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56話『二の王』8


 「――ここが、アジト?」


 アドニスの言葉に、シーアは酷く驚いた声を上げた。

 しゃがんだ体勢のまま、あたりをキョロキョロ見渡す。

 彼女の反応は最もであろう。アドニスは小さく息を付いた。


 「……こんな廃墟が、世界随一の商人のアジト?」

 「気持ちはわかる」


 だが、本当にコレが『世界』から送られてきた唯一の情報なのだ。

 正直この情報を見た時アドニスだって「信じがたい」の一言。

 廃墟に訪れた時は更に疑った程だ。別に廃墟だったからじゃなく。余りに人の気配が無いから。


 先ほどから気を張り巡らせ、警戒を怠らず辺りを詮索しているのだが、正直人の気配は微塵もない。

 むしろ、この街の何所にも人が暮らしていた様な痕跡も僅かにも無い。

 地下や秘密の部屋辺りが有って、そこに身を潜んでいる?――違う。普通はそれでも、人の痕跡と言うのは残るのもだ。だが、この街には本当に何も無いのだ。


 ただ、ひとつ上げるとすれば――。


 シーアは辺りを見渡す。彼女も「この街にはやはり誰も居ない」と言う同じ結論に至ったのか、小さく首を傾げた。


 「おい、この街どころか。このビルにも人の気配はしないぞ?人が住んで居たような痕跡もないし」

 「分かっている!でも……」

 「でも、最近人が入った痕跡はあるな。ほら、そこの部屋」


 アドニスが言い切る前に、シーアは遮った。長い指が一つの部屋を指す。

 これには口を噤み、思う。気付いていたのか――なんて。彼女の差した部屋を見た


 彼女の言う通り。

 この街やビルに人が住んで居た痕跡はない。

 だが、つい最近このビルに人が出入りした痕跡は確かに存在している。


 痕跡と言っても僅かな物。

 妙に蜘蛛の巣が無く、扉のノブが妙に綺麗。

 

