28話『10の王』後編
それは酷く簡単な答えだった。
皇帝は、『ゲーム』にイレギュラーを追加した。
それはズルに見えるが、仕方が無い事とも呼べる。
これは皇帝が設けた『ゲーム』。
皇帝が賞品を用意して、国民に与えたチャンス。
ゲーム参加者は自身の命を駆ける事にはなるものの、自ら望んだことだ。その「損」は、甘んじて受け入れなくてはいけない。それを乗り越えてこその「王の座」と言うモノだろう。
―― なら、この時、一番の被害者は誰か。
それは皇帝だ。
彼は無償で王冠を捧げなくてはいけない。得が無い。それは、どんな暴君で在ろうとも不公平だ。
ゲームは主催者側、参加者側、両方に得が無くては成り立たない。
だから、ゲーム主催者がイレギュラーを混ぜ込ませても、実際は仕方が無い。
周りからズルだと罵られようとも。実際は、主催者にも、損してなるものかと足掻く権利はあるのだから。
何より、この『ゲーム』は唯のゲームではない。『世界』と言う国を掛けた、『ゲーム』なのだ。王が国を簡単に手放すはずがない。そう簡単に手放しているのなら、暴君なんて存在していないだろう。
―― この『ゲーム』の参加者は、殆どがソレを理解していた。
皇帝が、こうも簡単に王の座を譲る筈が無いと、常に気を張らせているのが当たり前。
だからイレギュラーが入れられたとしても、馬鹿みたいに慌てる様子はなく、受け入れた訳だ。
むしろ、こんなイレギュラーで負けるぐらいなら、それは『王』には到底相応しくなかった。それだけである。
それも主催者は、完全ズルするわけでなく、しっかりとイレギュラーを公開したわけだし。ここで騒ぐと、王の品格を落とすと言うモノ。これを乗り越えてこその『王』である。
今、この場にいる者達は、何人この考えに辿り着いただろうか?
何にせよ。だから、このイレギュラーは甘んじて、嫌々と受け入れる。
問題は、この後。このイレギュラーをどうするかだ。
でもこれも、簡単。『八の王』が示した通り。
「イレギュラーはあってはならない存在。この度の『ゲーム』は、勝者一人の所謂デスゲームですが。この存在だけは共通の敵となりましょう。――協力して壊してしまっても、だれも文句は言いません。」
彼女の言葉に、誰もが思い悩むように口を閉ざす。
誰もが考える。それは、つまり今ここで。
ゲームが始まる前に、協力関係を築くという事だろうか。
イレギュラーを取り除くための休戦協定。
―― 正解だ。
「――……言い出しっぺは妾となります。妾が責任を持ちましょう」
『八の王』が静かに声を上げる。
「妾の考えに賛同し、共に戦うと言う方は挙手をお願いします」
と、休戦の断言をするのである。
―― ここで、漸くと、理解した。
今宵、『八の王』が他の王に接触を図って来た理由だ。
最初こそ下らない論争が起こったが、これが目的であったかと。
2人の王の死が世に出て直ぐ。『八の王』も猟犬が放たれた事に気が付いたはずだ。
そして、彼女は一番にイレギュラーの排除を思い立ったのだろう。
だが皇帝が差し向けた猟犬。そう簡単に排除は出来ないとも読んだはず。そうなれば、考え付く答えは一つだろう。
―― 他の『王』との協力を仰ぐと言う事。
そうなれば急がなくてはいけない。悩んでいる暇はない。だって、猟犬はこの間も動いているのだから。
だからこそ、これ以上減らされる前に。忠告も兼ねて、同盟を申し込むためにこの協議を開いたわけだ。
ゲーム前の『王』同士の殺し合いは危険でも。イレギュラー退治ならば、文句も言われまい。
『八の王』の思惑に気が付き、『二の王』画面を見る。
映っているのは、『十の王』ただ一人。他も文字は点滅もしていない。
彼も何も言わない、ただ笑みを僅かに湛えるだけ。
―― だが、唐突にその手が静かに此方へと伸びる。
そして、彼が映っていた画面は、暗い物へと変わるのだ。
『八の王』が言う。
「この提案は『十の王』に最初に送りました。答えは見ての通り。ですので、今宵の協力だけを要請した次第です」
話し合いをスムーズにした方ので。そう『八の王』は間を開ける。
その言葉で十分だ。簡単。『十の王』は賛同しなかった。
それだけだ。
―― それでも、と『八の王』は続ける。
「強制はしません。ですが彼の者と同じです」
彼女の声は何処までも、凛と真っすぐに。響き渡る。
その、正面から突き刺すような声色で、彼女は最後の言葉を放った。
「妾と共に戦う方は此処に残り、拒む者は今すぐ去って頂きたい――」
◇
ぷつり、小さな音が響く。
しわが刻まれた手が、機械の電源のボタンを押した音。
真っ暗な画面に映る自信の姿を見つめながら『二の王』は小さく息を付く。
深く椅子に腰かけ、机に在ったグラスを手に取る。
つい今しがた、『八の王』が出した休戦協定。
あの場には一体、何人が残ったのだろうと。僅かに思い描く。
『三の王』、『四の王』と『五の王』も。あそこら辺は賛同しそうだ。
あと、あの正体不明の女を引き連れていた『六の王』もか。『九の王』だけは謎だ。
そう、思考を巡らせて、『二の王』はグラスの酒を飲み干す。
ウイスキーの香りが鼻を抜ける。
―― 彼は、あの提案に賛同しなかった。
『八の王』が、あの言葉を発した瞬間に電源を消し、彼女の要請を拒絶したのだ。
何故か?簡単だ。
くすんだ翠の目が、机の上の新聞に目が行く。
2人の王が殺された事を記す2つの記事。
それを前に『二の王』は、乾いた笑みを一つ。
椅子から立ち上がり机に背を向ける。
彼の視線の先には沢山の乱雑に並べられた銃。
それを手に取り、小さく息を付く。
―― この『ゲーム』。最初に予想した通りイレギュラーが出て来た。
それも、飛び切り危険な存在が。
彼が待ち望んでいたような存在が――。
だからこそ、『二の王』は協定を蹴った。
何故か?簡単だ。それが『王』としての彼の望みであるから。
手にする狙撃銃を握りしめ、その口元に笑みを讃えさせ。
『二の王』はポツリと、まるで自分に言い聞かせるように呟く。
「ああ、やっとゲームが開始されたか」――と。
かの王は『二の王』。
この国で、何よりも、誰よりも、武器の取り扱いに長けた「商人」である。