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ボクの名は  作者: 深海くじら
卯月

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七十五話 瑞稀、清明(六)

「よかったよ、プレゼン」


 この前会議をした蕎麦屋さん「川端や」のお座敷席で、灰田さんが労ってくれてます。目の前には大正海老やらカレイやら春菊やら舞茸やらの天麩羅盛り合わせとアサリの酒蒸し。


「ここはかき揚げも美味しいんだけど、とにかくでかくってね。食べてるとお話しなんてしてられなくなるから」


 今夜の灰田さんは土佐の日本酒。酔鯨ですって。いちいちお洒落ですよね。私はビールです。



「オルタペストリーのアイデア、前から考えてたの?」


「前からってことはないです。金曜から、ですね。あ、でもお友だちのとことかに仏壇ってないよなってのは、割と普段から考えてたりはしましたね」


「なるほど。即席であれ、か」


 呟くようにそう言って、灰田さんは長崎切子のぐい呑みをひと口含みます。こういう仕草、天童さんとかが推すとこなのかな。


「いやホント、即席なんであちこちが拙くて……」


「や、感心してるんだよ」


 灰田さんは真っ直ぐ私に顔を向けました。


「初めてつくったスライドなのに、構成もしっかりしてた。問題意識もよく整理されてたし、答えまでの導きも自然だった。ネーミングもキャッチーだし……」


 目を落とし、箸を持つと海老を一尾挟みました。


「なにより、ポーズを決めて身を削ったあの最後のスライド画像が秀逸だったよ」


 大きな海老天をぱくっとする灰田さん。一番力を入れたとこを評価して貰えるのって、本当に嬉しい。

 恐れ入りますと小声で応えて、私はビールを口にします。


 で思ったんだけどと言いながら、灰田さんは卓に肘を乗せました。


「瑞稀ちゃん。あのプレゼンはあれで終わりじゃ無いんでしょ」


 身を乗り出して私の目を射る灰田さん。なんだかすべてを搾り取られそう。

 私は釣られるように首を縦に振りました。


「異動する前に室長が言われたこと。十カ年計画の第二(セカンド)フェーズはインナーの、社内全体に向けた広報でブランドの周知を行うって部分で、何かひとつピースが足りない気がしてたんです。ブランドの説明書きつくって社内ネット(イントラ)に載せたり現場出向いて面談で説いたりっていう、それだけでホントに伝わるのかな、って」


 勢いだけで突っ走らずに、途中途中で呼吸を整える。それはたぶん大事なこと。


「もっとね、拾いに来てもらわないと身にならないんじゃないかなって思うんです。私たちが形を揃えて、ブランドはこれこれこうですよってやるだけじゃなくて」


「それで?」


「背中を見て育つって言葉、あるじゃないですか。ああいう何かが必要だろうな、と思ったんです。わかりやすいお手本を私たちが示してみせる。前を走って、走り方の一例を見せてあげる。そんなアクションがあれば、ピースが埋まるんじゃないかなって」


 そこまで喋ったら既に喉がからから。半分残っていたグラスのビールを、私は一気に流しました。砂地に水が吸い込まれるみたい。


「そこで、あの商品なワケだ」


「そうです。別にアレが唯一無二って話じゃなくて、ああいう今までうちがやったことのないモノで、今までアンタッチャブルだった顧客層にアプローチするっていう、前例というか……」


「覚悟?」


「そう。覚悟を内外に見せる。そんなアクションがあれば、内部への説明も意味を持って理解してもらえるんじゃないかなって思ったんです」


 半分残っていた海老天を思い出したようにむしゃむしゃと食んだ灰田さんは、手酌のお酒をくいと煽ってから、おもむろに口を開きました。


「採用!」


 え?


「これ、再来週の部長会に掛けるから、今の部分も追加して今週中にスライドブラッシュアップして。僕も手伝うから」


 え? え!?


「でもって、部長会でも瑞稀ちゃんがプレゼンやって。基本は今日の感じでいい。細かいとこは練習して手直ししよう。僕が見てあげる」


 流れが早過ぎてついていけてません。ていうか、溺れています、私。


「展開案とスケジュールと予算の方は僕がつくるから、途中でチェックしてね」


 うん。これから忙しくなるぞ、と呟く灰田さん。なんだか凄く楽しそう。勢いに乗せられた私は、首振り人形のようにただ頷くだけでした。


          *


 火曜日の朝、パソコンを立ち上げたら室長からメールが届いていました。開くと、「これ使って」と書いただけのテキストと部署内共有フォルダのリンクが貼ってあります。

 フォルダの中にはスライドのテンプレートがひとつ。シンプルなのに凄くかっこいいデザイン。フォントも見やすくてお洒落だし。これを台紙にして、今週中にスライドを作り直せってことですね。

 わかりましたよ。やってやりましょうとも。

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