アリシャを怒らせてはいけない
俺はアリシャと共に森を抜けた。
「おお、あれがオルの町ですか!?」
「そうとも、200年前レオドール・ヴァン・オル15世が何もないこの平原にあの町を造ったそうだ。魔物が多いこの土地に町を造るため、まず外壁から造りそこから中の建物を建設した。最初は屈強な冒険者しか住まなかったが、冒険者相手の商人たちが住み始め、その品ぞろえからその他の人たちも集まり今のオルに発展したらしい。オルの町生誕100周年の際には、町の中心にオル15世の銅像が建立され今や観光名所、そして待ち合わせ場所としても活用されているんだ。その銅像の右手の雷光の杖はその昔……」
話長っ!!!
全然必要ない情報めっちゃくれるし!!
この人ひょっとして〝語りたがり〟な人なのか??まずいぞ、話をそらさなければ…!
「あっ、すみません靴ひもほどけたんで、先に歩いててください…!」
「靴ひも?そういえばレン、貴殿は変わった格好をしているが。そんな複雑にひもが絡まった靴を私は見た事が無い。君はひょっとして東のダーランド大陸からきたのか??あの未知の大陸の者ならばそのような靴を履いていてもおかしくはあるまい」
ダーランド大陸!?何ですかそれは!?一体どんなところですか!?
と、アリシャは聞いて欲しそうにこちらを見ている。
だが、聞けば恐ろしい情報量を話し始めるだろう。それは避けなければならない。
「ですよね~!俺ってダーランド顔してますよね!あははは!!」
しかし何故かアリシャが険しい表情に変わる。
「レン…貴殿はダーランドに住む者の事をしっているのか…?あの謎の大陸の事を知る者はこの国の中枢を司る人たちだけのはず…だが君は今顔について話をした。記憶が蘇ったのか?」
え?話題を変える軽い冗談にこんなに食いつかれる…?どうすりゃいいんだ?すっごい疑いの眼差しを向けられてるんですけど…。
「い、いえ。今ダーランドの事なんて話してないですよ!俺はだーらけた顔してるって言ったんです!」
「だーらけた顔??」
ダーランドという単語を強引にだらけさせたが、流石に無理があったか…?アリシャめちゃ怖い顔でこっち見てる…。
「だーらけた顔だと…??」
やばい、これ完全に怒ってるじゃん!
「だ、だらけた…ダーランド…」
ん??
「アッハハハハ!それは間違いやすいなあ!君は確かにだらけた顔をしているよ!フフフフフ!私の聞き間違いだな!!」
通用したー!!
アリシャピュア過ぎるだろ!騙されそうなタイプ過ぎて心配なるレベルじゃん!
「フフフフ!!」
駄洒落のくだりが終わってもう15分ほど経っている。
「君は面白い奴だな。フフフ…!だらけたとダーランドか…、フフフ!!」
アリシャは俺が強引に発した駄洒落を、ずっとブツブツ繰り返しながら1人笑っていた。
「全くもって君は本当にだらけた顔をしてるな!ハハハ!しかしだらけたとダーランドかあ!似てるかもなあフフフフフ!」
こんなに露骨に自分の顔を笑われたのは生まれて初めてで、俺はショックで何も言葉が出なかった。
てゆーかこの世界の人たちは笑いの沸点低すぎだろ!駄洒落以下の言葉にここまで笑うかフツー!
結局、オルの町に着くまでアリシャは1人笑い続け、俺は1人その屈辱に耐え続けた。
「ようやくついたな、この門から町に入るが憲兵の荷物チェックがある。まあ君は荷物を持ってないから咎められることは無かろう」
太った憲兵と痩せた憲兵が町に入る人々を検閲している。その検閲に長い列が出来ていた。
俺たちの順番が来ると太った憲兵はガラの悪そうな顔で言い放った。
「おいおいアリシャ!何だこの変な格好の男は!お前の奴隷か!?」
「奴隷ではない、森で彼に助けて貰ったのだ。記憶を失っているが悪い人物ではない。通してくれ」
「ふーん」
2人の憲兵は俺を上から下まで観察すると再び言い放った。
「駄目だ、こいつは入れる事は出来ねえ。怪しすぎる」
「いや、良い奴なんだ!入れてやってくれ!顔はだらしないが勇敢な行動をする見上げた男だ!」
貶されてるのか褒められてるのか分からないが、俺は黙って交渉の行方を見守った。
「確かにだらしない顔だ。うん、よくよく見るとかなりだらしねえな!」
「はははは!ほんとだ!だらしねえ顔してやがる!!よし、通してやる!行け!」
は??何で顔の評価で町に入れるんだ!?しかも低評価!意味が分からん!!
「良かったなレン。奴らは男前が嫌いでな、その顔だから通れたんだぞ。これが本当の顔パスって奴だなフフフ」
上手い事言ってんじゃねえ!!!
どんだけ人の顔で遊ぶんだこの異世界の奴らは!訴訟ものだぞ!!
