其ノ十 絶叫之章
「あんた! 何がもく――ぐぅぅぅ」
目的を聞こうとしたら口を押えられた
今私は、多分誘拐されてるんだと思う
ホテルから帰るときに突然襲われて、気を失って、気が付いたらここにいて、今に至る
私はこんな奴の顔、知らない
「結月さんには人質になってもらいました。私の復讐のために」
「……」
せめてもの反抗に、誘拐犯を思いっきり睨む
何かされるかも、とかは考えない
喧嘩上等だこの野郎!
「あんた、お兄ちゃんのなんなの?」
「こういう場合、挑発するのは良くないですよ」
すると男はナイフを徐に取り出して、私の頬に一閃走らせる
「自己紹介がまだでしたね。私は小戸晴馬。結月さんの兄の被害者の一人です」
「お兄ちゃんは何も悪いことなんてしてない」
「それは結月さんの見た限りではでしょう? 何も知らない結月さんには申し訳ありませんが、私の私情です。恨んでくれて構いません」
小戸とかいう男は何に怒っているのか、興奮冷めやらぬと言った感じで、しかし抑えようと深呼吸をしている
その隙に逃げ出す、なんてことはできない
手足が縛られ、四つん這いのような恰好にさせられた上に胴体を固定されている
逃げようがない
「さて、結月さんには奴にもっと苦しみを与えるための手伝いをして貰います」
小戸はまだ先ほどの怒りが覚めていないためか、荒い息を吐きながらある箱を見せた
それを開けると、拷問道具が詰まっていた。中には見慣れないものも多くある
「これらはあまり痛くないし、ひと時の間だけのものなので、ご協力を」
「誰が協力するか、ペッ」
唾を飛ばしてやった
小戸には届かなかったけど、良い挑発になった
満足じゃないけど、まだマシになった
小戸はみるみるいきり立って行って――
◇◆◇◆◇
木張小学校!
ここから三十キロぐらい、電車、いや、タクシーで行こう
クッソ、早く、早くしないと
「すいません、タクシーを――」
「木張小学校まで」
「あいよ~。珍しい人だねぇ」
運転手が話しかけてくるが、答えている暇はない
着いたらどうするか
犯人の目的はどうやら僕らしい。かと言って、僕を身代わりに結月を返せと言っても素直に返してくれるのか
相手は銃を持っていた。相対しても戦闘にすらならないだろう
というか銃とか日本であるものなのかな?
念のために警察に連絡をしておいた方がいいか?
いや、奴は警察を呼ぶなとか言ってた
呼んだら結月に危害を加えられるかもしれない
でも、電話がかかってきたのは警察署の中なんだし、今更遅いか
「運転手さん、もう少し急げますか?」
「うぅむ。じゃあ、裏道を使おうかね。大通りはこんどる」
「ありがとうございます」
地理に詳しい人で良かった
「あちゃー、ここ通行止めになってるね。見た感じじゃ木張小までの道は全部ふさがっとるね」
「な、なんでっ!?」
まさか警察署での警官が手配したのか?
あれから十分も経ってない
日本の警察はここまで優秀なのか
「ここでいいです。五千円で足りますか!?」
「ええよ。気を付けて行くんよ」
来てみれば案の定警察がいた
大勢で小学校を囲んで拡声器で何やら話している様子だった
「ちょっと君! なんでここに入ってきてるの!?」
「どいてください! あそこに結月が!」
「君、人質の関係者?」
「兄ですよッ」
「たとえそうでも入れない物は入れないんだよ!」
警察官に見つかった
ぐいぐいと力強く入ろうとするも、出来ない
と、その時
「おいテメェ! 警察呼びやがったなアァ!」
電話越しで聞いた犯人の声が響いた
僕を見つけたのだろう。窓から体を乗り出して叫んでいる
「早くこっちに来いッ! こっちはお前の妹人質にしてんだよ!」
犯人が結月を窓から突き出す
チッ、こいつ殺してやる……!
「ちょ、駄目だって! 行かないでくださいッ」
『すまないが、一般人は巻き込めない!』
拡声器を持ってる警察官も僕が入るのを止めようとしてくる
どいつもこいつも邪魔をして……
「こいつがどうなってもいいのか!?」
「んんんーーツッ!」
結月は口を塞がれていて、全身に痛々しい傷がついている
あんなの人の所業じゃない
「早く行かせてください。一生残る傷をつけますよ?」
警察官は全くもって通す気はないようだ
警察官は全身を防具に包んでいるなれば、打撃技はきかない
手をひねって、折ってやろうとした矢先――
「早く来い! こいつを、こ、こ、殺すぞ!!」
犯人がそう震えながら言って拳銃を打った
外国で祝砲の事故が多いとかいう話だが、あれは大丈夫なのだろうか
あいつはそんなことも考えられないのだろうか
「行かせてやれ!」
何となく偉そうな人が震えながら叫ぶ
するとおずおずといった感じで警察官は道を開ける
僕に透明のシールドを持った警察官? 軍警察だろうか
軍警察が僕の周りを取り囲んできた
「一人で来い。今すぐだ!」
「それは出来ない! 護衛を何人か付けさせてくれ!」
「ダぁめだッ! こいつがどうなってもいいのか」
さっきの偉そうな警察官と犯人が口論をしていると、犯人が結月の首に銃口を当てた
ガタガタと手を震わせながらも、男は結月を殺せる様にしている
「奥にもう一人男児がいる! こいつをこ、殺しても、まだ人質はいるんだよ!」
あいつッ!!
今すぐにそこに行ってやるよ!
