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ゆえに、僕は神を愛そう  作者: 海鳴ねこ
色の無い瞳
107/122

100話『三の王』1

 


 妙に綺麗に佇む寂れた教会。

 此処に戻って来たアドニスは質素な扉に手を伸ばす。


『もふもふの――?』


 鉄でできたドアノブに手が触れた瞬間、その声はさもあたり前の様に響く。

 声が聞こえた瞬間思わずと渋い顔。いや、呆れた顔に近いか。うんざりにも似た表情を浮かべて気にすることなく扉を開いた。


「敵はっけーん!!」


 と、まぁ。その瞬間遠くまで聞こえる高らかな声。

 実に楽しそうに面白おかしいと言わんばかりの声色と、地面に浮かぶ黒い影。

 見上げる事無くアドニスは後ろに蹴り上げその場から飛び去る。


 凄まじい音と共に小さな影が地面に突き刺さったのは、刹那の出来事。

 細く白い指を地面にめり込ませた砂煙の中、シーアは平然とした様子であっけらかんと、わざととしか思えない笑みを1つ浮かべるのだ。


「お、少年じゃないか!敵かと思ったぞ?」

「…………」


 顔を上げた瞬間の第一声がコレ。

 勿論シーアと言う存在の嘘なのは分かっているが、なんだか今は無性に腹立たしい。

 此方を真っすぐに見つめる赤い瞳から、目を逸らし小さな舌打ちを一つ。


「変な冗談はやめろ」

「おや、今朝と比べて機嫌が悪い」


 アドニスの様子を見てか、シーアは地面から手を離すと宙へと浮かび。ふわふわリ、何時ものようにアドニスの側に寄ると顔を覗き込ませる。

 コレでも身長差はある方だ。赤い瞳がまじまじと不思議そうに顔を見上げ込んで来た。


 目に映るのは赤い瞳。いつも通り「人に興味を持たない」色の無い赤い瞳。


「――なんでもない」


 再び目を逸らし苛立ち交じりに放つ。

 シーアは小さく息を付きふわりと身体を離れる。宙に浮いた彼女がアドニスの背よりも高く浮かび上がり、ジト目で見下ろしてきたのは直ぐの事だ。


「何かあったのか知らないけどさ」

「…………」

「私に当たるのはお門違いさぁ」

「――っ」


 なんて。

 ぐうの音も出ない正論をぶつけられるのであった。


 ――。


「く、あはははははははは!!!」


 教会にシーアの笑い声が響く。

 空中でフワフワ浮きながらお腹を抱えて彼女は、ケラケラ笑い続ける。

 くるくる回って、ケラケラケラ。瞳には何も色が無いのに表情だけは変えて笑い続ける。


「何が面白い」


 椅子の上。脚を組んで苛立った様子でアドニスはシーアを睨み上げた。

 表情からは見て分るほどに不機嫌で、口調の端々からも苛立ちが見て取れるはずだ。

 アドニスは心から思う。不機嫌なのは十分承知だろう。ほっといて欲しい。そんな些細な願いなんぞシーアに届くわけ無いのだが。


「君、人の喧嘩真正面からかったのかぁ!思っていたけどさ、結構沸点低い?『三の王(なよなよ)』君の挑発に乗るなんてさ!」

「煩い。人の話を聞かないのなら黙っていろ」


 腕を組んで再度舌打ち。 

 『三の王』アレクシス。偽善者のくせして臆病者のくせして生意気にも威勢を張って来た優男。思い出すだけで腹立たしい。

 そんな苛立ちをぶつけるが如く、アドニスはシーアを睨んだ。


「そもそも別に喧嘩を買った訳じゃない」

「ほう」

「同盟を引き継いだ時点で標的は決まっていた」


 口から出るのは言い訳にも似た主張。

 この発言にシーアはニタリと笑ってアドニスの後ろへと周り飛んだ。

 後ろ首に確かな温もりと重み。吐息が首元に掛かる。


「まぁ、何だって良いけどね」

「…………」


 後ろにシーアを感じながら横目で彼女を見据える。

 目に映るのは変わらない赤い瞳だ。面白おかしく此方を見るくせに何も感じない色の無い瞳。

 それを見ていると、また腹立たしく思って来た。


「お前、本当に俺に興味が無いんだな」

「――は?」


 思わずと考えていたことが声に出た。

 シーアが首を傾げるのが分かる。

 ふわりと浮かぶ細い身体。彼女の顔が正面とやって来る。


「なんだい藪から棒に」


 目の前で再びシーアが首を傾げた。

 自分の口走った言動に気が付き、思わず口元を覆ったのは同時。

 気まずく目を逸らし、自身の手を目に映す。


「…………いや、なんでもない」

「何でもないってことないだろ!なんだか失礼な事を言われた気がするぞ!」


 目の前でシーアが「ぐいっ」と顔を近づけた。

 気まずくなって更に身体を逸らす様に離したが、もう遅い。

 ムッとした珍しい不機嫌の表情を浮かべながら真っすぐに此方を見据えているからだ。

