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ゆえに、僕は神を愛そう  作者: 海鳴ねこ
二章 師と商人
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23話『ソレは遊び』4



 「――……っ!!!」


 刹那、すさまじい殺気が彼女(シーア)に送られた。

 アドニスは眉を吊り上げ、鋭い眼に憤慨をこめ。

 感情のままに右拳を振り上げる。

 狙うは勿論、彼女のその腹立たしい顔


 シーアの身体がふわりと宙に舞う。

 アドニスの左肩に捕まったまま、流れるように斜め上に。

 拳は宙を切った。


 構わない。

 拳を作っていた手で彼女の腕を掴み上げ、その身体を容赦もなく投げ飛ばす。

 シーアの身体は驚くほどに軽く。小さな身体は軽々と飛び行き、しかし壁に当たると言う直前。まるで、その場にクッションでも有るかの様に、ふわりと空中で止まった。

 「――?」

 「――っ!!」

 黒の陰が駆ける。

 赤い瞳に映るのは、足を高く振り上げる少年の姿。

 険しい顔のまま赤い瞳を睨み下ろし、一気に足を振り下ろす。

 シーアの身体は、また、くるふわり。

 標的を失った足はそのまま壁へと衝突。凄まじい音と共に穴が開く。


 まだだ。

 黒曜石の眼にはまだ殺気が籠っている。

 間髪入れず。体制を変え、身体を捻らす。

 今度は彼女の細い脇腹に狙いを定め、長い足を容赦なく。斬撃(ざんげき)にも()()一蹴(いっしゅう)


 だが、それも避けられた。

 まるで縄跳びでもするかのように。シーアは迫りくる足に手を付けたと思ったら、華麗に跳ね跳び。そのままの勢いで後ろへと、距離を取る。


 それでも少年は止まらない。

 穴が開く程に地を蹴り、直ぐに彼女に飛び掛かって行った。


 「おっと!」

 今度は拳。その細い喉元に向けて。掴み上げて、へし折ってやろうと。

 コレも、触れる事すら出来なかった。

 シーアはあっさりと、今度は溝でも飛び越える感覚で左へ。


 ならばと、空いた左手で今度は彼女の腹を抉り狙って拳を振り上げる。

 彼女はステップを踏むように数歩後ろに下がり、掠りもしない。

 そればかりか、標的に触れる事も出来ずに振り上げたままの、アドニスの左手を支えにして、クルリと宙で一回転するとアドニスの後ろへ。

 その様子は、正に少年を小馬鹿にしている様だ。


 アドニスは左足を軸に身体を回転させる。今度は右脚(みぎあし)。後ろの彼女を狙う。

 シーアは見越したように頭を下げ。髪の毛一本、掠りもしなかった。


 「なんだい、なんだい少年!」


 シーアがケラケラ笑いながら、漸く口を開いた。

 その間もアドニスの殺気が籠った攻撃は続いていく。

 殴って、蹴って、拳を振り下ろし。身体を捻らせ、また蹴って。

 全てにおいて容赦なく攻撃を仕掛けていく。


 アドニスは何も言わなかった。

 ただ、目に怒りが籠って。我を忘れているかのように、淡々と彼女を殺す一撃を与え続ける。


 傍から見れば、その様子は異常、恐ろしいの一言。

 目で追うのがやっとの速さで、人間など簡単に殺してしまう一撃を、アドニスは容赦なく振るい落とす。

 否、目で追う事さえ出来ない者の方が多かった筈だ。


 現に、何とか目視出来ているのは、ドウジマとサエキ。

 そしてこの騒ぎの中で目を覚まし、今現在身を隠すアーサーだけであっただろう。

 アーサーに至っては、気付けば其処は恐ろしい戦地だったと言う他なく。

 目を覚ました彼は、瞬時にデスク机の後ろに身を隠すのが精一杯だった。


 マリオに至っては訳も分からず。頭を丸めて震えているぐらいしか出来やしない。

 

