第4話 手のひらの上
ギルドの中は先程のホテルと同じような面影があり、それでいて冒険者の粗野さを表すような内装となっていた。
ホテルと同様に床や壁は白の大理石だが、お洒落な調度品などはほとんどない。
あるのはファストフード店にありそうな椅子と机、剣や鞄などの荷物を入れる箱など利便性に特化したものだ。
それに加えて、ファンタジーアニメなどでよく見るダサい鎧をつけてる冒険者なんか一人も見当たらない。
みんな動きやすそうでいて少しお洒落な服装を身にまとっている。それに髭生やしてないし、髪もめっちゃ整ってる。
「想像と違うぞ。なんだよこれ!! ふつう建物は木造で出来てて、もっとボロくて、酒粕とか床にこぼれてるもんだろ。それに粗野な冒険者の一人もいないし。せっかくファンタジー定番の冒険者ギルドを期待したのに、本当にがっかりだよ……」
「えっ……。急にどうしたの、サカヒロ。頭おかしくなっちゃったの?」
エアはただただ純粋に俺の頭の安否を心配して、不安げに瞳を揺るがせる。
違う、違うんだよ……。このギルドは定番というか、王道を汚してるんだよ!! だから、やめて!!
そんなうるうるした目で俺を見ないで!!
「……いや、大丈夫。落ち着いた。うん。一応確認しておくけど、ここが冒険者ギルドであってるよな」
「うん。というか入口に看板立ってなかった? ギルドの人の配慮だよ、ちゃんと見てあげないと!!」
あぁ、やっぱり……。悔しいけど、認めるしかないな。
この世界は普通のファンタジー世界よりも文明が進んでるんだろうな。
石の加工が容易くできるから、その技術を惜しみなく使ってるわけだ。それと文明が進めば自ずと綺麗好きな人も増えるんだろう。
「でも確かにサカヒロの気持ちも分かるかも。私は前に聖王国の辺境の街の冒険者ギルドに行ったことあるけど、そこは確かにサカヒロが言ってたみたいな雰囲気だったの。だから、中央のギルドにこんなにお金がかけられてるなんて思ってもみなかったわ」
ここって聖王国の中央都市だったのかよ。そういうことなら、技術が大幅に進んでるなんてことはないのかな。
たぶん中央都市の冒険者ギルドがボロボロだったら、聖王国の沽券に関わるとかそういう話だろう。
「それで登録手続きは……、あそこのカウンターで良いのか?」
「多分そうなんじゃないかしら。とりあえず、行ってみましょう!!」
カウンターもギルド全体の雰囲気を決して貶めることのない完璧な様相であった。
東京の三つ星ホテルの受付だ、と言われても信じてしまいそうな清潔感と高級感。ここ本当に異世界ですか?
「次、お客様どうぞ」
「俺と彼女の二人で冒険者登録手続きをしたいんですけど、ここで出来ますか?」
「すみませんお客様方。冒険者ギルドでは上流国民の未成年の方を保護者の許可無く冒険者にすることはできないんです。ですから、親御さんを連れてもう一度いらっしゃって頂けないでしょうか?」
受付のお姉さんは俺たちの服装を見てそう言った。
俺の服装はリィムに渡された高級そうな戦闘服、エアの服も俺の服に負けずとも劣らないものだ。
確かに一般人が持っているとは到底思えないだろう。
「私たち、上流国民なんかじゃなくて普通の平民よ。だから、未成年でも登録はお金を払えば大丈夫なはずだけど……」
「誠に申し訳ございません。仮にお客様方が上流国民でいらっしゃらなかったとしても、我々ギルドとしては原則未成年の方は登録を遠慮しているのです」
こりゃ、完全に誤解されちゃってるな……。上流国民の子供が冒険者になりたくて嘘をついている、とか思ってるんだろう。
まぁ、こんなに高そうな服着て一般人です、って言う方が無理があるわな。さて、どうしようか。
「それは私たちが死んじゃったら、若い働き手がいなくなっちゃうから?」
エアのあまりにも直球な質問に、受付のお姉さんはギョットした顔をする。
だが、流石に彼女はプロだ。すぐに元の笑みを顔に浮かべる。
「え、えぇ。そうですね。近年聖王国の住民が他国に流れてしまっているので、若い働き手は貴重なんです」
「じゃあ、私たちがそこらの魔物より強いって示せばいいのよね」
エアはにっこりと笑ってそう言った。気づいた俺が止める間もなく、彼女は右手に光を灯らせた。
あれは確か、リィムと会った時に脅すために使ってた魔術……。
その時、ギルド内にとても大きなブザー音が鳴り響いた。地震速報のバカでかい音に匹敵するほどの大音量。
「なっ!! これは特級魔術警報!? あなた、今すぐその魔術を解呪なさい!! さもないと、ギルド職員の権限で一時的に拘束するわよ!!」
いま、特級魔術とか不穏なワードが聞こえたぞ。
確かにあのリィムが撤退するくらいだから相当なのだろう、と思っていたけど特級ってかなり強い部類な気がする。
え、聖女って戦闘もやれちゃうんですか?
