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73話『開戦』4

 


 重々しく沈んだ空気の中、アマンダは離れた場所から女とギルバードと名乗った少年の姿を見つめていた。

 女の狂気に当てられたのか、ギルバードが女の手を振り払う。彼には少しだけ同情する。『六の王』の女は先に出会った時からあの状態なのだ。

 理由はドトールから聞き理解したが。女の感情とやらは同情は出来ないし、理解も出来ない。だから、勝手に同じだと彼女に突っかかられるあの少年は本当に不憫としか言えない。


 といっても、アマンダはあの少年の事を信用した訳ではない。

 『ゲーム参加者』だから、じゃない。

 つい先ほどまで取引相手であり、自身でギルバードは『二の王』と進言する羽目になったが、彼が本当に『二の王』だとは到底思えないのである。


 当たり前だ。

 何十年も前からこの『世界』と言う国で武器を売りさばいていた大商人。

 名前だけ独り歩きして、その姿は誰も見たことが無い。嫌、誰にも見せなかった人物。

 平等であるが、皇帝とも裏で繋がっているとされた人物。

 そんな人間が何故『ゲーム』に参加したか?――別に其処まで深入りするつもりは無い。

 『ゲーム』に参加した結果負けて、皇帝のお許しにより二代目が登場したことも、ソレはあり得る事。


 だが、問題はその今まで正体不明だった人物がただの世代交代しただけで姿を現したと言う事。

 今まで先代が守り続けていた《安全》。

 それをこうも簡単に壊してしまえるモノなのか?


 ――『ゲーム』に参加したいから?

 ――若さからの至り?


 そもそも、こんな『ゲーム』に参加せず(王にならず)とも《オーガニスト》と言う一族は安全だったろうに?

 だったらあの女と同じように復讐の為?――違う。今、彼女の手を振り払った彼の反応は復讐じゃない。

 なら別の目的があるのか?それは――?


 どれだけ考えても、このギルバードと言う少年の行動は理解不能。

 ただ、一つ。思い浮かぶ可能性を除いて――。


 ただ、だからと言ってその可能性を見出す術も、正体を暴く術が無い。

 この状況をどう打開すべきなのか?


