表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

其ノ四 爪痕之章

 時刻は夕方過ぎ。東京の郊外までは行かないものの、都市部の隅ら辺の4階建のタワーの前に立っている

 僕は、退職届を出すために務めていた会社の前に立っている


 もう帰ろうか、という考えはない

 これはケジメなのだ

 課長と、この会社と、僕の、繋がりを断つ最後のケジメ


 罪悪感が湧く

 課長を殺した時は何も感じなかったのに。あの時は気分が高揚していたというのもあるだろうが、他の要因が強い

 僕のトラウマはこの会社にあるんだ。この会社にいる限り、僕は……


 少し憂鬱になったが、大丈夫、もう辞めるんだ。もう課長は居ない。居ない

 僕が課長を殺した。もう何も怖がる必要は無いんだ

 理不尽な先輩も、よく訳も分からず絡んでくる奴らも、未だこの地獄から解放されてない社畜も。全部関係ない

 これから、僕が関係を断つ


「帰ろう……」


 これは僕の声じゃ無い

 少し前の僕と似たような声……疲れ切った声

 でも、活き活きとしている。単純に疲労で疲れたってだけだろう

 僕もこの会社に入って数日はまだそんなだった気がする


 少し気になって目を向けると、そこには見知らぬ人

 まだ若い。就活に来てブラックを目の当たりにしたんだろう

 僕もあれくらい思い切りが良かったらな……


 すると、青年がこちらにも気付き、目が合う

 青年は今までの疲労を吹き飛ばすように顔が驚きで満ちる

 ワイシャツを崩して駆け寄ってくる。距離は十何メートル程なのですぐにこちらに着く


「……大丈夫ですか?」


 青年が話かけてきた

 気付けば、僕は会社のあるタワーの入口で蹲っていた

 そんなに心が弱いつもりは……なかったのだが。無意識で蹲るとか、相当おかしい


「大、丈夫です。すみません」

「……? それなら良かったです。そうだ、ここに中年位のおじさん来ませんでした? 見てたんだったらどこに行ったか分かりますか?」


 青年は僕が顔を上げると一瞬驚いたような、不思議がるような顔をする。多分あの引っ掻き傷のせいだろう

 でも、倫理観があまりないのだろうか……すぐにカラッとした表情に戻る。僕だったら言い訳をして逃げるだろう、もしくは怯えるか……


 まあ、それはいい。この青年は人探しに来たのだろうか?

 そうだとしたらこんな所に来るのは誰が来るのだろう。まだ仕事から帰る時間じゃない筈。仕事じゃない可能性も全然あるけど


 そういえばこのタワーの僕のいた会社以外の階って何があったか?

 確か1階には何かの事務所があった気がする。2階は僕の会社だし、3〜4階は何があったかすら覚えてない


「そうですか。お時間取りました。それではまたどこかで」

「はい、また……」


 青年は立ち行こうとしてからふと、足を止める

 そして振り返り、また寄り添うように話し始める


「何かありましたか?どうせなら家まで送って行きましょうか?」


 会社の前で蹲っていたからだろう

 青年は心配の面持ちで語り掛けてきた


「大丈夫です。まだここに用事があるので」


 見かたによってはこの人はお節介なのかもしれない。でも少なくとも僕は良い人だ。と感じた

 本当に良い人だ、喰べてしまいたいくらい


「本当に大丈夫ですか?顔色悪いですよ。ここの課長に親しい人ですか?」


 課長!!

 何で今そいつが出てくる!?

 親しい人?そんな訳無いだろ。何で突然……?