「解呪したら、冒険者登録認めてくれるの?」
「エア、落ち着け。これは冒険者登録とかそういう次元の話じゃない。もし従わなかったら、エアの計画が全部水の泡になる可能性さえあるんだ!!」
エアはえっ!! と本気で驚いたような顔をする。聖女ってのは世間知らずなのか?
だから、聖王国の中心部で特級魔術とやらを発動させるくらい猪突猛進なのか?
いくら命の恩人で可愛い女の子でも、流石にこの子には着いていきたくないぞ……。
「分かった……。必死に考えた計画だもん、なくなっちゃうのは嫌だから」
エアは渋々といった感じで、右手の光を消失させた。
その瞬間、近くにいたギルド職員たちが一斉に剣の切っ先をエアと俺にに向けた。
事態は思ったより悪い方向に転んでいたようだ。
「ギルド内で特級魔術。反応から察するに、悪意はないと思われますが一応奥の別室へ来てもらいたい」
※※※※※※※※※※※※※
俺とエアはさっきまで対応してくれていたお姉さんに応接間まで案内されていた。
「なぜあのような衆人環境で特級魔術を行使しようと思い至ったのですか?」
「あなたが、私たちが死んだら嫌だって言ってたから。それで私たちはそんなに簡単に死ぬほど弱くないよって伝えたかったの」
脳筋だなぁ……。
今のこの状況は結構まずいはずなのに、彼女に和んでしまってそこまで深刻に思っていない自分がいる。
「……そうですか。それでは一応、親御さんをお呼びしておきましょう。家名を教えてくださいますか?」
「え、いや……。家名があるのは、上流国民の人たちだけよね。私たちは平民だから、家名とかないわよ」
お姉さんは目を細めて、こちらを凝視してくる。やっぱり信じてもらえてなかったのか。
「でしたら、なぜそのような高価な衣服に剣をお持ちになっているのですか?」
「……実は、俺たちの親がトレジャーハンターなんですよ。だから、たまにこういう凄い宝物を持ち帰ってくるんです。これらは誕生日プレゼントだったりで貰ったんですよ」
この話、通るか?
リィムによると、この世界には定番のダンジョンがあって、その中には様々な宝物が眠っているらしい。だから、トレジャーハンターがいてもおかしくはない!!
……ないよな?
お姉さんは疑わしい目をこちらに向けつつも、ほんのちょっとだけは信じてくれていそうな雰囲気がある。押せば行けるか!?
「俺たち、親に憧れてトレジャーハンターになりたくなったんです。だから、その足がかりにまずは冒険者になろうとしたんですよ」
隣にいるエアが眉をひそめて困惑している。
やめて、バレるからやめて!!
確かにちょっとつつけばすぐにボロが出るペラッペラな嘘だけど、俺に思いついた唯一の打開策なんだよ!!
