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91話 『同期』

 


 唇を噛み締め、吐き出すように短い息を零す。


『余に確認とはそれだけか?では、続けよ』


 電話の向こうで皇帝はもうこの会話に興味も失ったかのような声を上げる。

 これ以上ドウジマが皇帝陛下を引き留める訳にも行かず、険しい顔のまま緋色の眼を開ける。


「――。承知、しました」


 通話が途絶えた。

 端末の向こうから聞負える「ツー、ツー」と言う機械音。握りしめていた手がゆっくりと降りた。


「どうだった?」


 見計らったように声を掛けたのはマイケルだ。

 ドウジマの顔色を見てもう判断は出来ているだろうに、ニヤついた笑みで問いただす。

 マイケルの思惑は簡単だ。壊したいのだ。ドウジマの後ろで期待の間差しを向ける村民たちの希望を、『三の王』の願いを。

 叩き壊し現実を叩きつけてから、その身すらも壊す。それがマイケルと言う男の性格だ。血に飢えた狂犬――。それだけであればアドニスを軽く超える狂人であるのだから。


 長い沈黙が流れる。ドウジマは端末をポケットに。静かに振り向き、アレクシスを見据えた。


「――。村に戻れ」


 ただ、一言。

 後ろでマイケルがニヤリと笑うのが分かる。


「そ、そんな――」

「皇帝陛下から直々の命令だ。お前たちを保護することは出来ん」


 腰につく拳銃を構え、ドウジマはアレクシスに向ける。後ろの男も同じ。ライフルを構え村民に。

 それでもアレクシスは彼に縋ろうと手を伸ばす。


「彼らは十二分傷つきました!信じられないかもしれないけど、一度死んで苦しんで、奇跡でいきかえってそれから――」

「家族を失った――だろ?」

「!」

「悪いな。俺達はすべて把握している。もちろん皇帝陛下もだ。把握したうえで言う。――去れ」


 無情な冷徹な声が響く。

 アレクシスは手を伸ばす。ドウジマなら、僅かにでも此方を哀れみ、情を抱いてくれる彼なら。期待が収まらない。


「無理です。お願い、お願いします。僕は良いですから――」


 震える手でドウジマに再び縋りつこうとしたその時。

 ぱんっ――。

 酷く乾いた音が、その場に鳴り響いた。


 衝撃から尻餅を付くアレクシス。

 無情な緋色の眼が彼を見降ろし、握りしめる拳銃からは煙が立ち上がる。


「――。去れ」


 身も凍るほどの低い声。

 誰もが恐怖に身を縮こまらせ、息を呑み声すら出なくなるほどの殺気。

 それを目の前のドウジマ()は静かに醸し出している。


 アレクシスは漸くと理解した。

 ――嗚呼、自分達の命乞いは絶対に通りはしないのだと。


 そればかりか、この場にいると確実に殺される――。


「皆さん!逃げてください!」


 頭で判断した瞬間。アレクシスの行動は速かった。

 震える足に力を籠め、立ち上がり村民たちを押す様に元の道に引き返す。

 今までその場の空気に呆気に取られていた村民たちは我に返り、エージェント二人分の殺気をもろに浴びながら悲鳴を上げ一目散に背を向け走り去る。

「助けて」「もう殺さないで」「人でなし!」様々な恐怖と罵倒を口にしながら、それでも必死に。


「――無駄」


 そんな獲物を猟人が逃すはずもない。

 マイケルは逃げ行く人々の後姿を見ながら、笑みを浮かべライフルの引き金に指を伸ばす。

 もう今度こそ邪魔は入らない。ぺろりと唇の端を舐めて彼は引き金に指を掛ける――。


「今回だけは見のがす。――それが皇帝陛下より下ったお前たちへの最後の御慈悲だ」


 ドウジマが張り裂けんと言わんばかりの声で、その言葉を口にするまでだが。

 金色の眼光が訝しげにドウジマを睨む。

 何を?正に苛立ちと驚き、疑いの眼差し。


 そんな視線をものともせず、ドウジマは拳銃を村民へと向け、アレクシス。再び彼の足元に向けて迷うことなく引き金を引く。

 乾いた音が鳴り響き、誰とも分からない悲鳴が上がる。例えソレが威嚇射撃であったとしても、ただの村人には十二分の威力となる。


「はやく、逃げてください!」


 アレクシスの渾身の叫びが、最後の極めつけ。

 彼の声が響き渡った瞬間、まるで風船がはじけ飛んだかのように村民たちは恐怖の叫びを上げ、背を向ける。

 まさに蜘蛛の子を散らす様に走り去って行くのだ。


