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115話『九の王』5

 


「ふぅん。そう、そうなったんだ」


 あれから一時間ほど。

 民家のベッドの上。漸く起き上がれるようになったシーアは一通りの事をアドニスから聞いて納得したように小さく頷いた。先ほどよりも顔色は良く、起き上がれるほどに回復したようだが、まだ顔色は悪い。

 それ以上にアドニスは気になったことがあった。

 未だに顔色が悪い彼女を気にかけながらも口を開く。


「ヒュプノス。『十の王』との話し合いで『九の王』は人工的に造られた人間だと判明した。――もしかして気が付いていたか?」

「ああ、人形ちゃんの事だろ?気が付いていたさ」


 その問いにシーアは酷く当たり前の様に堪えた。

 ――やはりそうか。納得した。

 レベッカ――。『九の王』を見た時彼女は意味深な事を口にしていたから。

 ここで思いだしたのは彼女のよく行っていた言葉だ。

 自分は魂が見える。魂の色で人を判断している。なんて一ヶ月前は自信満々に口にしていた言の葉。


「お前は魂の色が如何のと、前から言っていたな。ソレが原因か?」


 問えば、シーアは迷うことなく頷く。


「前も言った通り、人は其々魂の色が違うんだ。光と言った方が正しいのか」


 顎をしゃくり考える。

 少ししてからシーアは人差し指を立てた。


「例えば君。少年の魂の色は黒い万華鏡。外にいる2人、大きい方は鋭い銀のナイフのような輝き。もう一つは何処までも澄んだ蒼い、しかし揺らぎに揺らいでいる臆病な色合い。――例えば、常闇の様に何処までも何処までも漆黒に染まり切った色合いとかね……」

「それがあのレベッカとか言う奴は特殊だったのか?」

「うん?いや、其処まで特殊でもないよ。」


 首を振る。

 なんて言おうか、一先ず間を置く様にポツリ零して話を続ける。


「あの子は見た目の年の割に綺麗な魂をしていたから。魂ってね、人生で色が変わっていくんだよ。産まれた最初の頃は殆どが綺麗な透明な色をしている。それが年月をかけて人生の経験をして色が変わって定まっていく。――此処までは良い?」


 アドニスは小さく頷く。

 彼女の見える魂とやらの大元の理屈は分からないが、人生で魂の色が変わりゆくと言われれば何となくだが想像がつく。アドニス(自分)の魂の色が黒く染まりあがっていることも職業柄納得の一言だ。

 そんなアドニスの様子を確認しつつ、シーアは話を続けた。


「でも、あの子――人形ちゃんの魂は何処まで透き通って透明で、楽しそうに揺らいでいる。――まるで無垢で穢れしらずの子供だ。異様なほどに血の匂いを漂わせて置きながら、ね」

「無垢、だと?話を聞く限りじゃ、人を殺しに殺しまくっていったと言う話だが?――人を殺すと言う事は常識で言えば“悪”だ。その、普通は穢れたりしないのか?」


 ここでシーアは頷いて肯定。


「普通はね。“悪”と定められたことをすれば大体の魂は淀んだ色を付けていく。人其々だけどね」

「――なら」

「でも、ソレは本人が行いを“悪”と見なした時だけだ。そうであれと他人から教えられ育てられるからこそ人は、その行いを“善”や“悪”と定めて積み重ねる。――人殺しは“悪”だ。人がそう定めて、そう広めた。でも、もしもだよ、もしも産まれ付き人を殺す事をただの“遊び”と教えられていたら?」


 口を噤む。黙り込んで理解する。

 シーアはアドニスの表情を見据え大きく頷いた。


「でも移ろい易いのも人間だ。長い人生どれだけ“悪行”を“善行”と教えられても何時かはボロが出る。積み重なった物はしっかりと色を出す。そうやって人間って物は生きていっているし、これからも生きていく。最初から最後まで色が決まっている人間なんて殆どいやしないよ」

