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72話『開戦』3

 


 あまりの突然の事にアマンダは耳を抑えて振り向くと同時に後ろに飛退く。

 ふわりと纏ったドレスが舞い上がり、ピンク色の瞳は驚愕の色合いで自身の後ろにいた人物を見た。

 それは周りの他の『王』も同じだ。


 ある者は大きく目を見開き、ある者は大きく口をあんぐりと開け、ある者は同じように驚愕の表情を。

 ただ全員が愕然と唖然と、アマンダの後ろに突如として現れた人物を見つめた。


「なんだ、どうした」


 目に映した人物が不思議そうに僅かに首を傾げる。

 其処に居たのは茶色のフードを深く被った子供だ。

 年の頃は15,16程――アマンダと同い年ほどか。分かったことはその人物が少年だと言う事。


「貴方は?」


 おずおずと問う。

 その場は一気に緊張感に包まれた張りつめた空気が張りつめ、愕然と唖然とした『王』達の表情は険しい警戒するものへと変貌した。

 殆ど誰もが息を呑み、唇を噛みしめて少年を見据える。

 グーファルトなんかは腰に嵌めていたナイフに手を伸ばし、殺気を迸っている。


 そんな殺気を浴びながら、アマンダの目の前に居た少年は小さく溜息を付く。


「……ああ、すまない」


 出たのはまるで一応の謝罪。

 子供には不似合いな大きくゴツゴツとした手がフードに伸び、音を立てて脱ぎ下ろす。


 常闇の黒い髪が露わとなる。

 アマンダを捉えるのは切れ長の黒曜の瞳。整った吊り上がった眉に、形の良い筋の通った鼻。

 フードの下から現れたのは整った、しかし年相応の男らしい容姿を持つ一人の少年であった。

 茶色のフードの下からは黒いスーツが覗き見え、あまり着なれないのか、何かが気になるのか手でネクタイを直しながら真っすぐに此方を見据えていた。

 それでも、辺りを見渡し生き残った『王』を目に映し撮りながら少年は口を開く


「遅れて悪かった。ギルバード・オーガニスト――『二の王』……だ」


 この場に唯一来ていなかった、生存確認も出来てなかった『王』の名を。


「――。へぇ……」


 少年――。ギルバードの宣言に誰よりも最初に反応を示したのはグーファルトである。

 構えていたナイフを腰に戻し裂けんばかりの笑みを浮かべて少年を映す。

 彼の行動のおかげだろうか、優勝候補の一人が矛を収めたのだ、他の『参加者』も緊迫した空気を少しずつゆっくりと壊してゆく。

 極めつけと言うモノか、ギルバードの黒い瞳はアマンダを見た。


「あんたなら分かるよな?俺がオーガニストだと」

「!」

「ついさっき電話で会話したからな」


 この問いにアマンダは口を閉ざす。

 腕を組み、酷く訝しげな表情のままに、それでもおずおずと口を開く。


「――。はい、そうですね。先程、妾が電話越しで聞いた声と全く同じです」


 何故か酷く悔しいが、大きく頷きながらアマンダは肯定するのであった。

 だって事実だ。

 アマンダはつい先程、『二の王』は死んでいないと公言した。

 ソレは彼と数日前に武器の取引を行ったからである。全て電話で。オーガニストと名乗る幼さが残る声の持ち主と商談した。

 先程彼が言った通り、30分前は取引成立の会話を同じように電話越しでしたばかりだ。


 だからこそ断言するしかない。

 電話越しの声の持ち主は紛れもなく、この少年ギルバードであると。


「よかった!」


 誰かの声が響いた。

 考え込んでいたアマンダには、その声の主が分からなかったが。はと我に返る。

 どうやら今のアマンダの言葉で更に周りの不信感を拭い去ってしまったようだ。


 特に仮面からでも分かるほどに怯え切っていたアレクシスは、心の底から安堵したかのような息を大きく付いた。


「あ、ああ、良かった!本当に良かったです、オーガニスト――くん!」


 だ、なんて感極まった笑みでギルバードに駆け寄り、その手を握りしめたりする。

 それも年下と判断するやいなや馴れ馴れしく、「君」呼ばわりで。

 アレクシスの行動にギルバードは何も答えず、だがまるで応える様にその手を握り返した。

 僅かながらに得体のしれない人物に抱いていた緊張感が、遂にその瞬間に崩れ去りその場の誰もが安堵の様子を見せたのは次の瞬間。


 グーファルトと同盟者であるレベッカを除いた『王』達はまるで飴に集るアリの様にギルバードに歩み寄る。

 あの『六の王』の女でさえ、だ。険しく歪み切らせた顔はそのままに、縋る様に少年に奔り寄るとアレクシスを押しのけて少年の手を握り取った。


「本当にオーガニストなのですね!」

「……ああ」

「随分とまあ、若いようですが?」


 それでも若干の警戒はあるのか、女は問いただす。

 女の蒼い瞳を見ながらギルバードは答えた。


「――ああ。先代の本来のゲーム参加者だった先代は殺されてね。俺はその代理での参加さ。先代様から引き継いだばかりだ」


 等と、余りに重要で突拍子もない事実をサラリと――。