「そんな怖い顔するなよ女帝様。こういう時は笑っておくものだぜ?」


 唇を噛みしめ思考を巡らせ悩み考える。

 そんなアマンダの肩を叩くものが居た。


 まるで心配するなと言わんばかりに、ポンと。

 ピンクの瞳が視線を上げれば、目に映ったのはいつの間にか、彼女の間隣へと移動していた白銀の男。

 切れ長の眼を糸のように細めて、グーファルトはニヤリと笑う。



「坊主」


 片手を軽く上げながらグーファルトはギルバードに声を掛ける。

 少年の視線がグーフェルトと向くと同時に、彼は軽やかな足取りで彼の元へと近づき、その子供の割には大きな肩に腕を乗せた。


「お前がオーガニスト……『二の王』だって事はこの場にいる全員が納得した」

「……そうか」


 実に軽やかなグーファルトと違い、ギルバードは実に淡白な答えだ。

 だからなんだ?と言わんばかりの返し。グーファルトは小さく笑む。


「ここで全員『ゲーム参加者』がそろったんだ」

「……そうだな。『ゲーム』開始ってことか?」

「いやいや、違う違う」


 この場に『王』が全員そろったのなら『ゲーム開始』

 ソレが普通の思考であろうが、コレをグーファルトは否定する。

 辺りを見渡し、残りの『王』を目に映して、一度一呼吸。

 太く長い指がギルバードを指し示す。


「開始する前に、謎の部分を一緒に解明しておこうじゃねぇか」


 そう、やはり笑いながら。


「なぞ?」


 グーファルトの言葉に首を傾げたのはアレクシスだ。

 そんなオレンジ色の男に銀色の男は大きく頷く。


「さっきも出てただろ?イレギュラー(バグ)の野郎話や、皇帝様の思惑ってやつをさ」

「……ああ」


 それは確かに話が出ていた。

 何度も言うが、このゲームに送り込まれたイレギュラー(猟犬)の話。

 そして『ゲーム本戦だ』と案内を出し、此処に集めた皇帝の思惑。


「取り敢えず、イレギュラーの話は置いておいて。問題は皇帝様だな」


 ギルバードから腕を下ろし、頭を掻きながらグーファルトは言う。


「……皇帝陛下の、思惑?」


 彼の言葉に、ギルバードは小さく首を傾げた。

 グーファルトは指を一本立てる。


「まず、俺達は『ゲーム本戦だ』と皇帝に招待状を貰った」

「ああ、それが此処だったな」


 頷くギルバードに、少し離れた所からドトールが頷く。


「そうだとも、我々はその結果、この屋敷に集まった訳だ」


 この言葉には他の参加者達は頷いていく。

 グーファルトは目を細める。



「――それはつまり、『ゲーム』はこのお屋敷で行われると言う事ですよね!」


 彼が何かを言う前にまた、アレクシスが今度は声を荒げる。この男は話を遮るくせでもあるのか。

 この発言にはギルバードは僅かに眉を寄せた。

 それはグーファルトも同じだ。まるで何か考え、否定するかのような。


「ふざけないで頂戴!こんな粗末な屋敷で、8人で殺し合えと言うの?ばっかじゃないの!?」


 次にマリアンヌが苛立った声色で言葉を放つ。

 それもそうだと、ジェラルド。


「こんな場所、決着など直ぐについてしまうではないか!爆弾の一つでも仕込まれていたら、我々は皆含めてあの世行きだ!」


 これまた苛立った声。

 レベッカのクスクス声が響く。


「いやいやぁ。おじさぁん?それを言っちゃったらさぁ。なんで、ここに来たのって話になるんだけど?」


 まるで小馬鹿にしたような。

 ジェラルドの顔が見る見るうちに赤くなる。内ポケットから一枚の封筒を取り出し、レベッカへと叩きつけるように差し出す。


「馬鹿か貴様は!この場に集合しなければ失格と見なし、排除対象にすると書いてあったでは無いか!」

「あ~、そうだったねえ」


 レベッカはけらけら笑う。この様子だと、ジェラルドはただ揶揄われていた様。

 だが、コレも事実だ。招待状には、ゲーム本戦の招待と集合場所と時刻が記されていたと同時に、時間通りに集合しなければ失格と見なすと言う旨が記されていたのだから。

 そして、危険を冒し『王達(彼ら)』が他の『王』に姿を現した理由でもある。


 ただ『同盟』を組んだ者達は、確実な安心感から集まったのだろうが。

 この会話を聞きながら、グーファルトは小さく鼻で笑いギルバードを見た。


「で、お前はどう思う」

「……どう思うも何も俺も同じだ。此処に集合しなければ、殺される。だから集まった。ただそれだけ」

「くく……。違う違う」


 クツクツ笑いながら首を横に振る。

 ギルバードが訝しげに首を傾げると、彼は再び少年に向けて指を差す。


「俺達が皇帝様から下された命は『此処に集まれ』って事だけだ。それ以外は脅しを除けば何も記されていなかった。此処に来た時も同じだ。何一つ、なぁんにもねえ。何にも教えられてねぇ」

「……」


 銀色の瞳が少年の黒曜石の眼を射貫く。

 グーファルトは一体何を考えているのか、黒い眼は何かを探る様に細くなる。


「お前さ、皇帝と仲が良いんだろ?」

「は?……ああ」


 ギルバードは少しの間の後に俯いた。

 その肯定に満足したのか、グーファルトは続けざまに言い放つ。


「じゃあ、何か指示は聞いてねぇか?」

「……は?」

「皇帝様から。この『ゲーム』の説明。なんでもいい、お前はメッセンジャーじゃないかって事だ?」


 それは余りに思いがけない質問。

 だが十二分にあり得る事だ。周りに微かな期待が浮かび。反対にギルバードは一瞬何を言われ地得るか理解できなかったのか、黒い眼に困惑の色を滲ませる。ただそれも一瞬。

 グーファルトの言葉を理解したのだろう。ギルバードは小さく首を横へと振った。


「悪いが。俺も陛下からは何も聞いてないよ。ただ、あんたらと同じ此処に集まれって招待状が届いただけだ」


 真っすぐに黒い眼は銀色の眼を射貫き言う。

 その言葉に眼に嘘偽りはない。

 グーファルトは、小さく鼻を鳴らしギルバードから離れた。


 周りに広がっていた微かな期待の雰囲気は瞬く間に消え去る。

 大きく付いた溜息は誰物か。


「でしたら、やはりこのお屋敷で『ゲーム』が開始されるって事ですね……」


 溜息の後に重々しくアレクシスが言う。

 その言葉に誰も反論する者はおらず、そればかりか一気に緊張感が広がる。

 当たり前だ。


 『ゲーム』はこの屋敷で開催される。

 『ゲーム参加者』は全員この場に集まっている。


 こうなれば、いつゲームが開始されても可笑しくない。

 いや、実の所もう開始の合図が無いだけで始まっているのかも知れない。


 そうなれば、殺し合いは直ぐにでも始まり。

 こんな小さな屋敷では全員が全員不利でしかない。

 唯の一瞬でこの場が血の海になる可能性がある訳なのだから。


 唯一の救いはグーファルトとギルバード以外、イレギュラー退治が終わるまで対戦はしないと言う「同盟」が有る事だが。それが通用しない2人が居るのだから、完全に安心できるものでもない。



――。


 

