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71話『開戦』2

 


 アマンダが彼を見た、彼女だけじゃない。その場にいた全員がグーファルトに視線を飛ばす。

 7人分の視線を受け大きく反応を見せたのはグーファルトの背から顔を出していた幼い少年だ。大きく肩を震わしたかと思えば、その小さな身体をモゾりと彼の後ろに全身を隠してしまった。

 反対にグーファルト本人は口元に僅かに笑みを湛えたまま、ピクリとも表情は変えなかったが――。それどころか、構うことも無く彼はマリアンヌとジェラルドを見据えて口を開く。


「で?何をそんなに女帝様に感情をむき出しにしている?一応は、初対面の筈だろう?」


 壁に背を預けたまま僅かに首を傾げた問い掛け。

 その簡単な質問に一番に反応を見せたのはジェラルドだ。

 二階から分かるほどに、宝石の嵌まった太い指はアマンダに向けられ、その大きな口は開かれた。


「こんな女が女帝だと!?」


 まるで汚らわしい物に向けるような声。

 だが、何かに気が付いたようにジェラルドはニタリと笑みを浮かべた。


「ああ、そうだったな。貴様はあの()()には不参加であったな!だったらこの女の正体は――」

「ん?いや。島の女帝様だろ?」


 きっと、ジェラルドからすれば簡単な優越にでも浸りたいがための言葉だったのだろう。

 優勝候補の一人であるグーファルトが知らない情報を自分は持っている――なんて馬鹿みたいな細やかな楽しみ。

 だが、残念なことにグーファルトは遮る様に()()言ったのだが。

 ジェラルドが驚いた様に彼を見る。グーファルトは相変わらず僅かな笑みを湛えたままだ。しかし答えはする。

 銀色の瞳が細くなり、その視線はアマンダへと向けられた。


「アマンダ。アマンダ・レイ・ローファン――」


 名を、呼ぶ。

 此処で小さく息を付く、肩眉を上げてニヤリと。


「この名前は一部の業界では有名じゃねぇか。なぁ?」


 なんて、実に白々しく。

 グーファルトの視線を浴びながらアマンダは瞳を僅かに細めた。彼女からすれば自身の正体や身分は隠す気も無いと腹を決めていたが。

 三週間ほど前。《同盟》を組んだ他の『王』たちと違い《同盟》に誰よりも先に拒絶を叩きつけて来たグーファルト。――この男に自分の正体を知られているとは、思いもしなかった。