 その巻き込まれた二人なぞ、お構いなし。

 黒い二つの陰は「凄まじい」……の一言でしか表せられない攻防を繰り広げ続けるのだ。


 「――……っ!」

 どれほど経ったか。アドニスは漸くシーアから距離を取る。

 アドニスから2メートルばかり離れて地面に降り立つシーア。

 肩で息をしながら、アドニスはそんな彼女を睨みつけた。


 「お前、人を何処まで馬鹿にする気だ!」

 声を、振り上げる。その顔は怒りで染め上がっている。


 「なにが?」


 にたり、笑いながら白々しく彼女は首を傾げる。

 ワザとだと気が付きながらも、アドニスは声を振り絞った。


 「ついさっきの事だ!……いいや。昨日から続く、お前の俺に対する嫌がらせの事だ!」

 シーアはニタリ。笑いながら目を細めた。


 「えー。なんだいそれ?身に覚え無いなぁ?」


 軽口を零して、彼女はまた宙に浮く。

 その様子はアドニスを逆なでするには十二分だ。

 拳をきつく握りしめ、周りなど見えていない様子で、再びシーアに飛び掛かっていく。



 拳が彼女の中心を狙う。軽く避けられる。

 「やめろと言っても、抱き着いて胸を押し付けてくる!セクハラ女!」

 「――ふふ、あはは!別に良いじゃないかぁ。それぐらい」

 「良くない!人前だろうが構わず抱き付きやがって!変態野郎!どっちの心象が悪くなると思っている!」



 けたけた笑う彼女の顔面に、頭蓋を割る勢いで続けざまに拳をふるう。避けられる。

 「それに、出鱈目な事を言いやがって!」

 「ええ?出鱈目ぇ?私は本当の事しか言ってないけどな?」

 「攻めたとか激しかったとが、下着の件とかワザとだろ!まるで俺に襲われたみたいな言い方だ!」



 ニタニタ笑う彼女に足を振り回す。またジャンプして交わされる。

 「人の事をご主人だとか勝手に呼びながら、命令は一切聞く気が無い!」

 「聞いてほしかったのかい?私をいいように使いたかったの??いいよ、好きに命令して♪」

 「そういう所だ!絶対嫌がらせだろう!」



 きゃーと声を漏らす彼女を、掴み上げて投げ飛ばす。浮いている彼女には効果が無い。

 「そもそも、俺はお前に殺されかけたんだ!5日前の事だ!」

 「それはねぇ。悪いと思っているよ?だから、治しただろ。()()

 「はあ!?」

 「あれ、気が付いてない?首の痣。今朝消えていただろ?私が治したんだよ♪」



 ―― 漸くアドニスが止まる。

 首元を押さえ。ああ、そうだと、気が付く。

 5日前からずっと消えずに残っていた、あの痣の後。

 シーアに付けられた生々しい青痣が今朝気が付いたら消えていた。

 その前日までは、くっきりと残っていたのに。異変は感じていたが。彼女の仕業だったと?


 「ほら!」

 シーアが声を上げる。

 は、と気が付けば、先ほどまで距離があったはずの彼女が目の前に居る。

 にたにた、笑いながら指を差す。


 「お礼はどうしたの?少年!」

 「――……っ!!!」


 アドニスは彼女の肩に掴みかかろうと手を伸ばした。

 その手は、宙を掴むことになるのだが。


 シーアの身体はふわりと浮いて、アドニスから離れた場所に降り立つ。

 変わらないニタ付いた笑み。

 アドニスは肩で息をしているのに、彼女は微塵の疲れも見せていない。

 余裕を見せ、剰えこちらを小馬鹿にする笑顔を永遠と向けている。


 その様子に、アドニスは息を整える暇も無かった。

 今日を含め、たった二日の間に彼女が自身にしでかした、全ての行動に憤怒し、我を忘れて殺しにかかる。

 爆発した原因は言わずもがな、先程の彼女の行動だ。


 まるで、アドニスを貶めるような。

 自分がシーアと言う女を弄び、ペットの様に側に置いている、と思わせる。誤解しか招かない表現を露わにしたこの女。もう我慢の限界だ。

 ころす。殺す。絶対に殺す。

 アドニスの中で、その言葉だけが渦巻く。


 ――……そもそもと、彼は思い出した。

 そもそも、この女は何故此処に居るのか。

 アドニス(自分)を追って来たと言う女。ああ、でもそれは――……。


 「そもそも約定違反だろう!!」


 今までで一番の声を荒げた。

 それは、彼女が昨晩決めた時に定めた条約。


 『詮索せず、深入りせず、邪魔をしない』


 絶対に破るなと命じた筈の盟約。

 それなのにどうだ。

 思えばこの女。昨晩から早々に、今日も、全て。

 破っているではないか――!!


 何故今までソレを見て見ぬふりをしていたか。

 いや、今朝は一回思い出したはずだ。

 そうだ、その件について苦言を零そうとしたのに、この女ときたら――。


 「――……く……ははは」


 彼女の笑い声が響く。

 お腹を抱え得て、ケラケラ笑う。


 心底楽しそうな声で、小馬鹿にした笑い声で。

 涙を溜めた赤い瞳が。何処までも興味が無い瞳が、アドニスを映し細くなった。



 「いや、それ私。端から守る気ないからね!」


 小さく首を傾げて、彼女は笑う。

 何時ものように。


 「純粋。気が付こうよ。――……少年」


 ニタリ――と。


    ◇


 頭が真っ白になるのが分かる。

 血が出るんじゃないかと思うほどに、唇を噛みしめて。

 ―― 刹那、アドニスの姿は消えた。彼女に向かって跳び掛かった。

 時間なんて一秒も要らない。次に現れたのはシーアの目の前。

 鋭い瞳孔に美しい女の姿を映して。


 その頭を叩き潰す。ただそれだけを決めて。

 大きく振り上げた拳を、振り下ろすのだ――



 「ね、少年」

 そんなアドニスの前で、彼女はやっぱり笑った。


 「今この瞬間に、君が負けたら。洋服も買ってよね♪」

 また、戯言を一つ。



 黒い彼女は、まるでウサギが飛び跳ねるかのように愛らしく。

 バレエでも踊る程に美しく、身体を優雅にくるりと舞わせて。

 その長い足は容赦なく、アドニスを蹴飛ばした(突っついた)――






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