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89話『一日目終了』

 


 その場に静寂が走る。

 アドニスはこの瞬間、どのような表情を浮かべていたのだろうか。

 それは隣で見上げていたシーアという存在しか分からない。


 彼女も何も言わず。赤い瞳は色も無く彼から視線を外す。

 彼、アドニスが『八の王』を弔う理由。理解したくないが、嫌でも彼女は理解する。


 赤い瞳は静かに細く、瞳を閉じるのだ。


「――。君は、君と言う奴はやっぱり、ちょっとばかしズレているなぁ」


 そう、何と露わにすれば良いのか分からない万華鏡を帯びた口調で、言葉を零して。


「――!」


 アドニスは驚いた様に、シーアを見下ろす。

 身を乗り出す様に、慌てたように彼女の顔を覗き込む。


「にゃんだ?」

「……いや」


 しかし黒い眼に映ったのはいつも通り血の瞳だ。

 どこまでも真っ赤で、どこまでも興味も無い瞳。


 アドニスはそんな瞳をまじまじと覗き込むように見つめた。

 今のは気のせいだったのか。じっくりと見つめて溜息が零れた時。


「いやん。少年照れちゃう♡」

「――!!」


 シーアの一言で今の状況に気が付いた。

 がば!――なんて音が似合う程に飛び起きて、身を離したのは瞬く間の事。

 珍しく顔を真っ赤にして慌てたように背を向けるのである。


「いまの距離、キスされるかと思っちゃった♡」

「だまれ」

「別にいいんだよ?キスも、それ以上の事しても♡♡」

「し、しない、だまれ!」


 そんな囁きボイスが耳元で、背中には柔らかな感触が広がる。

 やってしまったと思っても、もう遅く。このままではシーアの揶揄は更に激しくなる事だろう。

 彼女を引きはがしながらアドニスは咳払いを一つ。其れよりもと、目を逸らしながら彼女を見据えた。


「――さっきの件。礼を言っておく」

「む?」

「銃撃の中だ。守ったのはお前だろう?」


 話を変えて問えばシーアはニタリと笑って頷いた。


 それは先程の最後の銃撃戦の事。流石に千を超える銃弾の中、アドニスは弾くだけで精一杯であった。

 崩れ落ちて来る瓦礫を避けるなんてもっての外だ。流石に天井から瓦礫の山が崩れ落ちてきた時は「まずい」と思った程。

 骨の何本かを捨てる覚悟で防御に入るか、そう思った時。後ろからシーアが現れアドニスを抱きとめた。


 いつも通り笑って、その柔肌に夥しい銃弾と瓦礫の山を浴びながら彼女は傷一つ付くことなく。

 瓦礫の中から出る事が出来たのも彼女のおかげ。アドニスを抱き上げてそのまま瓦礫の中から飛び出したのだ。飛び出した瞬間に彼女の身体は常闇の中に消えてしまったが。


 ふわりとシーアの身体が浮く。

 寝そべってそのままベッドの上に。


「コレぐらいの協力はするさ」

「……それで、今更だがお前はなんだ?あの銃弾、瓦礫を退けるなんて人間技じゃないぞ?」

「それは私が神様だからさ♪」


 随時気になっている事をサラリと問えば、サラリと返される。

 いつまでこの自称神を語り続けるのか。やはり、一度しっかり話をすべきだと今更ながらに心に決めた。


「シーア。少し話が――」

「アドニス、いるか?」


 その決意を胸に、いざ彼女に話しかけようとした時の事である。

 教会中に男の声が響き渡ったのは。

 アドニスは言葉を呑んで礼拝堂に視線を飛ばした。


 この声には聞き覚えがある。

 何、『組織』のエージェントの一人だ。


 扉を開けて、礼拝堂へと出れば出口に一人佇んでいるのが見える。

 赤いネクタイを首に絞めた、黒いスーツ。茶色ショートヘア。黒いサングラスをし、ライフルを背負った男。

 煙草を加えながら、あたりをキョロキョロと見渡し、アドニスを見つけるやいなや「ニッ」と笑みを浮かべた。


「マイケルか……」


 男の名はマイケル。

