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84話『八の王』6

 

 どれほどの銃声が響いた事だろうか。

 きっと数分も経たないうち。


 アドニスは古びた教会の戸を叩き壊す勢いで開く。

 割れたステンドグラス、壊れた椅子に祭壇。天井は彼方此方崩れ、蜘蛛の巣が張る。妙に埃っぽく、かび臭い。

 古びた絨毯の中心で、ボロボロドレスを纏い、背にライフル、腰に拳銃を付けた女は佇んでいた。


 勿論彼女はアレぐらいの人数で、アドニスと言う存在を倒せるなんて思いもしていなかっただろう。

 それでも血まみれのナイフを見るだけで、()()の最後は容易に想像できる。


「貴様――」


 アマンダが口元に手を当て顔を歪ませた。

 実に馬鹿らしいことだ。ただ、数十人。それも自分から宛がったと言うのに。


「これは貴様が用意した部隊――。武器だろう?何を怒る必要がある」

「――それでも、ここまで無慈悲だとは思いもしませんでした」

「無慈悲?このゲームに巻き込んでおいて、笑わせる事だな」


 冷たい言葉にアマンダは唇を噛みしめ、ドレスの裾に手を伸ばす。音を立てて破り捨て、その手にタガーを握りしめ目の前の猟犬を睨んだ。

 この様子にアドニスは小さく鼻で笑う。同じようにナイフを手に握り、女を狙い腰を僅かに屈める。地をひと蹴り、本来ならそれだけで十分だ。辺りを見渡し、にやりと笑う。


「手駒を失ったか?」

「まさか。()の住人が其処まで少ないとでも?」


 まだ、いるのか。

 周りには殺気も人の気配も感じ取れない。

 ただ、離れた所から怒号のような大勢が近づく音が聞こえるだけ。

 その前に終わらせるか。其れとも。全員粛清するか。いや、ここはまず確定した情報が欲しい。


「少し話でもするか。」


 携帯端末を取り出しアマンダに投げ渡す。薄紅の瞳が受け取った画面を見下ろし、眉を顰める。

 画面に記されているのは、彼女の事だ。

 アマンダ・レイ・ローファン。その出世、生い立ち、生きざま。家族構成から全て。一体何を目指し、どんな王を目指しているかと言う事。

 プライバシーの欠片さえも無い。これに眉を顰めない人物は居ないだろう。アマンダは怒りを露にし、手にする携帯端末を叩きつけるように投げ返す。


「全く、『世界』は国民をなんだと思っているの?」

「家畜だろ?」


 どうしようもない事実にアマンダが更に顔を顰める。

 皇帝が国民をどう思っているか?家畜だ。実に馬鹿らしい問いだと思うが。


「グーファルトと良い。この村人たちに対しての行動からしても、その考え浸透しているみたいね」


 ――グーファルト。

 それは彼が引き連れていた弾避けの子供の事だろうか。この応えも実に馬鹿らしい。

 目の前の女帝様が余りに下らない事を言うモノだから、アドニスは小さく鼻で笑い目の前の女を薄ら見た。


「お前だって同じじゃないか」

「…………」


 先ほどから『世界』が『皇帝』が「グーファルト」が、この女は民を犠牲にするやり方が汚いと不満をお持ちの様だが。残念ながら、彼女はソレをどうこう言える立場でもない。ソレはそうだろう。彼女もまた、多くの国民を使い犠牲にして此処に立っているのだから。その数、100、200?いや千、二千以上。


 教会を殺気立った数えきれない人間が取り囲む。

 嗚呼、そう。先に記した通り、これら全員が彼女の絶対的な武器なのであるから。

 ――皇帝やグーファルトと一体何が何処が違うと言うのだ?