 ただ、何処まで行っても感情と言う色が読み取れないと言うか、本心的には興味が無い色合いをしているのだから、何とも言えない。


 ――いや。

 其処まで思ってアドニスは今一度シーアを見た。


 目に映るのは相変わらず相手に興味を示さない赤い瞳だが。

 なんだろうか、この妙な違和感は。


 ――『“彼女”の側に居る資格がない』


 何故だか、『三の王』のあの発言が脳裏をよぎった。

 何故だかアドニスが心から苛立ちを覚え、明確に殺意を感じた瞬間。


 だが『三の王』は完全にシーアの事を口にしていた。

 あんな男が彼女を思い描くだけで腹が立って仕方が無い。


「そもそもなんでアイツはいきなり…………」

「なんだい、なんだい。ぼそぼそしゃべるな!私の目を見て言え!!」


 シーアがじたばた抗議を起こす前でアドニスは思わずと言葉を零す。

 正直、今頭の中は『三の王』への苛立ちでいっぱいだ。そして、怒っているふりをして瞳には全く色を乗せないこの女(シーア)が腹立たしくて堪らないのだ。

 とりあえず、『三の王』。アイツに関しては絶対に殺す。知ったかぶったアイツは完膚なきまでに叩き潰す。コレは言い。考えれば考える程、やはり問題は目の前の女。チラリと赤い瞳を視線に移しながら少し思ってしまう。――少し位、此方に興味を示してくれても良いのではないか……なんて。


「凄く失礼な事を思われた気がするので言うが、別に私は君に興味が無い訳じゃないぞ」

「…………」


 無駄に思考を巡らせていると、どこかムッとした口調でシーアが言った。

 直後に思わず疑いの眼差しを向ける。それはもう、心の底から軽蔑を滾らせた瞳を。


「何だいその顔は!」


 途端にシーアは頬を膨らませた。

 しかし膨らんだ彼女には相変わらず色が無いのだから、呆れを越して疑いしかない。

 そんなアドニスの表情を見てだろう。シーアは宙に浮いたままふわりと僅かに距離を取る。びしっと細長い指を差してきたのは直ぐに事。


「きみ、どれだけ私が無慈悲だと思っているんだい!ちょっとぐらい情はあるさ!多分!」

「……嫌に曖昧だな、お前」


 自分の事だと言うのに、発言は嫌に曖昧だった。そんな自信満々に「多分」と付けられるとなんだか妙に言い表せない感情が襲い掛かってくるのだが。零れだしそうな言葉をぐっと我慢して、アドニスは目の前の女を睨み見た。赤い瞳が色を宿さないまま、表情を更に不服なモノへと変えていったのは直ぐの事。

 少しだけ珍しくは感じる。今まで、少し前までは即座に肯定する癖に今日は妙に食いかかってくるから。


「少年、君――。私が君に全く興味を宿さないままずっと側に居ると思っているのか?自分の為だけに君を利用する為だけに側に居るとでも?失礼じゃないかい!?」

「違うのか?――お前は自分の事しか考えない女だろう」

「半分以上正解だけど、20パーセントぐらいは違うぞ!」

「…………」


 ――想像していたより少ない。

 あれだ、目頭が一瞬熱くなったのはきっと気のせい。この妙な苛立ちは何処からやって来るのか、疑問のまま再び目を逸らす。

 今度はシーアの表情が酷く困った顔になったのは一瞬の事。


「いや、本当にアレだぞ?1パーセントぐらいはあるんだぞ、興味!」

「随分減ったな」


 何を思ってなのか、なっていないフォロー。

 先ほどよりも遥かに減った数値を前に再び何とも言えない感情が溢れ出した。


 あわあわとシーアは慌て始める。格好だけ。


「ちょ、本当だって!少しでも興味が無きゃ側に居ないからね!」

「別にいい。そこまで精一杯だと反対に説得力がない」


 正論を浴びせてやれば、ぐぬぬと押し黙った。勿論恰好だけ。

 アドニスはジト目で彼女を見た。何処まで見ても色の無い瞳だ。此方に一寸の興味も抱かない瞳だ。


「もういい。この話は終わりにしよう」


 なんだか、これ以上は自分に大きな傷が与えられるだけだと悟り話題を変える。

 立ち上がり足を寝室へ。取り敢えず、頭を冷やしたい。寝室には小さいながらも流しがあった筈。顔を洗って来ようと言う考えからであった。

 すれ違う瞬間シーアは一瞬何か痛げな表情したが、それは本当に一瞬の事。


「――だったら、そんな寂しそうな顔するもんじゃないと思うんだけど」


 ポツリと耳に聞こえてきた言葉はきっと気のせい。

 そう判断して、アドニスは寝室のドアノブに手を伸ばし。


「明日は『三の王』討伐だ。お前にも手伝って貰う。作戦会議をするぞ」


 今は其方が大事だと言わんばかりに無理矢理に話を元に戻して、やはり何処か苛立った様子で声を掛けるのである。




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