 呆気に取られていたのはマイケルだ。直ぐに我に返り、銃口を逃げて行くアレクシスに定めるが、その間にドウジマが立ちふさがる。


「聞いていたはずだ。そもそも、あいつは『王』まだ外に出ちゃいない、部外者の俺達が不正を起こすな!」

「……だったら、あの虫けらどもは?」

「ダメだ。――皇帝陛下の命令だぞ」


 2人の間。

 今にも破裂しそうなほどの恐ろしく、強大な殺気が溢れ出る。

 もし、その場にエージェント以外のモノ達がいたなら。その気に当てられ一歩も動けなくなっていただろう。

 2人の手には拳銃、ライフル。両者の獲物が握りしめられ、互いに僅かな隙も見せやしない。

 一触即発。何か僅かなきっかけで殺し合うのは時間の問題。――思われた。


「はぁ……」


 大きなため息。

 それと共に獲物を下ろしたのはマイケルの方だ。

 肩にライフルを掲げ直す。


「いいよ。陛下の御命令なら仕方が無いさ」


 興味も失ったかのように再び近くに在った椅子に座り直して、胸ポケットから煙草を取り出して火をつける。

 もくもくと上がる煙を目に映しながら、じろりと次はドウジマに視線を飛ばした。


「――いまは信じてやるよ」

「…………」


 彼、マイケルと言う男がドウジマの虚言に乗ったのは目に見えて分かった。

 なぜ彼がこうも簡単に引き下がったか?そんなの簡単。彼には真意を確かめる術がないからだ。

 皇帝陛下に直に連絡を取るなど、『組織』の中でトップの存在だけ。それも自分から王に連絡するなど。

 今回の『ゲーム』特例として設けられた万が一の処置。勿論皇帝とドウジマの会話は聞こえる筈も無く。マイケルはドウジマの言葉を皇帝の言葉として受け取るしかない。

 これは『ゲーム』前に決まった事だ。余りに怪しい連絡で無ければ、ドウジマの言葉を皇帝の言葉として従おう――と。


 マイケルは不服であるが、此処は信じるしかない。

 何、もしも嘘だとしても、後で痛い目に合うのはドウジマなのだから。

 金の眼は空を飛ぶカメラに目を向けてニヤリと笑った。


 完全に収まった殺気。今までが嘘のように静かな空気が流れる。

 その中でドウジマは大きくため息を付いた。

 騙せた――とは言わない。ただ、納得はさせられたようだ。


 これで今の村民たちの命の危機は免れ辿ろう。

 別にコレで良い、心から思える。後で自身がどんな罰を与えられようとも、もう覚悟は出来ているのだから。

 元より、ドウジマは反対だったのだ。関係も無い村民をこの『ゲーム』に巻き込むことは。

 それが皇帝の御意思で、なぜこの村が選ばれたか、その理由に納得していても。どうせ死が決まっていたとしても、足掻く権利は誰にでもあるのだと――。


「あんた、自分から苦労を背負うタイプ?」


 ふと、煙草を吸いながらマイケルが気だるそうに口を開く。

 視線を向ければ、彼はニヤリと笑うばかり。


「黙っとけ。――それより、休憩している暇があるなら、東口ゲートまで行ってくれ」


 嫌味にも聞こえる発言を聞き流し、話を変える様にドウジマは命を下す。

 少々ワザと過ぎたか、マイケルは一瞬眉を顰めた物の直ぐに表情を変え。はてと、顎をしゃくり傾げる首。


「――何、突然?」

「仕事だよ、仕事。」


 ようやくと誰も居なくなった北門でドウジマは頭を掻く。

 仕事とは?言われずとも分かる。脱走者が居ないかの見張りだが。


「東口ってあんたの管轄じゃなかったっけ?あれ、そういやなんで此処に居る訳?」


 そう言えばと漸く思いだしたかのようにマイケルが問う。

 この『ゲーム』。組織が関与する訳になったのだが、簡単に言ってしまえば見張りだ。

 東西南北に出口が設けられ、そこを各々割り当てられたエージェントが管理すると言う簡単な物だが。

 その中で南がコイヌ、タマ。北がマイケルとリリス。東がドウジマとアーサーが管轄していた区間であったが――。

 しかし此処は北口だ。今思えば、なぜここにドウジマが居るのだろう。それにリリスの姿も無い。疑問を感じても仕方が無い。


 この質問にドウジマは大きく息を付いた。


「ちょっとばかし手違いがあってな。アドニスに俺が南口にいるってご情報が流れていたらしい。だから、南口へ行かなきゃならないんだ。今すぐ」

「ごめん、分かんない。方向音痴?リリスは?」


 マイケルは更に首を傾げる。

 当たり前か、元々ドウジマは東口にいて、しかしアドニスには南のゲートにいるとご情報が流れていて?ドウジマはそちらに向かっていた?

