其ノ二 斬虐之章
翌日、仕事に行かなかった
心労が溜まっていた
罪悪感はない。ただ、何とも言えぬ解放感だけがあった
これで良かったのだと思う
さて、今日は何をしようか?
取り敢えず『バトルアース』でもしようか? どこかに遊びに行くのもいい
スーツにアイロンをかけながらそんな事を考えていた
ちなみにスーツを着るのは一種の癖のようなものだ
◇◆◇◆◇
その日は加瀬さんだけが『バトルアース』をやっていた
加瀬さんは声から察して子供のはずだが、こんな時間からやっていて、不登校なのだろうか?
とはいえ、そのことが分かっても僕にできることはない
強しいて言えばこうやって遊ぶことだろうか
午後からは加瀬さんはいなくなったので、部屋の掃除をしていた
ずっと仕事漬けで碌に掃除が出来ていなかったので、大分埃が溜まっていた
しかし、ゴミはなかったため、掃除はとても早くに終わった
ということで暇を持て余していた
そこに、チャイムがなった
「はーい」
そのまま僕はドアを開けた。開けてしまった
ここでドアの穴でも確認しておくべきだったと、今でも思う
そうすれば、僕は絶対にドアなど開けなかったのにと……
いや、違うな。あの頃の僕ならビビって開けて、また同じことをしてただろう
「てめぇよお、なんで来ないんだ、あぁ?」
課長だ
即座に閉めたつもりだった
しかし、ドアの間に足を挟まれて閉めれない
「おい、何してんだぁ」
課長の威圧的な態度
その声を聞くだけで体が竦む
あるはずのない罪悪感が湧いてくる
「てめぇ、これ開けろよゴラ」
「か、ちょ……」
ドアの間に入れた足をぐいっと開き、されど僕が掴んでいるため開かない
それに苛立った様子の課長が僅かに開いたドアの隙間から顔を覗かせる
ぎょろっとした目がこちらを見つめる
「てめぇ、ふざけてんのかよ」
「……ッッ」
課長が更に力を入れてドアをこじ開けようとしてくる
僕はそれに抗えない。力が……入らない
「早くあけろやァア!」
課長の叫び声に身を硬直させ、込める力が更に弱くなる
それが決定打だった
課長にドアを押し破られられ、中に入られてしまった
「か、課長、なんで、ここに……」
僕は後退りをしつつ質問をした
課長は大層不機嫌そうな顔をして後退りする僕を追ってズカズカと我が家に踏み込んでくる
「決まってんだろ!?てめぇが遅刻したんだからだろうがよォ!!」
課長は僕の胸倉を掴みながら叫ぶ
そして、思いっきり殴られた
「こんの、ウスノロがぁ! てめぇがッ、遅刻したら、誰がッ、仕事すんだよォオオ!!」
殴り、殴り、殴られた
顔面を殴られ続ける僕の顔には痣がいくつもできる
なんで、ここまでされなきゃいけないんだ……っ
一日サボっただけでこれかよ……
「んっだぁ!? その目はよぉ!」
今度は殴り飛ばされ、玄関からリビングへと飛ばされた
課長はそのままリビングへと土足で入ってきて、ソファに座った
「てめぇこの失態、どう取り繕うつもりだぁ。こんなことやってたらこの先社会じゃ生きてけねぇぞぉ……だがな、俺なら一応有耶無耶にできる」
そうして課長はニヤッと豚のように嗤った
「まずは手始めに肩でも揉んでもらおうか、ほれこっち来ぉい」
課長が手招きをして脅して来る
僕は、この命令に従うしかない
何故なら、僕がこの現代社会で生きて行くためにはこの課長の力がいるからだ
そして僕は嫌や課長の肩を揉む
「違う、下。ちぃがう、もっと上ッ。あ~そこそこ、力強ええよ、なめてんのか?」
「すみません……」
「ったく、この家は客人にお菓子も、お茶もでねぇのかよ」
「今……持ってきます」
僕がキッチンに行っていた時
……ふと、昨日のNさんの言葉が浮かんだ。それ、嘘ですよ、と言っていたのだ
「おっ、お前いいもん持ってんじゃねぇかぁ。なんだっけ、ゲーミングPCだろ? ったくよぉ、しゃあねけなぁ、俺が貰ってってやるよ。こんなんがあると仕事に集中出来ねーだろぉ。おい、早くこっち来い! コンセント外して俺の車に積むぞ!」
この脅迫がもしも噓なら、僕は従わなくても良いんじゃないか……?
