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89話『マイケル』

 

「お願いします!どうか、助けて下さい。お願いします!」


 村。黒々とした塀が並ぶ北の外れ。

 地面に頭を擦りつけ、オレンジ色の青年が目の前の男に懇願していた。

 青年の後ろにはずらりと並んだ血染めの服を纏った村民たち。

 あるモノは震え、あるモノは抱き合い、あるモノは動かなくなった我が子を胸に無表情で身を寄せ合い集まっている。

 彼らの前で腕を組み、苦い顔でドウジマは立つ。


 ほとほと困った顔で頭を掻いたのは、少ししてからであった。


「えーと『三の王』……アレクシス?あー、諦めて下がってくれないかなぁ」

「できません!お願いです!!お願いですから!!」

「――はぁ」


 全く話の通じない相手。溜息が出るのは仕方が無い。


「あれ?やっほー。管理代表」


 そんな中、ひとつの声が響く。視線を向ければ、白いシーツの塊を肩に背負い歩み寄ってくるマイケルの姿。

 ひょうひょうとした佇まいで、軽く手を振りながら近づいて来た。

 側に寄るなりドウジマの足元に肩に抱く大荷物をドサリ……。乱雑において顔を上げる。


「ひっ」


 床に置いた拍子にシーツがはらりとめくれ、中身が露わとなる。――悲鳴が上がったのは仕方が無い。

 今まで頭を下げ懇願していたアレクシスが息を詰まらせたのも同時。僅かな間、彼は震える唇を開いた。


「アマンダ……さん」


 シーツの隙間から露わとなったのは、勿論『八の王』アマンダ・レイ・ローファン――。

 生気のない青白い顔で、額に真っ赤な穴を開け、眠る様にこと切れた彼女の姿。


「マイケル!」

「ふあ?」


 あまりに雑な扱いに、ドウジマは声を荒げてマイケルに怒号を送った。

 当の本人は大きく欠伸をして、もう仕事は終えた興味は無いと言わんばかりの雰囲気を醸し出すが。


「もう少し丁寧に扱え!」

「――。なんで?」


 それでも叱り飛ばせば、頭を掻きながらマイケルは首を傾げ。近くに在った椅子にドカリと座り込み煙草に火をつける。大きく煙を吐きながら肩眉を上げた。


「そいつ、敗者で反逆者っしょ?地元に戻れば磔が決まってるし、何を丁重に扱う必要がある?」

「――っ。」


 この男は、と内心呆れ腹立たしく思う。

 我慢ならないと言う様に、マイケルの元へと歩み寄りドウジマは彼の手にある煙草を奪い取る。

 地面に叩きつけ火種を踏み潰しながら軽蔑と怒りが含んだ目で見降ろした。


「確かに、この女は敗者であり反逆者だ。だがな、激闘を末落とした命だろう。この女は少なくとも自分の願いの為に全てを出し尽くして負けた。最後の一瞬ぐらい労い弔ってやるのが、部外者であり監視者の俺達の最大の役割ってもんだ。――少しは他人(死人)に優しくするって事を覚えやがれ」

