其ノ七 繋語之章
目覚めたとき、初めに目に飛び込んだのは白い天井だった
ここは、病院か?
「起きたか」
声がした
悪、と声高に叫んでいた男の声だ
右を見ると、そこにはやはり男の警官がいた
そこで思い出した
あの殴り合いの後、僕は気絶していた
最後の会話は、そうだ、この人を逃さないように、ろくに思考出来ない頭でついた嘘
『悪を滅する』
そう約束したのだ
そしてその言葉に男の警官は、明らかに心が揺れ動いていたはず
それで病院にいるのか
「あの、ここは病院で、どこの病院ですかね?」
「勘違いするな、俺はお前のことを信用してない。お前は“悪”だからな」
ならば何故、警官に連れて行かなかったのだろう?
矛盾している
僕が悪というには、証拠が足りないからか?
違う
さっき男の警官は言っていた『お前は悪だからな』、と
どういうことだ
「名前を、聞いても?」
こういう時は、距離を近づけることが大事だと、どこかで聞いた気がする
距離を近づけるには、名前を聞くのが一番いいはず
「牧瀬堂満だ。お前は?」
「僕は……じゃあ伊藤で」
ここで笑うのも忘れない
しかし、牧瀬さんはお気に召さないようで
「じゃあぁぁ?」
「本名ですよ」
牧瀬さんはなおも訝しげな視線を向けてくる
これは距離が遠くなった気がする
「まあいい。そんでこっちが本題だ」
牧瀬さんはそう前置きをして、言った
「お前、“悪”を滅ぼすって、言ったよな?」
僕は、牧瀬さんのことを少し、勘違いしていた
もう少し、人を見る目がしっかりしていると思っていたけど……
違った
牧瀬堂満は、馬鹿だ
ドがつくほどの大馬鹿者だ
僕のことを悪だと、頭で分かっていて
信用ならないと、分かっても尚、騙される
「ハハッ」
「……なんだ?」
「いえ、何でも」
「お前が“悪”を滅ぼす方法が分かんねぇ、ってんなら、協力者になれよ」
「協力者……?」
「俺が今まで“悪”を滅ぼすのに、手探りでやってきたとでも思ってんのか?」
つまり、牧瀬さんが今まで使っていたシステムを僕が使ってもいい、ということだろう
悪人が勝手に入ってくるシステム……警察のことか?
いや、僕の歳からなるのは難しい
ないとは思うが、牧瀬さんだ
あの大馬鹿者だ。あり得る
「そのシステムが、警察のことなら、多分、今からなら僕は資格を取れませんよ」
「警察も確かにシステムの1つではある。だが、他のシステムのことだ」
他のシステム……
何がある?株でも使って人手を集める……?
違うな、そんな資金が牧瀬さんにあるならまだしも……あるのかも知れないな
と、考えていた所で、牧瀬さんはそのシステムの説明をしてくれた
曰く、そのシステムとは
『復讐屋』
漫画のようなシステムだ
犯罪を逃れた権力者を私刑で裁いたり
服役期間が終わった人間を、裁いたり、といったことをしていると言う
「来週までにはここに来い」
牧瀬さんはそう言って住所の書かれた紙を渡してきた
「了解したました」
「じゃあそれだけだ、他のことはまた今度な」
「はい」
牧瀬さんはそうして帰って行った
いつ頃に行こうか
できるだけ早い方が良いだろう
明日は、結月が帰ってくる初日だから、遊ぶから
明後日以降か
「ク、ク……」
それにしても馬鹿だった
どういう思考回路してればあんな結論になるんだ?
