其ノ九 崇志之章
「先輩! 本気ですか!?」
「これしかねぇだろ」
正直に言って、取り次いでもらえるかは分からない
それに、一般人に手伝って貰うのは規律違反だ
バレないだろうという楽観もある
しかし、俺の軽い処罰と失われるかもしれない命を天秤に掛けたら、どちらが優先かなんて問うまでもない
「先輩、もし取り次いでもらえなかったら?」
「そんときゃそんときだ。やるしかねぇだろ」
「バレたら減給ですよ」
「…………しょうがない」
那倉が呆れたとでも言いたげに溜息を吐く
なんだよ、言いたいことがあるんならはっきり言えよ!
◇◆◇◆◇
ミセス・マダムは存外に快く向かい入れてくれた
流石高級住宅、一階のフロントにチャイムがある
「どうぞぉ~」
幾重にも張り巡らされた認証システムを越えていくと、デブ……じゃなかった
ふくよかな女性が玄関から向かい入れてくれた
正直向かい入れてくれるかどうか分からなかったが、杞憂だったようだ
因みにミセス・マダムの本名は篠崎麗子と言うらしい
なんともお似合いで
「突然の訪問にご対応頂きありがとうございます」
「そうザマスね、れんちゃんは学校に行ってるから、ここに居るのは私だけザマス」
これがただ親切で入れてくれてるんなら良いんだけど、うう……悪寒が
「今日は何の用で?」
「実はかくかくしかじかで」
「先輩、かくかくしかじかじゃ通じませんって」
「なるほど、分かったザマス」
「つ、通じた!?」
っと、今はふざけてる場合じゃない
早く本題に入ろう
「実は———」
俺は今の事件の事、それを解決するためにミセス・マダム事麗子さんを訪ねた事を話した
無理だと言われたら直ぐに引き下がろう
「それじゃあベランダを使うといいザマス」
「いいんですか……?」
那倉が呟いた
余計なことを……
何も言わなきゃ良かったのに
「これも何かのご縁ザマス。良ければれんちゃんに色々と良くしてやってくれたら嬉しいザマス」
おお、意外にいい人
時間がない、早速だが、捜索開始と行くか
「では、ベランダをお借りしますね」
「ええ」
◇◆◇◆◇
「意外に気前がいい人でしたね」
「ばか、麗子さんに聞こえたらどうすんだ」
「すみません」
俺たちは今、双眼鏡で索敵をしながら、怪しい人物を見つけ次第報告するという行為を繰り返してりかえしていた
怪しい奴はいるんだけど、確定ではない
このまま犯人が何かやって終わりかも知れない
とはいえ、できうる努力はしよう
『こちら春日部、銃は所持していませんでした』
「了解」
今の通り、犯人ではなかったことが多々ある
だが収穫がいくつかある
一つ、少なくてもここから見えない所にいるという事は、裏路地にいる可能性が高いという事
二つ、聞き込みを続けている内に、犯人らしき人物のいるに検討がついてきた
銃砲火薬店からは銃を何丁も盗っていったのだ、目立たないわけがない
もしかしたら違うかも知れないが、怪しい人物が浮上した
曰く、ゴルフのラケットケースらしき物をいくつも担ぎ、明らかに体躯と合わない服装をしており、その服は内側から膨らんでいたと
これ以上無いほどに怪しい
それにその人物は防犯カメラの位置を避けて通っている
ほぼこの人物で確実だろう
今は発見された範囲を重点的に探している
三つ、麗子さんが淑女のような対応をしてくれていることだ
麗子はその見た目と合わず以外に気が利き、飲み物等を持ってきてくれる
これで見た目と口調が良ければ最高だったのに……
という感じで収穫が多くあるのだが、問題もある
一番、というよりこれ以外にさしたる問題はないのだが
単純にここからだと双眼鏡が届かないのだ
そのため、今はより性能のいい双眼鏡を那倉に本庁に行かせて持ってきて貰っている
知り合いのマンションを使わせてもらっているとでも言えばいいだろう
つまり問題点もじきに解決する
しかし、見つかる可能性は依然として低いままだ
油断はできない
「文博さん、どうでしょうか」
後ろから声がした
麗子さんだ
「そうですね、怪しい人物は大体の場所なら見つけましたが、発見、確保には至りません」
「そう、ですか」
麗子さんはそう言って俺の隣に腰かけた
腰かけると言っても、ベランダに椅子などないので、手すりにもたれかかってるだけだが
「……………」
「……………」
沈黙が辛い
何か聞いてほしいことでもあるのだろうか?
