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ボクの名は  作者: 深海くじら
卯月

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七十三話 瑞稀、清明(五)

 月曜の朝、いつもより少し早めに出社すると灰田さんはもう来ていました。


「おはよう。瑞稀ちゃん、今日は早いじゃない。気合入ってるのかな」


「おはようございます。灰田さんこそ……。ていうか、気合とかじゃなくて緊張で」


 ぎりぎりくだけ過ぎでない軽口で挨拶をしてくる灰田さんに、思わず私は弱音を吐いてしまう。うーん。この他人を油断させる距離感の絶妙さはなんなんですか。前の課長とのレベチ感が半端ないです。やっぱり広告代理店で培ったものなのでしょうか。それとも生まれつき?


 席についた私は、バッグから会社支給のモバイルPCを取り出して起動します。そうなのです。ブランド推進室はモバイル機器の個人持ちなのです。おかげでデスクの上には大きめディスプレイが一台だけで、広びろ~。

 PCとディスプレイをケーブルで繋ぎ、昨夜作ったパワポ資料をクリック。大画面で、抜けがないかをチェックします。


「プレゼン、僕も見に行くから」


「え? 灰田さん、来ちゃうんですか」


「そりゃ行くよぉ。若い子たちの新しい知恵を聴きたいからね。そのためのテーマ実習だし」


 ウォーターサーバーがご自身のマグに冷たい水を満たすのを待つ灰田さんは、それに、と言葉を繋ぎます。


「瑞稀ちゃんの記念すべき初プレゼンを見逃すわけには行かないし」


 ね、と顔を向けてにっこり笑う灰田さん。

 私の緊張ゲージは黄色から赤に変わりました。



 プレゼンは昼食後の十三時から。持ち時間は、質疑を込みでひとチーム三十分ずつ。発表順は、私が最後です。二チームずつで前半と後半に分けて間に十分休憩だから、私のプレゼンは十四時四十分から。立場上トリを仰せつかるのは已むを得ないと思いますが、だからといって本命というワケではございません。ってことを、みんなわかってくれてるかなぁ。


          *


「今後のはしくらが生活者に提供する新商品・新サービス」という出題テーマで、金曜から今日の午前中まで知恵を出し合い発表練習して作り上げた新卒メンバーたちのプレゼンは、どれもたいしたものでした。

 Aチームが提案するオンライン葬儀は、自動決済と組み合わせて御香典や御仏前、香典返しなんかも対応できるオールインワン型ヴァーチャル葬儀。ご遺体というリアルとどう連携していくのかが鍵になりそう。

 Bチームは、ディスプレイ内蔵の仏壇。ハードディスク内蔵型とクラウド型があって、故人の画像や動画、テキスト情報などから生成されたAI遺影を表示して、簡単な対話もできる。でもこれ、むしろパソコンでやればいいんじゃないって思った。

 Cチームの故人のデータを納める共同墓地サーバは、たぶんすでにどこかで始まってるサービス。でもその分、実現性は高いかもしれない。


 そして次は、いよいよ私の番。

 発表を終えて明らかにリラックスしてる新卒さんたちの、お手並み拝見感がひしひしと伝わってくる。そんな期待を込めた目で見つめられてると緊張が破裂しちゃいます。なによりも、一番うしろに立って腕組んでこっち見てる灰田さんの(プレッシャー)が。

 ええい。なるようになれ。

 頭の中で掌の()の字を飲み込んで、私は壇上に上がりました。



「ブランド推進室の波照間です。ここからは私が提案する新商品企画をお聞きください」


 演台に置いたノートPCのエンターキーを勢いつけてタン、と叩く。始まりっぽくて、ちょっと気持ちいい。後ろのスクリーンには、この画面と同じ表題が出ているはず。


『二次元仏壇・オルタペストリー』


「みなさんはどんなお家にお住まいですか?

 私は1DKの賃貸マンションに独りで住んでいます。去年までは親が中古で購入した築二十余年の一軒家、間取り3LDKの実家で両親と三人暮らしでした。実家には仏壇があり、父が思いついた折に(りん)を鳴らして拝んでいたようです。

 でも今の私のマンションには、当たり前ですが仏壇なんて置いてありません。一人暮らしのアパートにも、若い新婚家庭のマンションにも、少なくとも私の知る限りの友人宅には仏壇はありません。その理由は、大別して三つあります」


