第3話 追放された聖女
深い眠りから覚める感覚はいつ味わっても気持ちの良いものだ。
特に久しく味わっていなかった場合、それは普段のものとは格別の贅沢へと変化する。
目を開いて最初に視界に飛び込んできたのは、高級感溢れる白い大理石の天井だった。背中に感じられるのは、丁度良い具合で体重を支えてくれるベッド。
こんなに素晴らしい寝室を俺は知らない。ここはどこだ……?
とりあえず俺は依存性の高いベッドから身を離し、部屋を見渡してみる。
全体的に白い色で部屋が形作られており、程よい調度品が上品さを醸し出している。まるで中世の城の一部屋のようだ。
「ん? なんだこれ?」
部屋に唯一あった机の上には置き手紙らしき紙が置かれてあった。
「起きたら隣の部屋に来るように」 といった内容だ。とりあえず俺はその指示に従う事にした。
「すみませーん。置き手紙見ましたー」
隣の部屋のドアをノックして声をかける。中からバタバタと音がし、すぐに部屋の扉が開いた。
「良かった!! あともう少し寝てたら、ホテルの追加料金を取られるところだったのよ!! さぁ、早くチェックアウトしましょう!!」
「え? チェ、チェックアウトって言うと……?」
「10時を超えてもチェックアウトしなかったら、もう一晩分お金が取られるの!! ほら、早くして!!」
多少混乱しながらも、俺はとりあえず女の子に従うことにした。
確かに、追加料金は不味いからな。ここ、ホテルだとしたらスイートルームみたいなやつだ。
だとしたら料金は某10円スナック菓子を万単位で買えるくらいなのだろう。
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「なんとか、間に合ったわね。ええっと……、今から色々話すことがあるのだけれど、歩きながらでもいいかしら?」
カフェに入るお金すらないのだろうか。
だとしたら、その高級そうな衣服とこのホテルの選択は何なのだろう。彼女の素性が予想できない。
ちなみにチェックアウトの件だが、時刻は9時58分と本当にギリギリだった。
「あぁ、構わないよ。話ってのは、たぶん俺も聞きたいことだろうし」
彼女の話は簡潔にまとめるとこういうことだ。
彼女が俺を保護してくれていたこと、その対価としてしばらく雇われて欲しいとのことだ。
「話はわかったよ。俺を助けてくれたことは本当に感謝してる。いやマジで、一生モノの恩人です。だから、雇われるのも全然大丈夫だ」
彼女は本当にほっとしたような顔をして、肩の力を緩めた。
やっぱり美少女って存在は、一つ一つの仕草が可愛らしいものなのか。なんというか、癒されるよね。
「良かったぁ。ちなみに依頼内容は、しばらく私と一緒に冒険者になって欲しい、ってことよ」
……冒険者? なんとも響きの良いフレーズだ。
やはり登録の時に隠された能力が露見に出て、みんなにチヤホヤされるアレだろうか。
それとも、ガラの悪い先輩冒険者に絡まれて、それを見事に退治するアレだろうか。
「もちろんだ!! じゃあ、早速冒険者ギルドに行こう!!」
「あら。冒険者ギルドについても、もう知っているのね。ちなみに今歩いてる先には冒険者ギルドがあるわよ」
この先に冒険者ギルドが!! いやぁ、異世界の冒険らしくなってきたじゃないか!!
美少女に冒険者ギルド、最高だ!!
というか、その美少女の名前を俺は知らないんだが……。
「なぁ、そういえば名前ってなんて言うの?」
「あら、そういえば忘れてたわね。私の名前はエアよ。あなたは?」
あんまりエフラム達相手には効果がない気もするが、一応日本人としての名前を出すのはやめておこうか。
妙な出会いが発生してしまうかもしれない。もうあいつらと関わるのは懲り懲りだ。
と言っても名前か……。榊原将大、最初と最後をとってサカヒロとでもしておこう。
「俺の名前はサカヒロって言うんだ。改めて助けてくれてありがとう。あと、よろしく。それで、俺らの友情の証に聞きたいことがあるんだけどいいか?」
女の子と付き合うには、まず友達から。一歩ずつ段階を踏んでいくのだ。
だから、さりげなく俺らはもう友達アピールをしておくことがとても大事!! これ、テストに出るよ!!
「うん。変なことじゃないなら、大丈夫だよ」
「エアって、聖女なんだろ? なのに従者もいないし、お金もなさそうな感じだし。どういうことなんだ?」
エアは顎に指を当てて、少し考える素振りを見せた。だが、すぐに小さく頷いて口を開く。
「あなたからは悪い人のオーラを感じないものね。いいわよ、教えてあげる。私はね、今はもう聖女ではないの」
どういうことだろうか。何か悪い事をしたから、聖女としてはもう生きていられない、といった精神的な話か?
