85話『八の王』7
アドニスの一言に、アマンダがタガーを振り下ろす。
彼は今彼女を「贋作」と呼んだ。偽物、作り物。本物とは程遠い。
ジェラルドとマリアンナもアマンダを贋作と呼んだ。
それは元女帝の一族で「貴族」のフリをするからこそ。
本物の貴族であった彼らは、だからこそアマンダを「偽物」「贋作」と呼んだにすぎない。
本来の彼女の家系は落ちぶれたなんて言葉は甘く聞こえる程に、もう存在していないのだから。
その見かけすらも、女帝に模倣して作られた贋作中の贋作であるのが事実であるが。
「……そうね」
アドニスの言葉をアマンダは否定することは無かった。
ただ、僅かに俯いてから小さく笑み。
「だからなんだ」と言わんばかりに、タガーを握り直す。
「確かに妾は幼いころから女帝であれと育てられました。でも、妾はソレを受け入れているわ。贋作が何よ!」
また地を蹴りあげる。
今度は胸元を狙って一撃を放ち。アドニスは軽々と後ろに飛び下がり銀の刀身は再び宙を切った。
だがすぐ様にアマンダはタガーを離し腰に付いた拳銃を構え、僅かな隙も無く容赦も無く頭を狙って引き金を引く。
それもアドニスは腰を逸らし、弾を軽々と避けると勢いを利用しそのままに一回転と共に着地するのだが。
さらには地に手を付けて、跳びはねる様に連続で放ってきたアマンダの銃撃を回避。2人の間に2メートルほどの距離が産まれ、2人は睨み合う。
アマンダの追撃は止まない。地を蹴り、残ったタガーで首を狙って振るった。
勿論と言うべきか、刀身はアドニスに当たることも無く、彼は高く飛び跳ねアマンダの後ろへと着地する。
アマンダはそんなアドニスを真っすぐに見据えた。見据えて言い放つ。
「妾は、女帝です。女帝として育てられソレを受け入れました!傲慢で自分自身が良ければ満足と高らかに宣言する今の王よりは、遥かに妾の方が王に相応しい――!」
タガーを持つ手を胸元に当て、彼女は女帝として宣言する。
決意のこもった瞳、自信あふれる佇まい。威厳あるその姿、先ほどと変わらない、彼女は正しく《王》の佇まい。
「妾は誰よりも国民を愛しましょう。誰よりも平等な国に致しましょう。誰よりも平和な国にしてみますとも。――国とは人です。王は民を、国を生かすための表向きの器でしかない。国を作るのは民なのです!なら私は民の為に全てを掛ける!島国の人たちを全て利用してでも、その間に何人の犠牲が有ろうとも、その先に未来があると言うのなら」
《王》は真っすぐに猟犬の目を射貫き、最後の言葉を放つ――。
「私利私欲に人を苦しめる王を、私は認めない――!」
――。
――――
――――――。
この世に生きる民であるのなら、きっと誰もが傅いた事だろう。
彼女の考えに理想に全てに、未来の王を見据え、彼女こそが王だと。
苦しい毎日は彼女が終わらせてくれるに違いないと、期待を込めて、其れこそ涙でも零しながら。
「だから……」
それが、色の無い皇帝に仕える犬で無ければの話だが――。
「中途半端。その思考が偽物だっていってんだよ」
アドニスは呆れたような口調で苛立った面持ちでナイフを握る手を下ろした。
「今のが、お前が考えて考え付いた本心だったら。本心からの行動だったら、良い王様になれたさ。それが茨の道って奴でも、いつかは辿り着くだろうさ」
でも――。アドニスは言う。
先ほどの村。彼女が初めて追うと言うモノを見せつけた時、投げかけた言葉を再度発する。
眉を顰めて心からの侮蔑を込めて、首を傾げ小さく笑って。
「それ、本当に全部お前の本心――?」
この言葉に、アマンダは僅かな沈黙を抱き。
2人の間に静寂が走る。
僅かに唾を飲み込む音。
白い女の頬に汗が垂れ、顎を伝い床に落ちる。
アドニスの目の前に血まみれになりながらも殺気を放つ女が映っていた。
その瞳の先。黒曜石に反射して、アマンダと言う女は僅かに笑う。
心から呆れたように。根負けしたと言わんばかりに。
彼と同じく侮蔑にも似た良く色合いを、まるで自分自身に向ける様に。
「――馬鹿ね。本心だったら、もっとお優しいだけな女になって居ただけよ」
でも。
「仕方が無いじゃない?――そう、求められているのだから。そう、求められれば応えさないと育てられたのだから――」
ただその一言を彼に向け、アマンダは一気に後ろに――教会の扉に向けて跳んだ。
壊れかけた扉は勝手に開き、彼女の身体は奥へと吸い込まれてゆく。
アドニスが追う暇も無い。ただ、目に映ったのはアマンダの僅かに動く口。
誰にも聞こえない声で、誰にも聞かさない声で、アドニスにだけ伝わる様に彼女は確かに言った。
――私、皇帝の王としての在り方、正しいと思っているわ。
「――撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
女の咆哮が轟いたのは、刹那の瞬き。
教会の扉は叩きつけられるように閉められ、取り囲んでいた周りの殺気は銃声の轟音と共に一気にはじけ飛ぶ。
壁から、ガラスから四方八方から飛び行く弾丸の雨。
アドニスは中心で一人、佇む。
間一瞬だけ辺りがスローモーションになった気がした。
ざっと見る限り自信を囲むのは千を軽く超える銃弾の五月雨。
関係ない。ナイフをしっかりと握りしめ、その身体は地を蹴り上げ宙を舞った。
切り裂いて、切り裂いて、切り裂いて。
返しきれなかった銃弾が腕を掠り、頬を掠り、脚を掠る。
それでも、黒い眼は銀色の銃弾をしっかりと見極め、見つめ、ただ一心にと腕を振り上げる。
その中で、教会で合ったものは、穴と言う穴を開け崩れ去っていく。