒(一)
一月十六日から二十二日までの一週間で胸躍る楽しいことは、一行たりとも無かった。バイトもせず、必要最低限しか大学にも行かず、ただひたすら部屋に篭って卒論を仕上げる作業のみを続けていたのだ。娯楽と言えば、何本かの地上波アニメを観るのとツイッターマンガを追うこと、あとはモノローグのような短い小説を書くことだけ。一年近く付き合って来た論文をようやく完結に導く恬淡とした満足感は得こそすれ、胸躍ることなどあろうはずもない。
僕の卒論のテーマは『好意』の生成とそのメカニズムの考察だ。そう云うとなんだかアカデミックに聞こえるけれど、要は、美人やイケメンとそうでない人の現実的な差ってどんなもんやろか、という極めて即物的な実験とその検証である。
五段階評価に収斂される代表容姿の画像を男女五葉ずつ選び、同様に得点化した性格表現用語とマッチングさせる。美人イケメンにはネガティブな性格を、容姿に不自由な人には極めて望ましい性格を。それぞれの容姿得点と性格得点の合算が一定になるよう調整して提示される仮想履歴書から、一般大学生が彼らに対して抱く印象や好意のレベルを計測したのだ。
結果はある意味予想通り。容姿評価満点の女性ペルソナ(画像のモデルは偶然にもゆかりんのサークルの先輩で昨年度の卒業生。一度お会いする機会があったが、超絶美人の一児の母)は、たとえ唾棄すべき最低の性格が付与されていてもその印象は五人中最高で、全ペルソナ中最も高い好意評価を男女双方から得る。女性ペルソナで次に重用されるのは容姿最低点だが性格最高の組み合わせ。女性の場合、突出したプラスがある方が高評価を得やすいという結果になった。
一方、男性の場合はその逆になる。つまりイケメンであっても性格が最悪ならダメだし、性格が最高でも醜男はやっぱりNG。男性の場合、突出したマイナスが男女双方から嫌われると結論された。
ゆかりんらゼミの同期連中からは読み合わせの度に「受け狙いし過ぎ」と冷ややかな値踏みをされるレポートなのだが、後輩たちギャラリーからの評判は案外悪くない。自分たちのコミュニケーション戦略に応用したいと思っているだけかもしれないが、それならそれで有難い。
正直、今更論文の出来うんぬんはどうでもいい。来週月曜の期限に耳を揃えて提出さえできれば、あとはなんとかなるはずだから。
土曜日正午、とりあえず書くべきものはひと通り書き終えたので、脱稿祝いに餅を焼いた。いや、ほぼ毎日食べてるんだけどね、餅。
搗きたてで一番うまいのは大根おろしだが、オーブンで焼いた餅ならバターが最高。コーヒーとバター餅があれば生きていける。垂れてくるのはちょっと面倒だけどね。
気持ちに余裕ができたので、百四十字を少し書き溜めてみる。
小学校時代から見返してた僕の原風景をスケッチする独白シリーズもかれこれ二十数回。高校一年まで近づいてきた。ここまでの僕にとって最大のインパクト、鷹宮さんのエピソードも当然のように入ってきている。彼女のことを考えると今でも気持ちが溢れ出しそうになるから、蛇口の開閉をセーブしないといけない。今はもう社会人になって四年目。持ち前の優秀さを発揮して、様々な新しい関係を築いていることだろう。仕事の経験値も、おそらくは恋も。
彼女との差は縮まるどころか開く一方で、思慕よりも焦りの方が強い。僕はこんなところでいったい何をやってるんだ、と。卒業こそ四年でクリアできそうだが、四月からの就職のあてもなく、どこに住むことになるのかさえ決まっていない。関東に居場所を定めろと告げた社長の先週の言葉が、胸に刺さったまま宙ぶらりんになっている。
マイナビのエントリーシートを開いてみても、そこから仕事を見つけて働き始めるイメージがまったく湧いてこない。僕はいったい何がしたいのか? 何になりたいのか。
目先の卒論に目途が立った今、僕は自分の拠り所を見失い、なにもない空虚な空間でただ茫然としているだけだった。
明日はどっちだ?




