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62話『二の王』14



 「――が、っは!」


 老いた口から血が吐き出された。

 背骨を含む骨は何本か折れ、内臓に突き刺さる。

 このまま放っておいてもオーガニストは間違いなく死ぬであろう。


 その中でもアドニスは手を緩めたりはしない。

 冷たい黒い眼が男を見下ろし、掴む手に更に力を籠める。


 首をへし折る気か……。

 少年が行おうとしている事を、オーガニストは直ぐに理解へ至る。


 「……ま、て」

 

 口から出るのは掠り切った声。

 血まみれの手を伸ばし、自身を掴む子供の腕を何とか握りしめ弱々しく口を開く。


 「まって、くれ」

 「……」


 だが、アドニスにはそんな物、興味ない。

 それならば、勝手に続けるしか無いのだろう。

 オーガニストは続けた。


 「みごと、だ……た」


 まず、改めて賛美を一つ。

 先ほどの空を駆けた此方への追撃は、超人を遥かに超えたものであった。

 いや、三キロ先の人間を肉眼で捉え、不利な狙撃戦の中でも一秒一秒成長を続けていくこの少年だ。

 きっと、あんなモノ。小川を飛びぬける感覚であったに違いない。――まさに、怪物だ。


 だからこそ、オーガニストの中で疑問が生まれる。


 「だが、君は、少々……ば、けものが……すぎ、ないか……?」


 この子供は強い。強すぎる……。

 きっと、この世の誰よりも強くて、もうこの世の何所にも彼と並ぶ人物は何処にもいないだろう――。

 それはこの世の王ですら……。人々に恐怖を与え、暴君と恐れられている唯一の王でさえ、彼に敵う事は無いのだ。


 「君は、な……ぜ、皇帝……に、付く……?――そ……の、実力……な、ら……き、みは……『王』と……なれ、る……」


 この問いに、オーガニストを押さえつけていた手は僅かに緩まった。

 『二の王』は僅かに口元に笑みを浮かべる。

 

 どうやら、話ぐらいは聞く気になったらしい……と。

 オーガニストは手元にあった側にあった拳銃を握りしめる。

 まだ、だ。まだ、反撃できる。この少年が事実に気が付き自分の能力にのぼせ、驕り、迷いを見せた時に、反撃を――。

 


 「――あの王の掲げる正義が誰よりも美しいからさ」


 だが、少年の薄い唇から発せられたのは、老人が思い浮かべていたモノとは掠りもしない言葉であった。

 闘志が消えぬ翠の目が大きく揺れ動く。

 明らかに動揺を浮かべ、困惑の色を目の前の少年へと向ける。


 「な……ん、だと……?」


 まるで理解できない。


 だが、アドニスの表情は一切の変化はなく、オーガニストに殺気を向けたまま。黒い黒曜石の眼には勿論、まだ幼さ残る表情にも、年の割には落ち着いた声色にも、その全てにおいて偽りと言うモノは1つも混じっていない。