「『八の王』女帝、アマンダ・レイ・ローファン。島――いや、もう一つの大陸の落ちぶれた元女王の末裔、か。良く此処まで人を誑し込んだものだ」

「……それが、妾達の願いだからよ」


 最大級の武器を手に、アマンダは造り上げたような歪な笑みを1つ。


 ――。


 ゲーバルドと言う惑星。

 この国に《国》と呼べる場所は『世界』と呼ばれる場所唯一つ。

 だが、40年ほど前。現皇帝のその前に当たる皇帝。その時代には実はこの『世界』には特別に国とは許されずとも「名」のある場所が存在していた。

 もう禁句となったその名をアドニスは勿論知らないが、何処かは知っている。


 ――それは『島』と呼ばれる。

 この『皇帝』が住まう大陸から海を挟んで存在する。大陸と比べれば面積など半分も無い、もう一つの小さな大陸。今では『島』なんて言葉で片付けられる小大陸。

 それが、『世界』と別に名を持つことを許されていた、かつてのもう一つの《国》であった。


 海を挟むがゆえに皇帝の目にも入らず手も届かない、暴君国家からすれば正に天国のような場所であったとされる。

 皇帝の代わりに女帝と呼ばれる女が国を統治し、皆平等に暮らし、飢餓も無ければ病気も存在しない平和そのものの《国》。

 女帝はその時の皇帝と同盟関係を結び、『世界』からの平等な輸入と輸出まで取り付け、平等な《国》を広げていった。

 いつしか、女帝は自らを『島国』の女王と名乗り、誰もが賛美した。当時は誰もが噂したそうだ。

『世界』に『国』がもう一つ産まれる、と。これで世界は良い方向へと変わるだろう――と。


 現、皇帝陛下が即位するまで――。


「今の皇帝は、即位した瞬間に祖母を違反者、略奪者、反逆者と処刑したわ。」

「当たり前だろう。この世界に国も王も一つしか要らない」


 憎々しそうに言葉を零すアマンダにアドニスは冷たく言い切る。


「もう一人の王を認めれば、そこから謀反を企む火種がくすぶる。排除して当然だ。そもそも、自ら王を名乗るなんて宣戦布告も良い所。殺されて当然だろう」

「――そう。さすが皇帝の犬ね。話も合いそうにない」


 彼女がタガーを握り直し、身を屈める。一気に地を蹴り上げアドニスに迫った。

 それをアドニスは軽々と片腕で受け止めるのだが。


「祖母を失った島は今までの栄光を一気に失った」


 女帝を失った『島国』は瞬く間に力を失った。

 輸入を止められ、輸出を止められ、他同様搾り取られるだけの只の街に落とされる。

 そればかりか、今まで島全土をローファン家に任せていたが、コレを取りやめ。島の彼方此方を小さく個別化。

 大陸と同じようにその場を収める貴族をあてがい、領土と言う形に収めた。


 これより、今まで平和で平等。誰もが幸せに暮らしていた《島》は変貌する。

 領土によって暮らしぶりは大きく変化し、今まで通り暮らしていける者もいれば、餓死が出る程に落ちぶれた地も溢れ出る。

 こうして『島国』と呼ばれた小大陸は、「島」と呼ばれる唯の領地となった。


 それを全ての国民が良しとする筈も無く。


「妾は、産まれながらの女帝です」


 アマンダはナイフを振り上げ、胸を張る様に言う。

 銀色の刀身がアドニスの首元を切り裂こうと宙を切り、難なく避ける彼は黒い刀身を振り上げより重い一撃を加える。

 余りの一撃によろめくアマンダの足元を容赦なく蹴り上げ、転げ落ちた彼女にナイフ突き立てれば、ぎりぎりのタイミングで彼女は転がり避けた。

 身を回転させ、身体を起こし地に手を付いたと同時にアマンダは身を引く。再びタガーを構えた彼女の額からは冷や汗が伝う。


「女帝、だと?周りにそう育てられただろう」


 そんな彼女にアドニスは冷たく言い放つ。彼女の情報は知っているからこそ、軽蔑の視線を送る。

 心から思う。彼女は自身を女帝と名乗る。周りも認め、彼女を女帝とした。

 だが、本当はどうだ?


「お前は生まれながらに秀才だった。祖母?違うだろう偶然にも産まれ先が女帝の血筋であったから、国民たちは思った訳だ。――女帝の生まれ変わりだ……と」


 辛い生活となった島にある日、1人の赤子が産まれる。

 女帝と呼ばれた女の一族の末端の娘。

 彼女は生まれながらに特別な才を見出す。誰よりも先に言葉を覚え、誰も分からないような勉学を吸収し、諍いを治め、より良い国を作りたいと国民の為にその頭脳を活用する。

 第一に国民を、第二に国民を、第三に国民を、コレからの日々をコレからの毎日をより良くするために、前のような素晴らしい国を創り上げる事を掲げ。真摯に打ち込む。

 人々から愛あれ、同じく人々を愛した彼女を、いつしか人は彼女こそが「王」であれ、そう願い祖母と同じように女帝と呼ぶようになった。


 それが表向き。


「何が生まれ変わりだ。お前は()()であれと叩き込まれただけだろう」


 跳び掛かり、アマンダの腕と頬をナイフの切っ先が刻む。

 いや、腕だけじゃない。腹を、頭を、胸を、アドニスは容赦も無く急所を狙い切りつける。かすり傷で済んでいるのはアマンダが紙一重で避けているに過ぎない。


「お前は周りの期待に応えているにすぎない」


 もう幾度目か?切っ先が、アマンダの頬を掠める。

 体中から血を流し、それでも顔を顰めタガーを握りしめる彼女は苦悶の表情を浮かべるも膝を地に付く事は決してない。

 ただ、アドニスの言葉に苦虫を噛みつぶしたような表情で睨んだ。

 そんな彼女を真っすぐに睨みながら、アドニスは放つ――。


「お前は作り物だ。人が作り上げた《理想の女王》。女帝と呼ばれた女の模倣。――贋作だ」



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