96話 『六の王』
アドニスは『六の王』――。フレシアンナの言葉に心から呆れを感じ、反吐が込み上げる思いで小さく舌を鳴らした。
屋敷で彼女を見た時から正体には勿論気が付いていたが、此処まで断言されるとこの感情しか浮かび上がってこない。
しかも確証はなかったが、やはり復讐とは。もはや『ゲーム』に参加する気は『六の王』達には無かったように思える。
夫同様に困った存在だ。別の意味で、だが。
そもそも2人の夫婦関係は冷め切っていると報告書に記されていた。
2人の間には娘がいる。普通は娘の事を思ってどんなに憎くても復讐なんて馬鹿げた物の為に死が確定するゲームに参加しないだろう。
ジョセフもあの世で迷惑しているのではないだろうか。ついそう思ってしまう。
アドニスの思考など露知らず。
青ざめたアレクシスが震える手でフレシアンナの手を掴み上げた。
「じょ、ジョセフ?ジョセフと言うとジョセフ皇子の事ですか!?」
「それ以外の何があると言うの!」
我に返ったように、まるで穢れた物に触れたかのようにアレクシスの手を振り払いフレシアンナは叫ぶ。
その迫力と勢いにアレクシスは眉を寄せ、口籠るしか無かった。
2人から1mほど離れた場所でグーファルトが溜息を付く。
「復讐ねぇ、馬鹿げた物を持ち込むなぁ。あんた」
心底呆れ返った声。
その態度にフレシアンナは大きく反応を見せた。
「何が馬鹿げたですって?」
再度声を荒げグーファルトに詰め寄る。
掴みかかって来た女を、するりと避けて続け言う。
「ああ、悪い悪い。ただ『ゲーム』の本質を理解してない奴が多くて呆れただけだ。あんたの怒りと覚悟?貶して悪かったよ」
軽く手を振りながら謝罪を一つ。
血走った瑠璃色の瞳がグーファルトを睨むが、相手にもする気ないのか笑みを浮かべた後僅かに俯いた。ただ、その銀の眼はしっかりとフレシアンナを映しとったまま。
「屋敷で見た時流石に驚いたな。皇族関係者が二人もいるんだからよぉ」
「皇族関係者?失礼な!わたくしは紛れもなく皇族の一人!無礼な言い回しはよしなさい!」
軽い気持ちで言ったのだろう。だが、フレシアンナはそんな些細な事でさえ噛みついて来る。
これはおそらく彼女の夫が王位継承権を奪われたから来る反動の様なモノだろうが。
全く、夫婦そろって面倒と言うか。剥奪の一件がかなりコンプレックスになっているのは違いだろう。
アドニスと同じことを思ったのか、グーファルトも目に見えて分かる溜息を一つ。
両手でフレシアンナを宥めながら、アレクシスとレベッカを見た。
「おい、お前ら。その様子だと、こいつ――彼女の正体に気が付いていなかったみたいだな」
「は、はい」
「――?」
彼も彼なりに疑問に思ったのだろう。
グーファルトの問いにアレクシスは首を振り、レベッカは頭を傾ける。
平民と言う立場の2人は微塵も気付いてもいなかったらしい。
「他の連中はなんて言っていたんだ?『四』と『五』……。女帝様も気が付いていたと思うぜ?」
「と、とても高貴なお方としか――」
「ふぅん」
話を聞きながらアドニスも納得する。
自分の知らないうちに『王』達が接触し、同盟を組んだのはすでに承知済み。
どうせ端末による通信か何かだろうが、そこで少なくとも『十の王』――それと『二の王』以外は同盟に組したのだろう。
自ら正体を明かし同盟を結んだ。『四の王』と『五の王』が無駄に『八の王』にあたりが強かった理由も理解できる。
何せあの二人は落ちこぼれとは言え少し前までは貴族と呼ばれていた家の当主様達。『ゲーム』に参加した理由は単純に家復興の為だろうが、一応名門貴族として名を伏せた二人にとって、島国の、それも随分と前に平民になり下がったアマンダが気に食わなかったのだろう。
格下であるのに上の立場にいて、国民からの人気もあって、自分達すらも率いようとした小生意気な小娘。そう思っていたに違いない。