「――だが、あの『九の王』は透明なんだろう?」

「うん」


 頷く。

 尚更理解が出来なくなった。

 それを察したかのようにシーアは最後の話を続ける。


「簡単だよ、少年。言っただろ、産まれた時は皆透明だって。願い年月をかけて色を付けていくって。じゃあさ、もしそれがまだ年月も経っていない乳児も同然だったら――?」


 ――息を、呑む。

 今の言葉で、彼女の言葉の全てが理解出来た。

 シーアはアドニスから顔を離し窓へと顔を向ける。


「産まれてまだ一年。産まれてから一年。身体の成長だけが早い、その子は唯只管に殺しを教えられた。そこに善悪はなく。ただ遊びとして教えられ育てられた。君は言ったね、他の子どもたちは手に負えなくなって殺されたって。それは別に自身の強さに傲慢になったとかそういう訳じゃない。コイヌが大人に成長しただけなんだよ。ただ何時ものようにじゃれ合って主人と遊んでいるだけ――」


 赤い瞳は何処までも色が無く――平等で。

 それでも今まで被害にあった子供たちを思い描く。


彼女(人形ちゃん)と言う存在はその中でも一番弱かったってだけさ。――家畜と一緒だね」

「どういう意味だ?」

「知らないのかい?豚の乳吞の順。弱いモノであればあるほど乳が出にくい乳房に追いやられる。弱い物であればあるほど更に弱く軟弱に育っていく。『九番目』は造られた中では一番弱かった。――ソレが彼女からすれば功を制し、周りからすれば仇となった。弱いと言っても人からすれば猛獣のソレでしかない。生き残って普通に育てられれば良かったのに、人間はソレを拒んで透明のまま殺戮を楽しむ、怪物に育て上げた。――ふん、どっちが猟犬だか……」


 人の業だね。

 そうシーアは笑った。

 彼女の赤い瞳が再びアドニスを映す。


「あれは間違いなく、人が造り悪意()によって育まれた怪物だ。君や君の友人たちの良い所だけを持ち寄り繋ぎ合せ、殺しと言う技術だけを教え込まれた。――それを相手に君はどうする。少年?嫌。…………どうしたい、少年?」