「ああ、すみません。デリカシーなさ過ぎでしたね。ほんと、すみません」


 無意識に酷い顔になってしまっていた

 これは課長への怒りから来るもので、決してこの人が悪い訳じゃない

 悪いのは課長で、僕だ……………少し落ち着いた。謝ろう


「いえ、こちらこそすみません。親切にしてくれたのに……僕は大丈夫ですので、それでは」

「はい……あの、辛かったらここに連絡くださいね」


 青年はそう言って徐に名刺を取り出した

 【警視庁、機動捜査隊、第四機動隊、那倉平羅】そう、書かれていた


「那倉……さん」

「はい、もう、大丈夫そうですね。私の先輩の言葉ですが、面倒ならば後回しでいい、って言葉がありますから、何か今からやろうとしているのなら、また今度でもいいんじゃないですか?」


 なんというか、伯父さんのようなことを言う人だ

 そういえば伯父さんも機動捜査隊だったか

 もしかしたらこの人は叔父さんの後輩かしれない。だとしたらどうということは無いけど


「それは、駄目な人ですね」

「……そう、ですね」


「それじゃあ、今度こそ」

「ええ、また」


 今度こそ、本当に那倉さんと別れた

 いつの間にかあの気持ちは薄れていた。とはいえ、完全に消えた訳ではないけど

 那倉さんには沢山感謝をしないといけない

 もう、大丈夫だ。行こう


 僕は、課長がいて、厄介な上司がいて、まだ社畜だった僕がいて……

 そう、Nさんの言う通りだ僕は苛められて、会社の為に死ぬまで働く。自主的にとは行かなくとも僕は、社畜だった

 上司の言いなりになって、課長の言いなりになって。死ぬまで働かなきゃってなってた

 寝る間も惜しんで仕事して、仕事して、たまに【バトルアース】して

 多分【バトルアース】が無かったら今頃生きてないと思う

 今はもう自殺してたと思う


 そんな過去を与えたこの場所に、足を踏み入れる。生半可な事じゃない

 でも、今僕には皆んながいてくれたから。入れる

 Nさんに加瀬さん、それに今会ったばっかりだけど那倉さんも

 それに、トラウマの根本である課長を喰ったから。征服したから。それが大きいだろう

 あの経験は僕の糧になったと断言出来る。あの出来事があったからこそ、僕はここに立っていられる

 ああ、感慨深いな、まだ課長を喰ってから一週間位しか経ってない筈なのにな


 薄汚れたドアを開けて入口に入った

 二年間、慣れ、忌み嫌ったタワーの入口

 でも、違うところがあった


 しかし、人通りが少ない。この時間は社畜とされた人間意外、帰る間際の時間だ

 何故、そんな時間に来たのか? 理由は一つ、嫌がらせだ。しょうもない、子供のやるような嫌がらせ


 しかし、それよりも気になることがあった

 そこは、僕の勤めていた会社の仕事場のあった場所だった

 そこには警察がいた。警察がいて、何かを調べていた

 何故だろうと思ったのも束の間。警察に捉まった……捉まったと言っても物騒な意味ではなく、会話に捉まったというか、何というか……なんかちょっと前のデジャブな気がする


「君、こんな所に何をしに来たのかな?」


 突然話しかけられて体をビクつかせてしまった。声のした方向を見るとまず爛々とした目が目立った

 女性の警察官。25歳かそこら辺だろう

 童顔……では無く。ではないが童顔よりの、活発系な顔にポニーテール

 若干髪を染めてて少しだけ茶色い

 それにこの人、凄く子供に話しかけるような喋り方な気がするけど、警察は大体こんなような喋り方な気がするから、良しとしよう


「ここに退職届を出しに来たのですが……何かあったのですか?」

「退職届……ね。ここでなんか襲撃事件? みたいなのがあったんんだけど、それとここにいた課長の行方不明の時期が重なってね。それでなんか問題がおっきくなって、今に至る」


 課長が行方不明……ああ、そうか。そうだ、何故僕は気付かなかったのだろう?完全に抜けていた

 当たり前の事だった。那倉さんが課長の事を話題に出したのもこれが原因だろう

 だが、ここで正直に話すことはないだろう。とぼけておこう


「知りませんでした。そうですか、課長が……」

「でも、ここの会社の人達はこき使われてたらしいからね。いい思い出無いんじゃない?」

「ええ、まあ」


 傍から見ればそうだったのだ

 なんで、気付かなかったのだろう。

 渦中の中にいる人は気付きにくいとか言うけど……正にその通りだ


「じゃあ、退職届って、どこに出せば良いんですか?」

「そうだね、うーん……ごめん、覚えてないや」


 なんだ?この人……いい加減すぎるって


 こんなに適当でいいのかな?職務怠慢じゃ……

 考えても仕方ないかな。でも、こんな事してて叱られないのかな?