だからこそ屋敷では業突く張りな態度を彼女に取っていたと言う所か。其処もまた、女帝には敵わない点であるのだが。
そして、だったら少々笑える話でもある。
そりゃあの二人からすれば、フレシアンナ――。『六の王』は頭が上がらない存在だったろうから。
「女帝様は気遣っての事だったんだろうが。――あの二人はなぁ」
グーファルトも察しが付いたのか苦笑いを一つ。
フレシアンナから目を逸らしアレクシスを真っすぐと見据え、この話題を終わらせるかのように話を戻した。
「まぁ、アンタらが覚悟の内で決めた事ならそれでいいさ。同盟なりなんなり続けな」
片手を振りながら、一歩に二歩とアレクシスの側へ。
仮面を付けた青年へ顔をグイっと近づけ、人差し指を立てる。
「でも気を付けておけよ」
「……」
「今度、狙われるのは確実にお前だぞ?『三番』」
「――」
まるで、それは分かっているだろうと言わんばかりに笑みを1つ。
アレクシスは眉を顰め、僅かに顔を俯かせた。
「わ、分かっています。同盟を作ったからこそ、アマンダさんは殺されたのですから」
この言葉にアドニスは少しだけ驚く。
なんだちゃんと理解はしているのかと。同時にその上で同盟継続するのかと疑問に感じるのだが。
それに今のアレクシスを見てアドニスは妙な感情が募る。
アドニスを排除するための『同盟』。自分と言う存在は邪魔なのは確かである、色々口には舌が排除したいという気持ちが起こる事だけは僅かながらに理解出来るから。ただ、何だろうか。純粋に『ゲーム』の障害だと判断した『八の王』彼女と比べれば、アレクシスには更に別の思惑を感じるのだ。
見ているだけで心底苛立ちを感じざるを得ない、何とも言えない違和感と不快感が――。
そして、それはグーファルトも同じ気持であったらしい。
遠目でも分かるほどに彼は眉を顰めて表情を歪ませた。
「何か隠してないか?」
「え?」
何処か苛立った口調。
真っすぐと仮面奥の黄色の瞳を見据えて問いを続ける。
「あんたの顔、何か違うんだよ」
「な、何がでしょうか……?」
「確かに、今いる猟犬は手強い。俺達の共通の敵であるのも違いない。それを排除しようとする動きも当然っちゃ当然だろう。ここまで来たならアイツも俺らと同じ『ゲーム』参加者みたいなものだ。だがなぁ、それでも部外者は部外者だ」
僅かに首を傾げ、実に不機嫌そうに彼は疑問を投げかけるのだ。
「ここ迄くりゃぁ、俺達で潰し合った方が楽じゃないのか?勝てない敵を相手するよりも、勝てる奴を消していく方がさ。だのに何故難題の方を選ぶ?」
――この問いにアレクシスは押し黙った。何か言いたげに小さく口を開き、何も言い返せなかったのか目を泳がせ何かを考える様に視線を下に。唇を噛む。
それが数十秒。妙な沈黙。
コレを打ち壊したものが居た。
肩眉を上げ口角を吊り上げニヤリと。
「なんてな」
笑いながら言葉に。グーファルトはアレクシスから身体を離した。
「え?」
「いや、今のは忘れろ」
クルリと背を向け、軽く手を振りながら彼らからグーファルトは離れてく。
その後ろを少年が付いて行き、大穴のすぐ前で止まる。視線をアレクシスに向けながら彼は笑みを湛え言った。
「皇帝の事だ。猟犬の野郎が参加者の一人だと言うなら、優勝する為にはこいつも殺さないと終わらないだろうさ。だから同盟関係なくこいつは殺すのが最終目的になるだろう。そう考えれば討伐同盟は間違っちゃいないからな」
「そう、ですね」
グーファルトの言葉に、見て分るほどアレクシスは安堵にも似た息を零す。
それは何か含みも感じるような溜息。
優男の様子を見ながら、やれやれと言わんばかり最後の言葉を呟くようにグーファルトは口を開くのだ。
「ま、何か変に隠して同盟なんてもの作らない方がいい。――直ぐにでも狩られたくないなら、な」
意味を含めたように、眼を細め微笑を浮かべて――。