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奴隷勇者と追放聖女  作者: ただの置物
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第6話 幸せな時間

「明日もうすこし歩けば、アンフェール古代洞窟に着くはずだ。いよいよだな」


 街から出て今日で2日目。お姉さんが言っていた目印らしきものも見つけた。遥か彼方、天まで届いていそうな光の線が走っているのだ。


 確かにあんなものがあるならば、ダンジョンを見失うこともないだろう。


「そうね。途中は魔物も全然出なくて快適に移動できたから、あんまり疲れもないもの。それより、夕食は作らないの?」


 どうやら、俺はこの二日間でエアの胃袋を鷲掴みにしたらしい。朝食、昼食、夕食と実に美味しそうに食べてくれるから、作った身としてはとても嬉しい。


「まだ作らないよ。まずは昨日みたいに、テントを張って魔道具を設置しよう。料理の火に釣られて魔物が現れるかもしれないしな」

 

 張ると言っても、地球でのテントのように広げて杭を地面に打ち込むわけじゃない。一度広げたら、地面に固定されてくれるのだ。


 テントから魔力を感じないから、魔道具ではないのは間違いない。まぁ、どういう原理なのかは分からないが。


「テント張ったわよ。あとは、魔道具に魔力を込めるだけね!!」


 魔物よけの魔道具、というか大抵の魔道具はそれ自身に魔力を流し込めば発動するらしい。


 数に限りがある魔道具。

 魔力の扱いが拙い俺が使用して、壊したらもったいない。だから、魔道具に関してはエアに任せてある。


「終わったわよ!!  それと、はい! 昨日使ってた道具、全部出しておいたから!!」


「仕事が早いな……。よし、じゃあちょっと待っててくれ。今から作るから」


 実は、料理に関して俺は大きなミスを犯していた。

 街で調理器具を買うのを忘れてしまったのだ。


 いくら美味しい肉や栄養のある野菜を買っても、調理器具がなければ話にならない。屋外での料理の経験は初めてだったから、すっかり忘れてしまっていた。


 だが、そこでエアか大活躍してくれた。


 「追放された時に、自分で作れるようにしたいと思って買ったんだった」 と言って、キャンプの料理器具のようなものを虚空から取り出したのだ。


 ちなみに、未だに料理をできるようになっていないらしい。


「いや、本当に持っててくれてありがとうな。これがなかったら、一度街に戻らなくちゃいけなかったからさ」


 エアはえっへん、と言った感じに胸を張っている。幼い女の子がやっていそうなポーズ。


 エアの外見は比較的大人っぽいから、そういうポーズをとるとすごく可愛い。ギャップがあってめちゃくちゃ良い。


 もっとやってくれ。


「じゃあ、まずは火の玉を出さないとね。私がやるから離れてーー」


「いや、俺がやるから見ててくれ。道中、ちょっとずつ魔力制御の練習をしてたんだ」


 異世界の調理は、自分で火を調達しなくちゃならない。そう、魔術を使うのだ。

 昨日は魔力制御に自信がなかったから、エアにやってもらったけど今は違う。


 ここでズバッと火の玉を出して、エアに良いところを見せるんだ。


「そ、そう? 暴発しそうになったら、すぐ言ってね。私が解呪するから」


 魔術は何よりもイメージだ。身体の中を血液のように絶えず循環している魔力を感じ取る。

 そして、その魔力が火の玉を形作るイメージ。


 思い浮かべたら、あとはそれを具現化するだけだ。


「はぁっ!!」


 絶対に成功したと思った。

 だが、この世の中はそう簡単に魔術が使えるようになるほど甘く出来ていなかった。


 俺が引き起こしたのは、火の玉ではなく小爆発。

 化学の実験などで見るすごく初規模な水蒸気爆発のようなものだ。


「火の玉っていうより、ポンって爆発したわね。もう一回やる?」


「いや……、いいです」


 顔から火が出るほど恥ずかしい、とはこの事か。羞恥心に殺されてしまいそうだ。


 女の子にかっこいい所を見せるつもりが、逆にかっこ悪い所を見せてしまった。本当にもう……、死にたい。


「最初はみんな上手く出来ないものなの。だから何かしら引き起こせただけでも、才能があると思うわよ」


 エアにフォローされてる……。その心遣いが逆に、心に突き刺さる。

 ……うん、よし!!  切り替えて料理に移ろう!!


「ありがとうな。もっと練習して、いつか出来るように頑張るよ。それと、火はこの鉄板の下に展開しておいてくれ」


「分かった!!  作るのは昨日と同じもの?」


「あぁ。調味料だったり、食材がもう少しあれば色んなものが作れるんだけど……。少ない中だと、あれしか作れないんだ」


 食材はオークの肉、フランスパン、ほうれん草。

 昨日食べた感じだと、オークの肉は豚肉のような食感や味がした。


 だから、料理の勝手は分かっている。


 オーク肉はまさに肉塊という文字がふさわしい大きさをしている。だから、まずは食べやすいサイズに切らないといけない。


 オーク肉をまな板の上にのせて、肉塊をスライスしていく。だいたいローストビーフくらいの薄さにだ。


 スライスし終えたオーク肉を、温まった鉄板にのせていく。オーク肉は意外と脂がのっているから、肉の脂だけでもなんとか焼く事が出来る。


「こんなもんかな。次はパンも切っていこう」


 地球にいた時の知識だが、生の豚肉には細菌が付着していたはず。

 安全を期して、俺は豚肉を切るのに使ったナイフとは違うものを取りだした。


 フランスパンを上と下に分かれるように切っていく。


 パンそのものがとても長いため、一本でかなり満腹になる。だから、とりあえず二人用の二本だけ処理をしておく。

 もし足りなかったら、その時はまた作れば良い。


 残る食材はほうれん草だが、これに関してはどうしようもない。


 言わずもがな、豚肉とフランスパンには合わない。かと言って、ほうれん草の胡麻和えといった定番料理もごまがないので作れないのだ。


 だから、ほうれん草は下茹(したゆ)でだけ済ませたらなんの手を加えるのこともなく実食だ。ほうれん草はとてもアクが強いから、何も手を加えないで食べるのは非常にまずい。