「――。相変わらず、甘いねぇ。あんた」


 睨み下ろす緋色の眼を金の眼が心底呆れ果てた視線で見上げる。金の視線が「実にくだらない」――そう語っているのがひしひし伝わる。

 ただ、ドウジマはその眼を僅かにも逸らす事もしなかった。真っすぐに、殺気さえ混じった凍てつく眼差し。根負けしたようにマイケルが息を付く。


「分かったよ」


 舌打ちと共に立ち上げると、転がるアマンダの元へ。

 今度は壊れ物でも扱う様に腕に抱くと、そのまま黒塀の向こう側へと歩いていく。

 その後ろ姿を見つめながら、ドウジマは再度息を付いた。

 本当にこの男含め、この『組織』は人の心を理解しようとする連中が少ない。――暗殺者や諜報員に求めるモノで無いのも理解しているが。


 ただ、ほんの少しで良い。ドウジマが言えた事でも無いのは理解している。

 皇帝様一番で、人の生き死など興味が無くて良い。それでも少しは、人の痛みと言うモノを『組織(自分達)』は理解しなくてはいけないと――。


「でぇ?ドウジマ。そいつら、何?」


 そんな事をつい考えていると。塀の奥、車の荷台に遺体を乗せ終わったマイケルが此方を見て、改めて言った。

 忘れていたのに。ドウジマは頭を掻いて振り向く。

 目に映るのは、恐怖に身を震わせ寄せ集まる村民たちと。彼らの前で膝を付いたまま口をあんぐりと開け、今の一連の流れを最後まで見ていたアレクシスの姿。


 後ろで、マイケルが獲物を見つけたように殺気が漂ったのが分かる。


「まて!」


 彼の次の行動をいち早く察知したドウジマは片手でマイケルを制し、アレクシスを見下ろした。


「お前達ももう帰れ。俺にはもうどうする事も出来ない」


「は」と、アレクシスが我に返ったのも同時の事。

 縋りつく様に手を伸ばし、ドウジマのスーツの裾を握りしめると頭を垂れた。


「待ってください!お願いします!!お願いです!!!!助けて欲しいんです!貴方なら分かるはずです!死んでも良い人間なんていない事は!助かっても良い人がまだ沢山いても良い事が――!」


 必死に頭を下げ懇願。

 むしろ今のドウジマの行動で彼にも火を付けたらしい。先ほどよりも必死に縋る。

 このままではアレクシスは納得するまでこの場を動かないだろう。さて、どうした物か。


「で、何?」


 さてどうした物かと、頭を傾げ悩んで居た時。

 ライフルを肩にマイケルが側に来る。眉を顰めて、じろりと座りこむアレクシスを睨み下ろす。

 『三の王』の顔を確認して、呆れたように彼はドウジマを見た。


「おい、コイツは『三の王』だろ?此処に来ているって事は、逃げ出したいって事か?忠告は終わっているって聞いてるぜ?――殺す?」


 肩に担ぐライフルを構え、その先をアレクシスの頭に向ける。

 小さく息を呑む音。構わない。引き金に指を伸ばす。迷いもなく、引き金を引こうとしたその瞬間。


「待てと言っているだろ!」


 その間にドウジマが割り込み怒号を浴びせた。

 上司に止められたらマイケルも止めるしかない。舌打ちを繰り出し、また肩にライフルを担ぐ。

 一応従うようだ。しかし、その眼は明らかに不機嫌そう。「何故?」という視線が突き刺さる様にドウジマに降り注がれている。

 だが、ドウジマは退くことも無く。2人の間に殺気立った雰囲気が漂った。


「ち、違うんです。すこし話を聞いてください!」


 その中でこの空気を壊す様に声を出したのはアレクシス。

 震える声で、四つん這いになりマイケルの前に縋り寄る。目に心からの憐れみと懇願を含み、地面に擦りつける様に頭を下げた。


「お願いします!僕は良いです!でも、僕の後ろにいる――村の人たちは助けて欲しいんです!」


 アレクシスの口から出た願いは、村民の救助。


「この方々を村の外に逃がして下さい!」


 彼らを逃がして欲しいと言う懇願。

 マイケルは無言になる。何か考える様に視線を上に向け、ドウジマを見たのは少ししてからの事。疑問を投げかける。


「逃がせって、皇帝陛下からの温情は終わったって聞いたけど?」

「……」

「コイヌから聞いたのは20人だっけ?逃がし終わった。後は巻き込まれようが野垂れ死のうが生き残ろうが、知ったこっちゃない。逃げ出す様なら殺せ、そう命じられているはずだが?おい、ドウジマ」


 鋭い視線が呆れ果てたよう。

 ドウジマが僅かに俯き苦い顔を浮かべ頭を掻きながら歯を噛みしめる。


「村から逃げてきた連中だよ」

「あー。『八の王』がぶっぱしたんだっけ?」

「それで、生き残った連中が逃げ出したいんだとよ」


八の王(アマンダ)』――。

 島の連中がしでかした事は既に知れ渡っていた。

 村で起こった、大量殺戮の件も。マイケルも一度村を見て来たが言葉に表すのが難しい程の光景。

 あの村の生き残りなのは分かったが、皇帝からは既に彼らは見放された存在だ。数時間前に自ら逃げ出してきた村民は保護済み。後の連中は「国民ですらない害虫と思え」と命令が下っている。村民を助けるのは一度だけ。後は何が有っても見殺し、逃げ出す者が居れば殺せ。そういう命令も。

