其ノ五 逃錠之章
外で待ってて少ししてから男の警官が出てきた
星宮さんはどうやらいないようだ
「少しすることがあるのでこちらに来てもらっていいですか?」
そう言って男の警察官が近づいてくる
それと同時にちらりと見えた光
あれは、鉄、それも手錠
手錠……手錠?
一も二もなく飛び出した
課長のことがバレたとか
早く逃げよう、逃げなきゃ捕まる
このトラウマから逃げるようだが、違う
これは警察から逃げているだけだ
それだけだ
◇◆◇◆◇
ある程度走った所もう男の警官がいないことにで気付いた。
なんでかは分からないが、ひとまず安心した
荒い息を整える為にゆっくり歩く。昔、中学の持久走の時に習ったもので、突然止まったら危ないというものだ
ここはどこだろう……無我夢中で走ってたから道を考えてなかった
辺りはもう暗い。さっきは夕方だったから今はもう夜だろう
特に用事はないけど、早く帰ってしまいたい。今はもう疲れた
家にはGougeiマップで帰ればいい……あれ?スマホどこやったっけ?
星宮さん達を待っている時までは持っていた
いや、あそこでカバンを床に置いて、そのまま
僕は頭を抱えて、歩くのも中断してしゃがみ込む
やってしまった!スマホあの中に入ってる!
……不味い、それじゃここが何処かも分からないし、家の場所も分からない!
不運に拍車をかけるように物音がした
僕はとりあえず慌てて隠れる
ここはまあまあ広い裏路地で、隠れる場所なんて幾らでもある。室外機の影、ビルの梯子を登った所、それにゴミ箱まで
僕はその内ゴミ箱に隠れた。不幸中の幸い、生ゴミじゃなくて可燃ゴミのゴミ箱だったから良かったものの、もう一個隣のゴミ箱に隠れたらと思うとゾッとする
僕は臭いゴミの中で耳を澄まし、僅かな隙間から辺りを覗く
ゴミの中から見えたのは出動帽――警官の被る帽子――、に酷い隈、キセルを幻視する位の如何にもな刑事。さっきの警官だった
思わず隠れたけど、隠れてよかった。ゴミ箱だったのは少し遺憾だけど、それも捕まるよりかはいい
「どこ行ったクソガキが! クッソ、出遅れた!」
男の警官が慟哭してから出動帽の地面に投げ捨てる
相当、荒れてる。なにかあったのだろうか? もしかしたら俺のせいかも知れないけども……
そして『クソガキ』というのは僕のことだろう。言葉から察するにまだ僕のことを探しているのだろう
ゴミの中から男の警官の方を見やる
男の警官はキョロキョロしながら道を確認している。手元にはスマホがある。マップでも見てるのだろうか……?
不味い、こっち来た
僕は目元もゴミの中に埋める
ツカツカと、男の警官の足音が聞こえる。それと同時にハエの羽音も聞こえて不快だ
とはいえ今騒げる状況じゃないので我慢するしかない
男の警官の足音が止まった。遠くに離れた訳ではない、唐突に止まったのだ
「あいつが6キロ位で走ったとしたら、ここらへんの筈だがな。捜索網が甘いか? 聞き込みじゃあこっちに来たって話だったが……。隠れてるかな」
再び、男の警官の足音がした
段々と離れてゆき、今度は唐突にではなく、ゆっくりと音が聞こえなくなって行く
この感じは行っただろう
もう我慢の限界……出よう
そう考え、ゴミ箱の蓋を中から開けて出る。その時に細かいゴミが体や服に張り付いてきて、それを手で払いながらゴミ箱から足を上げる
でも、隠れてるとか言われた時はヒヤヒヤした。結局、何もなかったけど、勘付かれてた
それに、目撃情報か……なるべく人目の無い所を行かないと
臭いにおいき顔を顰めつつ考える。その時に何となく周りを見渡してみた
目が、合った
見えた先にいたのは、言わずもがな男の警官だった
ここの道は一本だった、失念していた……足音が聞こえなくても見える範囲にはいたんだ
あちらも驚いたようで、目を見開いていた
距離は300メートルメートルほど
これなら全力疾走されたら、30秒位で追いつかれる。早く逃げなければいけないだろう
少しだけ、足が竦んだけど気づいた時には走り出していた
ちょっと前とは違い、焦りは少なかったためか、まだ余裕はあった
後ろから来る男の警官もちゃんとわかる。周りの状況も
「待てお前! ちょっと署に来てそのまま刑務所入って貰うだけだ!」
「それが嫌なんですよ!?」
男の警官は僕よりも少し早い程度のスピードで追いかけてくる
ここは一本道、まずはここを出ないことには始まらない。でもその前に捕まる気がする
なにか足を阻む物がいる
パッと思いつくのは、隠れてたゴミを拾って投げる。もしくは突っかかるか……これは最終手段でいいだろう
とはいえ、途中でゴミを拾ってたりしたら追いつかれる
障害物だって何もない。しかも手ぶら
梯子……!
この壁のどこかに梯子があった筈、ゴミ箱に入るか迷った時に見た
タイムロスになるかも知れない。でも一縷の望みに賭けるしなかい
見渡すと、すぐ右に梯子
男の警官との距離は250メートル、梯子までには追いつかれない
僕はそのまま梯子に向かう
「それは悪手!!」
男の警官が叫ぶ
それは叫ぶだけの余力を示していて……今はそんなこと関係ないか
確かに悪手かも知れないけど、今はそれしかない
男の警官との距離は225メートル
梯子についた
ドタドタと音を立てて梯子を登る
梯子のかかっているビルは少なく見積もって3階以上だろう。まだこの先に希望はあるかも知れない
数十秒遅れて男の警官も梯子を登ってくる
距離は200メートル位
しかし、このままじゃやっぱりジリ貧だ。なにか手はないだろうか
ここの上からなにかを落とせばある程度は距離を離せるだろう
とはいえ、落とせるものは何もない。梯子には囲いがあって周りにベランダなんてものもない
囲いは結構錆びついていて、脆い。それが狙い目
上手く行けばうなじに当たって殺せるかも知れない。そうすれば面倒事はこれ以上なくて済む
一番脆そうな所はあそこ、少し遠い。着くまでには追いつかれないだろうが、取れるまでは相応の時間がかかる
それが、時間が掛からなかったら助かる。逆に取れなかったら捕まる
それが、一縷の望みの賭けだ。僕が思いつく最大の作戦