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37話『その全てに』



 今度は、町の中をシーアが楽しそうに進む。

 右手には赤いドレスの入った紙袋。

 買ったばかりの黒い服に身を包んでスキップ。


 何がそんなに楽しいのか、アドニスはその後ろを付いていく。


 「おい、まだ続けるのか?服を買ってやっただろう。戻って、続きをしろ」


 堪らず、声掛け。

 しかしシーアは一度立ち止まると、ニタリ。


 「何を言っている。今日はこのままデートだ、デート♪」

 「…………」

 「クレープ♪クッレェプ♪♪」


 楽しそうに、歌いながら一つの行列へと走っていくのだ。


 アドニスは眉を顰める。

 何がデートだ。突然クレープを食べたいと駄々を捏ねた癖に。

 ただ、食い意地を張っているだけじゃないか。呆れる。

 デートと言えば、何でも許されると思っているんじゃないか。苛立つ。


 そもそも、お前、何かを食べたことも無いだろう。

 なんだ急にクレープって。


 悪態をつきながら、クレープ屋の行列に仕方が無く足を運ぶ。

 だって先程断ったら電柱に張り付いて、梃でも動かなくなったのだもの。

 引きはがせないほどに、力が強くてどうしようもなく、クレープを買うのを承諾せざるを得なかったのだ。

 ――我儘女め。


 行列に並んで暫く。

 アドニスはあたりを見渡すが行列に並ぶのは女性客ばかり。

 そんな中で黒服2人が並ぶと、何気に目立つ。


 シーアは楽しそうに歌っているし、周りからのクスクスとした視線は痛い。

 こんな事なら金だけ渡して、自分は並ばずに離れて待っていれば良かった。


 ――ちがう、何を毒されているんだ。アドニスは小さく首を振る。

 ここで遊んでいる暇なんて、無い。コレが正しい。


 よくよく思えば、何を遊んでいるのだと自分自身にも呆れる。

 何せ『ゲーム(依頼)』はもう開始されている。感の良い『参加者』ならアドニス(イレギュラー)の存在は気が付いて、動いても可笑しくはない。


 コレに対しての対抗策もしなくてはいけないし、何より『ゲーム本番』の為の準備も本格的に始めなくては行かない。

 少なくとも『本来の開始日(本番)』の一週間前には、全ての準備を完了させておく必要がある。


 だからその前に、この女との決着を付けなくてはいけない。

 蹴りの一発ぐらいを噛ましてやらなければ、気が済まないから。

 

 その一心でアドニスはシーアとの鍛錬の続きをしたいのだ。

 デートするより、殴り合っている方がよっぽど有意義。


 なので、どうにかして彼女を鍛錬に引き戻せないかを考えた。

 そう言えば先程からクレープ、クレープ煩い。これは、使えるんじゃないか?

