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40話『無色』2



 細い彼女の手が、アドニスの腕に当たる。

 シーアの放った一撃は、ただ本当に叩く様な軽い一撃だった。

 普通の女であれば――だが。


 だが、この女は異常だ。

 唯の頬を叩くと言う行動も、ただその一撃で人など簡単に抹消。

 もろに受ける事があれば頭なんて消え去るだろう。


 アドニスはその一撃を腕で何とか受け、ガードしたモノの、身体が宙に浮かぶのは嫌でも分かった。

 凄まじい速さで身体が吹っ飛び、成す術もなく壁へと激突。

 右肩を含む右半身に、激痛なんてレベルは軽く跳躍した衝撃が広がり、平手打ちを受けた左腕が鈍く折れる音が耳に届いた。アドニスの口からは溜らず血反吐が出る。


 ずるり、身体が重力に従って下がり落ちたのは、少ししてから。

 痛みで受け身なんて取れるはずがない。アドニスの身体は運動場の床へと潰れるように倒れ込む。


 「おっと、コレで吹っ飛んじゃうかぁ」


 軽い口調を口ずさみながら、シーアがアドニスへと歩み寄ってくる。

 何時の間にか地に降り、カツンカツンと真っ赤なヒールを響かせて。黒い影が少年を覆った。


 顔を上げれば、見下ろす赤い瞳。

 彼女の細い腕はアドニスに伸びると折れた腕を掴み上げ軽々と持ち上げる。


 痛みで絶叫を上げそうだが、不思議と痛みは全く感じず、アドニスの身体はただ宙に浮かんだだけであった。

 立ち上がらされた先で、折れた腕を確認するが、先程が嘘の様に腕は綺麗に治っている。


 どう考えても、シーアの能力だ。

 時間操作の他に、この女は怪我の治癒だって簡単に熟してしまうのだから。


 「じゃあ、続きだ、少年」


 シーアは苦言の一つも許してはくれない。

 彼女は長い足を上げる。それは目に見えてゆっくりな物であったけれど、アドニスの恐怖心をくすぐるには十二分。

 彼は再び、身を守る体制となり、来るであろう衝撃に歯を噛みしめる。


 「……ふん」


 呆れたような鼻で笑う声が一つ。

 彼女の足は大きく内側へと引っ張られると、次の瞬間にはバネの様に押し出される。

 翳していた手は無意味なまま、彼女の足先はアドニスの腹部中心に直撃。

 その身体はまた吹っ飛び、道場への壁へと激突。

 今度は息が出来ないほどの衝撃が背中全体に広がり、意識が跳び掛ける。


 だが、ぼんやりとする頭が霧払いを終える前に、シーアは既に少年の前まで移動すると、同じように彼の身体を回復。

 次はその黒い髪を引っ張り上げ無理矢理立たせると、やはり容赦もなく、次は左手でその頬を狙って手を放ってくるのだ。


 その追撃にアドニスは防戦の手段しかない。

 迫りくる手を腕で受け止めて、飛ばされて。振り回される足を身体で受けて、飛ばされて。

 腕が折れて、足が折れて、肋骨が折れて、背骨に罅が入って、折れた骨が肺に刺さって、内臓の幾つかが破裂する。

 それでも女の手で、たちまち跡形もなく傷跡はふさがれなくなる。


 何度も、何度も血反吐を吐きながら、何度も、何度も立ち上がらされては

ただ一方的な殺戮の一撃を前に少しでもと体制を整え、身体を守るのだ。


 「おい、いい加減にしろ」

 「――っ!!」


 どれほど経ったか。

 漸く彼女の動きに着いて行けるようになり、避けると言う行動がとれるようになった頃。

 シーアの一蹴を後ろに飛び避け、距離を取ったアドニスを、心底飽き飽きした様子で目の前の赤い瞳が映し、呟いた。


 「漸く避けるようになったかと思ったら、なんだそれ」

今までアドニスを蹴り飛ばしていた足を下ろして問う。

 「――……な、んだだと……?だったら手加減をしろ!お前、俺を殺すつもりか!?何がしたい!」


 たまらずアドニスは眉を顰め、漸くと彼女に言葉を返す。

 現在一方的に叩きのめされているのは、紛れもなくアドニスだ。

 だと言うのに、不機嫌極まりないと言う表情を浮かべているのはシーア本人。

 アドニスの発言にシーアは舌打ちを一つ。


 「十分手加減しているだろ?むしろ何で攻撃してこないのさ?」

 「っ――どこが手加減をしている!」


 彼女の暴言に今度は声を張り上げて叫ぶ。

 シーアは彼の言葉に更に美しい眉を顰めて口元を歪ませた。

 ただ、直ぐに笑みを張り付け、下ろしていた手を持ち上げ。

 その仕草だけで、アドニスの身体は拒絶反応の様に大きく跳ね上がり再び身体を守る。


 ――……彼女は、その様子さえ呆れ見て、やれやれとポージングを取っただけであったが。


 「なんとも、まあ。これで《最強》とか笑わせるね」


 それは、この組織で……と言う事だろうか?

 誰かにでも聞いたのか、アドニスが組織で《最強》と呼ばれている事実に。

 それとも、一週間前のアドニスの言葉を口に出しただけか?

 何方でも良い。アドニスは唇をかむ。


 「誰かのせいで《最強》なんて言葉はとっくに捨てちまったよ!」


 憎々しそうに、目前の女を睨み上げる。

 馬鹿げている、最悪だ、この女からそんな言葉が出る事態が。

 確かにアドニスは自分を《最強》と自負し、周りからも恐れられていたが、それは一週間前の事。


 ウサギのような軽い蹴り一つで、その掲げていたものは既に壊されて。

 いや、紛れもなくシーアと言う存在が粉々に壊しきったと言うのに、其れこそ【最強の化け物】が何を言う。

 アドニスはもう自身が《最強》では無い事を十二分すぎる程理解している。


 「ちがうちがう」


 だが、まるでその少年の言葉を否定するようにシーアが首を横に振った。

 今度はその細い腕が腰に動く、身体が跳ね上がる。

 本当にやめて欲しい、僅かなそれだけの行動で、どれだけ此方に恐怖を与えるか考えて欲しい。


 「君ってさ、《限界》っていうの?ないんだろ?」


 シーアが気にかける事無く問う。

 黒い眼が僅かに細り、顔が歪んだ。

 その話は、幼馴染(カエル)からでも聞いたか?

あいつも鍛錬が気になるのか、ちょくちょく研究所を抜け出して見に来ている。


 「……感じないだけだ」

 「だろうね、ま。それは否が応でも察したよ」


 今度は、シーアはケタリと笑う。

 20時間も休みなしじゃねぇ……なんて小さく呟いてのち。

 続けざまに、その顔に嘲笑と軽蔑、心からの憐れみを宿し上げて。


 「でも、それも嘘だよね。《最強》と同じ張りぼてさ」




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