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ボクの名は  作者: 深海くじら
卯月

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七十九話 瑞稀、穀雨(二)

 コーヒーに一瞬だけ口をつけたものの熱くて飲むのを止めた風の涌井さんが、席を見回してから口を開きました。


「時間が無いから簡潔に、でもポイントは外さない詳しい説明してもらおっか」


          *


 年度初めから二週続けて欠席していた金曜日の総務女子会ランチで、私は矢面に立っていました。欠席の理由はむろん真っ当至極で、最初の週は新人研修に参加して昼食も彼らと一緒、二週目はプレゼン資料作成の追い込みで昼食休みの時間もデスクで作業。今回の追求でもその点については不問です。

 問題は、灰田室長との対人距離パーソナルディスタンスの大幅ショートカット。たとえ望まれて部署に引っ張られたとは言え、現在の急接近ぶりは異動一週間そこそこでの詰め方じゃないでしょ、という疑惑の釈明を求められているのです。

 たった一時間弱のお昼休みに食事と記者会見を両方ともこなそうというのですから、注文を選ぶことさえ認められませんでした。全員同じの日替わりランチご飯少な目を十分弱で食べ終えて、デザートの抹茶ムースとコーヒーが並んだのを見計らって会見が始まりました。


「最初に誤解の無いようお伝えしときますが、灰田室長に対して個人的興味とかはまったくありませんし、特別な野心なども持ち合わせてません。その前提はご理解いただけるようお願いします」


「本物の記者会見みたーい」


 私の口上に水晶ちゃんが茶々を入れました。助かるわ、こういう合いの手。

 その潤いの時間を一瞬で氷結させる、天童さんのひとこと。


「しっ! 水晶ちゃんは黙って。時間が無いんだから。さ、瑞稀さん。前置きはいいから本題に入って」


 怖っ。

 天童さん、ホントの本気でガチ恋勢なんだ。


「先々週の金曜と翌月曜の二日間、室長のご指示で新人研修にスポット参加しまして、そのときの私の企画が見込みアリと判断されたところから話が動いて……」


「凄かったんですよぉ、あのプレゼン。すっごくわかりやすかったし、写真の瑞稀さんのポーズも超可愛くて」


「水晶さん!」


 天童さんからの再度のお叱りは迫力満点で、さすがの水晶ちゃんも黙り込みます。顎をしゃくる涌井さん。はい。続ければいいんですよね。


「翌週の部長会、一昨日行われた会議ですね、それに急遽提案するってことになりました。でも私、企画書なんか書くの今回が初めてだったから、約束事とかもぜんぜんわからなくて。で、一から十まで室長の手を煩わせることになっちゃいました」


 注視する三人の視線を感じつつ、私は終始俯き加減で言葉を重ねます。ていうかなんで私、言い訳みたいなことしてるんだろ?


「今週の月曜と火曜で二時間ずつの第四会議室は?」


 涌井さん、ちょっと笑いをこらえたみたいな渋い顔で代表質問を入れてきました。ちなみに第四会議室というのは、会議というより打合せ用と言った方がしっくりくる狭い部屋で、防音がしっかりしてるから密談や密会に最適という噂もあるようです。


「あ、あれはプレゼンの練習です。社内会議ではあるけれど必勝を期すのだから十分以内でまとめられるようきっちり仕上げろ、という室長からのお達しで、あの部屋に籠って練習してました」


 ひとりで? とは天童さん。


「前半はひとりで。後半の一時間は室長に見てもらいながら、でした。ホントですよ。ちゃんと適切な距離を保って、ただひたすらプレゼンしては講評を受けて手直しするの繰り返し」


 私もだんだんイライラしてきたぞ。そんなに心配なら、天童さんもさっさと告白でもプロポーズでもなんでもして白黒決着つければいいのに。

 そんな空気を読んだのか、表情を和らげた涌井さんが差し込んできました。


「で、どうだったの。部長会でのプレゼンは。ミズキっちの初提案は狸親父たちの鼻を明かせたの?」


 水晶ちゃんもにやにやしてます。天童さんはちょっと複雑な顔をしていますが、どうやらこれが本題だったよう。


「練習のおかげでぜんぜん詰まったりしなかったし、言うべきことは全部言えました。手応えは……あった気がします。でも結果はまだ」


 三人が目配せをしている。頷いた水晶ちゃんが、ひと呼吸おいて言い放ちました。


「昼前に我々が極秘裏に入手した確定情報です。ブランド推進室提案の新企画が上半期予算に満額計上されました。瑞稀さん、おめでとうございます。初提案の企画『オルタペストリー』が通りましたよ!」


 え? え?

 さっきまでの追求会見はいったいなんだったの?


「ミズキっち、おめでとう。初提案で金星とか、すごいじゃん。抜擢した灰田さんも鼻高々だろうね」


 祝ってくれる涌井さんと水晶ちゃんの隣で、天童さんもにこにこしています。さっきまでの険悪ムードは全部演技だったんでしょうか。


「秋には東京の展示会に出るんですよね。新商品発表とか、超かっこいいですぅ」


「でも、マジで忙しくなりそうだよね。灰田さんと出掛けたりすることも増えそう。桜子に後ろから刺されたりしないよう気をつけてね」


 涌井さんの意味ありげな笑顔に憤慨して見せるのは天童さん。


「失礼な!私、そんなことしません。やるとしても椅子に画鋲を撒くくらい」


「「撒くんだ!」」


 息ぴったりの涌井さん水晶ちゃんを尻目に、天童さんが右手を出してきました。


「おめでとうございます瑞稀さん。これからも私の灰田さんを盛り立ててくださいね。今のままでいる限り、私も応援しますので」


 もはや本気なのか冗談なのかわかりません。どんな表情をすればいいのかわからない私は、ふにゃふにゃした顔のまま彼女のほっそりとした白い手を握りました。



 採用されたのはとても嬉しいけれど、正直、灰田さんの視線はそんなところにはなかった。企画が通るのは既定のことで、問題はその先のスケジュールを如何に埋めるのか。なによりも、世の中を驚かす新商品を如何にして作り出すのか。そっちの方しか見ていません。だから私もつい、同じような気になっていたのです。


 総務三人娘の背中を見ながら会社への戻り道、少しずつ実感が湧いてきました。机上の予定表だったあのロードマップを、本当に実現できるんですね。

 どうやら本気で忙しい半年になりそうです。

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