 この少年は、心の底から皇帝を正しい存在だと、皇帝の横暴を、暴挙を正しい行為と判断している。


 「――俺からも聞きたい」


 目の前の愕然とした表情を浮かべる『二の王』に対し、次はアドニスが薄い唇を開き問う。

 彼が聞きたい事は、唯一つ。


 「――お前の正義とは何だ?」


 低く何処までも落ち着いた、しかしそれはまるで純粋な子供の――。

 その真意は『二の王(オーガニスト)』には見えもしないモノだった。


 だから、大人は嘘を付く。


 「……。せいぎ、なんてものは、ないさ……」

 「――」


 掲げた正義とも呼べない、幼いころに掲げた《夢》を口にする。


 「いちど……かいぶつ……たいじを、してみたく、てね……」


 ――私が造った武器で。

 ――誰もが恐れ叶わない怪物を。

 ―― 一度で良い。

 ――そんな世界を恐怖で染まらせる存在を。


 「……たいじして、みたかった……それ、だけさ」


 消えゆきそうな男の声。今にも無くなりそうな翠の輝き。

 それらの前に、黒曜の瞳は僅かな揺らめきも無かった。

 薄い唇が僅かに噛みしめ、それでも口を開く。


 「……くだらん。お前も、お前に手を貸した人物にも、な」


 『二の王』が顔色を変える。だが、それ以上の暇はなかった。

 拳銃を握る手に激痛が走る。潰れ折れる音が響く。

 だが死にかけた男の口からは絶叫も出ず。少年は手に掴む皺が深く刻まれた枝を投げ捨てた。


 男に首を掴む手に再度力が籠められる。

 常闇の様に暗い黒い呆れ果てた眼に、老いた男が反射した。


 「ま、て……。こ、ん……か……い。わ、わたし……が、ひ、ひと、りで――」


 ――今回は私が一人で反旗を翻した。

 そんな言い訳を必死に口に出そうとしているのに、声は出ない。

 失った腕は赤い血しぶきを弾き、残った手は死に物狂いで首を抑える手に爪を立てた。

 生気の失った筈の目を血走らせ、その奥に懇願だけを混じらせ。口からは夥しい血を吐き出しながら、何かを訴える為だけに『二の王』は無様に足掻き続ける。


 男を抑える白い手には一切の傷は付く事は無い。

 心底呆れ果てた黒が見下ろし、軽蔑が混ざる黒曜が見下す。

 ただ、それだけだ――。


 「わた……わた、し……を!……わた、じ、()()を……うしなえ、ば!!『世界』の、そんしつ……だ!」


 それでも、『二の王』は生にしがみ付く様に抗う。抗い続ける。

 誰かを想って、大事な一人を想って、ただそれだけで。正に死に物狂いで、必死に。

 その今にも消えようとする命の炎を、必死に激しく揺らめかして抵抗を見せる。


 黒い眼は、そんな最後の愚かしい抵抗すら冷たい目で見降ろし、心からの呆れ果てるような溜息を零すのだ。


 「――それを決めるのは皇帝陛下さ」

 「……ち、ちが、!!わ、……わ、われ……我々は!!」

 「かの王が要らないと判断すれば、全てが要らないモノになる。執行対象だ」

 「……!!」

 「オーガニスト。……お前は、俺達を舐めていないか?本当にお前は実に下らない事をしてくれたよ。『世界』の損失?……笑わせてくれる。捨てたのはお前じゃないか」


 手に込める力が強まる。

 これは、きっと、少年なりの、個人的な怒りなのだ。

 

 黒い瞳が初めて色を変えた。

 それはきっと僅かな物だったはずだ。ほんの一瞬。瞬きの間。

 それでも、少年は――。


 「――。アイツを巻き込み、死地に追いやったのはお前だ。オーガニスト」


 自分を()()()()()()()を思い怒りを溢れ出す。

 何よりも『家族』が大事で、最後は、結局は何方も裏切り切れなかった……馬鹿な幼馴染への呆れを。


 ソレを踏まえて、アドニスは男を見下す。

 今にも死にそうな、苦しみもがく男を見つめ、罰を口にする。


 「いいか、この件はもう既に上に報告させてもらった。お前が裏切り者であることは皇帝陛下の耳にも届いているさ」


 それは、誰に対しての言葉だったのか。

 暴れていた『二の王』は足掻く手を止め、酷く絶望した色合いを浮かべ。

 ――今まで後ろでこの光景を映し続け、黙って見つめていた『少年』は、モニター越しに笑みを浮かべるのだ。


 「ま、て――!わたしは――!!」

 『いいよ、爺さん』


 悲痛を叫ぶオーガニストを遮る様に少年の声が響く。

 音を立てながら、後ろを飛んでいた携帯端末を持った最後の飛行機体はアドニスの前へと飛び近づき止まる。

 端末向こうから小さく「くつ、くつ」と笑う声が響いた。

 

 『ま、気が付くよね?』

 「……当たり前だ。お前最初から最後まで自分だと言っていただろう?」


 問いに返せば、また端末から笑う声が聞こえる。

 そりゃ、そうだ……と。

 笑いながら端末向こうの少年は続けた。


 『でも、いつから気が付いていた?』

 「ドウジマに裏切り者がいると話していた時」

 『なに?やっぱりあの【神様】に心を除いて貰っていたの?』

 「いや、ヒュプノスには頼んでないよ。心を除く行為は止めて貰ったんだ。だからあいつは関係ない」

 

 オーガニストを抑える手を緩めて、アドニスは続ける。

 思いだすのはドウジマに裏切り者がいると相談しに行った時の事だ。

 あの時、彼はドアの外で聞き耳を立て、ドウジマ(父親)と兄弟たちを守る為に中に入って来た。


 それはアドニス(自分)が家族たちに、その牙を向けさせないため。裏切り者は自分であるからこその行動でもあっただろう。だが、ソレが一番初めの墓穴と気が付きもせず。


 「ドウジマに俺は『組織』内に裏切り者がいるとしか報告していない」

 『ああ、君の住み家がバレた……そう報告していたね。だから『組織』内に裏切り者がいると』

 「それに対して、お前は俺の居場所を知るぐらいだったら『オーガニスト』なら出来ると躊躇もなく言った」


 組み倒す男が僅かに息を呑む。――この男は気が付いたようだ。

 端末の向こうで少年は疑問の声色を上げた。


 『だから何さ』

 「気が付かないのか?本当にエージェント不向きだな、お前は。……お前は『オーガニスト』が犯人だと断言したんだぞ?」

 『――?』


 まだ自身の墓穴に気が付いていない少年に小さく溜息。

 

 「俺もドウジマも、今回の一件『裏切り者がいる』と話しただけだ。一度も『オーガニスト』の名を出していないんだよ。この男が絡んでいると一度も発言もしなかった。なのに、お前は。――自分からこの一件は『オーガニスト』の仕業だと()()()()じゃないか」