と、心の底で憤慨するも、町の中を歩き始めると俺の心もワクワクした気持ちが溢れてきた。
「石造りの建物綺麗ですね~!おお屋台がある!あっ獣人にエルフ!異世界だあああ!」
正にファンタジーの世界を凝縮したようなこの町に、俺の興奮は治まらない。
「レン、本当に君は記憶が無いんだな。こんな当たり前の風景に感動するとは」
「そりゃ感動しますよ!夢みたいな世界ですもの!」
アリシャは苦笑するも微笑ましく俺を見守ってくれた。
そうこうするうちに目的の場所に辿り着いた。
「ここがオルの町の冒険者ギルドだ。記憶を無くした君に出来る事は冒険者として活動し、生きていく事だ」
「お、俺が冒険者できますかね…?さっきゴブリンに腹殴られたばっかりで、今もちょっと痛いくらい弱いんですけど…」
「大丈夫だ、戦う以外にも採取依頼で稼げる。しかしギルドに登録せねばクエストは受注できないのだ」
「なるほど!じゃあ是非登録したいです!」
俺はアリシャと共に冒険者ギルドに足を踏み入れた。
活気あふれるその場所には多くの冒険者たちがひしめき合っていた。
アリシャはカウンターの女性に声をかけた。
「すまんが彼がギルドに登録したい。手続きを頼む」
受付嬢は見慣れぬ格好の俺を怪訝な顔で観察している。
「彼は記憶を失っている、あまりそんな目で見ないでやってくれないか」
アリシャのその言葉に俺は思わずきゅんとしてしまった。俺が女なら今ので惚れてる!
「失礼しました、では情報登録の為こちらの水晶に手を触れてください」
おお!これって余りにも膨大な魔力に水晶が壊れるパターンのやつだ!
俺は高ぶる気持ちを押さえながら水晶に触れた。
すると受付嬢は気まずい顔で「うわあ」と呟いた。
「レベル1ですか…。ま、まあ登録は出来ますので…」
「レン、君はレベル1だったのか!5,6才の子供と同じじゃないか!君は本当に面白いな!ははは!」
その会話は周りに居た他の冒険者たちの耳に入っていた。
「おいおい!!あいつレベル1らしいぞ!ガキが何しに来たんだよ!」
「マジかよ!逆にどうやってレベル1を維持出来たのか教えて欲しいぜ!」
粗野な冒険者の嘲笑に、悔しさと恥ずかしさで居たたまれなくなる。てか何でレベル1からなんだよ!年齢20代くらいならそれに合わせたレベルにしてくれたら良かったじゃないか!ルミエル可愛い顔してやる事鬼だろ!
本来嘲笑う冒険者に言い返せばいい話なのに、こんな自分にしたルミエルに怒りの矛先を向ける。
臆病でねじ曲がった性格、それが冴木煉一郎なのだ。
「貴様ら黙れっ!!!」
救いの手を差し伸べてくれたのはアリシャである。
「力が無くても彼には勇気がある!お前たちにレベル1でゴブリンに立ち向かう勇気があるのか!?彼が立ち向かってくれたおかげで私の命はあるのだ!彼への侮辱は私が許さない!!」
「けっ!アリシャの連れかよっ!」「あの女口論なったらめちゃくちゃ話長くなるから面倒なんだよな」
「アリシャと口喧嘩だけはするなってのがこの町のルールだからな、もう止めようぜ」
みんな俺への興味を失ったのか、それぞれの会話に戻り始めた。
しかしアリシャの怒りは収まらない。
「まだ終わってはいない!!そもそも貴様たちはここで何をしている!?無駄話するために冒険者になったのか!?壁にある無数のクエストが見えないのか!?怠惰な姿勢で人をバカにするなど滑稽甚だしい!彼に向けた罵倒を自らに向けろ!それが出来ないのならばお前たちはこの町にとって害でしかない!町を出るか冒険者を辞めろ!」
捲し立てるアリシャに辺りの冒険者たちは困った顔をし始めた。
「お、おい悪かったよアリシャ…、もう止めようぜ」
「止めようぜ!?貴様たちが売った喧嘩だろうが!!しかも謝罪する相手が違う!!彼に謝れ!そして2度と侮辱しないことを誓え!」
「わ、分かったって。おい兄ちゃん、悪かったな。も言わねえから冒険者がんばりなよ」
「謝罪は敬語!常識!!」
「す、すみませんでした…。もう言いませんので許してください…」
「よし!」
こうして俺はアリシャの〝沙汰〟によって謝罪を勝ち取った。
しかしまだ話は終わらなかった。
次は受付嬢に視線が移される。
「君はギルドの職員でありながら冒険者の個人情報を声に出したな?」
受付嬢の顔が真っ青になる。
「す、すみません。レベル1が余りにも珍しかったもので…」
ギルド内に俺のレベルが広まったのは、どちらかと言うとアリシャの大声のせいだという事をアリシャ以外は皆知っている。
「今もまた口にしたな?ギルド職員のコンプライアンスの著しい欠如としか言いようがないな。で、君名前は?」
「あ、あの…ユノと申します」
「レベルは?スリーサイズは?住所は?貯蓄額は?性癖は?」
アリシャは鋭い視線で受付嬢ユノを睨みつける。
ユノは涙目で懇願し始めた。
「あ、あの…個人情報は申し上げられなくて…」
「貴様今しがた彼の個人情報をこれだけの冒険者がいる前で言い放ったではないか!なのに自分の個人情報は言えないだと!?つじつまが合わないぞ!?」
(注)何度も言うがアリシャの大声で俺のレベルは皆に広まった。
「で、ですので本当に申し訳なく…」
「申し訳ないと思うのならば私の質問に答える事が出来るだろう。職場の嫌いな人は?全身のほくろの位置は?」
ユノはとうとう泣き出してしまった。
「そうか、泣けば済むのならばこれからは私も君に会う度に必ず君を罵倒しよう。咎められたら私も泣く事にすればいいからな。涙とは便利なものだ」
とうとう別の職員が数名集まると、俺とアリシャは別室に連れていかれた。
そしてギルドマスターと呼ばれる人も現れ、職員一同深々と頭を下げるのだった。
こうしてギルドでの騒動は終わった。
他人の為にここまで怒れるアリシャに、俺は本当に感謝していている。
しかし、絶対にアリシャを怒らせてはいけない。
それが今回俺が学んだことだ。