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ゆえに、僕は神を愛そう  作者: 海鳴ねこ
二章 師と商人
22/122

20話『ソレは遊び』1



 本当に僅かな間だった。

 アドニスは一度後ろに飛び下がると。

 側にいたマリオの首根っこを掴んで、更に床を蹴りあげる。


 「なに」なんて間抜けな声が聞こえたが無視。

 邪魔だと投げ飛ばし、彼が部屋の隅に転がって行った時。

 アドニスの身体が片膝を付き、壁際ぎりぎりに下がった時。


 ――その爆音にも近い音は轟いた。


 つい先ほどまで手を掛けていた扉が壁ごと、吹っ飛び壊れる。

 何か大きな物がぶつかる音。

 木造の何かが壊れる音。

 衝撃だけで周りのガラス全て粉々に砕け散り。

 あれほど綺麗だった執務室は、唯のその瞬間に廃墟の様に荒れ果てた。


 何かが飛んで来た。

 事実を理解するには、時間が掛かった。

 アドニスは視線だけを後ろに向ける。

 部屋を壊した正体を目に映し愕然。息を詰まらせるしか無い。


 ローテーブルを壊し、そのまま奥の(デスク)に叩きつけられた物体。

 手に拳銃を握りしめたまま、デスクに寄り掛かりぐったりと気を失った。


 ――……それは人だ。

 暗殺者(エージェント)の一人、アーサー。


 たった今、アーサーが扉を壊し。中に()()()()()()のだ。

 それも、完全に気を失う程の威力で。受け身をとる暇など与えられずに。


 喧嘩か?無い。

 アーサーは皇帝に忠誠を使っている。エージェント同士の殺し合いはご法度。皇帝が定めた約定を、この男は絶対に破らない。


 そもそも、アーサーはエージェントの中でも手練れ。

 こうも簡単に彼を伸す事が出来る人物なんて、この屋敷内に居るはずがない。

 外部からの襲撃?違う。


 有り得ない。

 だってここまで行くと、その襲撃者は化け物だ。



 「おや、弱いですね。これぐらいで気を失うなんて」


 壊れた扉の先で、そのせせらぎの様な美し声色が響いた。。

 ああ、そうだ。アドニスは理解する。


 居たじゃないか、一人。簡単に熟してしまう化け物。

 ただ、アドニスは違和感に首を傾げるしかない。


 違和感(モヤモヤ)は拭う事が出来ないまま。

 カツン……と音を立て、その化け物は部屋の中に入ってくる。


 男物のシャツを見事に着こなし、艶やかな黒い髪をかき上げながら。

 ルビーの唇に笑みを讃えた、美しい血のような瞳の女。


 「とても弱いです。話にならない……」


 シーアと言う存在(化け物)が、ただ美しく佇んでいた。


    ◇


 部屋に入ったシーアは、美しい笑みを湛えて部屋の中を進んでいく。

 ボロボロになったローテーブルを踏み潰し、向かった先は奥。

 ぐったりと倒れ込むアーサーの前だ。


 彼の前で彼女は立ち止まり、何かを確認するようにアーサーの顔を覗き込んだ。

 確認するまでも無い。彼は完全に気を失っている。

 そんなアーサーを、興味が無いと言わんばかりに瞳に映し撮ると、シーアは溜息。

 クルリと踵を返した。


 赤い瞳は廊下の奥を映している。

 アドニスは釣られるように視線を廊下に移す。


 目に映ったのは、一人の男だ。

 年のころは40代後半。白髪が所々に混ざり始めた灰色の髪に、緋色の眼。

 無精髭を生やした、左手に拳銃を握りしめた男。

 暗殺者(エージェント)の一人、ドウジマ。

 その彼が、いつの間にか扉の側に立っていた。


 「――おい、お嬢ちゃん気は済んだか?」


 ドウジマが声を振り上げる。冗談交じりにも聞こえるが。

 しかし、その表情や声には一切余裕がない。

 そもそも彼も傷だらけだ。片方の腕は螺子曲がり、口元には血。同じように頭からも血は止めどなく滴り落ちる。その姿は、よく此処まで来られたモノだと感心するほど。

 