 そもそも()()だと?アマンダは思う。

 確かに自分(アマンダ)は一部の人間からすれば有名だ。名を聞けばすぐに正体なんてバレてしまう程に。


「なんて顔してんだ?ゲーム参加者は他の参加者の名前は伝達済みだろ?」


 そんなアマンダの視線を浴びながらグーファルトはやはり白々しく言い放つ。

 彼の言っていることはある意味最もだ。だが、だから何だと言うのだろう。名前を知っているなんて問題じゃない。問題は自分(アマンダ)の正体を知っている事。

 彼は革命家であるから情報でも流れたか?いや、この男の反応は何か違う気がする。思考がまとまらない。コレと言った答えが見つからない。

 アマンダは小さく眉を顰め改めて思う。グーファルトと言うこの男は――間違いなく危険人物であると。


 ――そう。

 皇帝が送り込んで来た、この下らないゲームを壊すために暗躍する、未だに正体もつかめていないイレギュラー(部外者)と同じように。


 ただ、今ここで悩んでも仕方が無い。彼女は小さく息をついてグーファルトから目を逸らして、改めて他の参加者に視線を向けた。


「……それで、残りは『二の王』だけだと?」


 辺りを見渡し声に出すのは勿論、今この場に居ない一応最後の参加者(『二の王』)の事だ。


 そう、今この場に『二の王』は居ない。

 と言っても、アマンダも『二の王』の容姿は知らないが。

 正確に言えば『二の王』に当てはまるような人物が見当たらないと言う方が正しいか。


 名前は知っている。

 オーガニスト。

 彼の()()も知っている。

 世界最大の武器商人だ。

 ただ、姿が分からないだけと言う事――。


 アマンダは落ち着き払った瞳であたりを見渡した。

 彼女の瞳に映るは、やはり6人の『王』――。

 いや、7人の王と部外者な子供が一人。


 アマンダは小さく目を細める。――いや、まさか……なんて。


「このガキは俺の連れでね。あんたの考えていることは間違いだ」


 彼女の思考を読み取ったかのようにグーファルトが遮る。

 ちょっとした思い付きで、勿論可能性としては0に近い憶測であったが、それを真っ向から否定されアマンダは僅かながらに胸を撫で下ろした。

 いくら『王』だからと言って子供と殺し合いに発展するのは絶対に嫌であったから。いや、論外であるから。

 ――いや……。


「――……でしたら、何故部外者の子供がこのような場所に居るので?」


 アマンダは低く冷たい声で当初からの疑問の一つを口に出す。

 その声は正に氷河のように冷たく刃のごとく鋭い。心からの侮蔑を交えた一言であった。

 何度も言うが、今から此処は戦場となるのだ。

 8人の『王』の殺し合い。

 その殺し合いに何故グーファルトはこのような子供を連れて来たと言うのか。

 まるで、その少年を巻き込むためだけに連れて来たかのようだ。


 アマンダのその氷結の問いにグーファルトは気にも留めることのなく笑った。


「捨て子でね。死に掛けの所をおれが助けてやったんだよ」

「答えになっていませんが?」


 続けざまの問い。グーファルトはふっと目を細め、笑みを作り上げた。


「おれが拾ったガキだ。元は死ぬはずの命だったしなぁ。――だったら、この戦場を死に場所にしてやろうと考えたわけだ」

「……は?」

「こんなチビでも、『王』になるおれの盾にはなるだろ?……って事だ、分かるかい女帝様?」

「――っ」


 アマンダの表情が般若の様な面持ちとなる。

 そんなアマンダをグーファルトは笑みを湛えたまま、糸のように目を細めた。


「何を怒る女帝様。んな、()()()()ことでキレるぐらいなら、もっと重要な事に頭を使った方が良いんじゃないか?」


 ――この男は。

 初めて端末機械越しであった時は、まだ真面な存在だと思っていた。

 いや、この男は最初から『どんな手を使ってでも目的を果たす革命家()』だ。

 だから、()()()()を使ってきても可笑しくない。

 可笑しくは無いのだが、全く人としてどうなのか。


「もういいですわ」


 そんな苛立ちを隠す様にアマンダはグーファルトから顔をそむけた。

 あからさまな態度で示したのだ。グーファルトも気持ち良いモノではないだろう。

 まるで汚物でも目の前に有るかのような表情のままそっぽを向いたアマンダを前にして、彼は僅かに表情を曇らせる。

 整った太い眉を寄せ、薄い唇を噛みしめる。正に不機嫌だ。物申したいと言わんばかりの表情だ。


「そもそも、あんただけには言われる筋合いは無いと――」

「そうですよ!」


 残念ながら、グーファルトの言霊は言えないままにアレクシスによって遮られてしまう訳だが。

 アマンダとグーファルトの視線がアマンダの側に立つ声の主に注がれる。

 張り上げた声だと言うのに、何処か弱々しく自身が無さそうな男の声。胸元できつく拳を作り上げて、仮面の奥で黄色の瞳に名一杯の力を込めて『三の王』アレクシスは、確かに声を高らかに叫び会話を遮ったのだ。

 この期に及んで顔を隠して『ゲーム』に参加したこの男――。

 腹が座っているのか、気が弱い臆病者なのか……。アマンダからすれば同盟相手の一人なのだが、全く持って謎である。


 そんなアマンダの気など露知らず、アレクシスは続けざまに口を開いた。


「今はそれ以上の問題が有るでしょう、アマンダ!」


 まるで掴みかかるかのような勢いだ。

 ピンク色の瞳が僅かに細まった。

 アレクシスは声を張り上げるように続ける。


「まず、今日『ゲーム本戦だ』と皇帝から知らせが届き、我々は此処に集まりました!」

「……。ええ、今日この日、この村の外れのこの屋敷が集合場所だと文が届きましたね」

「それはつまりはこの小さな寂れた屋敷で殺し合いが始まると言う事ですか!?」


 ――。それは、アマンダは口を噤む。

 アレクシスの発言は、その通りだ。

 今から三週間ほど前に。『ゲーム参加者』に皇帝陛下から一通の文が届いた。内容は先にアレクシスが発言した通り。


 『今日この日、ゲームの本戦を開始する。然る場所、然る時間に集合せよ――』


 ただ簡潔に記された予告状。

 ゆえに、生きているゲーム参加者は此処に集まった訳だが。

 アマンダはこの屋敷を見た時、流石に息を呑み驚愕した。


 『ゲーム本戦』は別に良い。

 だが、こんなオンボロ屋敷で殺し合いをすると言うのか。

 アレだけ準備した甲斐も無く、こんなオンボロ屋敷で。

 最終的な結果など、直ぐに出てしまいそうなこの小さな封鎖空間の中で。


 それだけじゃない。まだ問題は沢山ある。


「そうね。まだイレギュラー(猟犬)の正体もつかめていないと言うのに」


 階段を下りながら、『四の王』マリアンヌも続けざまに言う。

 ――皇帝が自分達『ゲーム参加者』を排除するために送り込んだとされるイレギュラー。

 コレを排除すると言う名目でアマンダ(八の王)を頭に、アレクシス(三の王)マリアンヌ(四の王)ジェラルド(五の王)ドトール(六の王)レベッカ(九の王)の『王』達は同盟を組んだ。

