102話『三の王』3
『三の王』
彼との対決は村から更に外れた“外れ村”で行われる事となっていた。
これは『三の王』から出された条件である。今日正午に“外れ村”で決戦だ――なんて一方的に。
アドニスはライフルを手に、隣にはシーアを連れ添い、この村に来たわけである。
時刻は10時過ぎ。場所はしたがってやったのだ、だから時間は合わせてやる必要もない。堂々と接してやる必要も無いと今ここに来たわけである。
「少年、意外といい性格してるねぇ」
隣でシーアがケラケラりと笑う。
笑うだけで止めるような事はしないが、残念ながら彼女はアドニスの味方なのだ。仕方が無い。
“外れ村”の端にある林の中、見え御顰めながら村の様子を見る。
覗き見るだけで『三の王』が今必死に行っていることは分かった。
村中を駆け巡り、村民を見かけては必死に声を掛けている。どうせアレだ。この場は戦場になるのだから逃げろとでも促しているのだろう。見た限り無駄な努力の様だが。
「――ほぅ」
隣でシーアが面白そうに声を漏らす。
視線を飛ばせば目に映るは胡坐を掻き前かがみになって、同じように村の様子を見る彼女の姿が映った。髪の毛の隙間から白い肌と赤い入れ墨がチラチラと除き無駄に色気が溢れ出ている。
思わず目を逸らすと。
「少年」
「――!」
いつの間に移動したのか、眼先にひょこりと彼女が顔を覗き込ませた。いつもながら音も気配もない。
僅かに驚くアドニスの前でシーアはニタリと笑う。
「少年、あの“なよなよ”君。やはり意外と残忍な所があるなぁ。いや、思ってた以上と言うべきか」
「は?」
「……。ふふふ、気が付いていないなら別にいいさ」
いったい何の事だろうか。首を傾げ、再度村中に視線を飛ばす。
だが、アドニスは彼女の言っていることは理解出来なかった。ただ、子供の数が異様に少なく大人の数が多いと言う事ぐらいだろうか?
「――!」
そこではと気が付いた。
三度目。少しだけ身を乗り出して村を見渡す。
「――あいつ」
目に映ったのは赤黒い染みの付いた穴だらけの服を着た数人の村民たちだ。息を呑み、思わず唇を噛む。
隣でシーアはクツクツ笑う。
「彼、“女帝”ちゃんと思考回路同じだったみたいだね。いや?彼女を見て思い付いたのかな?」
「…………」
無言。腹立たしさとか呆れはないが、『意外』と言う言葉が脳裏を横切る。
無意識にライフルを握りしめる手に力が入った。口角が僅かに上がったのを感じたのも同時。
「ヒュプノス」
「ん?」
手に持つライフルを肩に構え、静かな声でシーアに声を掛ける。
スコープを覗き込み、容赦などなくアレクシスに標準を定め引き金に指を掛ける。
「許可する。――あいつは何を望んでいる?」
「ん?…………ふふふ」
今日だけ特別だ。自身で禁じたことを特別に許可した。
笑みを浮かべ面白そうな赤い瞳がアレクシスに向けられ、赤い鏡に心の全てが映り取られる。
――ニタリ。
赤い瞳が大きく開かれ。数秒後、口が裂けんばかりの笑みが浮かんだ。
「面白い事か?」
スコープを覗き込みながら問う。
「…………うん。まぁね」
「そうか」
標準をアレクシスの右太ももに。
――だったら、とアドニスは笑った。
「その願いとやらは絶対に叶えてやるな。いいな」
命令を一つ。
そっちの方が面白そうだと。
――引き金を引く。
乾いた音が鳴り響く。
気が付いたとて、素人に避けられる筈も無い。
飛び出した銃弾は真っすぐに、狙い通りに、アレクシスの足に風穴を開け血潮が飛び散った。
――。
「い――たっあぁぁぁぁぁぁぁあぁあ!!」
どさりと倒れ込む音と共に咆哮が響く。
実に今までの王たちの中でも一番良い悲鳴を上げる物だ。
ただ足を撃ち抜かれただけだと言うのに。『八の王』なんてどれだけ体中に傷を作ろうとも無様な悲鳴も上げなかったと言うに。
威力からか顔に付けていた仮面は弾き飛び、大きな火傷を負った顔が露わとなる。
そのまま絶叫を口にしながら、ごろごろ地面を転がり、泡を吹く。
たった一発でこの様とは実に無様な事だ。苦笑にも似た吐息を一つ。
構えていたライフルを下ろしアドニスは立ち上がる。肩にライフルを担ぎ一歩前へ、林から身体を出した。
その後ろでシーアは笑う。
誰にも見えない場所で、酷く楽しげにしかし困った表情を。
「“絶対に願いを叶えるな”…………ねぇ」
ポツリと呟き僅かに考える。
頭に浮かばせるのは親愛なる一人の少年だ。
愛らしくて揶揄いがいが有って、馬鹿で幼くて自分なんかに熱情を抱くアドニス。
「男って、本当に馬鹿だったんだね」
同時に一瞬浮かんだのは顔すらも覚えていないオレンジ色の髪の人間。
二人を思い浮かべて思わず悪態をつく。笑みを、嘲りを浮かべて溜息を付く。
「本当に馬鹿だなぁ。私の狙い、考えもしないでさ」
愛おしさを越して実に馬鹿らしい。
美しい表情に呆れを浮かべて、シーアは眉を顰める。
頭に浮かぶのはオレンジ色の人間でも、ちょこまか動き回る愛らしい黒い少年でもない。
いつも、いつも、唯一人を頭に浮かべては――抱き、求め続ける。
美しい顔がただのその瞬間、能面の様に表情が無くなった。
唇に指を置き、血が滲むほどに唇を噛みしめる。それも瞬間。
口元に紅い液体を浮かばせながら、シーアはニタリと何時ものように笑うのだ。
「……うん、決めた」
ふわりと宙に浮いて、何処からともなく開かれた黒煙の穴へと消えてゆく。
その笑みはまるでコレから起こる事を心から楽しんでいる様に、面白がっている様に、酷く恐ろしく美しいまでに歪み切った笑顔を――。