 そんなドウジマを赤い瞳は無表情で見つめている。

 いや、表情が変わった。

 彼女の口元には、笑み。まるで()()の様な、無邪気な笑みを浮かべたのだ。


 「――……いい加減にするのは、おじさんの方だよ!」


 無邪気な声が響く。

 それがシーアの口から発されたものと理解するには時間が掛かった。

 アドニスに気が付いていないのか。シーアはそれこそ本当に、幼い子供の様に飛び跳ねる。


 「あのね、僕言ってるでしょ!おじさんたちは僕には勝てないって?良いから早く少年の所に案内してよ!」


 玩具で遊ぶように、楽しそうに飛び跳ねながらドウジマに長い指を向ける。

 その様子に彼は顔を顰め、それでも僅かに笑みを浮かべた。


 「あのね、お嬢ちゃん。いきなり押し入ってきて……。いや、突然姿を現して、それが聞き入れられると思っている訳?」

 「知らないよ!僕はちゃんと、声を掛けたもん!」


 だが、反対にシーアは興味が無い様で頬を膨らます。

 刹那ドウジマの表情が険しい物となった。


 「声を掛けた?」

 「かけたよ!こんにちはーって」

 「お嬢ちゃんからすれば、初めて会った奴の顔をぶん殴ることが、挨拶だとでもいうのか――!」


 アドニスは状況を察した。否が応でも察するしか無かった。

 簡単だ。この女『組織』の此の本部に乗りこんできたのだ。


 『組織』にいたエージェントは反応してだろう。侵入者だと跳び掛かったに違いない。それを、彼女は片端(かたっぱし)から再起不能にしてきた、それだけ。アーサーが良い例だ。そしてドウジマもその中の一人。

 今この場に一人しか来てないのを見るに、被害は相当のモノじゃないかとすら思える。


 ドウジマが怒りを露にするのも良く分かる。

 いや、彼でなくても普通は憤怒するはずだ。シーアに対する警戒心は最高潮に達しているだろう。


 現に彼はアドニスに全く気が付いていないようで、此方をチラリとも見ない。

 周りを気にする暇が無い程に、彼の怒りは頂点までに達し。目の前の化け物を殺す事だけに集中している。


 それでも、そんな殺気を向けられて尚。

 視線の先の御本人は、興味一ミリも浮かべていないのだが。

 そして言い切る。


 「どうでも良いじゃん!むしろ僕、被害者だよね!声を掛けただけで、(みんな)して虐めて来るんだからさ!」


 心底、本当にどうでも良いと言う様に。

 彼女は気持ち悪いと思うまでに、子供らしくそっぽを向くのである。

 

 そこでようやくだった。

 彼女の赤い瞳が、アドニスを映したのは。


 ――いや、最初から気が付いていたはずだ。

 部屋に入ってきた時。僅かに一瞬でも、この女は此方を見たのだから。

 


 「ふざけるな!!化け物が――……!!!」


 ドウジマの限界が訪れるのも同時。

 その一言の端々に怒りの色を乗せて、ドウジマは引き金を引く。一切の容赦はない。


 聞こえた銃声は5発。最初に2発。少し遅れて3発。

 あの銃に装填できる全ての弾だ。

 それをすべて撃った。迷いも無く、彼女へ。その頭と心臓を狙って。


 銃口から飛び出した銀色の銃弾は、真っすぐとシーアの頭を狙い跳び掛ける。

 狙いは外れていない。

 そればかりか、アドニスには見えていた。

 ドウジマが標的が避けると見越して、最後の三発は僅かに外した方向に銃弾を放っていることに。


 目の前の少女が、どうかわし、どう動くか予測し。

 急所に当たらなくても、その身体の何処かに必ず当たる事を計算して。


 シーアは視線を前に戻すと。

 飛んでくる銃弾を目に映し、その瞳を細めた。


 ニタリと笑う。

 その場からピクリとも()()()()