「あの、今日はどうしていれてくれたのどしょうか……?」
……ヤバいことを聞いてしまった自覚はある
なにも言わなかった方が良かったかもしれない
しかし言ってしまったものは仕方ないということで……
「そうザンスねぇ……、れんちゃん――息子のため、ザンスかねぇ」
「ほうほう、そうですか、分かりました。成程、それは納得ですね」
「……貴方」
麗子さんがジト目で見てきた
申し訳ございませんでした……
「何故ご子息が関係してくるので?」
「れんちゃんはねぇ、昔っから何もかもが長続きしないんザマス
そう、初めは絵だったザマス。ワタクシは精一杯支援して、いい道具と家庭教師を揃えたザマス。でも、その数か月後には絵をやめたザマス」
なんだかいきなり長くなりそうな雰囲気
「次はピアノだったザマスこれも、色々と揃えてやったザマス。その数か月後には……
その次は剣道、これはもっと早くて、一か月も……
次はプログラム、次は小説、eゲーム、ファッション、医療、演技、格闘技、映画監督、他にも色々と
……最近じゃ一週間ぐらいで何もかも投げ捨てるようになったザマス
そして、ワタクシはその全てを精一杯支援したザマス
……そして、この間は警察官だったザマス。ワタクシは困りました。どう手伝えばいいか、分からなかったザマス……
そして、警察官は半年ぐらい続いたザマス
ワタクシは、絶対にやめて欲しくなくて貴方達を呼んだんザマス
そして、その次の瞬間には、やめると言い出して……
貴方達に迷惑をかけたという自覚はあるザマス」
「それであの金、ですか」
なるほど、それにしては額が大きかった気もするが、言わぬが花だ
きっと麗子さんは思っていたよりも更に大金持ちなのだろう
「ええ、今回この部屋に入れたのは……、れんちゃんに、夢を与えてあげて欲しいザマス」
「夢、ですか。ご子息に警察官の魅力を教えて欲しいと」
「ええ……」
ううむ、時間はある。別にやってもいいが
やってもいいのだが、そこまで行くとこの家族と深い関わりを持つだろう
最後まで付き合うことになるかもしれない
まあ、そのときはそのときだ。ガキの面倒ぐらいいくらでも見てやろう
「分かりました。その願い、謹んでお請けしましょう」
「ありがとうザマス」
そもそも、れんちゃんとやらが途中でやめる理由はなんだろう
聞いた話からすれば、ただの飽き性の気もするが
まあ、その場合、俺が叱ってやろう
話が一段落ついたものの、麗子さんの顔は晴れない
……あれ? そういえば俺らがこのマンションに初めて来た時にゾンビ映画見てなかったっけ?
「あのゾンビ映画は麗子さんが見てたんですか?」
「――ッ!!」
麗子さんが猛烈な勢いでこっちを見てきた
その顔は焦燥で埋め尽くされ、ツーっと、汗が滲み出ている
「どうしま――」
と、その時チャイムがなった
那倉が来たのだ
ここはお高いマンションだから、住人が行かないとロビーの自動ドアが開かない
麗子さんは、直ぐに動いて、那倉を迎えに向かう
さっきのは何だったのだろう……
◇◆◇◆◇
暫くして、名倉がなんとなく凄そうな双眼鏡を持ってきた
これで遠くまで見れるし、近くも細かく見れる
「サンキュ」
「何かありましたか? 麗子さんすごい顔してましたよ」
「ん〜……まあ、あったと言えば、まあ」
曖昧な返事をしておいた
◇◆◇◆◇
探しどころは、怪しいゴルフラケットを背負う人、ここでは容疑者A、略してAとしよう
Aの先程見つけた場所から徒歩で行けそうな所を探す
流石性能のいい双眼鏡
遠くまでよく見える
ぐるりと見回してみても、Aは居ない
人をあの周辺に集めてみるのもいいかも知れない
よしそうしよう
「機動捜査隊第3科に告ぐ、豊島区、二番地から四番地を集中捜査。班に分かれて包囲せよ」
これで何か得られればいいが
「怪しいのは裏路地とあの廃校だな」
「それも皆が着けばわかるでしょう」
「そーだな」
俺たちに出来るのは、待つことと、あと捜索もできるか
と、その時、例の廃校へと入る一つの陰を見つけた
「子供……か?」
不味い。あそこにはワンチャン犯人がいるから、このままじゃ
「クッソ、那倉、本部に連絡入れる準備をしとけ!」
「どうしたんですか突然?」
「子供が入ってった!」
「うえっ!?」
那倉は変な声を出した直後、即座に動き出した