 先の通りエージェントの一人である。

 そして、アマンダの引き取り役なのだろう。


 マイケルはつかつかと音を立てながら教会の中へ。

 白いシーツに包まれた死体の前で止まった。


「こいつかい?」


 低く、興味も無い様な声が響く。

 同じくアドニスはシーアを引き連れ彼の側へと歩み寄る。


「ああ、確認を頼む」


 シーツを捲りながら言った。

 捲れば白い顔で額に紅い穴を開けた少女が横たわっている。

 出来るだけ綺麗にし、シーアにも流れ出る血を止める様に頼んだのだが、その傷は傍から見れば実に痛々しい。

 マイケルは携帯端末を開き、横たわるアマンダを見ながら頷いた。


「ああ、確認するまでもないね。『八の王』女帝様だ。見事だねぇ、優勝候補をこうもあっさり殺っちまうなんてさ」


 マイケルはケラケラ軽く、笑いながらアマンダを乱雑に持ち上げ肩に担ぐ。

 それだけだ。もう用は済んだと言わんばかりに、此方に背を向けた。


「…… 一ついいか?」


 そんな彼をアドニスは止めた。

 声を掛けられれば彼は足を止め、煙草を加えながらチラリとアドニスに視線を飛ばす。


「なんだ?」

「その遺体はどうなる?」


 僅かな間。たばこの煙を吐き出してマイケルは笑みを浮かべる。


「敗者として『国』に知らされるよ。女帝様は確か、島で磔じゃなかったかねぇ」

「……そうか」


 ――それが、敗者……。裏切り者の末路。

 耳元でシーアが「いいの?」と小さく呟く。

 この問いに対してアドニスは何も答えはしなかった。

 ただ、静かに目を閉じるだけ。


 別に良い。

 自分は自分なりの弔いをした。

 手厚く葬ってやった。


 それで、良いのだ。


「そうか、分かった」


 目を逸らし、小さく溜息を零しながら頷く。

 それ以上アマンダのその後について話す事は無かった。

 ただ、マイケルは僅かに話を変える様にアドニスを見た。


「にしても、あの数を相手にして擦り傷程度とか流石だなぁ、アドニス。千人はいたろう?」

「……。なんだ、『組織』は知っていたのか」


 マイケルは小さく鼻で笑う。


「お前は一応『ゲーム』参加者だからな。秘密にされていたんだが、一週間前からこの村は監視されていたんだよ。」

「…………」

「村から外に出る連中は居なかった。でもな、外から中に入る連中が馬鹿みたいに出て来た。調べれば、全員島の連中だ。――女帝様の手の内は『組織』は皆知っていた」


 でも、とマイケルはアドニスを見た。


「お前、直ぐに気付いただろ?」


 サングラス越しに彼の金色の眼を見る。

 ニヤリと、僅かに笑ったのは次の事。


「当たり前だろ。アレで気が付かない馬鹿はない」


 女帝の思惑(ぶき)に気が付いていたか?

 馬鹿か。そんな物、気が付いて当たり前だ。

 開始前、あの屋敷に向かう途中ですら、浴びる様に沢山の殺気が注がれていたのだから。


 他人を使うなんて。

 其処ばかりは女帝様の一番の願いと言うか。甘かった部位と言う訳だ――。


「――他に報告はあるか?」


 もう、完全に興味も失った様にアドニスは別の言葉を投げかける。

 再び歩みを始めようとしていたマイケルは、再度足を止めて何かを考える様に顎をしゃくった。


「ああ」


 少しして、彼は声を漏らす。

 そして振り向いて『ゲーム』の通知を口に出す。


「『四の王』マリアンヌだっけ?――死んだよ。今日の敗者は3人ね」

「――」


 簡単な報告だけを済ませてマイケルは教会を出ていく。

 扉の閉まる音が響く。


 思いもしなかった報告に、アドニスは唯呆然と佇むしか無かった。



 ※


 『四の王』

 マリアンヌ・ドライシャス

 『八の王』

 アマンダ・レイ・ローファン


 ――死亡。




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