「私はね枢機卿……、教会で2番目に偉い人に騙されてしまったの。それで、聖女としての名を剥奪された……」
騙された? 嵌められたってことか、俺と同じように。
確かにその理論なら、エアの素性に関する疑問も解決する。
お金を沢山持っていそうなのに使うのを渋っているのは、お金を持っていてもその供給源が存在しないから。
高級そうな服は聖女だった頃の物、か。
「それはなんというか、悪いことを聞いたな……。でも、その枢機卿とやらよりも偉い人がいるんだろ? なら、その人に頼れば何とかなるんじゃないか?」
「あぁ、それは確かに。でも、正直そこまでこだわりもないのよね。なんだか聖女としての仕事に飽きちゃったの」
エアはにへらと口元を緩めた。仕事に飽きた、か。
もし飽きてしまったとしても、聖女という肩書きが彼女を縛って辞めることを許さない。そう考えると、結果的には騙されてよかったのかもしれない。
「最初は人助けが好きだったから、志願してシスターになったの。そのあと、すごい能力があると知られて聖女に祭り上げられて……。でも、聖女になって知り合った教会の偉い人たちは悪い人たちだったの。だから、なんだか嫌気が差しちゃったのよね」
教会って基本的に良い人が集まる場所のはずだ。それなのに悪い人たちって、やっぱりどこにも腐ってる人間はいるんだな。
「それは本当に災難だったな……。もしかして、冒険者になるってのもそのことと関係してたりするのか?」
「そうね、関係大ありよ。私は冒険者になって色んな経験を積んで、強くなりたいの」
それが聖女の話となんの関係があるのだろうか。精神的に強くなって、聖女としてのことを忘れてしまいたい、とか?
でも、未練はなさそうな言い草だったからな。どういうことだろう。
「私はね、聖王国という国自体を破壊したいの」
なんだか、いきなりダークな話になってきたぞ。
やっぱり聖女を辞めさせられた恨みとかあるんだろうか。それで自分を嵌めた人に復讐するために強くなる、ってところか?
「この国の構造は、教皇や枢機卿みたいな偉い人達にお金が集まる仕組みになってる。だから、教会の中でも独立した存在である聖女がいくら民に施しを与えても、彼らの苦しみはあまり軽くならないのよ」
平民のためにこの国の構造、法律とかを改革したいってことだろうか。
国に対抗するための力を手に入れるために冒険者になる……。その努力の方向性は本当に合っているのだろうか。
「国を破壊したいなら、冒険者になってフィジカルを強くするよりもっと他に方法があるんじゃないか? 政治の勉強して政治の場に出られるようになるとか」
「ふぃじかるってのはよく分からないけど、この方法で政治に関われるようになるわよ。冒険者は一定階級を超えると聖王国の上流国民として認められるの。だから、まず聖王国の上流国民になるのよ!!」
決して、私が強くなってこの国の偉い人全員ぶっ倒すの!! 的な脳筋思考ではなかった。
それにしても、強い冒険者が上流国民とやらになれるのか。そういう報酬があるとモチベも上がるし、かなり良い制度な気がするな。
「でも上流国民になっただけで政治の場に参加出来るわけじゃないだろ? そのあとはどうするんだ?」
「上流国民になれれば、聖王国では教育を受ける権利が貰えるの。それで聖王国中央学園に通って、上位の成績をとるのが目標。そうすれば、学園を卒業した時に政治関係の職業に就くことができるわ」
冒険者のあとは学生。それに卒業したあとって、随分と長期的な計画だな。ちゃんと時間をかけて考えたんだろう。
だが、この計画には決定的な欠陥が一つだけある。
「追放された元聖女ってバレたら、政治に関わる重要な仕事には就けなくなったりしないか? 枢機卿が邪魔したりしてさ」
「それなら、大丈夫よ。今の私は聖女の頃の私とは外見と口調。名前すらも違うもの。そんな簡単にバレないわよ」
外見……。整形したり髪を染めたにしては、エアの顔のつくりや髪色はあまりに自然すぎる。
凄腕の整形術師でもいたんだろうか。
それに口調と名前、すぐに慣れることのできる類のものでは無い。
もしかして、聖女の名前を剥奪されたのはつい最近の事じゃないのか?
……いや、詮索はやめておこう。命の恩人なんだ、変に迷惑かけたら申し訳がない。
「なら良かった。それより、学園って言ってたけど、俺はそこまでついて行った方が良いのか?」
「全然そんなことないわよ!! 冒険者に一緒になって欲しいのは、冒険者って怖い人が多いイメージだから男の人と一緒の方が安全かな、って思っただけ」
エアは手を体の前でぶんぶんと振って否定する。怖いイメージかぁ。やっぱり絡まれたところで、俺が冒険者を追い払う筋書きなんだな!!
まぁでも、この子は俺より強かった気がするけど……。
「あのでかい獣型の魔物をワンパン出来るくらい強いなら、冒険者なんてそこまで大したことないんじゃないか?」
リィムからある程度の一般常識は教わってる。
あのレベルの魔物をそこらの冒険者がらくらく倒せるほど、この世界の人間が強くないことは既に学習済みだ。
「強いとかじゃなくて……。なんて言えばいいのかな、身に纏う雰囲気って言うのかな。怖い雰囲気の人とか優しい雰囲気の人とか」
「じゃあ、俺は優しい雰囲気の人ってこと?」
エアは少し回答に困ったように苦笑いをしながら頬をかく。
おい、なんでだよ。そこは俺が優しい雰囲気だから頼れるの、ってところだろ!!
「優しい雰囲気ではないかな……。あなたのは初めて見たの。でも、悪い感じはしないから信用してるわよ」
聖女の仕事による豊富な人間関係に基づくものだろうか。人の本質を見抜く力みたいなのが身に付いているらしい。
「あら、あっという間に着いちゃった!! やっぱり、誰かと話してると時間が経つのがあっという間ね」
彼女の視線の先を追ってみると、そこには他の建物より一際大きい建物がそびえ立っていた。
入口の扉の上に‘’冒険者ギルド‘’と書かれた看板を貼り付けられている。
俺は意気揚々と、エアは少しだけビクビクしながら冒険者ギルドの扉を開いた。
俺の本当の異世界生活の始まりだ!!
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