101話『三の王』2
アレクシスと言う男は『世界』の寂れた村で産まれた。
両親は居たが非常に仲が悪く、7つの時に一生残る傷跡を彼の顔に焼け付けた。
その後14の時、貧しい人を救いたいと一人意気込み神父となる。
自分自身の神の意志を伝え、まずは地元の民を全て巻き込み、そこから徐々に拡大。いつの間にか『世界』で2番目に大きく、慈善活動に勤しむ宗教団体の教祖となった。
と、まぁ。彼の息付いた人生は『一の王』に良く似ている。
違うと言うのなら、その在り方だろう。
彼は生涯を慈善活動に勤しむと定めた。
泣いている人が手を差し伸べよう、困っている人が居れば一緒に悩み解決まで進もう。
この世に神は居る。必ず我々を見て手を差し伸べてくれる。笑いかけてくれる。――そう、謳うのだ。
それがアレクシスと言う存在の在り方。
「へぇ、でも戦いに関してはどうなんだい?」
機械端末。画面に映し出された情報を見ながら、つまらなさそうにシーアはアドニスに問いただした。
ベッドの上、ごろごろと転がりながら赤い瞳が此方を見上げる。
「この“なよなよ”君、位置的な物は『一の王』?と似ていて在り方は“女帝”ちゃんと同じようなモノだろう?」
意外に――は言い過ぎかもしれないが鋭い。
アドニスは座っていた椅子から立ち上がるとベッドに近づき、彼女の側に腰を下ろす。
シーアが持つ端末機械に手を伸ばし奪い取る様に受け取った。画面に映る優男の姿を見ながら溜息を一つ。
「お前の言う通りだ。正直、コイツは『一の王』にも『八の王』にも劣る。下位互換でしかない」
シーアが抱いた疑問に答える。
コレが『三の王』の最大の問題であり、アドニスが心の祖から彼に対して抱く呆れの原因であった。
ここではっきり言ってしまおう。
「『三の王』。アレクシス・メルトーフは立場も地位も、戦い相手としても弱い。『10の王』の中で一番、な」
「ほーん……。どういう所が?」
シーアが珍しく食いつく。
ベッドに転がり、何かを求める様にアドニスを見上げていた。
問われなくても何が言いたいか分かる。また胸の奥に蠢く何とも言えない感情。
それを只管に押し隠して、アドニスは応答を返すべくシーアを見据えた。
この苛立ちを払う為にも、さっさと紹介を終わらせてしまおう。
アレクシスと言う存在がいかに無能か知らしめる必要がある。
まずと言わんばかりに、指を一本立てた。
「最初に、アイツは考えが甘い。この戦いに対しても妙に楽観的感覚で参加している」
「というと?」
ここで元在るファイルと、彼の挙動やら態度を見て推測した事を思い大きくため息を零す。
「まず何よりもこの男。このゲームに参加するに至って武器と言うモノは持参していない」
「はぁ?」
「簡単だ。『八の王』の様に自分に付き従う人間を武器と使う事は決してしない、出来ない。だからと言ってナイフや拳銃も用意していないと言う体たらく。己の武器と言うモノを全く用意する事無く、何とかできる。誰とでも和解できると思って此処に居る」
まずソレが腹立たしく感じるポイントの一つ。
あの王は何処までも慈善的だ。このゲームが決まった時、彼は身一つでこの場に降り立った。
多くの数多くの信者たちを利用するわけでもなく、誰も傷つけないと言う精神で武器は一切持たず。
これが『強い』と呼ばれる屈強な存在であるならばまだ問題はなかっただろう。だが、現実のアレクシスは“もやし”と言う名が良く似あう『ひょろ男』
アレクシスは心の底からこの戦いを身一つで乗り切ろうとしているのだ。
最初こそ送られたファイルに目を通した時は心底疑った。
だが、今日あの男に合って。あの男が発した言葉を思い変えして理解する。
――嗚呼、この男。本気の脳内お花畑なのだと。
「ま、無能の点に関しては擁護も出来ないねぇ」
ベッドの上で何かを思い出すかのようにシーアはポツリ呟く。
「なんだ?」
あまりにも彼女がつまらなさそうに呟くものだから、思わず気になって視線を向けた。
「何かあったのなら話を聞かせろ、情報が必要だ」
「ん?」
突然話を振られたのだ。シーアは思ってもいない問いだったのか僅かに驚きの表情。
ただ直ぐに表情は変え、顎を僅かに上げると人差し指で顎先へ。まるで何かを思い出すかのように思考を巡らせ始める。
「あいつさ、“女帝”ちゃんが村民を襲った時。それは心から絶望しきった表情で地面に額を擦りつけて、泣き喚いていたんだよね。僕は何も出来ない力が無い力が欲しい?てきな?」
「…………」
「周りには、生き残っている人間は確かにいなかった。でも生き残っている動物たちは居たんだよ。其れなのに馬鹿みたいに泣き叫んでいた。本当に上に立つ立場ならもっと平等に見なきゃいけない筈だろ?生物に上下なんて関係ないのだから」