そうだ、こんなことが罷り通っていいはずがない
こんな辛い思いでいるのに、あいつだけいい思いをしていいはずがない……
「オイ!! 聞いてんのか!? このパソコンを俺の車に積むぞ! それで今回の遅刻はチャラにしてやらぁ」
「…………です」
「アァ!? 何つったてめぇ!」
「嫌です! それは、僕の……僕の物です」
「あ゛?」
課長の瞳がどす黒く染まった
「てめぇ今何つった? 僕の物です、だぁ? ふざけんじゃねぇ、調子に乗るな。所詮お前は家畜以下のクズ野郎なんだよ。んなクズ野郎に人権なんてあると思うな。てめぇは家畜だ。俺の家畜だ。家畜はクソも、乳も、命も、何もかも生産者のもんだ。てことはてめぇのもんは俺のもんだ。文句あんのか? 豚なら豚らしくブーブー鳴いてみろよ。できねぇだろぉ? 所詮てめぇは社畜ってこったぁ。社畜が上司に逆らうと、どうなるか、教えてやるよ……。 ア゛ァ? 聞いてんのか、クソが! な、に、し、て、ん、だ、よ!? クソ社員がよぉ!!」
課長がパソコンを叩く
何度も、何度も
パソコンは次第に変形していく
そして、中身が見え、誰の目から見ても完全に壊れているようになった
「壊れたじゃねぇか! これも全部てめぇのせいだ。てめぇが俺をイラつかせるからいけねぇ。家畜の分際で、俺に逆らうからこうなるんだよ。でもなぁ、こんなんで終わると思ったか?違うね違う。てめぇにはもっと地獄を味わって貰う。果てしなく、終わりのみえねぇ地獄だな。 お? なんだなんだ? やんのかオラ! てめぇはこの先一生俺に寄生されるしかねぇんだよ! 諦めな! 喧嘩すんなら拳じゃなくて頭でだ。あ、ごっめぇ~ん、てめぇにはそういう思考をする頭さえなかったよなぁ、だよなぁ、お前は単純労働しか出来ねぇ。そんなお前を雇ってやってんだから、上納金ぐらい自分からよこせよ!!」
刹那、課長の顔が恐怖に染まった
「なぁッ!? てめぇそれで何をするつもりだ!! やめろ! 来るな!! んな物騒なもんしまえよ。分かった。パソコン壊したこたぁ、謝る。な? それでいいだろ? ちッ、来るなっつたろうがよォオオ!! ――……痛ってぇ!! なんだこれ、熱い、熱い、てめぇこのやろ! 何して! ガァァァア!? ィたぁい、イタいぃぃ……やめろ、来るな。頼むお願いだ。俺が、悪かった。今後は何もしない。お前に対してなにも ――……イギャアあぁぁぁァ! 手がッ!俺の手が……ッ!! 金、金なら払う。だから、だから殺さないでくれッ! 殺さないでください! お願い、お願いです! ――……ごふっ、てめ…… がっっっ、ブッ……殺……死、ぬ……あ、ぁぁ……」
……静かになった
ああ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!
解放されたッ!
「アは、あはははハハッは、ハハッハハハッは八はぁぁ」
嗤った
嗤って
嗤って
嗤いつくした
懐かしいような感覚がこみあげてきて、久しく忘れていた喜び、楽しさ、そういったものが蘇る
おかえり、僕の感情……
ああ、
快感、だぁあ
◇◆◇◆◇
さて、このゴミをどうしようか
このまま捨てては不味いだろう
多分捕まる
では、どうするか
案1、山に埋める
よくドラマとかでやってる手法だ
しかし近くに山らしい山はない
遠くまで行く必要があるだろう
案2、海に捨てる
こっちもベターなものだ
しかし、この近くの海には人が多い
こちらも遠くまで行かねばならない
しかし、この2つは外に出なければ出来ない
その間に止められ、見つかったら?
