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『腕相撲大会』前

 それは、アドニスがオーガニストを暗殺して一週間ほど経ったある日の午後の事である。

 『組織』の白くて長い廊下をアドニスは歩いていた。 

 勿論彼には今仕事は割り振られておらず、所謂フリーと言う奴なのだが。

 何、何時ものシーアとの特訓でちょっとした粗相を彼女に押し付けられ、ドウジマに呼び出されただけである。

 そのお叱りの帰り道、と言う所だろうか。


 「糞女……!ふざけるな!何が私はわるくないぞ?……だ!多重人格のサイコ野郎め!」


 アドニスはブツブツとシーアに対しての嫌味を口に出しながら広く長い廊下を歩いていた。

 いや、その彼の背ではニタニタ笑いながら元凶のシーアが何時ものようにフワフワ浮きながら抱き着いていたりする。

 つまりだ。嫌味と言う嫌味は全て彼女に筒抜けなのだが、気にすることも無く。むしろわざと聞こえる声で彼女(シーア)に向けて彼女(シーア)の文句を叩きつけている訳である。効果は無いけど。

 

 と、まあ、そんな昼下がりの出来事。


 「アッドニスー!」


 そんな酷く楽しげな女の声が廊下中に響き渡ったのは。

 その声には聞き覚えがある。一応先に記しておくとリリスじゃない。

 鈴を名一杯転がしたかのような声色。カランカランと正直言えば、耳障りに近い女の声。

 声の主を知りながら、アドニスは大きくため息を付いて立ち止まり、顔を声がした方向へと向けた。

 

 目に映ったのは白い影。

 腰までの長い、まるで雲の様な白い髪を後ろで1つに縛り上げ、前髪を綺麗に切りそろえられた――所謂姫カット。

 肌はこれまた雲か雪の様に病的に白く、纏う白い着物が良く似あう。小柄で形の良い顔立ちに丸い眉毛。炎の様な真っ赤な瞳を持つ女が一人。此方に手を振り、笑みを浮かべていた。

 手を振るたびに大きなその胸は、まるで風に揺れるメロンの様にゆらゆら。

 その様子にアドニスは険しい眉を更に険しく顰め、背にくっ付いていたシーアは僅かながらに女の胸部を目に映し僅かに唇を尖らせた。


 正直、無視したい。

 アドニスは険しい顔のまま心の奥底で思う。だが、此処で無視すれば後で更に面倒だったりするので、仕方が無い。

 大きくため息を付いて真っ白な女に身体ごと視線を向けるのだ。


 「コイヌ……何か用か?」


 アドニスが女の名を、偽名だけど。

 その名を口にしたのは、女――エージェント・コイヌが目の前で止まったと同時の事であった。


 「いやぁ!偶然だね!」


 止まると同時にコイヌはカラカラとした笑みと声を上げる。

 笑う口からは犬歯が見え、いつもながら人懐っこい笑みだ。

 その炎の瞳がアドニスの後ろにいる血の瞳を見据えた。


 「ヒュプノスちんも、こんにちは~」


 実に簡単な挨拶だ。

 コイヌ、あの『組織襲撃事件』の時の被害者であり、全治三週間の大怪我を追った被害者であるのだが。もう完全に気にしてはいないと言うか、恐怖も一ミリも無い声色である。むしろ人懐っこさMaxで当たり前に笑顔である。――末恐ろしい女だ。それがコイヌと呼ばれるエージェントだ。


 「――だれだ?お前?」


 反対にシーアはコイヌの事など一ミリも覚えていなかったりするのだが。

 コレでも一応10回は合っているし、なんなら毎回コイヌは自己紹介していたりするのだが。

 と言うか3日前も、罰ゲームでシーアの服を買いに出かけた時であっているのだが、無理やりついて来て一緒に服を選んでいた仲だったはずなのだが。

 アドニスからすれば邪魔の一言でしか無い存在であるが、どうやらシーアからすれば邪魔以下の存在であったらしい。相変わらず酷い女だ。


 「ヒュプノスちん、ひっどーいぞ!一緒に服を選んで遊んだ中じゃん!忘れちったの?」

 「顔は覚えている。名前は知らん。なので、今日からデカパイと呼ぶがそれでいいな!」

 「……」

 

 更に酷くなった。

 人の名前を頑なに覚えないシーアの悪い癖が此処で本領発揮した。

 名前が覚えられないからあだ名をつけるのは良いが、いつもながら付けるあだ名が酷いと思う。というか私恨みたいなものが入っていたのは、きっと気のせいじゃない。つーか、さっき名前を呼んだだろうが。

