百二十一話 瑞稀、芒種(四)
送られてきたURLでZOOMアプリを開くと、初見の男性が現れました。
若い。うちで言うと経理の蓑さんと同じくらい? それとも、もうひとつふたつ若いかも。でも彼みたいには太ってない、普通な感じ。お名前は、皆川……さん。『笠司』、なんて読むのかな。
いけない。とにかくまずはご挨拶をしなきゃ。
「あ、はじめまして。株式会社はしくらの波照間です」
あけてしまった最初の間を不自然にとられなかったかが少し心配だけど、なんか言われたら回線の所為にでもしちゃいましょ。
画面の彼が応えてきました。
「こちらこそはじめまして。エムディスプレイの皆川です。本件を担当させていただきます」
見た目通りの若い声。うん。絶対私より若い。でも、乱暴だったり押しつけがましかったりする感じは無い。そっか。この人が九月までの相棒になるのか。
とりあえずお辞儀で思惑を誤魔化した私は、未入室の灰田さんをダシに言葉を繋ぎます。
「すいません。もうひとり、上司の灰田が同席する予定なので、もう少しお待ちいただいてもいいですか?」
「こちらもあとひとり、中込という者が参ります。たぶんオンタイムには入ってくるはずですので、しばしお待ちを」
皆川さんも同じような返事を返してきました。話しっぷりはかなり丁寧。制作畑だからぞんざいな口調を想像してたけど、これなら社会性も問題なさそう。なんてエラそうに考えてるけど、話すことはなくなっちゃった。
どうしようかな。皆川さんの名前の読み、聞いちゃおうかな。でもいきなりそんなの尋ねて、立ち入った感じに受け取られたりするのも面倒な気はするし。
そんなことを思い悩んでいたら、彼の方から声が掛かりました。
「あの、サイトの方、拝見しました。ウェルネスターミナルのページ。今度の展示会って、アレなんですよね」
助かる。
せっかく振ってきてくれた話題です。これは乗るしか無いでしょ。
「はい。そう。そうです。従来の仏壇に代わる新しい祈りの対象を初公開するんです」
「じゃあ今日このあと、その祈りの対象をお聞きできるんですね」
彼の返しに、私は必要以上の大きな声で、はい、と応えてしまいました。ちょっと前のめり過ぎ?
「ちなみにどんな感じなんですか? 普通の仏壇とは違うんですよね」
有難いことに、皆川さんは話を続けてくれました。ひと呼吸分ペースを落とし目にして、私も投げ返します。
「そうなんです。従来の御仏壇って存在感あり過ぎじゃないですか。もうまるっきり置物然としてて。マンションのお部屋になんて、とてもじゃないけど置く場所が無いですよね。このままじゃどんどん先細りになって、ご自宅で祀る文化も消えてしまうんじゃないかって」
皆川さん、なにも言わずに聞いててくれてるけど、引かれたりしてないかな。
ていうか、ぜんぜんペース落ちてないじゃないですか、私。むしろ加速しちゃってるかも。考えてみれば外部の人にお話しするの、初めてで。抑えようって思ってるのに、なんかもう勢いが止まんなくて……。
「業界的にも曲がり角なんじゃないかって思うんです。そこで考えたのが今回の」
そこまで言ったところで灰田さんの入室に気づきました。聞いてくれてた皆川さんには申し訳なかったのですが、私は咄嗟に口をつぐみます。ちょっと、いや大幅に喋り過ぎましたね。
ごめんなさいの気持ちを目だけで送った合図はどうやら伝わったようで、皆川さんは小さな会釈を返してくれました。
すいません、ホントに。
でもいいひとっぽくて、まずは良かった。
*
「お疲れ様。なかなかいいキックオフだったね」
席に戻った私に、灰田さんはそう話しかけてきました。
「ですね。エムディスプレイさん、実績もあるし安心してお任せできそう」
私の返答に、灰田さん、なんだかにやにやしています。なんですか、その気持ち悪い笑顔は?!
「いやさ。瑞稀ちゃんがね、あんなに積極的だとは思わなかったから」
「なんですか、それ!」
わかってます。何を指して言ってるのかは。さっきのリモート会議の最後、締めのよろしくお願いしますのあとで私が投げた質問のことだって。
でもね、気になってたんだからしょうがないじゃないですか。
*
「あの、皆川さん。ちょっとだけお尋ねしたいことが……」
パソコンを操作しようとしていた感じの皆川さんが顔を上げました。上のサムネイルでは、中込さんが早々に姿を消しています。
「皆川さんのお名前、なんとお読みするんでしょう?」
構えてた眉間の皺が消えた皆川さんは、快く応じてくれました。
「あ、これね。読みづらいですよね。リュウジ、です。笠智衆のリュウ。つってもわかんないですよね。昭和の俳優とか」
「その方なら知ってます。『東京物語』の役者さんですよね。なるほどその字でリュウって読むんですね。なんかおしゃれ」
「子どもの頃はカサジとか呼ばれたりもしましたよ」
そう言って皆川さんは笑いました。派手じゃ無い、いい塩梅の笑顔。おかげで少しいい気になった私は、もうひとつどうでもいいことを聞いてしまいました。
「あとひとつだけ。実は打ち合わせの途中に気づいたんですけど、皆川さんの後ろに置いてあるの、それ焼酎の瓶ですよね?」
一度後ろを振り返った皆川さんは、一升瓶を手に取って見せてくれました。
『胡麻焼酎 紅乙女』
「やっぱり。赤いラベルが画面の端っこに見えて、ずーっと気になってたんです。それ、福岡のお酒なんですよ。父が好きで家にも置いてあったものですから、つい。よく飲まれるんですか」
また言わずもがなの質問をしてしまった私に、皆川さんははにかんだような笑顔で答えてくれました。
「いや、これは僕のじゃないんです。この部屋は中込の泊まり部屋で、会社の屋上にある物置小屋なんですよ。で、この酒は毎晩の彼の友」
え? 泊まり部屋? 会社の屋上の物置小屋? どういうこと?
「そこ、ご自宅じゃ無かったんですか?」
「違います違います。僕の部屋はもっとなんにも無いですよ。ここは所謂ペントハウス。って言っても、ぜんぜんおしゃれじゃないですけどね」
勘違いしてましたと謝る私に、彼は明るく続けてくれました。
「そのうち東京に来られるときがあったら、是非ここも見に来てください。建物はボロいけど、景色だけはお薦めできますから」
*
「もうさ、どこで落ちればいいんだか、めちゃめちゃ悩んじゃったよ。僕なんか完全にお邪魔虫だったし」
そう言ってからかってくる灰田さんに、私は断固として抗議するのです。
「そういうんじゃないです。気になってたことを尋ねただけなんですから!」