 なら、何故今ドウジマは北口にいると言うのか。方向が違うと言うモノじゃない。


「今の騒動で呼び出しが掛かっていたんだよ」

「……はーん?」

「なんにせよ、面倒ごとだと呼び出されたんだ。アーサーとリリスに連絡して行って貰ったんだが――」


 ああ、なるほど。だからリリスが何処にも居らず。ドウジマも此処に居るのか。理解する。

 此処まで来ると、何か問題が起こったとマイケルも気が付く。


「何?何かあったんだ」


 理解したうえで、問いただした。何があったのか。詳しく話せと言わんばかりに。

 隠す気も無い。ドウジマは溜息を付いた。


「空から遺体が降って来たんだとよ。ま、あの嬢ちゃんの仕業なのは違いない。」

「え?ああ、神様(ヒュプノス)?」

「ああ。それもみんな、島の連中だ。――アマンダが仕込んでいた、な」


 ひゅう――と口笛。

 今の説明で、完全にすべて把握した。

 アドニスの所に死体が無いと思っていたが。そんな仕組みだったとは。

 神様という奴には度肝を抜かれる。其れと別にマイケルは酷く面白そうに笑みを浮かべた。


「それそれ、気になってたんだけど千人は居たじゃん。――殺したの、どっち?」


 気になるのは其方なのか。

 受け入れが早いと言うか、ヒュプノスが千を超える死体の山を移動してきた所はあまり興味が無かったのか。仕方が無くドウジマが報告書に視線を落とす。

 報告書には「死体にはナイフによる――」と記されていた。間違いなくもなくアドニスだろう。


「アドニスだ。どっちにしろ、俺は確認と回収に向かわなきゃいけない。だから、東口はお前に頼みたい」

「はいはい。なるほどね」


 反対はしない様だ。

 マイケルはタバコを地面に押し付けながら、重い腰を上げる。

 口から出るのは不満だ。その不満も見せかけであるのがマイケルと言う男なのだが。


「たく、人手不足だなあ。俺一人?」

「見張るだけなんだから、其処まで苦じゃないだろ」

「はあ……。サエキはいいねぇ。療養中で……」


 まるで嫌味を零す様にクツクツ笑った。

 サエキ――。何時もアドニスに突っかかるあの男は今回この『ゲーム』に参加していない。

 いない理由は腕相撲大会でヒュプノスに吹っ飛ばされたからである。マイケルからすれば、実に大事件(爆笑)


「アレはアレでも腕利きのエージェントだ。有能であるからこそ今回の件は残念だねぇ。――面白いのに」


 ――とマイケルは思ってもいない事を。

 ニヤニヤ笑みが零れているのだから、微塵も思っていないのは確かだ。

 ドウジマが眉を上げて酷く悲しげな苦笑いを1つ。


「お前、相変わらずだな。お前達は――同期だろ?」

「ああ、そうだよ。俺達は同期だよ?だからこそ、こんな軽口居るんじゃないか」


 サエキとマイケル――コイヌは同い年であり、同じ『孤児院』で育った。

 そして全く同じ頃にエージェントに上り詰めた同期だ。腐れ縁であり、幼馴染。

 こんな事を言っているが、下らない事を言い合える仲。

 マイケルはクツクツ笑う。


「でも、アイツなら今回の件降りていただろうねえ。アイツ意外と情が深いから」

「…………」

「コイヌは平気。リリスのような可愛らしさは皆無。いいねぇ、俺も欲しかったよ。ああいう可愛い幼馴染。アドニスは興味も無いみたいだけど」


 暫く面白おかしく笑って、マイケルは首元のネクタイに手を、緩めながらドウジマに背を向けた。


「東口ね」

「…………ああ」


 重々しく頷けば、彼はそれ以上何も言わない。

 小さく手を振りながら、ゆるりとその場を後にするのである。


「ま、そんなに気にすんなよ。うちの、アドニス君を信じようぜ。あの化け物の修行を受けている怪物君なんだからさ。――あいつは最強だよ」

「――マイケル」

「それから、あんたは気を背負い過ぎ」


 最後と言わんばかりに一度だけ、立ち止まり振り向く。


「だから、こんな面倒な長官(リーダー)なんて役職押し付けられるんだよ。さっさと魚野郎引っ張りだして元鞘に収まりな」


 それが本当に最後の助言であった。

 次の瞬間、マイケルはドウジマの前から瞬く間に姿を消したのだから。

 再び1人となった場所でドウジマは何度目かも分からない溜息を付く。


「ドウジマ」

「長官、お待たせした!」


 後ろから、ここの配属となった数人のエージェント達の声が聞こえる。

 彼らに後を頼み、ドウジマも早く南東のゲートに向かわなくてはいけない。

 しかし、ドウジマは顔を上げる。


「――あいつ、本当にコレで良いんだろうな」


 険しい顔のまま、彼はポツリと呟くのであった。




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