 鍋に水を張ったあと、エアに火の玉をここにも付けるよう頼む。


「分かったわ。それとオークのお肉、もう焼けてると思うけどまだ良いの?」


「いや、焼きあがったなら鉄板の方の火は消していいよ」


 じゃあ、ほうれん草を軽く茹でている間に、オーク肉の方を済ませてしまおう。

 鉄板の上にのったオーク肉は実によく焼けている。


 これを先程切ったフランスパンに挟んでいく。


 油がパンに染み込んでしまうが、こればっかりは仕方がない。エアは特に気にしていないらしいから、俺が我慢すれば大丈夫だしな。


「うわぁ、美味しそう!!  もう食べてもいいの?」


「いや待て待て。それを食べるのは、ほうれん草食べた後だ。野菜から先に食べないと、血糖値が上がっちゃうからな」


「それ昨日も言ってたわよ。けっとうち? が上がっちゃうと何が悪いの?」


 あくまでこの知識は母の教え。野菜から先に食べなさい、そう口酸っぱく言われたものだ。


 だから、血糖値が下がると何が良いのか、上がるとどんな支障が出るのか。そういった事は一切分からない。


「いや、わからん。でも、何か悪いことがあるんだよ。守らないと、明日からほうれん草の量増やすぞ」


「それはひどいわよ!!  じゃあ、私もサカヒロ用のお肉の量減らしちゃうよ? いいの?」


「いや……、それは勘弁してくれ。ほうれん草を増やしたりしないから」


 エアが楽しそうにくすくすと笑っている。天使ですか? 女神さまですか?

 聖女とか言って、実は人間じゃなくてもっと可愛い存在だったんですね。


 じゃないと、この可愛さはおかしい。犯罪だ犯罪。

 俺の世界にはこんな存在、どこを見てもいなかったぞ!!


「ほうれん草はもういいんじゃない? たくさん泡出てきてるよ」


 おっと、少し取り乱してしまった。あまりの尊さに混乱していたみたいだ。


「うん、いい感じだな。じゃあ、これを鍋から取り出して……。よし。完成だ!!」


「やった!!  もうお腹ぺこぺこよ」


 食器にほうれん草とオーク肉サンドを盛り付けて、今日の夕食が完成した。


 母の教えに従って、まずは味のついていないほうれん草をひとつまみ。


「やっぱり美味しくないわね。でも、健康のためなんでしょ?」


「あぁ、不味くても我慢して食べるんだぞ」


 エアはほうれん草を口の中に入れ込んだ。

 そして、すぐにオーク肉サンドに目を移す。


「ゆっくり食べるんだぞ。脂が多いから、急に食べると気持ち悪くなるからな」


「うん、分かったわ」


 エアは少しずつオーク肉サンドを食していく。

 もぐもぐ食べてる……。食べる姿も小動物みたいで可愛いな……。


「やっぱり美味しいわね。聖女だった頃の食事ほどではないけど、この美味しさなら街にレストランでも建てられるんじゃない?」


「そこまでじゃないだろ、でも、そうやって褒めてくれると作った身としては嬉しいよ」


 俺もエアに習って、オーク肉サンドを口に運ぶ。

 味は想像通り、悪くはない、といったものだ。


 肉とパンという組み合わせは非常に良く、お互いの味を高めあっている。

 だが、オーク肉の過剰な脂が少し食感を不快にしてしまっている。


 まぁ、我慢できないほどではない。それに、このクエストが終わってお金が貰えたら資金も潤沢になる。調味料や新たな食材に手をつけることも出来るかもしれない。


「一口かじっただけで、もう終わりなの? じゃあ、私が食べちゃうよ?」


 気づけばエアは既にオーク肉サンドを平らげており、俺のオーク肉サンドを凝視している。


「いや、ダメだぞ? 今夜の主食なんだから」


「そこをなんとか、お願い!!  私、まだおなかいっぱいじゃないの」


「いや俺もだよ!!  マジですごい食いしん坊だな。今はまだスタイル良いけど、そのままだといつか太るぞ?」


「あー、女の子にそういうこと言っちゃいけないんだよ!!  傷ついちゃうかもしれないでしょ?」


 このくだりは異世界でも健在らしい。フィクションだと思ってたけど、実際にあるんだなぁ……。


「エアは傷ついたの?」


「ううん、全然大丈夫!!  私強いもん!」


「なんなんだよ、まったく……」


 こんな風にくだらない話をして、二人で笑い合う。

 久しぶりに、心が満たされた気がする。


 異世界に召喚されてから、奴隷にされて散々な目にあって、エアに助けてもらって、シャールスに脅されて、と激動の日々だった。


 明日からアンフェール古代洞窟入り、夢幻花を探す。中には魔物もいるから、怪我をする可能性もある。もしかしたら、死んでしまう可能性すらも。


 だから、こんな平和で幸せな時間も少しはあってもいいだろう?

読んでくださり、ありがとうございます!!

少しでも面白いと思ってくれたら、ブクマ、評価等よろしくお願いします。投稿の励みになります。


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