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33話『くだらない』

 

 小僧の攻撃を避ける。

 壁を壊す一撃を持つ拳を、地に穴を開ける一撃を持つ蹴りを。


 なんてことはない、私からすれば全てスローモーションにも及ばない。

 必死に私に一太刀を浴びせようとする、子供の精一杯の表情を見ながら。


 というか、これ、この小僧。笑わせに来ているの?

 彼の身体に触れる事もせず、ただかわしながら、心底呆れた。


 私の背後を狙って、肩を狙った一蹴。

 私の隙を狙って、腹を狙った一撃。


 どれもこれも――。


 ああ、いや。これ、わざとじゃないんだ。

 呆れを通り越す。


 私がほんの少し動いただけで、攻撃に備えて守備にはいるその姿。

 ふん、この小僧はなんとも臆病、嫌……おこがましいな。


 多分、そんな呆れから、ついつい気を逸らしてしまったのだろう。


 「あ、」


 ついつい、手加減を間違えてしまった。



 ◇



 「……おい、おい。しょーねん!」

 「――……」


 あれから更に『神様時間』で30時間程が経った。

 彼女に呼び声に、アドニスは目を覚ます。

 頭が酷くボンヤリする。


 「わるいね、少年。ちょっと、手加減出来なかったよ」


 けらけら、あまり悪気が無い様にシーアの謝罪。軽く手を合わせての「ゴメン」のポーズ。

 更にはシーアの側には、此方を心配そうに見下ろす。リリスとドウジマの姿。


 周りの状況を見つめると。頭を抱え、体を起こしながら思い出した。

 頭に浮かぶのはアドニスからすれば、つい先程の出来事。

 

 昼食を終えて、休憩をとったのち。

 ドウジマたち(邪魔者)を追い出して、再び始まった鍛錬。

 その鍛錬が『20時間』が過ぎた頃の事だ。



 「およ?あ、」


 変わらず、アドニスの攻撃を避けたシーア。蹴りを噛まそうと足を振り上げる。

 その瞬間だった。彼女の身体が、傾いたのだ。

 どうやらバランスを崩したらしい。何故、シーアがバランスを崩したかは分からない。


 チャンスと思ったが、アドニスは防御の体制をとっていた為、直ぐに体制は変えられない。

 否、シーアの方が大勢を整え直した方が速かったと言う方が正しいか。

 彼女の細い身体は、瞬きする暇も無く、次の攻撃の体制に入っていたのだ。


 腹立たしいが、「流石」の言葉を贈ろう。


 問題は、その後の事を考えていなかったであろう事。

 体制を整えるのに力が入ったのか、体制を変えるので精一杯で周りを見ていなかったのか。

 詳しい事は彼女しか分からない。


 ただ、そう。振り上げられたシーアの足は、がらりと変わって容赦なく。

 回し蹴りが、かかと落としに変貌。

 まるで斧で薪を叩き割る勢いで、守りに徹していたアドニスの肩に振り下ろされたのである。


 シーアの体制が変わったのは、本当に刹那の出来事。

 アドニスも瞬時に気が付き、何とか受け止めようと守りの体制を変えたのだが。。

 しかし、残念。手加減しきれなかった彼女の足は受け止める事が出来ず、直撃。


 それが、最後の記憶。其処からの記憶がなく。

 気を失っていたのは違いない――


 アドニスはシーアの足が直撃した肩に手を伸ばす。

 不思議と痛みはなく、むしろ前より動きが良く感じた。

 どうやら、()()()は治してくれるようだ。

 黒い瞳が、シーアを見た。


 「……何時間気を失っていた?」

 「此処の時間で『4時間』」

 「……」

 「ちなみに、なかなか目が覚まさない君の為に彼らを呼んだのは『1時間前』」

 「余計な事を」


 舌打ちを一つ。リリスたちを呼んだのは、どう見てもシーアの気まぐれで在ろう。

 アドニスが目覚めなかったから、何となく。暇つぶしで。全く「余計」の一言である。


 「何が余計なの!」

 

 リリスが声を上げる。

 珍しく絞り出し、振り上げる様な声色で。


 「心配したとでも?」

 「当たり前じゃない!」


 リリスが、その青い瞳でシーアを睨む。

 彼女の目元には、うっすらと涙の痕が浮かび、その目は僅かに怒りで滲み、憎しみが募っていた。

 リリスからすれば、シーアは一週間前に突如現れ。「鍛錬」と称した過酷な暴力をアドニスに浴びせる非道な存在だ。

 それが、アドニスの望みであったとしても、到底許せるもので無いのだろう。


 「貴女」

 「ん?」

 「貴女が強いのは、十分過ぎる程分かったわ!でも、こんな危険な事を彼にするのは止めて!」


 感情のままに、リリスはシーアに叫ぶ。

 そんな彼女を前にシーアは首を傾げた。


 「貴様、少年(この子)の同僚なのじゃろう?これぐらいの鍛錬で危険とな?それで暗殺者なのかえ?」

 

 口から出るのは、変わらず。アドニス(自身)に向けるものとは、いつもとは大きく違う口調。

 ドウジマの時の無邪気な物と比べれば、幾分かマシだが。


 それでも、アドニスは言い表せない苛立ちから口元を噛みしめる。

 シーアの正論に口を噤んでいる、リリスと言う名の女を睨んだ。


 「うるさい」

 「え?」

 冷たい一言。驚きの表情を向けるリリスから目を逸らす。


 「見ての通りだ、俺には怪我も無い」

 「アドニス、私は――」

 「ヒュプノス(そこの女)に回復されたんだろう。……お前が怒る必要が何処にある」

 「そんなの――!」


 「――迷惑」


 リリスをアドニスは容赦もなく切り捨てる。もう目を合わせることも無い。

 身体に掛かっていた、彼女の上着を掴み上げると押し付け。

 そのまま立ち上げると、何事も無かったように、ニタリと笑う彼女(シーア)に眼を向けるのだ。


 「もう一回だ」

 「おい、アドニス――」

 「――やだ!」


 呆れかえったドウジマの声。それを彼女が遮った。

 少しの間、黒い瞳が鋭く細まった。もちろん、シーアに視線を向けたまま。


 彼女が、シーアが鍛錬の拒絶をしたのだ。それも子供の我儘の感覚、たった一言で。

 何の冗談かと思ったが。

 本気でもうやる気も無いのか、ふわふわ宙に浮いて寝そべって。チラリとも此方を見ない。

 

 また、梃子でも動きませんよと言う様に。


 「お前な。貴重な時間を潰すつもりか?まだ昼過ぎだろ」


 苛立った声で、しかし出来るだけ落ち着きを装って声を掛ける。

 シーアはチラリ。アドニスをみて小さな笑みを讃えた。


 「そうだね、昼過ぎだね」

 「――っ。気を失った分を取り戻す。……お前は言ったよな?俺に付き合うって」

 「言ったよ?でもたった4時間じゃん。外では30分も経っていないよ?」


 顔が歪んでいくのが自分でもわかる。

 いつか始まると思っていたが、遂に始まったかと。

 

 ――この女の気まぐれ(我がまま)が。




明日は投稿お休みです

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