「いいんじゃないか? おれは好きだぜ。トレジャーハンターって夢があるからな」
悪徳商法でもしていそうな胡散臭い30代くらいの男が、応接間の扉を開けて現れた。
彼を見て、お姉さんは椅子から立ち上がって会釈をした。
もしかして偉い人なのか?
「どうも。当ギルドの最高責任者やってるシャールスだ」
「あ、はい。サカヒロとエアです」
最高責任者だった。めちゃくちゃ胡散臭い、とか思ってしまった。心の中で謝っておくか。
俺たちに用があるみたいだけどなんだろうか。シャールスはエアの服装や顔などを見つめた後に満足そうに笑みを浮かべた。
「お前はもう元の職務に戻っておけ。この人たちの対応は俺がしておくから」
お姉さんは再度頭を下げて、応接間から出ていった。シャールスは椅子に座って、俺たちに語りかける。
「兄ちゃんたち、トレジャーハンターなんて目じゃない面白い話をしよう。教皇とか枢機卿、聖女もか。この国ではそこら辺が神の啓示だ、と言ったらどんなに悪逆非道なことでも、それがまかり通るのさ。面白い話だろ?」
こいつは何を言っているんだ? 聖王国の悪口が今のこの場になんの関係があるのだろうか。
「俺は冒険者ギルド最高責任者で顔も広い。教皇は無理でも枢機卿辺りになら連絡を取れるんだよ。だからさ、そこの女の子が聖女に妙に似てることも伝えられるんだよな。どうだ、気になってきただろ」
なっ!? どういうことだ、エアは聖女の頃とは容貌はおろか口調でさえも一新したはず。
なぜ今会ったばかりのこいつが知っている!?
「あぁ、その反応。やっぱり聖女さまだったのか。半信半疑だったけど、兄ちゃんたちの顔で判断がついたぜ。おいおい、そんなに睨んでくるなよ。すぐにどうこうしようって話じゃない。俺はただ、計画に協力して欲しいだけなんだぜ」
「……話だけなら聞いてやる」
「何言ってんだよ、兄ちゃん。いま俺はお願いしてるんじゃない、脅してんだぜ? それに、そんな酷い内容でもねぇんだ。俺はただ英雄エフラムの行方が知りたいんだよ」
息をのむ音がした。まさか、ここでエフラムの名前が出てくるとは。
正直なところ、あいつにはもう関わりたくないが、関わらざるを得ない展開になりそうだ……。
それより、なんであんなやつの行方が知りたいんだろうか。
「そんなに不思議がることでもねぇだろ? かつて数多くの魔物を討伐してきた人々の最後の希望だ。行方が知れなくなった今、彼を捜し求めるのはごく自然のことじゃないか?」
男はまるで俺の思考を呼んだかのように的確に話していく。
気持ちが悪い。なんだか全てがこの男の手のひらの上のような、そんな錯覚を覚える。
「それに今すぐって話じゃねぇ。兄ちゃんたちが冒険者活動をしていく内に、少しづつ情報を集めてくれればいいんだよ。だから、兄ちゃんたちにもそんなに迷惑はかからないと思うぜ」
お願いではない、と言っていたくせに、こいつは一体なんなんだ。
やれ、と押し付けるだけじゃない。前世での経験からして、こういう奴は大抵かなり面倒くさい。
「わかったわ。私たちがそれを受けないと、枢機卿にわたしのこと言っちゃうんだものね。でも、一つだけ聞いてもいいかしら?」
「どうして私が聖女だと分かったの、ってか? お嬢ちゃん、それは教えられないよ。大人は汚いんだ、そんなに自分の手の内をペラペラ話したりしないのさ」
せっかくエフラムたちから解放されたのに、今度はまた面倒くさいやつに絡まれてしまった。
それにまたエフラムに関わらなくてはならないなんて。俺の異世界生活、他人に振り回されてばっかりだ。
もし俺がもっと強くなれば、自分の意思で行動できるようになるのかなぁ……。
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