 エンター。押すごとにひとつずつ箇条書きが増えていくコマンドです。


「ひとつめは、(まつ)る習慣がなくなったこと。元来、仏壇は亡くなった先祖を敬い祀るための媒体です。同居する親族が亡くなったら、位牌という形で仏様の列に加え祀っていくのです。しかし、昭和の高度成長期以降爆発的に核家族化が進み、家族の誰かが亡くなる事自体、極端に減少しました。位牌が発生しない、仏様が生産されない。仮に仏壇があったとしても、肝心の仏様がいない。そんな状況では仏壇などなんの価値もないでしょう」


「ふたつめは、スペースの問題。先程言いましたように、私の自宅は1DKです。つまり仏壇を配置するに足る部屋はひと部屋しかないわけです。しかし六畳や八畳程度の部屋に仏壇用の半畳を割く余裕があるでしょうか。考えるまでもありません。つまり、住環境の矮小化が設置場所の喪失に繋がったのです」


「みっつめは、合理的価値基準の浸透。二十一世紀に入り、生活の上で最も進化したのは検索性でしょう。あらゆる情報がインターネットで繋がったことにより、結果を得るためのスキームがあらかじめ調べられるようになったのです。必要な要素や実現化のための方法を事前に知ることができるのは『神頼み』の弱体化に繋がりました。『祈る』は慣用句に成り下がり、受験や良縁、安産、もしくは宝くじなどごく一部の場面でしか用いられないようになったのです。日常の中で『祈り』は必要とされず、特定のタイミングでのみ利用されるレンタル品のごとき行動様式となっているのが現在位置です」


「習慣の消失、設置場所の喪失、合理性の躍進。これら三つの理由により、従来型の仏壇は無用の長物となる運命が確定してしまったのです」


 ここでスライドは趣きを変えます。インドのガネーシャやキリスト教のマリア像。それらを描いたタペストリーの画像。


「海外では宗教的なアイコンを平面に写し取ったタペストリーが多くみられます。それらは私たちの仏壇とは比べ物にならないくらい安価で、しかも場所を選びません。この手軽さは、彼らが信じる宗教の日常化に貢献しているはず」


 販促用パンフレットから、仏壇を拝む親子や若者の画像を数点引用。


「私を含め、若い世代でも仏壇を見ればそれが何を表すものなのかは理解していますし、それなりに厳粛な気分にもなったりします。ですが、一般家庭から仏壇がスポイルされつつある現状では、未来の若者たちが今と同じ感覚を持ち続けてくれるのを期待するのは難しい。そう私は考えます。

 そこで、今を生きる人たちに提案するのがこちらです!」


 人差し指と中指を揃えて、エンターキーをターンッ!

 昨夜(ゆうべ)パソコンのお絵かきソフトで急仕上げした仏像タペストリーが、スクリーンにドーンと表示されている、はず。

 

「ターゲットはズバリ、若い生活者! デザインや色合いも各種取り揃え……」


 黒が基調のモノトーン、青空と海が背景(バック)の涼し気バージョン、デザイン違い、等々……。


「オンデマンドで、戒名や遺影の刷り込みも行えるカスタムメイドも用意します。今ドキの生活にマッチした『祀り』を新デザインで提案するのです!」


 商品名、ドーーーン!

『ALTAR』+『TAPESTRY』=『ALTARPESTRY』


「その名もオルタペストリー! 祭壇を意味する『オルター』と『タペストリー』を掛け合わせた商品名です。敢えてカタカナ名称を使い、若い人たちへの敷居を下げます」


 ここでインサートするのは、十年くらい前にスマッシュヒットして今や定番化までしているという仏像フィギュア画像とそのガシャポン。


「さらにアクセサリーとして、仏像フィギュアで有名な海皇堂さんとコラボレーションしての風鎮(ふうちん)も開発。オルタペストリーの掛け軸にぶら下げて楽しむ遊び心も演出します」


 掛け軸が風で煽られないための錘『風鎮』の通常のものと仏像版のビュフォーアフター画像。


「御仏壇のはしくらがご提案する新しい時代の『祀り』のアイコン、『オルタペストリー』にご注目ください!」


 一番の労作スライドをここで放り込みます。部屋の壁に掛けたオルタペストリーをポーズをとって紹介する笑顔の私。

 昨日の深夜、なんにも掛けてない自室の壁に向けてジャーンって格好で笑う姿を何枚も自撮りしました。一番身を切ったポーズの画像を選んで掛け軸画像を合成させてたら、空が白んできちゃいましたよ。

 ここでウケが取れなかったら、このプレゼンは失敗。

 私は席を見回します。

 何人かが声も上げてくれた。目を丸くしてる女の子もいる。やった♡



 恥ずかしいポーズの私をバックに、私はお辞儀をします。深々と。

 ご清聴ありがとうございました。


 顔を上げると、部屋の一番うしろで灰田さんも拍手してくれてます。

 よかった。頑張った甲斐があった。

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