 それは、何度も記すが万が一その中に『王』が潜伏して逃げ出そうとしている可能性も出てくるからである。


「逃がすのは禁止されているだろ?万が一は理解しているはずだ。命令、無視するつもり?」

「命令を無視するつもりは無い」

「じゃ、殺していいな」


 マイケルが再びライフルを構える。後ろからまた村民たちの悲鳴が上がり。アレクシスが慌てたように彼らの前に立つ。


「じゃ、『三の王』様もここでやっちまうか」


 マイケルがニヤリと笑う。引き金に指を掛ける。口調は冗談ぽいと言うのに、瞳には微塵も遊びと言うモノがない。――本気だ。

 村民たちがざわつく。震え、抱き合う者達や、アレクシスに助けを求める様に縋る者達もいた。

 あとは、彼とマイケルの間に立つドウジマが避けるだけで良い。


「邪魔」

「――」


 だが、それでもドウジマは彼の前から退くようなことはしなかった。

 エージェント同士の殺し合いはご法度だ。遊びならまだしも本気の殴り合いも粛清対象となる。

 避けようともしないドウジマを前に、マイケルは再度舌打ち。沈黙が流れた。


 マイケルの凄まじい殺気を前にドウジマは目をつむる。何かを悩むよう渋い顔で溜息。ポケットに手を伸ばす。

 拳銃でも取り出そうとした――。そう思ったのか、マイケルの殺気は一層と強くなり、村民たちの悲鳴が上がった。

 だが、ドウジマが取り出したのは携帯端末。ボタンを押し、どこかに電話を一つ。

「待て」と制しながら、無言のマイケルの前で端末を耳に当てる。


「――。はい、私です。皇帝陛下」

「――!」


 ドウジマが零した名にマイケルは大きく反応した。

 唖然としたような表情を浮かべ、驚きからか頬に汗が伝い引き金から指を離す。

 そんな彼を見つめながら、ドウジマは皇帝陛下との会話を始めた。


「陛下、今の惨状は御存じですね。『八の王』が敗北しました」

『――うむ、実に愉快だ。あの女、自分の民をああも捨て駒に使うとは。アドニスもあの小娘も実に見事であったな。――勿論、あのヒュプノスと言う娘もな』


 通話をしながらドウジマは顔を上げ、空を見る。

 正確に言えば、空を飛ぶプロペラの付いたカメラの付いた機械端末を。

 ――皇帝は今、この『ゲーム』を視聴している。嫌、正確に言えば始まった時からずっと。

 『ゲーム』に関する情報も常に彼に送られ、今現在どのような状況が起こっているか存じているはずだ。――それならば。


「今、北の出口の惨状は?」

『勿論知っておる。マイケルは相変わらずよな。――で、貴様は何を望む』

「……」


 この状況を皇帝は知っている。なら、きっと会話も聞いているはずだ。

 何を望むか?何も望んではいけない。それは分かっている。

 だからこそ言葉を選びながら、ドウジマは問う。


「望むことはありません。お聞きしたいだけです」

『その者達についてか?』

「……はい」


 この一言に皇帝は何も言わない。続けろと言う意味だ。

 一度唾をのみ込み、後ろの村民と『三の王』を見つつ続ける。


「この者達を見逃しても宜しいでしょうか?」


 迷わず、率直に。


『――そうなあ。あの女が生き返らせた稀有な者ども。……いいや、稀有所で無いか』


 電話の向こうでくつくつ皇帝は笑う。

 これは、奇跡が有るのでないか。僅かに期待が浮かんだ。――だが。


『ならん』

「……」


 電話越しで、無情な言の葉が響く。

 ドウジマの中で長い沈黙が流れる。目を閉じ、僅かに唇を噛みしめ。


「その結果、気まぐれと言う奇跡を起こした《神》を怒らせる可能性があっても、でしょうか?」

『怒る――?あの女が?余よりも気まぐれな《神》を名乗る女がか?』

「……」


 電話越しで皇帝が豪快に笑う。

 それが十秒ほどか。今までが嘘のような冷徹な声が鳴った。


『あの女は怒らぬ。気まぐれゆえに、何も思わん。―― ()など、ある訳なかろう』



 言葉が詰まる。

 何も言えない。言い返せない。

 ああ、そうだ。


 助けた?生き返らせた?だから何だ。

 彼女は直した物を壊そうと怒らない。怒る訳がない。

 あの《神》にそんな(モノ)ありやしない。




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