 犬を焙り出し殺すまでは、殺し合いは休戦とする。そんな名目の元作り上げられた同盟だが。


 結局この一ヶ月情報と言う情報は得られなかった。

 あらゆる手を使い調べ上げたと言うのに、何一つとして得る者は無かった。

 犬の姿は勿論、名前、年齢、声、僅かなイメージすらも何一つ。


「問題はその犬の正体も分からないまま、こんなボロ屋敷に『ゲーム参加者』が皆集まった事だろう」


 次に発言したのは同じくマリアンヌを追う様に降りて来た来たジェラルド。

 彼の言いたいことは嫌でもわかる。

 だってそうだろう。たった今この場所は


 猟犬からすれば、これ以上の無い格好の餌場なのだから。


「そもそもさぁ。『二の王』はぁ?実は殺られているんじゃないのぉ?」


 レベッカが嘲笑うように放つ。

 最後の問題。いや、戻って来たと言うべきか。

 そう、それは今この場に居ない『二の王』の事。


 名前と武器商人と言う事以外知られていない謎が多い『ゲームの参加者』

 その人物が、集合時間が過ぎたと言うのに、この場に居ない。この場にいる参加者が危惧するのは勿論当然の事だ。

 もう、この世にいない可能性が高い。猟犬の餌食となったと言う事実を――。


「そうですわ!今この場に居ないなんて可笑しい!『二の王』も殺された可能性が高い!」


 まるでレベッカに同調する様に今まで口を噤み、険しい顔で佇んでいた『六の王』の女が張り裂けんばかりに声を轟かした。

 隣のドトールが眺めるが、女の勢いは止まらない。細い腕がドトールを押しのけ彼女は駆け降りながら叫び散らかした。慌てたようにドトールが其れを追う。


「ええ、ええ!!!間違いないですわ!『二の王』は皇帝の猟犬に殺されたのよ!無様に、今まで殺された他の2人の――。ジョセフと同じように嬲り殺されたに違いないわ!」

「それは――。とりあえず、す、少し落ち着きなさい」

「何を落ち着いていられると言うの!?結果なんて決まったようなモノじゃない!次は私達の番ですのよ!?こんなところに馬鹿みたいに集まって、汚らしい犬に殺してくれと餌を与えに来たと同じ事!だから私は嫌だといったのに!!」


 女の怒号が更に過剰となり荒々しく手を振り上げ

 美しい顔は憤慨で歪み切り「醜い」の一言と成り果てる。

 だが、彼女の言葉だけは最もとも言える発言。


 嗚呼、そうだ。

 普通に考えて、今この場は自分達『王』にとってどれ程危険な場所か。

 その焦りは他の『王』にもゆっくりと広がり寝食していくしか無いのだ。


 口々に参加者達は胸に渦巻く不平不満を声に出していく。


「まぁ、たしかにぃ?」

「私も嫌だったのだ」

「皇帝は何をお考えに」

「神よ、どうか助けてください」


 なんて、実に無様に。

 腹を括って『王』を賜ったのではないかと思える程に。

 だが、正直言ってしまえばそれも仕方が無いのかもしれない。


 何せ今この場に居らず殺されたのではないかと噂される男は『誰にでも平等に武器を売る』をモットーとした商人であったのだ。

 おそらくだがこの場にいる殆どが、此度のゲームでオーガニストに世話になったに違いない。

 そればかりか同じ『王』であるが後ろ盾にしていたに違いないのだ。現にアマンダはオーガニストからゲームが始まった後に商談を通した。


 彼が居なければ、アマンダはこの殺し合いに武器もなく身一つで参加せざるを得ないと言う状況であった。

 口押しいが、オーガニストは他の同盟者(『王』)にとって変えようのない切り札の一つであったそれはどうしようもない事実。


 だからこそ彼が殺されたかもしれないと言う事実は『王』達を混乱と不安の淵に追いやる。

 その事実にグーファルトは何も言わずに笑みを湛え、アマンダは苦々しく唇を噛みしめるしかない。


 正直、彼らが抱える不安はアマンダにもあるモノだ。

 彼女は女帝ではあるが、唯の人である。彼らと同じような思考で思い悩む事は当然に存在する。

 そして、他の『王』同様に明確な答えが無い事も。


 ――嗚呼、嫌。

 たった一つだけはアマンダは答えを持っている。

 この場は危険。それは拭えないが、この場を抑える別の答えだけは持っている。


「いえ、お待ちなさい。少なくとも『二の王』はまだ()()()()()()。それだけは断言してもいい」


 ゆえにアマンダは、問題(不安)の一つを振り払うかのように屋敷の中央へ歩み進みながら、その場を収めるが如く言い放つ。

 胸を張り堂々と、一寸の迷いも疑問も無く。

 アマンダの宣言にエントランスの中心へと集まった、その場にいた誰もが彼女を据えた。


 視線だけで分かる。

 ――根拠は?

 彼らは問いただす。


 突き刺さる様な視線を浴びながらアマンダは続けざまに口を開く。


「妾は――」

「――先日取引した。先程連絡を取ったばかりだしな。そんな短時間で殺られる可能性は低い――だろう?」


 まるで、彼女の言葉を決定づけるかのように

 アマンダの耳元でその少年()の声は屋敷中に響き渡るのだ――。




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