 今考えれば叔父さんは110番するなって言ってたし……警察って結構不真面目な人ばっかりなのか

 国家を守る公務員がこんなのでいいのか


「どうしたの?」

「いえ、なんでも。それじゃあ、貴方の上司に取り次いでくれませんか?そしたら分かると思うのですが……?」


 少し苛ついた。帰ったら景気づけに飲むかな

 【バトルアース】をやりながら飲もうか。あー、でも加瀬さんに悪影響出るかな? 普通にやけ喰いだけにしておこう


 そんなことを考えながら、ジト目で見返す


 見返すとこの人は背を向けてニヤついた。何をしているのだろうか


 もしかしたら、この人以外も駄目人間かもしれない

 那倉さんはまだ良かったけど、あれも化けの皮な気がして来た

 人間不信に陥りそう……


 すると突然、女が勢いよく振り返り輝かんばかりの瞳で敬礼をする

 その時に驚いてしまった僕は肩をビクつかせたけど……気にしないでください


「わっかりました! この私が責任を持ってお送りするから、心配しないでね」


 何故か不安な感じしかしない

 まあ、頑張ってくれるならいい事だ。素直に付き従おう

 付き合うといっても、少しここで待ってるだけだろうが

 

 ◇◆◇◆◇


 なぜ僕はここにいるのだろうか

 さっきの警官に、もう少しこっちに来てやら、後ちょっとでつくから、などと言われて来てしまった

 まあ、途中で何も言わなかった僕も悪いのだろう


「星宮さあ、なんでここに一般人を連れ込むかな?」

「ふっふふ、私をなめちゃだめだよ。この人はなんと、ここの社員さんなのだ!」

「社員でも駄目だわ! ここ事件現場だぞ! 舌出すな! 舌を!」


 どうやらさっきの女の警官は星宮というらしい

 というか、やはり来ては行けない場所だったのか

 何やら申し訳ないことをしてしまった


「あの、外で待ってますね。できれば退職届の出し方を教えてほしいのですが……」

「あーはい、待っててください」


 ということで僕は部屋を出て行った


 ◇◆◇◆◇


「で、あいつはどうなんだ」

「知らない」

「成程。いかれててると」

「知らないって言ってるじゃん知らないって!」

「お前の行動は不自然すぎるんだよ。いきなり連れてくるとか普通はあり得ない。普通は」


 牧瀬堂満

 それが私の前に立ってる男の名前

 そして今は探ぐりを入れられている所


 いや~、それにしてもさっきの人は良かった

 ヤバイ匂いがプンプンする。刑務所でこんな人に出会えるなんて、感謝感激感涙感覚……感覚?


 で、今の状況なんだけど


「一応職質してみるか。それで怪しい所があったら即留置所に送り込もう」

「や、私はやめといた方が良いと思うな~。うん。なんかね、悪い予感がするんだよ。そう、それはもうすっごい、すっごく悪い予感だよ!」

「成程、すごく狂ってると」

「ちっがうわい!」


「なぁ、このままあいつ庇ってたらお前、これから先警官として活動できなくて狂人とも会えなくなるぞ。そこまでする価値があいつにはあんのか?」

「うぅむ……いやぁまあ」


あると言えばあるけど

でもこれから先、この感覚が得られなくなるんだとしたら


「うぅ……」

「じゃあ俺は行くぞ。怪しとこが無かったら大丈夫だからさ」


そう言った彼は右手に手錠を持っていた

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