「クハハハ」
でも、僕はそんな牧瀬さんを
好ましく思う
「アッハ! ハハハハハハ!」
病室にただひたすら、笑い声だけが響いていた
◇◆何時間後か◆◇
「お兄ちゃ~ん?」
突然、病室の扉が開いて結月が入ってきた
スーツ、似合ってないなぁ
「大丈夫……? さっき牧瀬って人から連絡きて、目が覚めたって」
どうやら牧瀬さんは結月に連絡を入れていたらしい
いつの間に……
かばんを置いていったから、その時かも知れない
いや、確実にそれだろう
「ねえ、ほんとに大丈夫?」
考え事をしていたら返事を忘れていた
「大丈夫。ピンピンだよ」
「ピンピンって古臭いなぁ」
結月は、妹……正確には義妹だが、妹と呼んでいる
たしか母ちゃんにそう言えって言われてたんだったっけ
まあそれは良い
「おはよう。何日ぐらい寝てたっけ?」
「1日も経ってないけど……」
牧瀬さんはどれぐらい寝てたかとかは聞かせてくれなかった
聞いたら『他のヤツらに聞け』と、突っぱねられてしまった
あまり好いてはくれていないらしい
「顔……大丈夫?」
「え?」
そう言われ、顔を触ってみる
ジュク、と、爪痕に血が滲む
それ以外は少しの打撲とかすり傷程度しかない
顔とは、この爪痕のことだろう
「これは、あんまり気にしないで良いよ。ほら、寝ぼけて引っ掻いちゃったって言うか……ね?」
「そんなことないでしょ……本当に大丈夫?」
まだ納得はしてくれてない
褒めたら誤魔化せるか……?
「そんなことより、このスーツ……似合ってる……ね」
「ウソつけ。私だってスーツが似合わないことぐらい分かってるんだから」
自覚しているのか
それなら何故スーツを着ているのだろうか?
まあ、あまり触れないでおこう
「留学は、どうだった?」
「普通だったよ。普通に大学に行って、英語を学びながら色んなコト盗んで」
「盗むって」
「まあ、この調子なら多分、試験は余裕だよ」
「そっか……」
確か結月の夢は英語の教員だった
わざわざ留年する程ではないだろうに、と思ったものだ
今でも思っているr
「そうだ。僕ってどれぐらい入院してればいいのかな」
「さあ。あんまり長くはなさそうだけどね」
それからは久しぶりに会ったから、積もる話もあった
こっちではなにがあったか。これからどうするか。昔話なんかもした
結月が暫く泊まるは事前に決まっていたことだが、僕の部屋に決まっていた……というのは母さんが勝手に決めていた事らしく、結月は住居が決まるまでネカフェに泊まるそうだ
留学から帰ってきて、大変だろうから手伝えることがあれば手伝おう
僕は夜頃に退院とのことで、結月は先に帰って行く
鍵を渡したから、家に取り敢えずそこで荷片付けをしておけ言っておいた
そしてその数時間後、僕は包帯を巻かれつつも、家に帰る
◇◆◇◆◇
「よっ」
家の前に来ると、伯父がいた
片手をあげて、ちゃぶ台、はないからベットの上に座りテレビを見ていた
「あ、お兄ちゃんお帰り〜」
「ただいま……伯父さんは、何でいるの?」
「特に……あっ、そうだお前のこと心配して来たんだよ」
伯父さんに何か言われることはないはずだが……
うん、何もない
「この調子じゃ、あ〜んま気にしてなさそうだな」
「……? なんの事……?」
「おお、結月から聞いてたが、顔の傷ヤベーな」
無理のある話の転換だ
まあ、いいや。気にすることでもない
「まあ、それはいいとして、今日は結月も帰って来たし、パーッと宴会でもしよ〜や!」
伯父さんはそう言って太ももをパシッと叩いた
宴会か、ちょっと疲れてるけど、まあいっか
「……お兄ちゃん、もう色々買っちゃったし、お兄ちゃんの退院祝いだとでも思って、さ?」
「了解。じゃあ、何時ぐらいまでいるの?」