「どいてください! 首折りますよ!?」
「できないと言っている!」
『何が欲しい! 人命以外だったら何でも用意しよう!』
「そいつを連れて来い! そいつ以外は要らねぇ!」
「早く通してくださいッ!」
「ちょ、君何をっ、やめ、やめてっ」
「そこの君! 何をやっている!」
「痛い痛い痛い! ちょまっ、ツ――!」
「やめなさい! ――折れてはないようです」
「邪魔をしないでとッ! 全員痛い目見させるぞ!」
「なっ、それは危な―― 離せ! 離な、折れる、折れるから!」
「早くその少年を止めなさい!」
「早く来させろ! 邪魔をさせるな!」
「やめとけ、犯人が人質を返してくれるとは限らないんだぞ!」
「うるさいうるさいうるっさいナァ、モウ! ――クッソガアァァァァァァァァァ!! 離せえぇぇ!!」
「取り押さえまし――」
――ズダアァン
「犯人発砲! 負傷者ゼロ名! ライフルを地面に打ったと思われます!」
『全員警戒を固めろ! 少年にヘルメットを与えてやれ!』
「了解!」
「いらないから通せ!」
――ダダダァァ!
「グッ……、手が痺れる」
「犯人再度発砲! ライフルを三発バリケードに撃った模様! 負傷者ゼロ名!」
「やばっ、一般人が一名、最厳重警戒区域内に侵入!」
「何をしている! 早く捕まえろ!」
「お前まで死ぬぞ!!」
「待ってろ、直ぐに」
◇◆結月視点◆◇
「ねえおじさん、あの人達って本当にわるいひとなの?」
「最初から違うって言ってるだろう? れんくん、嫌だったら今から逃げてくれてもいいんだよ? あと、おじさんじゃなくておにいさんだろう」
「だめだよ。ボクはここで逃げたら、この世界にいるりゆうがなくなるから」
「そっか」
こいつらは一体なんなのだろう
ずっとこうして二人を眺めているけど、、一向に分からない
因みにこのおじさんの名前は小戸、ちっちゃい子の名前はれんというらしい
あれからは拷問、というよりは凄い怪我を負ってる風の傷をつけられた
実際はそんなに酷くないし、直ぐに治るだろう傷を
「さて、そろそろあいつが来る。れんくんはあっちに隠れてて。危なくなるから」
「おじさん、ボクは役にたってる?」
「たってるよ」
小戸はれんをどこかに連れて行く
そして私の方に振り返り、猿轡を外す
「結月さんには引き続き人質になって貰います」
「ねぇ、人違いじゃない?」
さっきのからも分かる通り、小戸は基本的に優しい
相当の事をされない限り、こんなことはしないと思う
逆恨みとかかもしれないけど、人違いの可能性が高い
「それだけはないですよ。過去の情報も、今の情報も、徹底的に洗って、洗って、洗って、会社まで襲撃したんです。あいつはいなかったけど。会社の奴らを人質にしようかと思ってたけど、まさかあんなことになってるとは思いもよりませんでしたよ。そこで、あなたが帰って来たんですよ」
「意味分かんない」
「そうで――ッ!?」
唐突に表れた陰を小戸が避けて、地面に火花が散る
そこには鉄パイプを持ったお兄ちゃんがいた
「おまえ……やっと来たか」
お兄ちゃんは小戸の言葉を無視してブンブンと鉄パイプを振る
小戸は距離を取ろうにも取れず、しかし拳銃を取り出し、お兄ちゃんを撃つ
一瞬の攻防、その後お兄ちゃんが膝をつく
ギリギリと歯を鳴らしながら、やり過ぎなほどに目を見開き、目の下の傷から血が滴る
「お兄ちゃん……なんか怖いよ」
「なんか違うんだよ、お前。なんか、足りない。前はもっとなんか違った」
その言葉を聞き、お兄ちゃんがふらつきながら立ち上がる
横腹から血が出ている
そして無言のまま、小戸に襲いかかる
そして、何度も何度も、致命傷じゃないところを撃たれる
止めようとしても鎖で繋がれている
小戸は拳銃の球が尽きても次々に充填して何度も、何度も、何度も打ち続ける
「死ぬなよ、お前がここで死んだら、恨みを晴らせないだろう」
「ぐ、があぁぁ……」
お兄ちゃんは地面に付しながらも、少しづつ、少しづつ小戸に近づく
とうとう球が尽きたのか、小戸は打つのをやめ、お兄ちゃんも小戸の傍までたどり着く
「悲惨だな。生きたまま焼かれるよりかはマシだろがな」
「人で……なし、が」
「お前が、お前がそれをッ! いうんじゃねえぇ!!」
近くまで来たお兄ちゃんを蹴とばす
そしてお兄ちゃんは気を失い、倒れ伏す
只見ていた
何もせず、何も喋らず、只震えていた
手が震える。歯が鳴る。涙すら出てくる
怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い
小戸は怯えている私に目もくれずに気絶したお兄ちゃんを別の部屋に連れて行ってしまう
それから暫く私の歯が鳴る音だけが響いた
お兄ちゃんはどうなったんだろう
死んだ……のはない、はず
でも小戸はいつかはお兄ちゃんを殺すだろう
私のせいで、お兄ちゃんが、お兄ちゃんがぁ
「あぁ、ぁ、ぁ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
死を考えたことはある
でも、でも、現実にすると怖くてたまらない
お兄ちゃんを失う恐怖、今から自分が何かされないかという恐怖
只々、震えることしかできない
「大丈夫ですか?」
「ひっ」
小戸だ
小戸が来た
怖い。殺される。死にたくない。助けて、助けて、お兄ちゃん……っ
「すみません、怯えさせてしまいましたね。結月さんはもう帰って頂いていいですよ」
小戸はそう言って優し気にはにかんだ
「ぇあ……」
ほっとしてしまった
お兄ちゃんはまだ捕まっているのに
私自身を嫌いになってしまいそうだ