 それぐらいの物だ。だが、彼からすれば十二分。

 だからこそ、先程からこうして身を屈め襲撃に備えて気を張り警戒している。


 特にシーアが指差した部屋は妙だ。

 ノブが綺麗なばかりか、僅かに戸が開いている。まるで此方を誘っているかのように。

 だが扉の向こうからは人の気配は感じられない。罠……その言葉が嫌でも頭に浮かぶ。


 「私が見てこようか?」


 「ニタリ」……シーアが笑いながら言った。

 アドニスは彼女に視線を向ける。少しだけ、眉を顰めて悩んだ。

 ――確かに、今彼女に行かせるのが一番の得策だろう。


 この女は底知れない強さを持っている。ちょっとやそっとじゃ、絶対に死なない核心がある。だが……。ああ、いや。馬鹿らしい考えだ。

 彼女が怪我をする。彼女が実は裏切り者である……とか。

 いや……だからこそ、囮とすべきか。ちがう――。


 「……分かった。確認してこい」


 ここは、彼女に任せるべきである。

 シーアはアドニスの言葉を聞いて、僅かに驚いた表情を作り彼を見た。

 まるで「意外」と言わんばかりの顔だ。その表情を見て、少年も顔を顰める。


 「なんだ、意外だったか?俺がお前に任せたことが」

 「――いや」


 シーアはニタリ、再び笑みを浮かべた。


 「昨日の君……いや、今までの君とは別人だと思っただけだよ」


 ――と、この言葉にアドニスも笑みを一つ。


 「自称だが、俺の武器なのだろう?――だったら、その性能を確かめたいだけだ」


 ソレは本音半分、偽り半分。

 まだ信じ切った訳じゃないが、彼女は自分の武器だ。だったら、主の代わりに危険に向かうべき。彼女であるならば、罠が有っても掻い潜れると言う確固たる自信。


 ――いや、今回は彼女が裏切り者なんて考えは酷く馬鹿らしいものであったか……。


 シーアは相変わらず「にたり」笑い。

 それでも立ち上げると目的の場所、扉が僅かに開く部屋へと身体を向けた。


 かつん、かつん。足音が響く。

 彼女が前に進むのを見ながら、あたりを警戒するが。相変わらず人の気配は感じ取れない。殺気を必死に抑え込み、ナイフを握りしめ彼女を見守る。


 視線の先で、シーアが扉の前に立った。

 白い手がノブに伸び、軋む音を立ててゆっくりと扉を開ける。

 その様子に一切の迷いや躊躇はない。何時ものように笑みを湛えて、しかし。


 「――おや」


 彼女は赤い瞳を糸のように細めた。

 ばん――!……と扉が勢いよく開き、シーアは細い手を宙へ伸ばす。

 戸が開くと同時に聞こえたのは何かが切れる音。彼女の白い手に小さな丸い物体が収まる。


 一目でアドニスにはその正体が分かった。

 空から落ちてくるのは透明な紐が括りつけられた、大きな丸いリング。

 黒々とした丸い物体に安全レヴァーの付いたそれは、紛れもない。――手榴弾。


 「――爆弾の一種?」

 「ばか、捨てろ!」

 「はいはい」


 白い腕が振りかぶる。まるで小さなボールでも投げるような感覚で、ぽいっと。

 焦ることもなく窓の外へ。

 その瞬間、凄まじい爆音が轟いた。同時に吹き荒れる爆風。

 辺りに散らばるガラスの破片が、音を立てたかと思えば飛び散り、アドニスの頬を掠める。

 

 腕で顔を覆い、何とか身を守っていたが、アドニスと反対に扉の側に立つシーアは平然とした面持ちだ。顔を隠すことも無く佇み窓の外を見据える。

 いくつもの破片が彼女の身体を傷つけようと当たったが、その白い肌にはかすり傷一つとして付きもしない。

 

 轟いた音と爆風が止む。空に造られた灰色の雲を背景に、シーアは振り返った。


 「見た限り。これ以上のトラップはないぞ?」

 「……」

 

 アドニスも漸くと動く。

 速やかに移動して、入口の隣へ。壁を背に中を恐る恐ると覗き込む。


 眼に入ったのは、8畳ほどのビルにしては狭い個室だ。

 今の爆風のせいだろう。窓ガラスは粉々に割れ、部屋の中に飛び散り。足元を含める彼方此方には瓦礫が転がる。


 そして何より、部屋の壁には大きな穴が一つ。

 ソレが今出来た物なのか、前からあった物なのかは分からないが、暗い雲が懸かる空がコレでもかと見ていた。


 ぱっと見、崩れかけたビルの個室。確かに罠の類はもう無さそうだが……。

 だからと言って気を抜くわけには行かない。外が見える大穴が開いた部屋に入るなんてもっての外。


 しかし、警戒を続けるのはアドニスだけだ。

 未だに警戒するアドニスを尻目に、シーアは溜息を一つ。

 悠然とした様子で、足音を響かせ中に入っていった。


 止める暇も無く、彼女は部屋の中心でクルリと回転する。


 「ほら、大丈夫だ」

 「……」

 「全く、心配性だなあ」


 シーアは腰に手を当て、また溜息。辺りを見渡しながら笑みを湛えた。

 つい先程、手榴弾が仕込まれていたのだぞ。何が安全と言うのだろうか。

 そんな様子に気が付いたらしい、部屋の中心でシーアが腰に手当て提案を零す。


 「だったら、君が気になる物を言いたまえ。私がそっち迄持って行こう」

 「……」


 アドニスは眼を細めた。警戒は続けるが、このままでは進まないのも確か。

 それに部屋の中には嫌でも目に付く物がある。

 そのアドニスの視線に気が付いたらしく、シーアも視線を左斜め下へ。

 瓦礫の側にポツンと置いてある、トランクケースを目に映した。


 「もう、何なら此処で私が開けようか?」

 「いや、まて。……俺がそっちに行く」


 ケースに手を伸ばした彼女を制す。

 そのケースにトラップが仕掛けられていないとは断言できないのだ。


 ここで無駄に警戒をし続ける暇も無い。アドニスは壁際から顔を出し、部屋の中を再度確認する。先ほどから注意を払い、気を張り巡らせていたが、変わらず人の気配は存在しない。一応、安全としても良いだろう。


