進化
冴木煉一郎が連行された翌日。
アリシャは彼を探し憲兵たちの詰所を訪れていた。
「昨日レンが連行されたことは調べがついているんだ!その後彼は何処に行ったのだ!?」
彼を心配し怒りに身を震わせるアリシャに憲兵たちも困惑していた。
そして、騒ぎになりつつあるこの状況に憲兵長が現れた。
「アリシャさん、あなたの実直さは理解しています。しかしレンなる人物は窃盗の疑いで連行されたのです。我々も職務上、全て話すことは出来ないのです。今日の所はお引き取り願えないでしょうか?」
「それは出来ない!面会して安否を確認するまでは去る事など出来ない!そもそもレンはそんな犯罪をする人物ではないし、そんな度量もない!!」
困り果てた憲兵長は傍の部下に耳打ちした。
部下は頷くとその場を立ち去る。そして1時間もすると2人の憲兵と共に現れた。
「むむ?なんだお前か」
アリシャは顔見知りの太った憲兵に、不機嫌そうに呟いた。
バツの悪そうな2人は目を背けている。
その2人に憲兵長は冷ややかに言い放った。
「後はお前たち2人がしっかり説明しろ。私を煩わせた事はまた別の機会にじっくり話をするがな」
そうして憲兵長は去って行った。
「おい、お前らがレンを連行したのか?」
2人は気まずそうに無言を貫いている。
「何を隠している?レンをどこに監禁している?」
太った憲兵は大きく息を吐くと静かに話し始めた。
「悪いがアリシャ、あの男はとても粗暴が悪くてな。取り調べ中も我々に襲い掛かってくるなどの蛮行を繰り返した。だから…」
「だから?」
「やむを得ず処刑した」
その瞬間アリシャの腰の剣が抜かれ、辺りにいた憲兵たちが数人がかりで抑える事態になるのだった。
「アリシャさん落ち着いてください!今のは不問にしますがまだ剣を取るのなら今度はあなたを連行しなきゃなりませんよ!?」
その言葉にアリシャは震える手で剣を鞘に戻した。
「レンは暴れ襲い掛かるような人物ではない!断じて!」
アリシャは目を真っ赤にしながらそう叫ぶと
「亡骸は何処だ?」
と訊いた。
しかし2人の憲兵は、遺体の傷から拷問したことがバレてはまずいと既に焼却していた。
と、その時もう1人の憲兵が思わず口を滑らせた。
「そういえば彼のスキル?かアイテムかよくわからないですが、黒い小さな箱が取調室でずっと高速で回転してて…あれ何なんですか?」
その言葉にアリシャの目の色が変わる。
「おい貴様!私を取調室に連れていけ!早く!」
太った男は相棒に「余計な事いいやがって」とボソッと文句を言うと、彼女を部屋まで連れて行くのだった。
暗い部屋には死亡したレンの血液が床や壁にこびり付いている。
険しい顔で目を閉じ、再び開くとアイシャは黒い箱を探し始めた。
ふと耳を澄ますと、ヒュンヒュンと風を切る音がする。
音のする場所に近づくと、それは暗い部屋に溶け込むようにテーブルの上空で絶え間なく高速回転していた。
「レン……これは君のスキルなのか…?」
指で触れようとしたその瞬間。
急に黒い箱は動きをピタリと止め、ゆっくりと蓋を開けた。
アリシャはとっさに憲兵にばれないように両手で隠すようにそれを掴むと
「これは彼の遺品とも呼べる〝アイテム〟だ。私が預からせてもらう」
「え?まあそれは構わないけど」
「では私は失礼する」
急に大人しく帰るアリシャの後ろ姿を、2人はきょとんとしながら見送るのだった。
宿に帰るとアリシャは深呼吸し箱の中身を取り出すと、てのひらに乗せた。
「何だこれは……??」
それは小さな精工な作りの人形だった。
「何て細かな作りの人形なんだ」
どことなくレンの顔を思わせるその人形は黒い鎧を身に纏っている。そして両の腰には双剣を差している。
この装備がまるで本物を小さくしたかのような精巧さなのだった。
「皮膚もまるで生き物のような…」
触れようとするも、彼女は寸前で手を止めた。
「彼を守る事を出来なかったくせに私は何をしているんだ。命の恩人の彼がどんな思いで死んでいったのか…」
アリシャの瞳から零れる涙が人形にぽたぽたと落ちる。
「きっとこれは君にとって大切な物だったのだろう。勝手に見てしまい申し訳ない。この入れ物に戻しておくよ。お金を貯めて立派な墓を建てた時、この箱を埋葬するから」
アリシャは人形を黒い箱に再び入れ、テーブルに置いた。
箱はピクリとも動かない。
「お金を貯めるためにも私はこれからも剣を取らねば」
アリシャは決意を深めると、新たなクエストに向かった。
その時、冴木煉一郎にしか聞こえない声が部屋に響いた。
『警告。アイテムガチャのスキル進化により37秒後に箱は消滅します』