そんな事を考えればきりがない
とりあえず、小さい方が短い時間で捨てて、埋めれるだろうし、発見も遅れそうだから、解体でもするか
となるとまずは、今ある道具じゃ足りないか
ナタとか持ってこないとな
◇◆◇◆◇
肉を千切る音が浴槽に響く
浴槽には皮の一部が剥がされ、そこから肉が剥がされた中年がいる
もう一人、青年がいた
血と脂で使い物にならなくなったナタをそばに置き、返り血で真っ赤である
あれからホームセンターに行って必要と思うものを買ってきた
ナタだったり、黒いゴミ袋だったり、密閉したクーラーボックスだったり
そして、課長を片している所だ
人というのは、皮、肉、骨の順にある
皮から剥ぎ、剥ぎきれずに肉まで持っていく
その事に小さく切り刻んでいく
そうして皮が剥げた頃には肉と骨が余っている
肉は健で骨とつながっているから、骨を砕き、捌いていった
骨は関節を割れば簡単に解体できた
そうして、腕と足の解体が終わる
さて、難しいのは腹だ
腹には多くの臓器が詰まっている
それらを傷つけないように慎重に捌いて行かねばならない
ここは、刃渡りの短いサバイバルナイフなどが有用だろう
まず、脂肪で余った所から剥いでいく
横腹を縦に引裂き、ナイフを替えて反対も
そして裂いた所からナイフを入れて、横に一閃
ナイフを替えて反対
そうすると長方形の切れ跡が残る
それを端っこから剥いでいけば、皮はなくなる
この作業は素手でもできた
脂肪を取り除くときも素手でも取れた
それができたら、筋肉を取り除く
骨とくっついている健と少し離した所を切る
それが終わったら、後は骨と臓器だけだ
だが、ここからが難しい
慎重に、慎重に大腸をきる
それも中に繋がっていない皮のような部分を切る
もしも中を切れば、腐敗した食べ物が流れ出し、最悪、バレる
だから切り離したら直ぐに冷凍させる
――消化器官は取れた
後は骨を砕いてその下の臓器を取り出すだけ、簡単だ
そしてそのまま、課長の解体を終えた
◇◆◇◆◇
疲れたな……
この肉はこのあとどうしようかここより遥かに遠い所に行って点々と海に放り投げるか
とりあえず臭う前に肉を洗おう
洗った水は普通に捨てちゃ駄目だろうから海に捨てよう
人の肉は羊や豚の味がするらしい
このニク、どうだろうか
洗った見た目は牛肉。霜降りではなく、アメリカとかオーストラリアとかの肉のように筋肉と脂肪が別れている
しかし、思ったよりも美味しそうだ
特に食べれないなんてことはなさそうだ
ふと、涎が垂れた
アァ、美味しそうだなぁ
一口、一口だけ……
「はぐ……」
「はぎゅ、ばくばっ、がっが」
なんだこれ?なんだコレ!?
旨い、凄く
一口のつもりが、止まらない
生だからか少し変な感じがするが、柔らかくて、脂があって……
そして、何よりもこの高揚感っ
征服感とでも言うのか、あの恐怖の象徴だった課長を、今、僕が食べているのだ
どんどん課長への恐怖が薄れていき、代わりに興奮を得る
ガリッガリっと、頬を掻く
「僕が、食べているんだ……っ」
ガリガリ、ガリガリと
頬を掻く
ムシャムシャ、ムシャムシャと
肉を貪る
無心で、無心でかぶりついた
気づいた頃には課長の肉を一塊も食べていた
「ッツ」
ふと、痛みを感じた
鏡を見てみると、頬に八線、ぐちょぐちょの傷口がついていた
「深いな……」
一応手当だけしとこう
いつの間についたのだろう
その日は、ニクの処理をしてから寝た
◇◆◇◆◇
次の日の朝、昨日ジップロックに入ったニクを焼いて、朝食を済ませた後、内臓や骨を冷凍ボックスに詰め、海へと向かった
特になにも怪しまれることもなく、移動できた
臭いも凍ってるためか、全く気にならなかった
遺棄するのは夜の方がいいか
少し待っていよう
◇◆◇◆◇
これで最後だ
「いっしょっ、と」
一応六ケ所にわけて死体をばら撒いた
これで捜査が攪乱することを願うばかりだ
よし、帰ろう
この二日間は激務だったけど、心に嫌なものが何一つない
やっぱり、平和は良いものだ
帰ったらスーツを新しいのに着替えよう