 周りにはバレない様に、やんわりと言葉を変えて、彼女に問う。


 「クレープを買ってやったら、鍛錬(ゲーム)の続きをするか?」

 「戦闘狂かな、君」


 だが、とんでもない言葉が返って来た。

 隣に立ち、順番を待っていたシーアが珍しく怪訝そうな顔でアドニスを見る。

 瞳に色はないのに、表情は心底呆れかえっているのが分かって、思わず口を噛みしめるように噤む。


 「ち、ちが……!」

 「しつこいのはね、嫌い」

 「…………っ!」


 怪訝のまま続けざまにバッサリ。

 思わず、顔が赤くなるのが分かる。

 なぜアドニス(自分)がこの女に其処まで言われなくてはいけないのか。

 彼女のお遊びに付き合っているのは、紛れもなく自分だと言うのに。


 一度頭を殴りたくなって、わなわな体が震えたが、舌打ちを一つ。我慢する。

 そんな、そっぽを向いたアドニスに、シーアは小さく息を付いた。


 「――ま、そんなに鍛錬(ゲーム)の続きをしたいのなら別にいいよ」

 「――!」


 仕方が無さそうにポツリ。

 ただ、直ぐにニタリ。赤い瞳が細くなった。


 「その代わり、カラオケに連れて行ってくれるなら♪」

 「……からおけ?」


 アドニスは思わず、首を傾げオウム返し。

 「カラオケ」そんなのも聞いた事も無い。

 首を傾げる少年の前でシーアは不思議を鵜に首を傾げ、まじまじと彼の顔を見つめた。


 「あれ?無いの、カラオケ」

 「しらん。聞いたこと無い」

 「マイクを持って、個室で歌って遊ぶ施設だぞ?」

 「……?」


 そんな遊びも施設もアドニスは知らない。

 別にアドニスが世間知らずという訳じゃなく、この世界に存在していない。

 そもそも、もしそんな施設存在していたとしても、今この時代では金持ちぐらいしか入店も出来ないだろう。

 少しの間、シーアはその事実に気が付いたように小さく頬膨らました。


 「つまらん」

 「何がつまらんだ。……歌うって……歌いたいのか?」


 シーアの様子に、今度はアドニスが怪訝そうな表情を浮かべ問う。

 赤い瞳が、斜め上を見上げ。何かを考えるように小さく唸る。


 「気になっていただけさ。――君の歌声が!」

 「歌うモノか、しね」


 やっぱり最後はニタリと笑って。

 結局だ、何処まで言っても彼女の行動はアドニスを揶揄う事に落ち着くらしい。

 ふんと鼻を鳴らすアドニスに、シーアはケタリと笑った。


 「しかしなぁ。君の世界はあべこべだな」

 「はあ?」


 笑みを浮かべたまま、彼女が続けて言う。

 何のことか分からない。

 アドニスが声を漏らせば、シーアは後ろ手に組「ほら」と声を漏らす。


 「ゲームはあるのに、カラオケが無いからさ」

 「は?」

 「いや、ほら、君ゲーム用語知っていただろ。NPCとかさ。これはトランプとかのボードゲームでは知り得ない。つまり《ゲーム機》は触ったことがあるって事じゃないか?」


 彼女が言うのは、シーアと出会った日の事だろう。

 アドニスは思い出す。確かに、アドニスはゲームを触ったことがあるし、ある程度ゲームの用語は知っている。

 だが、それが何の問題があるのだろう。小さく首を傾げた。


 「いやいや。いいよ、世界の進み方なんて色々だものね」

 「……」


 そんなアドニスに、シーアはケタ、ケタリ。

 彼女の言葉の意味はやはり分からない。

 だが、ふと思った。

 ――カラオケと言うモノは知らない。ただ、一応一般人である自分がゲーム機を知っているのもおかしな話だと。


 この世界の《ゲーム機》は十年前に、開発された。

 『世界』の科学者が貴族向けに作った娯楽品。つまりは金持ち向けに作られた娯楽用品だ。

 10年たとうとも、ただの一般人がこの高級品に手が届くことは無い。


 「ゲーム……ゲーム機は、多分俺達ぐらいしか知らないと思う」

 「おや、そうなのかい?」

 「お前の言うゲームは、テレビに付けて遊ぶ機械の事だろ?」

 「そうそう」

 「――だったら、一般的には出回ってないよ。()()の孤児院に特別に配給されたもので、金持ち向けの娯楽だからな。一般市民は手も出せない」


 と、いうのも。そもそも、今いる城下町はまだ発展しているが、城下町から離れた街や村はテレビすらない所の方が多い。大体がラジオで情報を聞いているか、酷ければラジオも無く新聞で。更に酷ければ新聞も購入する事すら出来ない所だってある。

 国に税金を支払うのが精一杯で、情報に金を払うなんて、無駄遣いでしかない。


 そんな国民がゲーム機なんて、買うどころか見ることも出来ないだろう。

 なら、何故アドニスがゲーム機を知っていたか。ゲームの用語を知っていたかと言えば、簡単だ。


 「配給?」

 「……『国』が院の子供たちに、ってくれたんだよ」

 「――へえ」

 

 皇帝陛下が、何の気まぐれか、()()()に送ってくれたそうなのだ。

 10年前《ゲーム機》が開発されてから、今も尚新作の《ゲーム機》が開発されるたびに。


 アドニスも遊んだことがあり、ゲーム用語を覚えていたにすぎない。

 といっても、もう6年以上も前の記憶。個人的には興味が無かったのに、孤児院の院長たちが妙に勧めて来て、殆ど無理矢理やらされた――に近いが。

 

 思い出して、今にしてとは思う。

 アレは、きっと。


 ―― 人を殺すのに、罪悪感を無くすための代物だ。


 何せ、送られてきたゲームの内容は全て人を抹殺していくものだったから。

 幼いころから、現実と空想をごちゃ混ぜにし、人を殺す行動に「快楽」と言う感情を与え。「躊躇」とやらを消すための一環だったに違いない。


 だから、ゲーム機が送られた『孤児院』は僅か。

 この世界では、貴族以外で、ゲーム機で遊んだことがある子は決まって同じ職業についているはずだ。

 それはこれからも変わらないだろう。


 そして、院長たちが無駄にアドニスにゲームを勧めた理由も今になれば分かる。

 彼が『孤児院』に来たのは9歳と、他の子どもたちと比べれば随分と成長していたから。徹底的に()()()しようとしたわけだ。

 結果、アドニスは孤児院に来た一年足らずで『暗殺者』になった訳だが。

 

 ――いいや、アドニスは僅かに笑む。


 「――あんなもの、必要無かったと思うけどな」

 

 ゲームは嫌という程やらされ、ゲームの用語は自然と身に付いた。

 彼がゲームから学んだのは、たった()()だけだ。


 実に無駄な時間を過ごしたと心から思う。


 「――。ふむ、だったら、私は猫を愛でるゲームを所望しよう」

 「……」


 そんな記憶を無下にするように、軽い声が響くわけだが。

 ニタニタ笑う彼女の隣で、急に現実に戻された気分になったアドニスは顔を顰める。


 「いや、のんびり余生を農場で過ごすゲームも良いかもしれん」


 こちらの様子に気が付くことも無く、シーアが言う。

 視線を彼女に送れば、正に今から楽しみだと言わんばかりの顔。

 ――これは、完全に要求している。


 カラオケとやらに行けない代わりに《ゲーム機》で遊びたいという訳か。

 アドニスは静かに腕を組む。苛立った様子で、一言。



 「――そんな高級品、俺が持っている訳ないだろう」

 「にゃにお!」

 

 なんだ、その言葉遣いは。

 なぜそんな非難の瞳で見て来る。


 「そもそも、猫を愛でたいのなら、うちに一匹いるだろう」

 「名も無い可愛い仔のことか?」

 「そうだ、アイツを愛でろ。農業生活をしたいのなら、好きな時に出て行ってくれ」

 「――酷いな少年。私を路頭に迷わせる気なのかい?」

 「勝手に迷ってくれ」


 その一言に、シーアの綺麗な顔が綺麗に歪み。

 頬を膨らまして、細い腕が振り上げられる。


 ――やばい。

 瞬間、アドニスは咄嗟に手を翳して、身を守る体制に入った。




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