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77話『村民たちの行方』

 

「くそ!!くそ、くそ!!」


 屋敷から離れた草木も殆どない寂れた村の中。

 肩で息をしながらジェラルドが忌々しそうに拳を振り下ろしながら叫ぶ。

 膝を付き何度も何度も床に拳を叩きつけては、脂汗にも似た冷や汗が流れ落ちていた。


 そしてそれはジェラルドだけじゃない。他の『王』達も同じだ。

 マリアンナは胃の中の物を吐き戻し、その肩は小刻みに震えている。

 『六の女』も同じ。がたがた肩を震わせて血走った目を名一杯に見開き、呪言を口遊みながら蹲っている。

 その様子をレベッカはケラケラ笑うばかりで、話にもならず。真面と言えるのは、アマンダとグーフェルトだけと言う所か。

 数に入れてよいのならグーフェルト少年も。彼の足に抱き付いて小刻みに震えるばかり。


「なに!なによあの化け物は!」


 マリアンナが声を高らかに叫んだ。

 頭を乱暴に掻きむしり、歯をがちがち鳴らしながら、それでも忌々しそうに放つ。

 それもまた仕方が無いと言う所か。

 片や腕1つで銃弾を受け止める。片やそもそも銃弾と言う銃弾全てを跳ね返した化け物。アレを目にして恐怖を感じない人間の方が可笑しいと言うモノだ。


「あんな奴を殺すなんて無理よ!私はこのゲーム降りさせてもらうわ!」


 結果、マリアンナがこの決断に辿り付く答えは必然的にこの勝負の破棄となる。

 それはジェラルドも同じの様で、苦虫を噛み潰したかのような顔をしながら、彼女の意見に賛同するかのように目を逸らした。

 ソレが簡単だったら、どれほど楽な事か。アマンダは眉を顰めた。


「落ち着きなさい!」


 凛としたアマンダの声が鳴る。

 その場の誰もが刹那口を閉ざした。「この偽物が」思わず叫ぼうとしていたマリアンナやジェラルドさえもが、彼女の声に押し負け。そればかりか、威風堂々と佇みあっ直ぐに此方を見据える彼女を見て口籠り黙る。それほどまでにアマンダと言う少女の声は何処までも通り、人を制するほどの力を持つ迫力を持ち合わせていた。


 静まり返った中で、アマンダはゆっくりと口を開く。


「『ゲーム』から降りる事は成りません」


 変わらず凛とした佇まいで、彼女の口から出たのはマリアンナへ先程の言葉の拒絶。

 なぜ?と視線を飛ばす彼女に対し、アマンダは首を振った。 


「あの猟犬の力は今の所未知数です。でも、だからと言ってこの『ゲーム』自体から降りるのは最も危険な行為だと思いませんか?」

「なにを!」

「皇帝は裏切り者を嫌います。反逆を嫌います。正に今の妾達です。どうしてこんな反逆者を許していると?」


 それは、皇帝は裏切りものを嫌う、反逆者を嫌う。昔からのどうしようもない事実。

 そもそも普段であるなら即死刑執行。こんな『ゲーム』を行うこと自体が奇跡と言っても良いのだ。

 こんな「皇帝を引きずり下ろすための『王』のゲーム」なんて。

 気まぐれに引き起こし、気まぐれに表れた裏切り者を見過ごしているにすぎやしない。

 それもきっと、『ゲーム』に参加している()()だけ。


「皇帝はこの『ゲーム』を許しました。『ゲームの参加者』の生存を許しました。でもそれは、『ゲーム』に参加しているからこその赦しとは言えませんか?」


 本当は「赦し」なんて言葉は使いたくないけれど、あえてその言葉を使い諭す。

 アマンダの言葉にマリアンナの表情が見る見るうちに曇っていく。嫌でもアマンダの言葉で決断に辿り着いてしまったのは明らかだ。


 皇帝は裏切り者を許さない。反逆者を許さない。

 酔った勢いで持ち出した、自身を皇帝の座から引き下ろそうとする馬鹿げたゲームに手を上げた者達が居た。

 ソレは間違いなく反逆者だ。裏切り者だ。どんな大義名分を掲げようと、彼らは違反者なのだ。

 それでも皇帝はその違反者たちを快く許した。特例として許した。


 ただ、この『ゲーム』に参加している間の本当に特例中の特例として。


 ゆえに、この『ゲーム』から降りたらどうなるか?

