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ボクの名は  作者: 深海くじら
卯月

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六十八話 笠司、清明(二)

 ジョギングコースで二十分ほど汗を流し、そのままの恰好で朝七時半に出社した僕は、誰もいない三階でシャワーを浴びる。デニムにワークシャツというラフな服装に着替え、コースの途中で買ってきたおにぎりとお茶で朝食を済ます。それから階段を駆け上がり、屋上の部屋で寝ている部長を叩き起こす。

 入社二日目にしてこのルーティンを確立した僕に待っていたのは、いきなりの現場仕事だった。



 ひとつは中程度の規模の不動産会社の入社式。こっちは、会場こそ違え同じようなことは何度も経験してるからさほど戸惑ったりしなかった。式次第などどこも似たり寄ったりだし会場も岩手のそれより充実してるので、慣れてくればアタマでも(こな)せそう。

 にしてもなんで新人たちの入社当日ではなくその翌日に、と思ったのだが、社長の祝辞で謎が解けた。その社長、どうやら昭和のとあるアイドルグループに心酔しているらしく、彼女たちが解散コンサートをやった四月四日にあやかって、毎年の入社式をその日に決めているんだそうな。普通の女の子に戻りますと宣言してスタジアムを去っていった彼女たちは、その日を新たなスタートに、それぞれが歌手や女優の世界で立派に活躍したんだという。その逸話を新人への激励の辞に繋げるのはちょっと無理やり過ぎじゃね、そもそも普通の女の子に戻ってないし、とも思ったが、気持ちよさそうに語っている創業者さんの姿を見てると、これはこれでアリかもしれない。


 もうひとつはGW(ゴールデンウィーク)のパレードに参加する山車(フロート)の制作現場だった。

 横浜港ウォーターフロントの倉庫を借りて制作されるそれは、8tトラックをベースにつくられる。後部荷台の囲いを外して平らにし、そこに立体造形のモニュメントや様々な装飾を施してダンサーたちの舞台に仕上げるのだ。うちが担当する団体のテーマは「燃え上がる夏を焦がれて」。渡されたイメージパースのカラーコピーを見ると、デザインされた太陽を天辺に頂く黄金の塔を中心に、舞台一面向日葵が咲き乱れている仕様だ。


「サンバの派手な衣装の邪魔にならないスペースをつくるのが難しそうだな」


 そう話す中込(サンタ)さんと僕が倉庫に入ると、真っ暗な天井に淡い光がいくつも現れた。案内する施工の親方がハロゲン灯を点けてくれたようだ。

 青白い光に照らされたフロートは、見た目はまだほとんどトラックのままだったが、荷台の中心には骨組みの土台が組み上げられている。


「あっちでつくってる太陽の塔をあとから被せてやるんですよ」


 親方が指差す先には、皮膚が移植される真っ最中のような、途中まで紙が張り付けられたワイヤーフレームの大きな紡錘が立っていた。


「この現場は森下がメインだけど皆川もサブで付いてもらうから、しっかり見ておけよ」


 うちは研修とかやんないの? と思いつつも、僕ははいと答えた。


          *


「皆川。お前、木金は朝からムラモトな」


 第二京浜を北上する社用車の助手席にふんぞりかえって煙草をふかしているサンタさんが、全開にした窓からの風に負けない大声でそう言った。こんな車通りの多い道での運転に慣れてない僕には、横を向いたりする余裕などない。とりあえず、大声で返事をする。


「ムラモトってムラモト工芸さんですか?」


「他のムラモトは知らねぇよ。渋谷の本社な。場所知ってるか?」


「知りません」


「ホムペかなんかで調べとけ。向こう行ったら受付で風間を呼び出しゃいいって聞いてる」


 サンタさんの雑な申し送りに憤慨しつつも、僕は了解でっすと応じた。


「あそこの定時は九時からだから、朝はいつもよりちょっと楽だな。あと、あっちではちゃんとスーツ着といた方が目立たなくていいぞ」


 それだけ言うとサンタさんは沈黙した。ちらっとだけ一瞥してみると、腕を組んで目を閉じている。たぶん寝に入ったな。


          *


 四月六日木曜日の朝九時ちょうどを待って、僕はムラモト工芸社渋谷本社の受付に立った。グラビアアイドルでもおかしくない美人に気後れして、もうひとりいた眼鏡のひとの方に声を掛けて自分の名前と風間課長への取次ぎを頼む。こういうの、ドキドキする。



「待ってたよ皆川くん。今日はよく来てくれた」


 一月末以来の風間さんは、相変わらずデキる男オーラが半端ない。ムラモトに着いたときからの続いている緊張が、慣れないスーツも手伝ってそろそろ限界に近い。現場ならこんなことにはならないのに。

 がちがちの僕を引き連れて、風間さんは颯爽とエレベーターに乗る。操作盤の傍に立っている制服の女子社員に、十二階をお願いと告げる姿もイケメン過ぎて、関係ない僕の方が赤面してしまいそうだ。


 途中階で人が捌け、ふたりきりになったところで風間さんは口を開いた。


「エムディスプレイはどう? 少しは馴染んだ?」


「はい。なんかやたらアットホームな感じで、雰囲気はちょっと菱沼装美に似てます」


 それはよかった、と風間さんは大袈裟に安堵してみせた。


「永野さんと中込(なかごみ)さんには、僕も若いころ随分とご指導いただいたから。いまでもあの人たちのお仕事には適わないって思わされることが少なくない。皆川くんも、彼らのやり方をしっかり吸収してください」


 そうなのか。永野社長はともかく、あのサンタさんも実は凄腕なのか。こりゃ、じっくり腰を据えて観察しないといけないな。

 そんなことを考えながら、僕は頷いて頭を下げた。


 エレベーターがポーンと鳴った。

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