ここで溜息を一つ。
「だのに彼は何をするわけでもなくわんわんと、泣き叫んで泣き叫んで、まるで自分に酔うかの様に感情を露わにして。わんわんと子供の様に泣き叫びまくっていた。――思ったよ、こんな男は『王』になれるのかねぇ――てさ」
想定内通りと言うと所。アレクシスを思い出してなのか、シーアの瞳は実に興味無さそう。反対に表情は不服そうと言うか不機嫌そうなものだ。
少なくとも嫌いの分類には入るらしい。
「見ず知らずの私に助けを求めていたからね。自分で動こうとしなかった所、私を恍惚の眼差しで見つめて居た処。うん、興味ない男だね」
大きく背伸びをして、シーアは飽きたのかそっぽを向く。どうやら彼女のアレクシスの認識はただそれだけらしい。
少し安心。なんだ、其処まで気にする必要はなかったようだと。アドニスも息をついてシーアから目を逸らし携帯端末の画面へと視線を向けた。
「で、この仮面が何だって言うのさ?何を其処まで怒る必要があるのさ」
そして、ここで漸く本題へと戻ってくるのである。
いつの間にかベッドの端に移動し、アドニスの隣に腰かけていたシーアは不思議そうに此方の顔を覗き込ませた。
「こいつは『王』の中でずば抜けて覚悟も足りてない、力も無い最弱君。――その討伐を何故私が手を貸す事となる?」
もっともな問い。
面倒な同盟を存続しつづけていると言っても、リーダーが最弱で無能ではほぼ無意味。
此方に僅かな害はなく。放っておいても正直な所、知らぬ間に自滅してくれそうだ。
「勝手に自滅するなら放っておいても別に良いじゃないか!」
それはシーアも同じ結論に至ったらしく、声に出してはっきりと言い切る。
それでもアドニスは不服そうな彼女を真っすぐに見据え首を横に振った。
「だめだ。今回はお前にも手伝って貰う」
シーアの表情が不機嫌なモノへと変わった。
「……まあ別にいいんだが、何故?」
再度問い。
真っすぐな視線。思わずとアドニスは視線を外す。
――何故?
何故と言われても正直な所、呆れかえりそうだから言いたくない。
だが、言わなければシーアは手を貸してくれなさそうだ。「その方が面白そうだから」貸さないと断言してきそう。それはそれで別に良いのだが。
やはり今回ばかりはシーアの手を借りたい。
馬鹿らしいと自分でもわかっているが、どうしても彼女の手を借りたい。借りなければと思うアドニスが居るのだ。
「何故と言われても。あの偽善者の心をへし折ってやりたいだけだ」
だから腹立たしいが、素直に感じたままを口にした。
「あの男は何故かお前の存在を口に出した。まるでお前を気にかけているかのような発言を。――どうせ村民を助けたお前を見て……あの……一目ぼれでもしたんだろ?」
「おや?」
アドニスの発言を聞いてシーアは少しだけわざとらしく、頬に手を添える。
その様子に僅かな苛立ちを感じたが最後まで続けた。
「その幻想を打ち壊してやるんだよ」
「?」
「この女は神様なんかじゃない気まぐれで人を弄ぶ悪魔みたいな女だってな。分からせてから殺す」
「酷いな。私に対しても“なよなよ”君に対しても」
見てなくても分かる。ベッドの上でシーアは不服そうに頬を膨らます。
ふわりと身体を宙に浮かせて、シーアが目の前まで移動してくる。
色はない物のその顔は不機嫌そのものだ。
「私に対して酷く失礼だったぞ、今の発言!」
「失礼?――本当の事だろう?冷酷無慈悲、人の心が分からない悪魔な女じゃないかお前は」
「悪魔じゃ無いもん!神様だぞう!」
問題は其処なのか。もっとひどい事を問答無用に言った気がするがソコは気にならなかったのか。相変わらず彼女の線引きが分からない。むしろ何もかもふざけている様にも見えるのは気のせいだろうか。
「――いや、気のせいじゃないな。どうせアレだろう?表向きだけ変えてももう意味ないぞ」
「酷いな君!」
シーアの頬がぷくりと膨らむ。
声色と言い、表情と言い、見事な演技だと思う。一ヶ月側に居たアドニスで無ければ彼女の嘘に確実に騙されているだろう。大きく息を苛立った様子で指差す。
「目!気が付いてないのか!?感情が全く籠ってないぞ!!」
「――!」
初めて指摘を一つ。
流石になのか、シーアの表情だけは大きく変わった。
ぐぬと、言い返せないのか唇を噛みしめて拳を作り握りしめる。
珍しく目を逸らし数秒。腕を組んで目を逸らす。
ふわりと彼女の身体はアドニスから離れ空中で足を組み座った。
「――それを言われると言い返せない」
「――!」
これまた珍しい言の葉。唇を尖がらせ、不服そうな一言。
アドニスは思わずと胸に手を伸ばした。変にずきんとした痛みが広がったからだ。