 そのものは『王』からただの反逆者と落とされることだろう。

 極刑は免れない。

 誰もかれもが、何処かの猟犬と同じ考えに辿り着く。

 この事実にマリアンナも険しい顔を浮かべて押し黙るしかなく、その場に再びの静寂が広がった。


「ですが、どうしてもと言うのでしたら。一度、村の外へと出向きましょう」


 どれほどの静寂が続いたか。時間にすればほんの僅かな時間であったが、コレを壊したのも同じくアマンダ自身だ。

 『参加者』達の視線を浴びながら、彼女は続ける。


「無駄な事でしょう。しかし、確認も必要です」


 彼女の薄紅色の瞳は静かに近くの寂れた小屋にも近い住宅へと注がれた。


「出て来なさい。アレクシスさん」


 声を掛ければ、がたりと物音がする。

 少しの間。おずおずと言う様子で、出て来たのは無数の陰。

 先に屋敷を飛び出していったアレクシスと、その後ろにずらりと並んだ名も無い様なこの村の住人達、数十人であった。


 彼らは?

 聞かなくても分かる。アレクシスから話を聞いて、この村から逃げ出そうとする村人たちである。

 思っていた事を口に出せば、異常なまでに人の数が少ない事が難点なのだが。


「――ここから逃げる方たちですね。私達もお供しましょう」


 それでも、アマンダは声を掛ける。

 この言葉にアレクシスは酷く申し訳ないと言う様な、酷く参った表情を浮かべ彼の顔を見て、何かがあったのは違いないと嫌でも察した。彼からの情報も聞きたい所。

 とりあえず、いつあの化け物が追って来るかも分からない。早くこの場を去る事を一番に、アレクシスからも情報を得る事を目的に、この場を去ると事に。彼女の決定に、他の『王』は何も言わず。ただ、グーフェルトだけが何か考えるように眉を顰め視線をアマンダへと飛ばす。


「街の外に逃げようとしたのですが、出口に怪しい人たちがいて……」


 その視線にアマンダが気が付く前に、アレクシスが言う。

 怪しい人とは?誰もが疑問に首を傾げる。


「取り敢えず。着いて来てくれませんか?いつの間にか、村の周りをぐるりと出られない様に塀で囲まれていまして……」


 皆息を呑んだ。村の周りを囲まれている。

 少なくとも此処に来た時は、そんな塀は無かった筈だ。

 全ての王が集まったと確認し、『世界』に通ずる者達が動いたとしか考えられない。

 同時に、先程のマリアンナの「ゲーム放棄」の淡い希望も殆ど捨てられたようなモノ。


 これの事実に気が付いたのだろう。

 誰よりも先に、この場からアレクシスを追い越しマリアンナとジェラルドが村の出入り口へと駆け出す。

 こうなれば止めても無駄だ。アマンダは溜息を付いた。


「妾達もいきましょう」


 先ほどから笑ったまま何も言わないレベッカや、呆然と先を見つめるアレクシス達に声を掛けて村の入口へ足を向けるのだ。


「一ついいか?」


 皆が歩み始める前に、グーファルトが口を開いた。

 彼はアマンダに話があるらしく、彼女の側に立つ。


「なにか?」


 アマンダは歩みを進めながら、断ることも無く問い返した。

 彼が話したい事とは何だろうか。ピンクの目は細まる。


「そう警戒すんな。ちょっとした、確認だ。お前たちの同盟について聞きたいだけでね」


 その問いかけは思いがけないと言うより、アマンダが予想していた通りの問いかけである。

 いや、この場にいる彼だけが「同盟」に無関係なのだ。気になる所が有って当然だろう。ただ、同盟に関係ない所謂敵。

 おいそれと簡単に喋るような事もしない。


「貴方に話す事はありません」

「別に、一つ聞きたいことがあるだけだ。あんたらの作戦を聞くとか情報を聞くとか、そんなつもりは無いから安心しろ」


 まぁ、それならば。アマンダはグーファルトを見る。

 彼女の目に映るのは、彼と、先程からずっと彼の足にへばり付いて歩いている少年(フォックス)