麗子さんが心配そうにしていた
「機動捜査隊第5科、総員木張小学校に集合。子供が一人入っていった。大至急頼む」
◇◆何日間か前◆◇
ある墓所で一人の少年がいた
その日は快晴で、雲一つない
少年は、それに似合った満面の笑みで墓に向き合っていた
「きいてよー、今日お母さんがね、けーかんさんを変なよびかたでよんだんだよ。なんかね、自転車が無くなったとか。自転車なんてもってないのにさ」
少年はまるで何かがそこにいるように会話していた
否。少年は応答が来ないことを知っていた
しかし、“仲間”がその言葉を聞いていることを知っていた
「あっ、おじさん!」
「おじさんじゃなくてお兄さんだろう? 今日もここにいたのか。あまり、お母さんを心配させるようなことはしちゃいけないよ」
「だいじょうぶ。おじさんはどうしたの?」
「私かい? 私は……いや、れんくnは今日もお友達と?」
「うん。皆ずっとひまみたいだから、たまにこうやってお話してあげないといけないんだ。ねー」
少年は墓標に話しかけるように問う
しかし、返事は来ない
「そんなことやってるよりも、人のお友達とは遊ばないのかい?」
「だめだよ。死者が、生きてる人に深くかかわっちゃ」
「でも、れんくんは生きているだろう?」
「おじさんはたまに変なこと言うよね。今日は何しにきたの?」
おじさんと呼ばれた男――小戸堂満は顔を伏せ、暗い影を灯す
「今日は、決意を固めに。この間はあいつがいなくて拍子抜けだったし、今回は関係ない人も巻き込む」
「ふーん。がんばってね」
「ありがとう……」
小戸は優しげな瞳の中に憎しみの、復讐の、赤く、それでいてどす黒い炎を宿していた
その瞳をみて少年が
「ねえおじさん。死ぬつもり?」
「……いや、死ぬ気は……参ったな。れん君には隠せれない。私はこれからとても、とても大事なことをする。でも、それはれん君には関係ない。関わっちゃだめだよ」
「ボクはもう死んでるから、いや、死ねないから、命をすてるなんてのはないんだよ。それに、ボクは天国じゃなくてここにいるからさ。その分、やらなきゃいけないことがあるって思うんだそれが、人助けだって思うんだよ」
少年は自らの首を絞めるようにに手をかける
「じゃないとボク、この世にいちゃいけない気がするんだ……ごめん、死ねない人のもうそうだよね」
「そんなことは……。いや、分かるよ。私もあのことがあってからはずっと罪悪感に苛まれてきた。なんで助けてあげられなかったんだろう、なんであいつなんかを友達だと思ったんだろうってね。それから復讐を誓ってからは幾分かマシになって……やめようか」
少年は分からないといった様相を呈すように首をかしげる
この少年には、小戸のような過去はなく、ただ平和に生きていた最中に階段から転んだ
しばらくすると目が覚めたが、なにやら不安感があった
そして、その不安は次第に大きくなって行き、漠然と自分は死んでいるという感覚に囚われた
死んでいるのに、この世界にいる
まるでゾンビだ。と少年は思った
そして、心の安らぎを死人や同類であるゾンビに求めるようになった
しかし、少年はそれを嘆き、自分は死のうにも死ねないのだと思うようになった
少年はこの世界でできることがあるのでは? と考えた
それが、人助けだった
自分は死ねない。なら、それを利用して死ぬはずの人を助けようとしていた
それは、世に言う『ウォーキングデット症候群』正式名称は『コタール症候群』と呼ばれるものだ
世界に100人しかおらず、症例が少ないため、未だ家族と少年はその存在の確証に至っていなかった
小戸も、精神疾患を患っているとは察しながらも、ここまであからさまならば家族も気づいていて、医者にかかっているだろう、ならば陰ながら話し相手にでもなろうと考えていた
「れんくんの気持ちは分かる。分かるが、連れていけない」
「ねえ、おじさん、ボクって、人助けできなきゃ、ただつらいだけだよ。死のうにも死ねないし、ボクは、ねえおじさん、ボクがこの世界にいる理由って、人助けじゃなきゃ何だっていうのさ! おねがい、ボクをたすけてよ」
小戸は助けを求むの声に弱かった
深く、深くため息をつき
「おじさんじゃなくて、お兄さんだろう。……一緒に来てくれるかい? れんくん」
「うん!」