70話『開戦』1
『城下町』――。
その端から更に南東に数百キロ。酷く寂れた小さな名も無き村がある。
人に活気はなく、家々は寂れ、露天の一つや出ていない。
何で栄えているかと言われれば、何もない。
何か特産物でもあるのかと問われれば、何もない。
土は枯れ、川は干上がり、育つ作物は無い。
緑が育たないからこそ動物たちは姿を消し、川が無いから魚は居ない。
村の者達は皆貧しく、腹いっぱいに食事を摂ることも出来ず。お酒なんてもっての外。
一日一日の生活が困難で精一杯。暮らすモノは笑顔一つ浮かべる事無く、毎日を生気も無い顔で暮らし過ごす。まるで廃村とも呼べそうな寂しい場所。
むしろこんな場所で人が暮らせているのかと、不思議に思える程の、正に廃墟としか呼べない。しかし人は住む歪な村。
こんな村。目立つ建物は、大きな壊れかけの風車だけか……。
後それと。そう、それと。
――村の外れ。
この場所に、この寂れた廃村には余りに相応しくない豪奢な屋敷が聳え立つ。
聳え立つ――。そう言っても、ただある……だけなのだが。
何せ、貴族処か人一人住んではいない廃墟なのだ。
それも、ずっと昔。
それはもう十数年は経過している様な、寂れて寂れ切った廃墟。
罅だらけで壊れかけた石作りの外装。
壁は蔦で覆い茂り、屋根瓦は所々口堕ちる。
庭なんて勿論手入れされてやしない。
草木は覆い茂り、大きく美しかった筈の噴水は枯れ果て落ち葉の山。
白くて綺麗だったはずの石畳は泥で汚れ黄ばみくすむ。
此処に人が住んで居たのは、一体いつ頃昔であったのか。
人が住めるものじゃないと、土地を治める筈の家主に捨てられた。そんな、元お屋敷である。
――。
そんな、この廃墟に足を踏み入れる者達が居た。
来るのは……。来れるならば、10人。
まあ、揃う事が出来るならば――。なのだが……。
そして屋敷にそのうちの一人がやって来る。
寂れた廃墟。その錆び付いた門前に、現れたるは女が一人。
長い炎のような真っ赤な髪を後ろで1つに縛り上げた三つ編み。この場に余りに不似合いな淡いピンクのプリンセスドレスを着た女だ。
瞳の色は淡いピンク色。どこか気の強そうな大きな薄紅色のつり目。化粧はしていないが、艶やかな白い肌を持ち。胸は小さいがスラリとした体形に、華奢な身体。そんな彼女は、カツン……カツン……。真っ赤なヒールをなびかせながら、廃墟の入口へと向かって行った。
女――。嫌、少女と言うべきか……。
彼女は壊れかけた扉の前に立つ。
戸を叩くようなことはしない。
白い手袋をはめた細い手は壊れかけたノブに伸び、戸を引く。
ぎぃ――。なんてありふれた音と共に屋敷の扉は開かれた。
無駄に広いエントランスが露わとなる。
「――漸くお出ましか?」
「……」
男の声が彼女にかけられたのは。
戸を開けたと同時。
少女はピンク色の瞳を上げ、声がした方へと視線を向ける。
彼女の目に映るのは男が一人。
屋敷内の端、向かって右側の壁際に寄り掛かる男だ。
長い銀髪に、切れ長の銀色の眼を持つ男。
彼を見たとたんに、彼女は顔を顰める。
男が余りになれなれしく声かけて来たからではない。
この男の正体は一目見れば分かる。
だから問題を正確に上げるのならば、彼の側。寄り添う様に彼の側に隠れ、此方を覗き見ている一人の少年の姿を目に映す事になったからである。
だって、ほら。
その8つほどの幼い少年は、どう考えても部外者であったから。
それも優勝候補の一人である男が、幼い子供をこの場所に連れて来たのが信じられなかったのだ。
――だが、それも僅かだ。
少女の顔は直ぐ様に落ち着きを払った物へと変わりはてる。
そもそも視線をずらせば、彼らの他に人数がいる訳であったし。
部外者問題とか、とっくに話し合い済みであるから。
少年を含めた8つの視線を浴びながら、彼女は大きくため息を付いて口を開く。
「どうやら、妾が最後であった様ですね」
申し訳ありません。
――と、流暢な謝罪。
彼女――『八の王』は、コレから殺すべく此処に集まった他の『王』たちに優雅に頭を下げた。
「い、いえ!ぼ、ぼくたちもつい先程来たばかりです!あ、頭を上げてください……」
ほんの少しの間。
『八の王』に誰よりも最初に声を掛けたのは一人の青年。
先ほどの銀髪の男――『十の王』じゃない。
今度は屋敷中央の階段の下へと視線を飛ばす。
階段の前、今まで腰かけていた青年が立ち上がって此方に近づいて来るのが見える。
耳下までのオレンジの髪に何処か気の弱そうな優しげな声。
顔は見えない。顔の上部分を隠す仮面を被っているから。
だが、一度声だけとはいえ対面はしている。その声色で誰かは分かった。
『三の王』――嗚呼、そう……確か名をアレクシス。
「それに、むしろぼく達が早く着き過ぎただけですし……。時間通りですから」
アレクシスは続ける。
――『八の王』を気遣っての言葉なのだろう。それも本心から。
前に少し話したが、相も変わらず気の優しい男だ。彼女は心で僅かに溜息を付いた。