 彼女が、本題へと入った。

 何処までも平等で見透かしたかのような色合いの瞳が真っすぐに此方を映しとる。

 彼女の側に腰かけ、最後まで話を聞いた少年は静かに何かを考える様に眼を細め何かを思考する。

 いや、考える時間なんて必要ない。もう答えは出ている。


「どうするも何も、殺すだけだ」

「君と同じほどの力を持っている可能性がある存在なのに?怖くないの?」

「怖くない。ただ俺の猿真似をするだけの存在に何を恐怖する必要がある」


 はっきりとした答え。真っすぐな迷いのない眼。

 その表情を見てシーアはニタリと満足気に笑った。

 鈍く痛む傷口を無かったことにして、彼女の細い足はベッドから出る。


「だったら、私も今回ばかりは本気で手を貸してあげよう。囮でも何でも使ってくれ」

「…………ああ」


 アドニスの感じるはずであった痛みという感覚全て、請け負ったために普段と比べれば劣るなんて物じゃない程の力しか出ないが、自分は彼の武器を名乗っているのだ。

 『なあに、痛みなんてモノは慣れっこさ』――なんて静かに笑みを浮かべて。


「その前に、やる事がある」

「うん?」


 だが、その答えはアドニスによって遮られた。

 細い手を掴む大きな手。立ち上がろうとしていた彼女は理解が出来ないと言わんばかりにキョトンとした表情。首を傾げる。


「お前の傷を、お前が引き受けた俺の傷を元に戻せ。――俺に返してくれ」



 ◆



「――え?」


 あまりに思わぬ言葉にシーアは思わずと声を漏らした。

 赤い瞳にまじまじとアドニスを映し、ひどく驚いた表情で唖然と彼を見つめる。

 2人の間に静寂が包み、シーアは首を理解できないと言わんばかりに首を傾げる。


「君、冗談?」


 思わずと問う。

 しかしアドニスは迷うことなく首を横に振った。


「冗談、なわけないだろう。――いいから元に戻せ」


 再び望みの言葉を発する。

 少しの間。シーアは眉を顰めた。


「君、私の好意を無駄にしたいと?」

「そう思ってくれればいい」


 分かり切った事だが、彼女の瞳には色が無い。

 しかしその顔は不機嫌そのものだ。

 当たり前か。自分は今、シーアの好意も行為も無下にしようとしているのだ。

 彼女の一存でアドニスを守る為に行った行動。それを全て要らないと言う様なモノだから。


 だが、引かない。引くわけには行かない。

 握りしめる手にきつく力を込めて、真っすぐと彼女を見据える。


「なにも傷を消せと言っている訳じゃないんだ。返せと言っているんだ」

「……」

「この傷が『六の王』の復讐を成し遂げた証で、お前が消したくないと言うのなら俺はソレで良い。だが、それは俺が背負うべきモノじゃないのか?」

「……」


 ここでアドニスは口を閉ざした。

 彼女の顔を見る。シーアの顔は険しいままだ。

 実に腹立たしそうに、忌々しそうにアドニスを見つめる。

 彼女からすれば、コレは彼女なりのアドニスを手助けであった。それをアドニスは無駄だと言い放ったようなものだ。ソレはソレで仕方が無いのかもしれない。


「君、今更じゃないかい?」


 不機嫌そうな声色でシーアが言う。

 右脇腹を抑え、歯を噛みしめ忌々しそうに言う。


「元々君はさ、この怪我が邪魔になると判断したんじゃないのかい?だから私の行動を見逃したんじゃないのかい?」

「…………」


 色の無い瞳のまま平等な瞳が。

 いや、本当の所は怒っても無いのかもしれない。

 そんな感情すら持ち合わせていないのかもしれない。


 それでも、コレばかりは譲れない。譲らない。


「――違うな。わるい」

「…………」

「先に行っておく、別にお前の思いやりと言う奴を無下にする気は無い、ただ……」


 言葉足らずだ。アドニスは首を横に振った。

 掴むシーアの手をきつく握る。

 傷を負い、痛みから飛べなくなった。自分のせいで地に落ちた【(とり)】を想って手を握りしめる。


「これ以上、痛みで苦しむお前を見たくない」


 ――その一言。

 唯の一言が一番しっくりくる。


 心から素直な言の葉。

 目の前の赤い瞳が大きく広がる。息を呑んだように固まり、不愉快で埋め尽くされていた表情は驚きへと変貌する。ただ目の前の少年の言葉が信じられないと言わんばかりの色を顔に浮かばせた。

 そんな彼女を「珍しい」。そう思いながらアドニスは続けた。


「お前は何時ものように【神様】らしく高みから笑っていれば、それだけでいいんだよ。――むしろ俺は、お前が痛みで苦しんでいるのなら、其れこそが枷になる。心底はらはらして、動けなく、なる。だから…………」


 ――無理は、もうしないで欲しい。


 ◆


 今、自分はどんな顔をしているのだろうか。

 分からない。それでもシーアの手をきつく握りしめて素直に感情のままに言葉を伝える。

 その他の感情は無かった。

 心から、それは彼女を想っての言の葉だった。


 僅かにシーアの手が動く。

 ピクリと反応して、弱々しくも彼女は彼の手を握り返す。


「しょうね、ん?」


 ルビー色の唇が僅かにアドニスを呼ぶ。

 血のように赤瞳に見据えられて、名を呼ばれた彼が彼に返ったように目を逸らす。

 頬を赤く染め上げて、唇を噛みしめて。


 それでも今の発言の撤回はしたりしない。

 掴む手を離したりはしない。

 そればかりか、更にきつくその手を握りしめて照れくさそうに続ける。


「……お前は俺の事を考えての行動だったんだろ?ソレは良い。俺だって最初はソレで良いと思った。だが、痛みで動けなくなって、何時ものように飛んで戯言を宣う事すら出来なくなるお前はお前じゃない。――お前は腹立たしくて忌々しい最強(かみさま)で良いんだ。そうじゃなきゃ、お前はお前じゃない。そうだろ?」


 真っすぐな眼。

 少年らしく、覚悟の決まった男の眼。

 彼女はこの瞬間何を思ったのだろうか。

 ただ、少年の目前にある彼女の不機嫌な表情はそのまま、しかし頬は赤く染め上げ変わっていた。

 その顔を直ぐに変化する。

 白い手はアドニスの手をしっかりと握り返し、何時ものように彼女はニタリと笑う。


「――良いだろう、少年。その願い聞いてあげようじゃないか」


 血の滲む脇腹に手を伸ばし、前かがみになってアドニスの耳元で囁いた。


「でも、本当に痛いよ?いいのかい?」


 痛みは本当だ。

 シーアと言う【神様】が悶えるほどの傷。

 いや、笑えて来る。そんなもの、と。

 彼女の肩を掴んで、その小さな身体を離してから、真っすぐに彼女の瞳を見て言い放とう。


「何を言っている?お前との鍛錬以上に痛い物があるか。そんな怪我(モノ)、怪我の内にも入りもしないさ」


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