だが、何故かは分からない。何の痛みかは分からない。ただなんだか今の一言で興味が無いと言われたような気がして無性に苛立ちが募っただけ。
「む、あのね少年私は――」
「まぁ、お前の事は興味が無いから別に構わないさ」
シーアが何かを言おうとする前に取り繕う様に遮り、ふいっと顔を逸らすと立ち上がりベッド側の机の元に、端末機械を机の上に置き、身体を寄り掛かる。ふわふわ宙に浮いたままシーアはソレを追い、まだ不服そうな顔のままアドニスの前で止まった。
「それよりも――」
そんな彼女を見つつ、アドニスは話を戻す。
それは勿論次の標的『三の王』の事だ。
「手伝うのか?静観するつもりか?お前はどうしたいんだ?」
問いかけるのは二つの選択。
考える時間は実に短かった。
不服そうに腕を組んでいたシーアは小さく溜息を付く。
やれやれと言う様に片腕を上げ、赤い瞳がアドニスを映す。
「分かったよ。『三の王』の私への幻想をへし折ってやればいいんだろ?やってやるさ」
分かっていたが、それは承諾の合図。
なんやかんやといいながらシーアは断らないとアドニスは確信していた。笑みを浮かべる。
ただ待てと言わんばかりに紅い唇は口を開けた。
「ただ、無意味だとは思うよ」
「?」
腕を組み、空中で此方を見降ろしながらシーアは言う。
「あの“なよなよ”君。世間知らずで分からず屋だけどさ。其処まで馬鹿な間抜けではないよ。むしろあの私の行為を見て、私に引かれたと言うのなら立派な異常者さ」
「――は?」
シーアの言葉にアドニスは思わずと首を傾げた。
まるで彼女が分かり切ったかのような事を言うから。
シーアとアレクシスが出会ったのは僅か数分ほどだ。だと言うのに、彼女の方もまるで知った被ったかのような言葉を発した。
「なぜ、そう思った?」
「何故って、言っただろ?私のした行動」
間髪入れず問いただせばシーアは小さく頷く。
シーアのした行動。それは知っている。
『八の王』が撃ち殺した村民の“子を持つ生物だけ”を気まぐれに生き返らせた。
端から見れば人知を超えた能力で、普通に崇められそうな能力であるが?
この行動だけを見れば確かに”神”と敬う人物は出てきてもおかしくは無いと思う。
そんなアドニスにシーアは溜息を零す。
「君は私に慣れ過ぎてしまったようだね。常人だったら、何が可笑しいか直ぐに気が付いちゃうのに」
送られる嫌味が一つ。
一瞬カチンと頭に来て、睨み上げたがシーアはニタリ。
宙に浮いたまま、アドニスの側から離れると赤い瞳は此方を見降ろした。
「まあ、いいさ。珍しく君の願いだからね」
「……」
「アレだろ?殺す前に“なよなよ”君の淡い恋心?を粉々に壊して欲しいって事だろ?」
けらり笑って言い切る。
ちょっと違う気もするが、言い返すと後々が面倒になる事を感じてぐっと我慢した。
「――まあ、そう言う事だ」
「うん!だったら任せたまえ」
シーアは両目を閉じ思い切り胸を叩く。
片目だけ開けて、にっと笑ったのは次の事。
「そういう事は慣れている。ばっきばきに壊せるだけ壊してやるさ」
自信満々に、なんだか妙に頼もしく言い切るのである。
――――。
シーアの様子にアドニスは大きく息を付く。一瞬含みがある様な気がしたが、これで明日の作戦は決まったようなものだ。
別に疲れなど一切ないが、アドニスは机から離れる。向かうのはベッド。取り敢えず『三の王』との対決があるのだ。仮眠だけは取っておこうと言う考えからであった。
上着を脱ぎ椅子に掛けてからベッドに腰かける。
靴を脱いで、そのまま横になろうとした時の事だ。シーアがニタリと何時ものように悪戯全開で笑ったのは。
「ねえ、少年。折角だからさぁ、ここで私の身体で遊んでみる?」
「――は?」
いきなり直球の弾丸。
思わずと横にしていた身体を起こした。
「どういう意味だ?」
眉を顰めて真意を問う。
するとシーアはニタリ。
「そのまま、子作りしよって意味だけど?」
「するか!変態め!なんでそうなった!」
声を振り上げれば、シーアはケラケラ。
「いや、人間ってさ。生命が究極な状況に追い込まれると製造本能ってやつが働いて子孫を残したくなるんだろ?これは命を懸けたデスゲームな訳だし……。ねぇ?」
「なにが、ねぇだ!」
苛立つ声を張り叫ぶ。
そのまま再び、ふて寝感覚でベッドに倒れ込む。
何何時もの揶揄いだ。何時もより度を越していたような気もするが。
「私の身体が欲しくなったら、いつでも言っておいで♪」
後ろからまだ揶揄うシーアの声を聞きながら、アドニスは眼を閉じた。
なんだか今まで無駄に悩んでいた自分が馬鹿らしい。舌打ちを一つ。
それよりも今は、明日の戦いの事だ。そう肝に銘じて、無理矢理に夢の中へと入り込むのである。