 眼を細めて、彼は身体を出すと部屋の中へと入った。

 ボロボロの室内。瓦礫が転がるその中で、シーアの元に足早に寄ると足元に置かれたケースの側へ、膝を付く。


 アドニスは思考を巡らせた。

 どう探ってもこの街には人の気配はない。人が住んで居た痕跡も無い。


 だとしたら『二の王』は何処へ行った?

 このビルにトラップを仕掛け、逃げたと言うのか?

 挑戦状を送り付けときながら?それとも『組織』の調査ミスであった?

 いや、どれも有り得ない。


 挑戦状を送り付けて来たのは、『二の王』本人である。

 まるで自分達が来るのを見越したように仕掛けられていたトラップ。

 アレはどう見ても此処を訪れる者を狙い、最近仕掛けられたものだった。


 全て合わせ考えても、狙われたのは間違いなくアドニス(自分)だ。

 

 だから姿は見えなくとも。『二の王』は直ぐ側に居る。

 武器商人らしく、ありとあらゆるトラップ(武器)を仕込んで、何処からか此方を狙っているに違いない。そう判断した。


 恐る恐るとケースに手を伸ばす。

 今触った所、罠はない。

 留め金を外し、少しだけケースを開ける。

 先ほどの様な危険な罠も無い。

 

 アドニスは完全にケースを開けた。

 開けた時、鼻を掠めたのは僅かなカビ臭さと、そして鉄と火薬のにおい――。


 「――」

 「おや?」


 シーアが後ろから覗き込み首を傾げ。

 アドニスは息を詰まらせた。


 ケースの中。綺麗に収まっている其れは、幾つかの銃弾と。

 そして、


 バラバラの組み立て式、狙撃銃――。



 「――これ、君の持っているものと同じだよね?」


 後ろでシーアが不思議そうに呟いた。

 その声を聞きながら、アドニスは口を閉ざす。


 嗚呼、そうか……と。

 全く持って、アイツは馬鹿である――。

 心からの呆れと哀れみを浮かべるのだ。



 ――だから、きっとそれは《怠慢》と言うより、《油断》……と言った方が良い。

 感傷に浸り過ぎて、その存在にアドニスは気が付かなかった。



 『――標的、捉えました。追跡、開始』

 

 辺りに響いた機械仕掛けの男の声。

 ピピピ……。ガガガ……。何かの機械音。


 「――」


 その音に異変を感じ取り、腰にあるナイフを握り振り返るも、もう遅い。

 ソレは余りに殺気なんてモノも、気配なんて物も無かったから。シーアですら気が付かなかった。


 2人は同時に、ソレを目にする。


 身体に取り付けられた大きなレンズが、瞳孔を閉じるように細く動き。

 丸い身体から生えた、小さなプロペラが不気味な音を立てて廻り浮かぶ。

 人の手を模したような細長い筒(アーム)が二本、身体から伸び此方に何かを向け。

 その小さな物体は其処にあった。



 ソレをどう表せばよいかなんて、アドニスには分からない。

 彼からすれば初めて見た物体だ。

 だが、何かは分かる。誰かの言葉が頭に浮かぶ。

 

 ――自動追跡、小型飛行機。


 でもその言葉が浮かんだ所で、なんであるか理解し、アームの先に付けられた銃口に気が付いても。――もう、遅い。


 『――排除します』


 機械音は無慈悲に響き、音を立てて銃弾は容赦も無くはじき出された。



次回は4月8日土曜日です

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