83話『八の王』5
走れば走るほど、木々は枯れ草木は無くなり錆びた村へと変貌する。
横目でそんな情景を見つつ、アドニスはある気配を感じ取って止まった。
地を蹴り跳び上がったと同時、爆発音が一つ。瞬間までアドニスが立っていた場所がごっそりと無くなる。
足元に微かな突っかかりを感じたと思えば、爆弾であったか。
空中で幾度目かの溜息を付いて左足に付いた拳銃を構える。
土煙の向こう、光沢が複数。
相手が動く前に行動を示す。片手でセーフティーを外し、引き金を引く。
装填されていた5発全てを標的へ、発砲音が鳴り響いた。
「うぐ」「が!」――。聞こえるのは短い悲鳴。それが4人分。一人逃したようだ。
土煙が薄まったと同時、下からも発砲音が響く。銀の銃弾は真っすぐに飛び、アドニスの頬を掠る。
その間に此方は弾を装填。瞬時に相手に向けて撃ち、視線を右にずらす。
また新しく敵がいる。3人。今度は、外しはしない。
片腕だけを標的に向けて撃つ。また声が3つ。今度は全員仕留めたようだ。着地と共に拳銃をしまえば終了だ。頬の傷はもうない。
しかし続けざまに今度は腰に付くナイフを、地面に蹲り苦悶表情を浮かべる一人の男の元へ、その首元にナイフを宛がった。
「お前たちはアレか?『八の王』に従う連中か?」
分かり切った答えが返ってくると察していたが、敢えて問う。
首元から一滴の血を流しながら男は悔しそうに奥歯を噛みしめる。もう、どうしようもなく諦めたのか手に持つ銃は地に落ち、くすんだ目がアドニスを睨んだ。まだ睨むぐらいの余裕はある。そう判断して、アドニスは左手でナイフを宛がったまま、男の右腕に伸ばす。腕を捻り上げ、ゴキリと音が響いたのは瞬時の事。男の悲鳴が上がる。
「次は左腕。――何のためにあの女に尽くす」
脅しで無いと言うのは今の一発で良く理解した事だろう。男の額に冷や汗が流れ。それでも男は口を開くこともしなかった。声一つ漏らすことなく、怯えの混ざる憎しみが募った目でアドニスを睨む。――再び、音が響く。男の砲声と流れ落ちる滝のような汗。
俯き歯を噛みしめる男に対し、最後と言わんばかりに喉に刃を押し当てる。
「お前は島の住人か?」
「――」
「何を目的にあの女に仕える」
「――」
それでも質問に対し、男は何かを語る様な事はしない。そこまでの忠誠心と言う事か。アドニスの中でアマンダと言う女の存在価値と言うモノが定まりかける。
「自国」……と言ってやるべきなのか。その自国の国民を愛し見返りとして愛され期待される。それは己の身を捧げてまでと言う、少々行き過ぎた主従とも呼べよう。あの『八の王』に何故そこまで忠誠を誓うのかは分からず、そこまでの存在とは思えもしないのだが。それに、彼女が掲げている物もいまひとつであるし。嫌、今一つ以下の物だし。
「分からんな。あの女には其処まで実力も無い。野心も無い。何もない存在に命を賭けるとか、無駄にも良い程だ」
「――!お前には分からないだろうな、お前みたいな皇帝の犬に――!!」
鮮血が飛び、地面を汚す。
首を抑え、身を丸める男などすでに眼中にも無く。顔を上げ、寂れた通り、細道の向こうを見る。
情報が正しければ、この先に在るのは寂れもう誰も使わなくなった教会があるはず。先ほどのような周りを巻き込まず、その上で彼女が思う存分己の力を出し尽くすのであればもってこいの場所だろう。
「そこで決着をつけるつもりか?」
実に下らない。アドニスは舌打ちを一つ。苛立ちが収まらないと言わんばかりに道向こうに見える教会を見た。
「なにをそんなに苛立っている?少年」
背に妙な柔らかさ、温もりと重み。
「用事とやらは終わったのか?」
「うむ。終わらせてきたぞ」
声を掛ければ、シーアは何時もの口調で寄り掛かってくる。何か疲れたことでもあったのか、いつもより微妙に体重の掛け方が重い。別にこの女が何をしてきたかなんて興味も無いが、シーアが疲れているなんて非常に珍しく、首を傾げるしかない。
「何して来た」
「ん?ちょっと、銃でみんな撃たれていただろ?何十人か直してきた」
問えば思いがけない言葉が。
「――みんな、死んでいたはずだが?」
「だから、言ったろ?直したって!」
直した?直しただと?
思わず、唇を噛みしめる。――本当に末恐ろしい、いま其れさえも超えた。
実に悍ましい女だ。いや、あの猫の時に気が付いておくべきだった。
この女にとって、生物の生き死など玩具と同じなどだ。
テープで張り付けて直す感覚で、彼女は生物を生き返らせる事が出来る――。
「直す」
――確かに正しい。
しかも村人全員をか――?