 黒い瞳は何処までも黒々く、オレンジ色の男を反射させる。


「だいり、ですって?」


 『六の王』の女が愕然とした面持ちでオウムの様に唱え返す。

 青い瞳を名一杯大きく広げ、眉を顰め口はあんぐりと開き切る。

 ギルバードから信じられない言葉が発せられたのだ、それも致し方が無い。

 まるで時が止まったかのように硬直した女の代わりに、側で聞いていたマリアンヌが眉を顰めながら口を開いた。


「代理……?先代が殺された?」

「ああ。そう言ったはずだが?」


 問いに対しギルバードは迷いもなく返す。

 僅かな間、一秒ほどか。続けざまに彼は口を開く。


「言い方が悪かったか。簡単に言えば俺は二代目だ。先代、アルバ・オーガニストは『世界』の殺し屋によって死亡した。――『二の王』は『負けた』って事だ」


 同じ答えを二度目。

 別につい先程の彼の言葉が難しかったわけではない。信じがたい発言であったからこそ、その場にいた全員が硬直したのだ。

 だが、今の再度降り注がれた少年の言葉に誰もが理解し。その迷いもなく真っすぐに、嘘偽りも無い黒い瞳に誰もが察した。

 この少年の言葉に嘘は無いと。


 つまりだが、少年が言う先代。

 『二の王』オーガニストは先の想像通り、皇帝が仕向けた刺客によって敗北している――。


「ま、まってください!」


 そのどうしようもない答えが出た時、今まで息を呑んで話を聞いていたアレクシスが声を荒げた。

 何度も視線を逸らし、眉をハの字に、今にも泣きそうな表情を浮かべながら、それでも言葉を選ぶように紡ぐ。


「……『二の王』は敗北……した。コレは理解しました」

 では、と。

「何故、貴方は……。負けた筈の『二の王』が二代目を掲げ、このゲームに参加できているのですか?」


 ――。


 ソレは実にもっともな問いかけであろう。

 その場にいた全員が再び険しい顔をギルバードに視線を飛ばす。

 『二の王』は皇帝に負けた。ソレは事実。だったら何故、負けた筈の『二の王』が当たり前に二代目を掲げ参加していると言うのか。

 不信感を浴びつつもギルバードは気にすることも無く、また再度口を開く。


「簡単な事だ。オーガニストは武器商人なのは知っているだろう?」


 問いに、アレクシスやマリアンヌたちが顔を見合わせ、アマンダが頷いた。


「はい。今回の一件で世話になったのは確かです」

「――。そうだ。誰に対しても平等に武器を売る大商人だ。それはお前達だけじゃない。皇帝陛下にも同じ事さ。むしろ皇帝様は俺達の一番の顧客でね」


 ギルバードが示した言葉は、それだけで十分な答えであった。

 少なくともアマンダにはギルバードの伝えたい事柄をすぐ様に理解する。

 それはグーファルトも同じであったのだろう。くつくつと彼の笑い声が静かに響く。

 目に見えて答えに導けていないのは、アレクシスぐらいだ。

 そんな青年の黄色の瞳に、ギルバードも気が付いたのだろう。最後の答えを示す。


「俺の一族は皇帝陛下と深い縁がある。少なくとも、爺さんと陛下は友と呼べる間柄だった。『二代目』ぐらいは、簡単に許してくれる関係……こう言えばいいか?」

「!」


 流石にこの言葉で察せない馬鹿は居ないだろう。

 現にこのギルバードは伝手を使い『二代目』としてこの『ゲーム』に参加したのだから。



「ふん。良く認めさせたな」

 ジェラルドが言う。

「先も言った通り、縁が深くてね。ソレに面白いからと二つ返事でお許しは出たさ」

「――。ああ、確かにあの人らしいお考えだ……」


 ギルバードはサラリと言葉を返し、今まで黙っていたドトールが苦々しく言葉を零した。

 彼は、そもそもと思う。()()の参加を許可した皇帝様だ。これぐらいは許容範囲なのだろう。

 いや、少年の言った通りだ。その方が面白いからと、許したに違いない。――実に腹立たしいが……。

 もう一つ問題がある。少年の言葉を聞いて、彼女はどう思うだろうか?


「――つまり、貴方も大切な人を殺されたと言う事ね……?」

「は?」


 ギルバードの手を握りしめる女が囁く様に言霊を発する。

 それは思いがけないと言うか、妙に今の会話と的が外れているのは違いない。

 彼女の言葉にはギルバードも思わず声を漏らす程だ。

 黒い瞳は目の前の女に移動する。


 反射する女は笑っていた。

 血走った眼で、コレでもかと大きく見開いて。

 歪み切った笑みを口いっぱいに浮かび上がらせて。

 おどろおどろしく、狂気に染まりあがった黒炎とした表情。


 気味悪く、悍ましく、醜く、美しく。

 握りしめる手に爪を食い込ませて、ほくそ笑み、正に呪詛を呟く。


「でしたら私と同じね。―― 一緒に頑張りましょう?」

「……」

「あの暴君としか言えない老害の皇帝(じじい)にも、勘違いを起こし私達に牙を向く分不相応な猟犬に――。」


 ――とびっきりの、復讐を。




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