「おー、そうだなぁ、10時までにゃあ帰るよ」
「オッケー」
結月が許可を出した所で、宴会……? の準備が始まった
といっても、語るところはなく、ただ料理の手伝いをしたり、片付け等をしていた
淡々に、言葉もなく……多少話はしたが……
ここ1、2年は仕事で伯父さんとも会えてなかったから色々と楽しみだ
会えていなかったといっても、伯父さんの務める警視庁へと迎えに行ったり、数日に何回かの通話したりをやめたぐらいだ
……こう考えると、僕は結構伯父さんっ子だった気がする
普通は仕事の送り迎えなんてしないし、電話なんて数ヶ月に一度、あるかないかだろう。近い所に住んでるんだから、寧ろ一回もない方が自然だ
そうこう考えてる内に宴会……帰国祝いと言おう
帰国祝いのが開始した
◇◆◇◆◇
帰国祝いは、なんら滞ることなく続いている
不満があるとするなら、食事だ
人のニクではない食事は、舌鼓が打てなかった
決して不味い訳ではない
しかし、何かが足りないのだ
そう思い、冷蔵庫から課長を取り出して、焼肉のたれで焼いて食べてみるも……あまり満足しなかった
前はあれほど狂喜乱舞して食べていたというのに……
何かが足りない
スリルだろうか
「美味しいけど、ちょっと生臭いかな?」
「賞味期限大丈夫か? これ」
とは、結月と伯父さんの言である
まあ、少し共感できる
もっと、牧瀬さんの味は違った……
僕は、牧瀬を喰べてしまったから、もう課長では満足出来なくなったのかも知れない……
そうか、そうだな
牧瀬さんがこんな課長と一緒な訳がない
◇◆◇◆◇
「それなのにかちょぉは、てめぇは自分の仕事すらできねぇのか、って言ってるんだよ!」
「酷い奴だなぁ~、ひっく、俺だったらこうして、こうだね! シュッ! シュッ!」
「二人とも酔いすぎ……」
と、結月がシャドーボクシングを始めた伯父さんを見ながら若干引き気味で呟いた
寧ろ結月は酔わな過ぎだ……
「結月ぃ〜、お前ももっと飲めよぉ〜。もう飲める年齢だろぉ〜? もう、もう、もう俺と飲めるんだよなぁ……………あんなちっちゃかったのになぁ〜……あれ? 涙?」
「はいはいそーですね」
どうやら伯父さんは泣き上戸だったようだ……知ってたけど
と、突然に伯父さんが何かに気づいたように顔を上げた
「うっし、スマシズやっぞ、ラァア!」
スマシズ――『大乱戦スマッシュシスターズ』
子供の頃によく家族皆でやっていた記憶がある
伯父さんも、それを思い出したのだろう
でも、ここにスマシズはない。実家にはあるだろうけど……
「よぉ〜し、スマシズ買いに行っゾォ〜……!」
「今から行くの?」
「金ならある! 今日、ちっと小遣いば貰ったけんなぁ」
「何弁なの……」
結月はそう言いつつ、結月の顔程もあるステーキ……?を大まかに切って口に放り込んでいる
その後、ワインをラッパ飲みして、ご満悦な様子で「プハァ」と、声を漏らしている
大食いかつ、酒豪なのだ。結月は
「結月は待ってろ、男衆だけで行ってくる!」
「ハイハイ、行ってらっしゃい。あ〜、そうだ。ついでにご飯の追加もお願い〜」
「結月……そんなに食べて大丈夫か?」
「むぅ……気にしなぁ~い気にしなぁ~い! 今日は宴会じゃあ〜、パァ〜っと行こう! パァ〜っと!」
ま、いっか
少し酔いすぎた自覚もある
酔いを覚めるためにも、夜風にあたった方がいいだろう
「じゃあ、行ってくる!」
「行ってら〜」
伯父さんが手を掲げ、結月が返事を返す
ここに母ちゃんがいて、何でも色恋沙汰に繋げていれば、6年前の構図の出来上がりだ
少しセンチな気持ちになった所で、部屋を出ていった……
と思ったら伯父さんが「あ、財布忘れた」と、言ったので、すぐに踵を返して戻った