 この瞬間、漸く端末から息を呑む音が聞こえた。


    ◇


 アドニスは挑戦状を貰った時、直ぐに裏切り者の可能性を視野に入れた。

 だからこそ最初に『組織』に向かいドウジマと話をしたわけだが。

 話をしたのは、彼に挑戦状を見せ『組織』内に裏切り者がいると言う可能性を示しただけに過ぎない。


 『裏切り者』以外の情報は決して、口に出すことはしなかった。

 この《挑戦状》についても、アドニスが抱える『依頼』に関しても。


 つまり、


 〝『ゲーム』参加者から挑戦状が来た。差出人は『二の王』〝

 〝オーガニストを名乗る人物である。〟


 この二つだけは決して口には出さずに話を進めた訳だ。

 それはアドニスの『ゲーム(依頼)』が極秘中の極秘であるからこそ、例え周囲が感づいていたとしても。

 『ゲーム』参加者の情報だけは、洩れる事だけは阻止すべきであると判断したからこそ。細心の注意を払って、今回の()()黒幕の名は伏せた。


 ドウジマと2人でいた時、確かに『ゲーム』の話はしたものの。

 自称『二の王』(オーガニスト)の名は絶対に出す事もしなかったのだが。


 「疑わしい人物が出たら、まずは確認作業から入るのが普通じゃないか?『オーガニストは知っているか?』とかな」



 だのに、彼は当たり前に言い切った。

 誰も何も、その名は口にすら出していないのに。

 

 名と情報を出して。

 「オーガニスト」の仕業だと、断言したのだ。



 『……それは、確かに』


 アドニスの指摘に少年(カエル)は笑う。

 頭でも掻いているのか、擦る様な音が僅かに響く。


 「そもそも――」

 「ま、てくれ」


 まるで縋るようにアドニスの腕に老いた手が伸びた。

 黒い眼は細り、今にも消えかける血まみれの男を映す。

 

 合わない視点、呂律も回らず掴む手も弱々しく、きっと、もう耳も届かない。

 見なくても分かる。この男はもう死ぬ。何もせずとも、死んでゆく。

 彼からすれば長い時間だろうが、きっと数分も無いうちに最期を迎えるだろう。


 少なからずアドニスに苦戦を味合わせた男であったが……。

 その彼が今は余りに弱々しく、正に枯れ木の様に。

 先程、銃口を此方に向けていた彼とは余りに別人だと、僅かに残念に思えた。


 「なんだ」


 静かに問う。

 弱々しい手を振り払うようなことはせず。

 最後の手向けとして、無意味と分かりながらも声を掛け、彼の言葉を聞くべく耳を傾ける。


 「こ、これは……わ、わたし、が……ひ、ひと、りで……か、かってに……や、やったこと……だ……だ、だから――」

 『いいよ。もういいんだって』

 

 縋る様な声を遮った、幼馴染の声。

 プロペラ音が静かに響き、小さな機械は老人の側へと降りてゆく。


 『いいんだよ、もう。僕だって受け入れていた事なんだ』


 もう何も聞こえやしない老人の側で優しげな声色。

 ――いや、死にゆく男の顔が酷く悲しげな色を帯びたのは気のせいだろうか?


 『アドニス。僕の願いだ。どうか、彼を楽にさせてやって欲しい』


 端末機械の向こうで、少年は僅かな笑みを讃えたまま願う。

 本当に僅かな間。アドニスは小さく息を付き、掴み上げていた手を振り上げる。

 一瞬、ほんの一瞬だ。痛みも無く、苦しみも無く、死を与えよう。コレが自分を追い詰めた男への賛美となると言い聞かせて。


 端末の向こうの声は続ける。今度は死にゆく老人に向けて、問う。


 『最後にさ。本心を聞かせてくれる?あんたの正義(願い)って奴。僕も聞きたい。僕の兄弟にさ……。色が無いコイツにあんたの色、見せてやってよ』


 この言葉は、『二の王』に届いただろうか。

 最後の家族の願いを彼はどう受け取っただろうか。


 『二の王』……オーガニストは、僅かに口元を上げる。

 かすみ切った翠の目を暗闇に向けて、誰かを想いながら、何かを求めるように端末機械へと手を伸ばす。


 「……簡単だ、ギルバード」


 愛おしい幼子の水色の頭を撫でながら。

 最後の願いを口にする。


 「……わ、たしは……かぞくを……まもり……たか、った……。それ……だけ、だよ……」


 それは、誰に対しての言葉だったのか。

 黒い眼は静かに閉じた。


 別に否定はしない。

 それもまた、《正義》であろう。

 今まで見て来た2人の王よりも随分と綺麗なモノだ――。


 振り上げた手刀をその首へ。


 『……ん、そうか』


 側で幼馴染の。

 『二の王』が心から愛した子の声が響く。


 『――ありがとう。爺さん』


 嗚呼、その言葉は『かの王』に届いただろうか?


 翠の瞳から雫を一粒零して。

 最後に、笑みを浮かべよう。




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