「……じゃあ、ゲームはじめるぅ?」


 レベッカが不満気に言う。

 その視線は、やはりグーファルトとギルバードに向けられていた。


「待ちなさい!まだイレギュラーだって正体を掴めていないのよ!いつどこで紛れ込むのかも分からないのに、まだ始められる訳ないじゃない!」

「そうだ!おい、『十の王』『二の王』!貴様らも一先ずは休戦協定を組め!まずはイレギュラー退治が先だ!」


 マリアンヌとジェラルドは我先にと言わんばかりに否定し強要する。

 正直言ってしまえばグーファルトとギルバードには知ったことでは無いのだが。

 彼らの発言を聞き、グーファルトは呆れたように笑った。


「――あのなぁ」


 声に出したが、それ以上は何も言わない。

 雰囲気を見るだけで嫌でも分かったのだ。

 マリアンヌとジェラルド。それから『六の王』二人と、アレクシス。

 四人からは「休戦に賛同しろ」と言う、呆れてものも言えなくなるような圧がにじみ出ていたのだから。


 この様子だと、アマンダが仲裁したところで聞きやしないのは目に見えている。

 これには溜息を付くしかない。


 そんな沈黙を勝手に承諾と取ったのか、アレクシスは何故かホッとしたような笑みを浮かべ、不満気な表情を作った。


「でも、皇帝陛下もひどいですよね。もっと、説明ぐらいくれればいいのに――」

「――説明なんて十分だろう」


 低い声が、アレクシスの言葉をばさりと切り捨てたのは正に刹那の事。

 あまりに冷たい声色と、呆れかえった言の葉。

 その発言に誰もが顔を上げて、ギルバードに視線を飛ばした。


「え?」

「皇帝陛下の言葉が足りない?此処に俺達が集められた、それだけで十二分。そのままの意味だ」


 問われる前にギルバードは言い切る。

 少しの間、今まで黙って聞いていたアマンダが口を開いた。


「それは、一体どういうことですか?我々はこの屋敷に集められただけ。そのままの意味と言うのは?――やはり、この屋敷で『ゲーム』開始と言う事で?集まった時点で開始されると言う事ですか?」


 また少しの間。

 ギルバードは大きくなずく。


「一つは当たりだ。この場に『ゲーム参加者』がそろった。コレを合図に『ゲーム』は開始する。そろったんだ、態々開始の合図なんていらないだろ?」

「……」


 それは――残念ながら。

 長々と伸ばしていたが、結局は簡潔に、()()()()なのである。

 本当は誰もが気が付いていた。気が付いていた上で目を逸らしていた答えを、少年が指し示してしまった事で、その場は静まり返る。

 今まで醸し出していた圧は見事に消え去り、今まで文句を口に出していた者達は唇を噛み俯くばかり。

 その様子を見ながら、まるでさらに追い打ちを掛けるようにギルバードは続ける。


「さっきから勘違いしている」

「……勘違い?」


 重々しく、顔を上げるアレクシス。

 ギルバードは頷き返す。


「皇帝陛下が決めた一世一代の『ゲーム』だ。それがこんな小さな屋敷で終わるはず無いだろう」

「それは――」


 どういうことですか?

 その言葉が出かかって喉につっかえた。

 少年が最後まで提示しなくとも、その言葉で最悪の想定は誰にでも浮かぶ事が出来たからだ。


 よくよく考えれば、ほら。

 この少年は先程から『此処』と言うばかりで『屋敷』の名を一度も出していない。


 少年の黒い瞳が糸のように細くなる。


「皇帝が用意したこのゲーム。開催場所はこの村、全土。――この場所(とち)全てじゃないか?」


 最後に「普通に考えて」――なんて心からの嫌味を付け加えて。


 彼の言葉に、実に皇帝らしい思考に、アレクシスが息を呑んだ。

 他のメンバーも無いも言わない。

 誰もが「あり得る」と飲み込み、結論を出そうとしている。


 だが、その結論に辿り着いても同盟を組む彼らが何も言わないのは目に見えていた。

 その中で、唯一グーファルトだけは酷く満足そうに笑みを浮かべギルバードを見据えている。


「でしたら」


 アマンダが口を開いた。

 ピンク色の瞳が真っすぐにギルバードを捉えて、最後の言葉を促す様に問いかける。


「ギルバード。貴方は皇帝の意向をどうお考えで?」

「……」


 少しの間、ギルバードは僅かな溜息と共に放つ。

 このゲーム、何の説明も無しにこの場に集まれとだけ知らされ集まったゲーム。


 ――いや、いや、いや。

 何の説明もない?違う。

 面倒な小難しいルールなど、無いのだ。


 説明など不要であるからこそ、皇帝は何も言わない。


「簡単だ。誰でも思い付く簡単なルールだ」


 前置きを一つ。

 真っ黒な瞳は、まるで獲物を狙う様な狩人の瞳でその場の『王』を射貫き、言う――。



 ゲーム開催場所はこの寂れた廃村だ。

 何をしても良い、何を使っても良い、どんな手段を取っても良い。

 殺戮の程を見せ合え、殺し合え、いがみ合いその手を地に染めろ。


 ――余を、存分に楽しませるがよい……と。



 それが、皇帝の御心(ゲームのルール)である。




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