94話 『四の王』『五の王』
其れは思いもしない発言だった。
まさかグーファルトが、アドニスと同じ思考に及ぶとは思いもしなかったのだ。
そもそもアドニスが『四の王』と『五の王』が裏で組んでいると思い至ったのは、単にあの黒塀。あの状況で仲良く迷いも無く2人が同じ方向に逃げていたから、ただそれだけだ。核心は無かったのだが。別にソレは良い。
驚きなのは、あの場にいなかったグーファルトが導き出したと言う事だ。
同じ疑問を持ったのはアドニスだけじゃない。
他の『王』達も同じであった。
「それはなぜぇ?」
問うのはレベッカ。
煙草の煙を吐きながらグーファルトは笑みを湛えた。
「いや、アイツ等最初から妙に距離が近かっただろう?」
首を傾げる他の王の前でグーファルトは続ける。
「例えばおれがこの屋敷に来た時は、あの二人我が物顔でこの階段上に仲良く突っ立っていた。俺がこの屋敷に付いた時には既にあの二人は到着していたしな」
因みに俺達は二番目に到着した……なんて笑いながら言うグーファルトを見て目を細める。
だとすれば昨日この屋敷に一番に辿り着いたのは『四の王』と『五の王』になる訳だ。
それは初めての情報。
確かにアドニスも初めて2人と出会った時、その距離感と妙に勝ち誇った顔で階段上に佇んでいた姿に違和感を感じていたが。それも武器の事を考えると、今にすればその理由も分かると言うモノだ。先ほどまでは可能性でしか無かった共闘関係がハッキリと浮き彫りになってくる。
「あんな勝ち誇った顔されたら誰でもこれは何かあると誰でも気が付く」
「――。いや、僕は……」
「そうだったかなぁ?」
「興味もありません」
これには思わず眉を顰める。
どうやら残りの『王』達は其処までの思考は巡らなかったという。いや、むしろ何も考えていなかったと言う方が正しいかもしれない。こうなればグーフェルトが危険と言うより他の王たちの方が問題と言えるかもしれない。
アドニスは小さく溜息を付き、やれやれとグーファルトも肩を上げる。
「お前らなぁ。『王』ならもう少し――。いや」
小さく首を振って、呆れつつも話に戻す。その銀色の視線を大穴へと向けて。話を本題に戻す。
「――アイツ等此処に居る時は勝ち誇った顔をしていたが、コレが原因だな」
「……凄い武器の数ですね。」
「たく、一体この量をどこで手に入れたんだか」
心からの呆れ口調のグーファルト。
彼らの目に映るのはずらりと並ぶ武器の数々。『四の王』と『五の王』が用意した兵器である。
判断材料は違ったものの、グーファルトが確実にアドニスと同じ考えに至ったのは違いない。――食えない男だ。
直接的ではないとは言え、数人分の視線を向けられたのだ。アドニスは再び身を顰める。息をひそめ、ナイフをきつく握りしめて。
少しして、くつくつと笑うグーファルトの声が聞こえる。
「――ただ正直あいつらの態度から考えて、あの顔の理由はコレだけじゃないと思うんだがなぁ」
ここで「まぁ」と一息。
銀色の眼は僅かに細くなり視線を兵器の山から逸らすと、他の『王』に向けられる。
何処かつまらなさそうに、穴を指差す。
「ちょうどいい。幾つか貰っていったらどうだ?どうせもう持ち主は居ないんだ。適当に持っていっても、誰も文句は言わねぇよ」
思わずバレたかと身構えそうになったが違うようだ。だが此処で気を抜くことは出来ない。
グーファルトの意見に賛同し、彼らが降りてこないとも言えないからである。
だが、その考えは直ぐに振り払われると事なった。
「要りません!僕はそんな物使いません!」
「わたくしも必要ありません。こんな物」
提案にアレクシスは両手をぶんぶん振り回し、『六の王』は冷たく放つ。
最後にニヤリと笑うのはレベッカだ。ナイフを長く白い太ももから取り出し構え言う。
「必要なぁい。あたしにはコレでじゅうぶぅん。なんでもできるんだよぉ☆」
妙に妖艶にしかし口調は何処までも子供らしく。
くるりとナイフを廻して太ももに戻す。
誰も穴の中に降りてくる気配はどこにもなかった。
警戒したが無用な心配だったのは違いない。構えていたナイフを下ろす。
しかし、同時に思う。佇む『王』を見つめながら。
――今この瞬間、誰かを処すことは出来ないか、と。
アマンダを殺して一夜明けた今日。
少なくとも今この瞬間は『四の王』に関して、ただ確認しに来ただけである。獲物を殺す気は微塵もない。――チャンスであるのは違いないのだが。
「……」
手に握るナイフを完全に腰に仕舞い小さく吐息。
やはり今、襲うのは止めておこう。そう判断したのだ。仕方が無い、今回はそう決めたから。
ただ――。
顔を再び上げる。目を細めて『王』を見上げる。
――次は誰を狙うべきか?ソレが問題。
目に入るのは残りの4人の『王』
『三の王』アレクシス。
『六の王』――。
『九の王』レベッカ。
『十の王』グーファルト。
さてさて、次は誰にしようかな?
一番に目に入ったのは『十の王』グーファルト。掃除に視線の端に幼いフォックスと呼ばれる少年の姿が映った。
正直、この場で一番に危険なのはこの男だろうとアドニスは判断する。
周りの無能な『王』と違ってグーファルトは周りをしっかりと観察している。冷静な判断力も勿論、妙に静かに携える殺気が、佇まいが他の者達とは一線違う存在だと嫌でも判断できる。
だから次に狙うとしたら彼か?
ただどうしても一つの疑問が取り払えないのだ。本当にあの少年、何者だろうか?
弾避けとグーファルトは言っていた。だがその素振りどころか、偵察などに使う素振りも無い。何故あんな足手まといとしか呼べない少年をグーファルトが下に付けているのか。謎しかない。それを踏まえて何か別の要素も含んでいる気がしてならない。
だから、やはり此処はもう少し様子を見ておくべきではとも思う。
それに同盟関係の頭であるアマンダはもう死んだのだ。
コレからは本格的に『ゲーム』が始まる可能性だってある。
ここはもう暫く様子見をするのが正解か?
「ま、ここの獲物はてめぇらの好きにしな。『組織』の人間が回収する気配もないしな」
思考を巡らせていると、グーファルトが軽い口調が響いた。
もう一度顔を上げれば、銀色の眼が残りの『王』を真っすぐに映しているのが分かる。
ただ僅かだが、銀の視線がレベッカに向けられたのは分かった。
「さて、本題だが」
「なぁに?」
「『四の王』は死んだ。それは間違いないなレベッカ」
「事実だよ。あたしの目の前で遺体回収されてたもの」
問いに女は大きく頷いた。
何故この場所に他の『王』が集まる事が出来たのか、ソレが理解できた瞬間。
次にグーファルトはアレクシスを見る。
「で、女帝も死んだんだな?」
「は、はい!それは間違いありません!」
今度も大きく首を縦に振り肯定。
それは、まぁ、違いないのだが。
「だったら」
なんていったん前置きして、銀の眼は全ての『王』を映す。
「お前らコレからどうするつもりだ?犬を排除するための『同盟』だったんだろ?そのリーダー様が死んじまった訳だ。ついでに『四』も死亡、『五』は行方不明。――どうする?」