「……一つだけなら」


 この答えに、グーファルトはニヤリと笑った。


「この同盟。何を目的に組んだ。何を成し遂げたら解除される?」


 そして、彼の口から出たのは之こそ正直思いがけない問いかけであった。

 この問いにアマンダは首を傾げる。だって彼はこの同盟には組入りはしなかったが、何の目的で同盟が決まったかは知っているはずだ。何せ、彼には一番に話したから。

 アマンダは肩眉を上げ、答える。


「それは前と変わっていませんよ。貴方に話した通りです。」

「……イレギュラーを殺すまでの同盟って奴で良いのか?」

「はい」

「それが成るまで、殺し合いは休戦だと?」

「はい」


 頷き肯定する。

 グーファルトの眼が糸のように細く、何か考えるような色合いを帯びた。


「なるほどな……。それを決めたのはあんたで、この同盟はあんたが中心ってことでいいんだな」

「……そうなるでしょうね」


 これもまた肯定する。

 彼女は先程のマリアンナやジェラルド、そしていまぼんやりと後ろを付いてきている『六の王』の女を見て思う。

 少なくとも、今のこの調子だと彼らを纏めさせる事が出来るのは自分だけだろう。それは、グーファルトでも分かったはず。

 何せマリアンナやジェラルドは少々傲慢が過ぎて自分勝手な所が目立つ。アレクシスは気が弱すぎて、人の上に立つことは出来ても人を引っ張って行く力が無い。レベッカは何を考えているか分からず。『六の王』の女は、あの女は前から復讐の事しか考えていない。唯一ドトールが弱気ながらもまだ真面であり、誰もが彼になら着いて行く条件が揃っていたのだが、それも今や無理。


 こうなれば当初通り、アマンダが彼らをこの同盟を存続していくしか無いのである。

 アマンダを「贋作」や「偽物」と罵るマリアンナやジェラルドでさえも周知の事実だ。だから、彼女がリーダーである事に誰も文句は言わない。言えないしない。

 それは先の通り、彼女の鶴の一声で静まり返った、先程の状況からも見て取れる。


 彼女の佇まいからなのか、それとも何か別の理由でもあるのか――。



 ただ、アマンダの本音で言えば。

 この同盟、自身と同じぐらいの周りを見る能力を長ける者が居れば尚更良い。願わくば、グーファルトとか。


「ま、この中で同盟を纏められるのはアンタだけだろうなあ」


 残念ながらグーファルトは見ての通りだ。最初からこの同盟に入る気は全く無い。

 クツクツ笑いながらコートを翻しながら言う。


「さっきの周りを纏めてあんたの声。流石は女帝様って所だ。佇まいも完璧だった」


 意外にも口から出るのは、アマンダを賛美する声。

 これに彼女が反応する事も無いのだが。


「ただ、なぁ」


 何も反応しないアマンダにグーファルトは何か思い当たる事でもあるのか、口元に手を添えながら小さく笑う。


「手も貸さない俺が言えたことでもないが。あんた、今やばい道にいるぜ?」

「――」


 立ち止まり、彼女の目がグーファルトを観た。

「何を」そう問おうとしたが、それは必要もない事だ。彼は銀色の眼をアマンダに向け言う。


「今の敵を考えな。『世界』の皇帝様の犬だぜ。皇帝様の御意思の元に動く最悪の敵からしたらな。あんたなんて存在は『ゲーム』を妨害する邪魔者でしかない」


 そうだろう?と彼は顎をしゃくる。


イレギュラー潰しの為(たった一人の為に)に殺し合いを中断するなんて、面白くもねえ」


 その言葉を贈ると同時にグーファルトは此方に興味も無くなったようだ。

 チラリとした視線もやめ、彼は突如としてアマンダ――。嫌、外を目指す『王』達に背を向けた。


「悪いが、俺は同盟に無関係だからな。此処で退散させてもらう」

「え、でも――」


 彼の行動にアレクシスが声を掛けたが無駄な事。

 グーファルトはそのまま列を離れて村の中へと戻っていくのだ


 反対にアマンダは脚を止め、ただ佇んだ。

 クツクツと笑う、彼の言葉は嫌に耳に残り唇を噛む。

 ――嫌な予感がする。


 その予感と共に、彼女は静かに携帯端末を取り出す。



 ――。


 

 村の外に辿り着いたのはそれから5分ほど歩いてからの事だ。

 枯れ木が覆い茂る林の小道。その先の出来事。

 いや、外に辿り着くと言うか、彼らは外に出る前に立ち止まる事となる。

 そして愕然と、呆然と見上げるのは町の外――。それをぐるりと取り囲むように、建てられた黒塀が佇むのだから。


 




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