「ま、いいじゃん。別に最後って訳じゃないんだからさぁ。こっちに来たらどぉなの?」
――更に、もう一つの声がする。
視線をもう一度階段へと飛ばす。今度目に映ったのは女だ。
此方もまた初めて見る。
髪はエメラルドグリーンのボブ。目頭に紅いメイクをした気の強そうな金の大きく艶やかな瞳。
ふくよかな胸に、見事なくびれ。形の良いヒップ。そんな艶かしい身体を露わにするのはチャイナドレス。目のやり場に困る美女が其処にいた。
その妙に子供っぽい喋り方、声は聞き覚えがある。『九の王』に違いないだろう。正直、想像していたより歳は上であったが。
「――『三の王』と『九の王』……ですね」
彼女は2人の名を上げる。
途端にアレクシスは僅かに息を呑み、レベッカは口が裂けんばかりの笑みを1つ。
否。この2人だけじゃない。アマンダは二人以外も目に映す。
一番に声を掛けて来たグーファルト。その他の残りの『王』も。
今日初めて会った人物達だ。名前と容姿は一致しない。だが大体の予想は付いた。
階段の上に2人が佇む。
中老の男と、美しい女が一人。
男は銀の髪を短く切りそろえオールバックに。僅かに蓄えられた口ひげもこれまた綺麗に切りそろえられ、纏う衣服は落ち着きながらも高価なモノであるのは一目瞭然。少し見ただけでも誰でも家柄の良さは気が付くだろう。難を上げるのなら、一目見て分るほどに何処か気が弱そうな面持ち、そんな男。
反対に隣に立つ女は酷く気の強そうな女だ。
ウェーブの掛かった腰下までの茶色の髪。瑠璃色の大きくつり上がった蒼い瞳。唇はうっすらとピンクが指し肌は染み一つなく白さが際立つ。纏う服は瞳と同じ蒼い豪華絢爛なプリンセスドレス。年のころは――おそらくだが30前半。20代前半にも見える実に麗しい女。レベッカとはまた違う美女である。
この2人は見ただけで正体は分かった。『六の王』だ。
一ヶ月ほど前のあの日。画面越しに集まった時、他の『王』を騒がした『王』
あの後、グーファルトと『二の王』が去った後。同盟を組むにあたって、六の王』が何故二人いるのか。
話を聞いた結果その理由を皆が聞き入れる事となった。
つまりは、彼らは二人で一人の『王』である。名は――。
「それで、あと残りは『二の王』だけかしら?」
「何をしているのだ!全く!」
そんな彼女の考えを遮る様に、また別の声が響く。
ピンクの瞳は声を出した二人へと視線を飛ばした。
次は屋敷の二階に佇んでいた二人だ。
まず、また女。
緑のドレスを纏った厚化粧。高く結った金の髪。それだけで『世界』の貴族であることは理解出来た。
それも恐らく落ちぶれた没落貴族。その見た目は麗しく見えるものの、『六の王』達と比べれば纏っているスレンダードレスは安物で草臥れ、身に付けている装飾品もくすんで良く見れば錆びている。しかし、嫌に耳に付くほどその口調は高飛車と言うか、傲慢だ。
容姿、口調、それだけで予想は付く。
そして、その隣に佇むふくよかな男も。
女と同じような綺麗に整えられた安物のスーツ、指に付いた沢山の偽物の宝石が付いた指輪と、無駄に整えられた髭と薄い髪の毛。
この男も女と同じ。元貴族なのだろう。――本人はもしかしたら没落したなんて、受け入れていないかもしれないが。
この2人は『四の王』と『五の王』で間違いない。
名前は確かマリアンヌとジェラルド――だったか。
「何を見ているの?」
「不敬であるぞ!贋作の女王め!」
そんな彼女の視線に気が付いたのだろう。2人はそろって声を荒げた。あからさまな罵倒を交えて。
アマンダは小さく溜息を付いた。
『五の王』の嘲笑混じる視線が浴びせられるが、言い返す気も、言い争う気も無い。
何せ、今はまだ彼らの言い分は正しく、『世界』の在り方で言えば彼らの方が立場は上なのだから。
正しいのであれば、まだ言い返すようなことはしない。それがたとえ、殺し合いの相手だとしても――だ。
彼女は二人から目を逸らし、再度辺りを見渡す。
順番に、『王』を確認する。
『三の王』――アレクシス。
『四の王』――マリアンヌ。
『五の王』――ジェラルド。
『六の王』……ドトール。
『九の王』――レベッカ。
『十の王』――グーファルト。
そして――。
彼女、『八の王』――アマンダ。
死んだ『一の王』と『七の王』――
名前以外正体不明で今ここに来ていない『二の王』
これ等を抜かして、今『王』と名付けられた『ゲーム参加者』が全員集まっているのだ。
嗚呼、彼らはそう。
今から正に始まろうとする、このデスゲームの参加者達である――。
だからこそ、その場には妙な緊迫感と嘲笑、恐怖……それらが全て混ざり合わさったかのような、妙な空気が漂い充満していた。
特に、四の王と五の王のアマンダに向けられる侮蔑の視線は腹立たしい程に彼女に突き立てるのだ。
「――おいおい、お貴族様よぉ。何をそんなにイラついてんだ?」
妙に険悪とした雰囲気の中、グーファルトの声が響いた。