 彼女の隣を、予想を外した3発の銃弾は掠りもせず後ろに飛ぶ。

 一発、二発と、三発、弾は壁に当たっていく。


 弾が壁にめり込んだ音が聞こえた瞬間だ。

 アドニスの頬に微かな痛みが広がり、後ろの壁に穴を開けたのは。


 頬から流れる赤い血。気が付きながらも、アドニスは愕然とするしかない。

 それはドウジマも同じだ。

 目を見開き。今の光景を、愕然と、呆然と見つめるしかない。


 

 撃たれた一発。

 それが、()()()()()頬を掠めたなんて――



 目の前で女が笑っていた。変わらず、口元を吊り上げて「ニタリ」と。

 ()()()()()()()()()を下ろして、赤い瞳が糸のように細くなる。

 理解したくない。でも、アドニスの頭は理解しかない。


 ――……彼女はたった今、2発の銃弾を撥ね飛ばしたのだ、と。


 あの細くて小さい手、1つで。

 小さく横に手を振っただけで。

 まるで羽虫を追い払うかのように。


 振り払われた銃弾は当たり前に、別の方向へと飛んでいく。

 速度を変えずに、方向だけをかえて。


 それが、先程の一発。アドニスの頬を掠めた銃弾の正体(理由)

 

 違う。2()()、じゃない

 シーアは下げる手を胸元で止めた。きつく握りしめられた拳を。

 彼女はまるでドウジマに見せつけるように、ゆっくりと開いた。


 掌には銀色の銃弾。

 ドウジマが放った銃弾……。


 ()()()の銃弾が其処に在った。


 つまりだ。

 この女は、1発目の弾丸を羽虫のように()()()()()

 後から来た、もう2発目を()()()()()()のだ。

 目の前に浮く、シャボン玉を子供がつかみ取る感覚で。当たり前に。


 「くそ………!」

 その事実にドウジマが気が付くが、遅い。


 シーアは掌の銃弾を、親指で軽く弾く。

 きっと掌のゴミを弾いたぐらいに違いない。

 だが、それだけで十二分。

 小さい銀色の塊は、一瞬にして彼女の上から消えた。


 「ぐ、あ」

 小さな男のうめき声。


 アドニスの眼に、ドウジマの身体が後ろに倒れ込む形で宙に浮くのが見えた。

 左肩に小さな穴をあけて、手にしていた銃は勿論地に落ち。

 彼の身体は、廊下の壁()()叩きつけられるのだ――。

 

    ◇


 「……がはっ!」


 叩きつけられた先で男は揺らめく。

 口から血を吐き出し、その場に倒れ込む


 ドウジマは辛うじて意識はあるが、身体は動かせない。

 身体が飛ぶ程の威力を持つ弾丸を食らったのだ。動けるはずがない。

 これでアーサーに続き、ドウジマも戦闘不能。勝者は一人。


 瓦礫の山とも表せる部屋になった中心で。

 美しい女だけが静かに佇む。



 ――こんなもの、どんな表情()で見れば良いと言うのだ。

 アドニスは、ただ最後まで愕然と彼女を見つめるしか出来ない。


 「ひ……いっ!」

 部屋の隅で。マリオの恐怖に染まった叫びが聞こえる。


 だが、その声には興味も無い様で、彼女が男に振り返る事は無く、もう一度笑む……「ニタリ」と。

 そして、壁際にいたアドニスへと何事も無かったように顔を向けたのだ。



 「さて、少年。置いて行くなんて酷いぞ!」


 先程と大きく変わって。

 腹立たしいほどに掴み処の無い口調と共に。




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