「なおした?なおしたってあの村人たちを?全員?」
「うんん。子がいる人間だけ~」
「子がいるって……」
それは、つまり殆ど全員ではないか?
つい思う。あの村は大人が多く子供が少なかった筈。ただ、子供がいる住人だけならばソレは沢山いるだろう。「子を持つ」だけと言うなら、当てはまる人間はきっとほぼ全員だ。これからも戦地になると言うのに?一度死んでおきながら、また窮地に追いやるのか。なんて。――いや、アドニスにはどうでも良い事だ。
なんにせよ、彼女は実に無駄な行為をしてきたという訳に近い。違う。この、女サラリととんでもない事をしてきた。流石に疲労はするようだが。
「何のために?」
「何のためにって?」
「なぜ人を生き返らせるなんて事をしてきた。そんな疲れる迄、救世主になりたい質でもないだろ、何故だ?」
「ん?だって、まあ、猫の親を助けちゃったから」
「は?」
それは最初に生き返らせた母猫の事か。
それが何故、人間も助ける事に繋がる。理解できない。いや、理解出来る筈も無いか。どうせコレもまた気まぐれなのだから。
「なんだよ。その気まぐれだろって顔、止めろなよぉ」
アドニスの視線に気が付いてか、シーアは彼の頬を突きながら何か不満気だ。
「言っておくけど、ぜーんぶ直してきたんだからな!生物全部!平等に!」
「生物?」
「例えば、蜂の女王様とか?――文句言われたけど」
もうこの女は意味が分からない。
いいや、どれもこれもやはりどうでも良いと言うか、アドニスは溜息を付く。論点をすり替えないで欲しい。
もうこの際彼女が何を直したか、終わった事なのでどうでも良いし。この女の力を考えれば考える程頭が痛くなるので今は考えたくもない。もし、問題を上げるとしたら何を思ってそんなバカげたことをしたか――で、ある。
「――じゃあ、気まぐれじゃないならなんだ?」
「ん~。んにゃ、やっぱりきまぐれかな?助けたのは何となくだったし」
論点を元に戻す。少しの間、結局最終的には「気まぐれ」に自ら落ち着くと言う。本当に呆れた女だ。
アドニスは溜息を一つ。彼女から視線を外し再度教会へと視線を飛ばす。
「ま、当然かなって思っての事だったけど。そうでも無かったねえ。私の行動なんて気まぐれみたいなものなのかも」
「…………もういい。お前の行動は諦めた」
「もうちょっと褒めてよ~」
さらりとその言葉を聞き流し、彼女を背に抱いたまま足を運ぶ。
突然話を終了と言う形にされたのだ。シーアは不満気な声を上げたが、それも僅かな事。
ふわふわ浮きながら首を傾げ、同じように教会を見上げた。
「で、さっきから何をそんなにイラついてるのさ」
ニタリと笑い、細くなる瞳。身体がアドニスから離れたのは少ししてからの事。
何かを期待する様に、逆さまの形でシーアは目の前に顔を覗かせる。
「――君、あの『八の王』凄く嫌っているんだね」
「ああ、嫌いな分類だな」
問いに、迷いもないスパリとした答え。
アドニスの動きに合わせ、浮き飛ぶシーアは片眉を下げた。
「それは何故?」
「……贋作だからだ」
「それは、君がさっき彼女に言った言葉が関係ある?」
「…………」
『八の王』に掛けた言葉。つい先程の事だ。思い出すだけでも腹立たしく。
久しぶりに良い人物に巡り合えたと思えたのに、出まかせで言った言葉にアマンダと言う人物は本性を露わにした。実に残念。
『四の王』『五の王』彼らが言っていた通り、彼女は何処まで行っても偽物の女帝様だろう。優勝候補が実に笑わせる事。
なんにせよと思う。
「やっぱり最初の相手をあの女にして正解だったよ。其れだけ」
「むう」
アドニスの言葉に諦めたのか、何も語らない彼に不満を持ったのか、シーアは小さく声を発するとそれ以上はこの件に関しては何も言わなかった。
ふわりとシーアの身体は空を舞う。
「で、今回私は如何すれば良い?」
空中でシーアが問う。
今回のゲーム。彼女は出来るだけアドニスに従うとしている。あくまで彼の武器であると。
ならば、今回の『八の王』。彼女をどう動かすべきか。決まっている。
「――何もするな」
それは何もしないと言う事。
シーアは特に文句も言わない。ただ問う。
「それは初戦ってやつだから?」
この問いにアドニスは首を振る。
「贋作の女王は俺一人でやる」
シーアは笑う。
「了解」と答えて、何処からともなく常闇に姿を消す。
その間もアドニスは歩みを止める事無く、寂れた教会へと向かう。
さて、と周りを見つつ溜息を付いた。
「50人、か?」
周りから感じる殺気。アマンダに付き従う連中は一体何人いるのだろうか。――関係ないか。
拳銃とナイフを握りしめ、アドニスは息を付いた。