 と、まあコレばかりは仕方が無い。

シーアの様子にこれ以上の会話は意味が無いと判断したのか、コイヌは小さく咳払いを零しアドニスに視線を戻した。


 「と、まぁ自称神様の心無い嫉妬は、まぁいいや」

 「にゃにお!」

 

 さらりとした嫌味。多分コイヌからすれば嫌味の「い」の字も入っていないが。

珍しく声を荒げてぷんすか怒るシーアを見事なまでにスルーをして、コイヌは改めてアドニスを見た。



 「ね、アドニス。今さ丁度サエキたちと腕相撲大会やってんだけどアドニスも参加しない?」

 「しない」


 ―― 一秒。迷いも無い。

 唇を噛みしめ「むう」なんて表情を作るコイヌにアドニスは背を向け、まるっきり興味も無い様に屋敷の出口へと足を進める。

 むしろ今日はちょっとした粗相のせいで、ドウジマから鍛錬禁止命令が出たし結果的に午後から暇になったのだが、何しようなんてイライラしながら思考中。

 出来るなら背の女に一泡吹かせるような出来事が有れば――。

 

 「いやいや、まってまって!優勝したら賞金が出るよ!」

 「興味ない」


 必死に引き留めるコイヌをバッサバッサ切り捨ててアドニスは、やはり足を進めた。

 だが、そんな簡単にコイヌが引き下がる訳にはいかなかったりする。だから必死に馬鹿みたいに手を伸ばした。


 「よーし!じゃあ優勝したら僕の胸を揉ませてあげよう!」

 「しね」

 「じゃあ、チュウ!」

 「しね」

 「ううううう!じゃあ両方だ!」

 「死ねって言ってるだろう。いや、殺されたいか?」


 最初から最後まで全てたった切られた。

 むしろ最後は本気の殺気と共に蟀谷(こめかみ)に大きな筋を立て、歯を思い切り噛みしめギリリと音を鳴らす程。

 黒曜石の瞳は闇の様に深い黒々とした怒りに染め上げた色をしていた。


 だってコイヌが本気で食って掛かるのだもの、アドニスだって本気でセクハラの対処をする。

 と言うか、シーアのセクハラに慣れ過ぎて同じ態度を取ってしまったりする。

 いや、なんかシーアの前で馬鹿げたセクハラを向けて来るこの女が心からウザいからだったりする。


 「15歳の少年なのに性欲無くて可哀想!普通、このお誘いにはのるよねぇ!?」


 と、まぁコイヌには全く聞かないどころかノッリノリで煽ってくると言う。やはり馬鹿である。


 「あー。やっぱり?私もさぁ、こうやって胸を押し付けているのに無反応なんだよねぇ?そんなに私は魅力無いかなぁ?」

 「……」


 おっと、馬鹿はもう一人後ろにいた。

 わざとムッとした表情で、ギュウギュウ胸を押し付けながら耳元で囁きボイス。

 更にアドニスの額には青筋が立った。


 魅力とか、反応ないとか?

 日頃の鍛錬の結果と言うか、慣れでしか無いと言うか。

 むしろ本当は――。


 「ないね。胸無し」


 とりあえず気持ちは捨て去って、心頭滅却して悪態をつく。

 シーアは一瞬眉を顰めた。


 「……おい、言っておくがな。私は胸が小さいんじゃないぞ?そこのデカパイ達が可笑しいだけだぞ?なに?そんなに大きいのが良いのなら優勝して揉んできたらいいじゃないか!」

 

 しかもまさかの反撃。

 ついでに今のシーアの発言を聞いてコイヌはピコーンとアンテナを立てた。


 「アドニスが望むのなら僕はいいぞぉ!どーんとこい!お姉さん頑張っちゃう!――。えへへ、ショタに攻められるの最高♡」


 アンテナと言うか、本性を露わにして来た。警吏さんこちらです。

 だからこの変態バカ女には関わりたくなかったと言うのに。

 何が胸を揉むだ。自分がされたいだけじゃないか、変態め。

 今ここで一発食らわせても、きっと問題にはならないだろう。正当防衛だ。

 アドニスの一発はかなり痛い物だと思うが、拳をキツク作り上げながらアドニスは心から殺意をため込む。


 とりあえずワナワナ震える手をぐっと我慢してアドニスは子犬を改めて見据えた。

 いい案が一つ浮かんだからだ。

 

 「――。コイヌ、選べ」

 「はーい、はい。なに~♪」


 実にコイヌは能天気である。

 何を想像したのか頬を赤らめて、涎を垂らしてニヤニヤリ。

 その顔を見てさらに腹立たしく思ったが、アドニスは口元に笑みを張り付けて指を立てて放つ。


 「優勝賞品をお前に一発食らわせる――にするか、このまま俺を家に帰すか……だ。選べ――」


 ――酷い選択肢だ。



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